番が見つかったら即離婚! 王女は自由な平民に憧れる

灰銀猫

文字の大きさ
上 下
30 / 85
連載

気付きたくなかった事

しおりを挟む
 一夜明けて、結婚式の前日となりました。ここ数日は何だか一日一日が濃い感じがします。エステなどでスケジュールが詰まっているせいでしょうか?王宮の空気も一層緊迫感と言いますか、緊張感に包まれているのは…私の気のせいではないのでしょう。

 明日は結婚式ですが、陛下とは朝から顔を合わせる時間もなく、エステや式の段取りの最終確認などで慌ただしく一日が過ぎていきました。式の段取りはもう何日も前から繰り返し言い聞かされているので、今ではすっかり頭に入っていますが…やはり侍女さん達も落ち着かないのか、何度も確認に来きます。
 王の結婚式は先王様以来、約百年ぶりだとかで、皆さんも見落としがないかと気を張っています。若い世代にとっては初めての大掛かりな慶事という事で、他国に劣らぬよう、見苦しくないようにと、皆さんの並々ならぬ意気込みを感じます。国の威信がかかっているだけに、仕方ないのでしょうね。これまでと違って同盟のための結婚なので、王の個人的な行事というよりも国事の色合いが濃いですし。

 エステも式の段取りの確認も終わり、後は夕食を頂いて湯浴みをして寝るだけとなった夕刻。この日もジーク様から夕食を一緒に、と声をかけて頂いたので、今はまだ執務中のジーク様をお待ちしていました。

「エリサ様、どうしたんですか?」
「え、っ、な、何が…」
「何がって…さっきから何度も声かけているのに、ぼ~っとしてらっしゃるじゃないですか?」
「そ、そう…」

 どうやら自覚もないまま自分の思考に陥っていたようです。ここ最近、色々と考えてしまうのです。それは…

「どうされたんですか、エリサ様。最近、沈んでいらっしゃいますよ」
「そう、かしら?」
「そうですよ」

 やっぱりラウラにはわかってしまうのですね。そりゃあ、私は表情を隠したり取り繕ったりなんて器用な事は出来ませんが…


「結婚、したくないんですね?」
「え?」

 ラウラのあまりにもストレート過ぎる言い方に、私は自分の心臓が確かに跳ねたのを感じました。

「そん…」
「そりゃあ、当然ですよね。急に番だって言われて態度替えられたって、納得出来る筈ないじゃないですか」
「…っ!」

 私の言葉を遮ってそう断言したラウラの言葉が胸に刺さったような感じがして、私は一瞬息が出来なくなるのを感じました。

「やっぱり…そうだったんですね」
「そういう訳じゃ…」

 ラウラの言葉を否定したいのに、私から出てきた言葉は酷く弱くて、とても否定を示すものにはなりませんでした。

「エリサ様、そう思うのは当然ですよ。だって、最初の陛下達に態度は、お世辞にもいいものじゃなかったんですからね」

 ラウラの口から出てきたのは、私の心の中にずっとあった鬱屈した想いでした。それは小さくなっても、決して消える事も癒える事もない、小さな棘のようなものでした。

 政略結婚でやって来た私を、最初に拒絶したのはジーク様です。私を愛する事はないとはっきり否定し、同盟よりも私情を優先し、歩み寄ろうともしなかったのは、私ではありません。
 その態度に私がどれほど絶望したかなんて、きっとジーク様は気付いてはいないでしょう。王女としての教育どころか待遇も受けてなかった私でしたが、それでも国のためにと嫁ぐ事を決めました。王女としての権利は奪われたのに、義務だけ押し付けられて、ラウラと二人、敵国に放り出された私がどれほど不安だったか…いつ番が見つかって出て行けと言われるかと怯えていたか…ジーク様に忠実な側近や侍女さん、護衛さん達の腫物を触るような態度がどれほど重苦しかったか…そんな日々を半年近く過ごしていたなど、ジーク様も周りの方も、きっと気付いていないのでしょう。

 なのに…

 番だと分かった途端、急に歩み寄りを始めたジーク様と、平静を装いながらも喜びを隠しきれないジーク様に忠実な皆さんの態度が、どれほど私に不信感を植え付けた事か…

 一時は宰相様の言葉に従って、王宮を離れ平民になった方がずっと楽かもしれない…とも思いました。
 それでも…同盟が危うくなれば命を落とす人が出るかもしれないと思うと、そんな後味の悪い事は出来そうもありませんでした。それはジーク様だけではありません。マルダーンにいるたくさんの獣人たちの命が失われるとわかって、気が付かなかったふりをして生きる苦しさは、今の息苦しさに比べたら些細な事だと、あの時は感じたのです。

 甘いと、覚悟がないと言われるかもしれません。もしかしたらもっといい方法があったのかもしれません。きっと他の方なら、もっとうまく立ち回ったのでしょう。

「半年間、放置されたのよ…毎日、不安だった…怖くて逃げたいって思った時もあったわ…なのに、番だってわかったからって、一月でどうしろって言うの?番だから何なの?匂いでわかると言われたって、私にはその匂いがわからないのに…」
「エリサ様…」
「形のない、私にはわからないもので態度を変えられたって、信じられる筈ないじゃない…じゃ、匂いが変わったら?もっと好ましい匂いの人が現れたら?どうして番だったら心変わりしないなんて言えるの?私は獣人じゃないもの。そうだって言われたって…納得できないの…」

 一度形になってしまったそれを、ダメだと思いながらも私は止める事が出来ませんでした。そう考えるのはいけない事だから形にしてはいけないと思っていたのに…

「平民になっても…命を狙われるかも、って思っていたわ。番になった人が番至上主義で嫉妬深かったら、私が目障りだって言ったら、ジーク様は何もしないかもしれないけど…周りの人が番のために私を消しに来るかも…って。そして、ジーク様だって、最終的には番のためなら仕方ないって思うんだろうって…竜人は番が一番で、それ以外はどうでもいいのだから…」

 そう、たまたま私が番だったからそんな未来にはならなかっただけです。そうでなかったら、私だけでなくラウラだってどうなっていたかわかりません…偶然私が、ラウラが番だったから、番だと分かったからよかったけれど、そうでなかったらジーク様もレイフ様も、私達の事など気にも留めなかったでしょう。

「…ラウラの言う通り、ジーク様の事、好きなんだと思う。ジーク様が他の方に目を向けるなんて…嫌だって思う。でも…そう思う度にこれまでの事が思い出されて…どんどん苦しくなるの…優しくされるのに嬉しく思えない自分も嫌で…もう、どうしていいのか…わからない…」

 レイフ様の手を取ると決めたラウラに、こんな事を言うべきじゃないと思ったけれど…止める事が出来ませんでした。
 気付きたくなかったのです。好きだと自覚したら…きっとこれまでの事も蒸し返してしまう自分がいたから…陛下が初対面であんな態度をとった理由を理解しても、謝罪されても、あの半年をなかった事には出来そうにないから…

「…ごめ…なさい、ラウラ…」

 その先の言葉を、続けることは出来ませんでした。心の奥から湧き出る感情が、息をするのも苦しいほどに痛くて、一方で割り切れない自分も情けないのです。期待してくる周りの空気が、日に日に足枷のように感じられるのです。こんなみっともない姿を、誰にも見せたくなかったのに…ラウラに心配かけたくなかったのに…

「エリサ様、そう思っても当然ですわ」
「ラ、ウラ?」

 気が付けば、ラウラは私の隣に座ってそっと手を取ってくれていました。その手が濡れていて、そこで初めて私は自分が泣いているのだと気付きました。

「エリサ様が謝る事なんて何もありませんよ。この国に、いえ、マルダーンにいた頃から、周りはエリサ様を蔑ろにし過ぎていましたもの」
「でも…」
「王女としてなんて言われたって、知った事じゃないですよ。そういうのは本来、カミラみたいに王女として扱われて贅沢している者がすべき事なんですから」
「でも、私は王女で…」
「望んで王女に生まれたわけじゃありませんし、ずっと王女として扱われていなかったじゃないですか。マルダーンじゃ平民以下の生活だったし。だったら王女の義務を果たす必要ありますか?私はないと思いますよ。どうしてもって言うなら、まずカミラ達が先にやるべきです」

 そんな風に言われるとは思わず、私は驚いてラウラを見上げてしまいました。そのせいでしょうか、涙も止まってしまいました。

「半年エリサ様が苦しんだのなら、陛下だって半年は我慢すりゃいいんですよ。だって最初に喧嘩売ってきたのは陛下なんですから」
「喧嘩を売られたわけじゃ…それに…」
「真っ当な王女だったら、同盟の破棄も含めて母国に相談する案件ですよ」
「でも…そんな事したら…」
「そうですよ、マルダーンは大変な事になるでしょうね。それを分かった上でやったのが陛下ですよ。そうですよね、陛下?」

 ラウラはそう言うと、ドアの入り口に向かってそう問いかけました。そこには…表情が全く見えないジーク様が佇んでいて、私は出そうになった声を押し殺す事しか出来ませんでした。
しおりを挟む
感想 822

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。