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ラウラの選択
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結婚式まで残り三日です。今日も朝からエステのフルコースで始まり、式に向けて入念な準備の真っただ中です。エステのフルコースと式の段取りの確認などを終えた私は、夕飯までの時間、自室でラウラとほっと息をつきました。朝から慌ただしくてバタバタしていましたが、今日の予定は先ほどようやく片付いたところです。式当日はかなりのハードスケジュールになるので、今から体調管理を万全に!と侍女さん達からは何度も念を押されています。
「どうやら、無事に当日を迎えられそうですね」
「ええ、心配し過ぎたかしら」
式までまだ三日ありますが、私達の一番の懸念のカミラは、幸いな事にあれ以来何のリアクションもありません。あれからジーク様が厳重に抗議して、カミラの結婚式への出席は拒否、直ぐに帰国させるか、帰国するまでは自室で謹慎するようにと言い渡したそうです。さすがに一人で帰すのは警備上問題があって危険だからと、異母兄が監視すしているのだとか。
「あのカミラが諦めるなんて意外ですけどね。あの性格なら監視の目を盗んで押しかけてきてもおかしくないですし…」
「確かに。でも、下手な事は出来ないわよ。ジーク様もかなりお怒りだったし」
「カミラにも少しは王女らしい分別、あったんですね」
「う~ん、でもカミラだって、ここで騒ぎを起こして他国に悪い評判が広がるのは避けたいんじゃない?まだ嫁ぎ先が決まっていないから」
「まぁ、確かに」
そうです、私よりも二つ年上のカミラは、既に適齢期も終わりかけですが、未だに婚約者もいません。噂ではえり好みし過ぎているのと、国内では我儘な性格が知れているので、中々望むような嫁ぎ先がないのだとか。他国に嫁ぐにしても我慢出来ない性格なので、関係が悪いところは無理だろうと断っていると聞きますし…だからこそ、敵国だったラルセンで私が大事にされているのを知って、あんな事を言い出したのでしょうが…
「もっとジーク様に言い寄る女性が出てくるかと思ったけど…」
「いくら何でも結婚式でそれはないでしょう。仮にいても宰相様が駆除していそうですけど」
「宰相様だったら…やりそうね」
宰相様の黒い笑顔が浮かびましたが、可能性は十分にありそうですね。むしろそれらを利用して、交渉を有利に進めていそうな気がします。
「それで…エリサ様はどうするんですか?陛下と、その、本当に結婚されるのですか?」
「実のところ、あんまり考えてなかったわ。陛下は待って下さると言って下さったし、結婚式も他国に同盟を周知するためのものだって言われていたから…」
「…ですよね。じゃ、式当日の初夜はなしでいいんですね?」
「は?しょ、初夜って…」
「ええ?だって、結婚式の後はそうなるんじゃありませんか?侍女さんたちはそのつもりで準備していましたよ」
「ええええっ?」
それは初耳でした。いえ、普通ならそうなのでしょうが…でも、ジーク様も侍女にわざわざ初夜はしないなどと言ったりはしませんわね。お忙しくてそこまで気が回っていない気もしますし…
「陛下はエリサ様の気持ちがまだ固まっていないから、と仰ったそうですけど…その、侍女さんたちはむしろそれなら…と逆に張り切っているみたいですよ」
「そ、そう…」
うう、ジーク様、周りの方にそんな事を言っていたんですか…手回しがいいというか何というか…それはそれで恥ずかしいのですが…
そして侍女の皆さんですか…いつもお世話をして下さる皆さんの顔を思い浮かべましたが…陛下への忠誠心溢れたあの方たちなら、やる気になるのは…わからなくもありませんわね。皆さん獣人ですし、心情としては陛下寄りでしょうから尚更です。でも…
「…ど、どうしよう…」
正直言って、あの皆さんのパワーを思うと、それこそなし崩し的にそうなっちゃいそうな気がします。いえ、むしろその方向に誘導されるのは確実でしょう。エステだ何だと言っていたのも、初夜を見越していたのだとすれば納得ですし…
「もういっそ、流されるのもありかもしれませんよ」
「ええ?で、でも…」
「だって、何だかんだ言ってエリサ様、陛下の事お好きでしょう?」
「す、好きって…」
「…エリサ様、もしかして、自覚なしですか?」
「じ、自覚って…何が…」
「エリサ様、お菓子を配る時、陛下の分はすっごく時間かけて吟味しているじゃないですか。ラッピングだって何度もやり直してるし」
「そ、そんな事は…」
ない、と言い切れない自分がいました。確かにジーク様にお渡しするものは失礼がないようにと気を使っていましたが、でも、それはお礼も兼ねているのであって…
「あれは日頃のお礼だから当然よ。失礼にならないようにって…」
「でも、最初はそうじゃなかったですよね。完全に他の人と同じ扱いでしたもん。むしろ相談相手だった宰相様の方に気を使っていましたし」
「……」
「あ~やっぱり…エリサ様って、そういう事、本当に鈍いですよね。まぁ、育った環境がアレですから仕方ないかもしれませんが」
えっと、何だかそうだと決めつけられているような気がしますが、そういう訳では…
「な…そんなんじゃないわよ。それを言ったら、ラウラだってレイフ様の事…」
「私はレイフ様に決めましたよ」
「ええええっ?い、いつの間に…」
自分の事よりも、こっちの方にビックリです。最近はレイフ様の姿も見かけなかったので、二人の関係はあれから進んでいないと思っていたからです。驚いて次の言葉が出てこない私に対して、ラウラはにこにこしながらお茶を飲んでいます。
「この前、レイフ様が夜に訪ねていらっしゃって…」
「よ、夜?!」
「ええ、仕事の合間のちょっとの時間でしたけど、とっても月が綺麗だからって。その時に少しお話して、その時にプロポーズされたんです。陛下達の式が終わってからでいいから、自分との事を考えて欲しいって」
「そ、そうなの…」
「返事はまだですけど…レイフ様ならいいかな、と思って。マメだし、優しいし、見た目も好みですし。それに…」
「それに?」
「あんなに好きだ好きだって言われたら、無下に出来ませんよ。今だって忙しいのにプレゼントも必ず届けてくれますし。結婚しても凄く大事にしてくれそうかな、って」
確かに、レイフ様の一途で必死な態度は気持ちがいい程で、つい応援したくなるほどでした。最初は番だからと言われてもピンときませんでしたが、あれだけ毎日毎日必死にアピールされたら、絆されても仕方ない…でしょうね。
「ちょっと計算高いかな?って思わなくもありませんけど…でも、狼人から逃げるのは大変だって侍女さん達に言われましたし…断った場合、後味が悪すぎますし…」
「それは、確かに…」
「それに、レイフ様の家族は仲がよくて賑やかなんだそうですよ。私、結婚するならそういうのがいいなぁってずっと思ってましたから」
「そうだったわね」
ラウラは父親を知りません。乳母は母の侍女として勤めていましたが、そこで貴族の男に手籠めにされ、ラウラを身ごもったと聞いています。だから家族への憧れが人一倍強かったのです。母国にいた頃は乳母のようになるのでは…と不安を抱えていましたし、あのまま母国に居たらそうなった可能性は高かったでしょう。だから私はラウラに私の侍女を辞めて市井で暮らす様に何度か勧めましたが、ラウラは私の側に居てくれました。
レイフ様は、気さくで面倒見のいい方です。結婚したらいい旦那さんやお父さんになるでしょう。そしてそれは、ラウラの夢にとても近いように思います。
「そういう事なんで、エリサ様もそろそろ自覚しましょうよ。陛下は慎重すぎて見ていて苛々しますけど、エリサ様が特別なのは丸わかりですし」
「でも…」
「エリサ様、陛下に憧れる女性は多いんですよ。悠長な事言ってると、そのうち他の女性にとられちゃいますよ」
「まさか…」
「マルダーンは政略結婚をごり押しして成功したんですよ?番が見つかっていない今ならと、側妃にと王女を押し付けてくる国が他にも出てくる可能性だってありますよ」
「う、嘘でしょ…」
ラウラの言葉は思いがけないものでしたが、あり得ない話でもない事は私にもわかりました。確かに母国が陛下に政略結婚を認めさせたのです。竜人は番しか愛さないとは言っても、番と出会っていなければ、妻を娶って子を成す事も不可能ではないのでしょう。現にセーデンの女王陛下は、番ではない王配との間に子を成しているのですから…
(ジーク様が、他の女性と…)
ふと、先日のジーク様とマリーア様の様子が浮かび、私は何ともいいようのない苦いものが込み上げてくるのを認めずにはいられませんでした。あのモヤモヤした気分は…その夜は珍しく、中々寝付く事が出来ませんでした。
「どうやら、無事に当日を迎えられそうですね」
「ええ、心配し過ぎたかしら」
式までまだ三日ありますが、私達の一番の懸念のカミラは、幸いな事にあれ以来何のリアクションもありません。あれからジーク様が厳重に抗議して、カミラの結婚式への出席は拒否、直ぐに帰国させるか、帰国するまでは自室で謹慎するようにと言い渡したそうです。さすがに一人で帰すのは警備上問題があって危険だからと、異母兄が監視すしているのだとか。
「あのカミラが諦めるなんて意外ですけどね。あの性格なら監視の目を盗んで押しかけてきてもおかしくないですし…」
「確かに。でも、下手な事は出来ないわよ。ジーク様もかなりお怒りだったし」
「カミラにも少しは王女らしい分別、あったんですね」
「う~ん、でもカミラだって、ここで騒ぎを起こして他国に悪い評判が広がるのは避けたいんじゃない?まだ嫁ぎ先が決まっていないから」
「まぁ、確かに」
そうです、私よりも二つ年上のカミラは、既に適齢期も終わりかけですが、未だに婚約者もいません。噂ではえり好みし過ぎているのと、国内では我儘な性格が知れているので、中々望むような嫁ぎ先がないのだとか。他国に嫁ぐにしても我慢出来ない性格なので、関係が悪いところは無理だろうと断っていると聞きますし…だからこそ、敵国だったラルセンで私が大事にされているのを知って、あんな事を言い出したのでしょうが…
「もっとジーク様に言い寄る女性が出てくるかと思ったけど…」
「いくら何でも結婚式でそれはないでしょう。仮にいても宰相様が駆除していそうですけど」
「宰相様だったら…やりそうね」
宰相様の黒い笑顔が浮かびましたが、可能性は十分にありそうですね。むしろそれらを利用して、交渉を有利に進めていそうな気がします。
「それで…エリサ様はどうするんですか?陛下と、その、本当に結婚されるのですか?」
「実のところ、あんまり考えてなかったわ。陛下は待って下さると言って下さったし、結婚式も他国に同盟を周知するためのものだって言われていたから…」
「…ですよね。じゃ、式当日の初夜はなしでいいんですね?」
「は?しょ、初夜って…」
「ええ?だって、結婚式の後はそうなるんじゃありませんか?侍女さんたちはそのつもりで準備していましたよ」
「ええええっ?」
それは初耳でした。いえ、普通ならそうなのでしょうが…でも、ジーク様も侍女にわざわざ初夜はしないなどと言ったりはしませんわね。お忙しくてそこまで気が回っていない気もしますし…
「陛下はエリサ様の気持ちがまだ固まっていないから、と仰ったそうですけど…その、侍女さんたちはむしろそれなら…と逆に張り切っているみたいですよ」
「そ、そう…」
うう、ジーク様、周りの方にそんな事を言っていたんですか…手回しがいいというか何というか…それはそれで恥ずかしいのですが…
そして侍女の皆さんですか…いつもお世話をして下さる皆さんの顔を思い浮かべましたが…陛下への忠誠心溢れたあの方たちなら、やる気になるのは…わからなくもありませんわね。皆さん獣人ですし、心情としては陛下寄りでしょうから尚更です。でも…
「…ど、どうしよう…」
正直言って、あの皆さんのパワーを思うと、それこそなし崩し的にそうなっちゃいそうな気がします。いえ、むしろその方向に誘導されるのは確実でしょう。エステだ何だと言っていたのも、初夜を見越していたのだとすれば納得ですし…
「もういっそ、流されるのもありかもしれませんよ」
「ええ?で、でも…」
「だって、何だかんだ言ってエリサ様、陛下の事お好きでしょう?」
「す、好きって…」
「…エリサ様、もしかして、自覚なしですか?」
「じ、自覚って…何が…」
「エリサ様、お菓子を配る時、陛下の分はすっごく時間かけて吟味しているじゃないですか。ラッピングだって何度もやり直してるし」
「そ、そんな事は…」
ない、と言い切れない自分がいました。確かにジーク様にお渡しするものは失礼がないようにと気を使っていましたが、でも、それはお礼も兼ねているのであって…
「あれは日頃のお礼だから当然よ。失礼にならないようにって…」
「でも、最初はそうじゃなかったですよね。完全に他の人と同じ扱いでしたもん。むしろ相談相手だった宰相様の方に気を使っていましたし」
「……」
「あ~やっぱり…エリサ様って、そういう事、本当に鈍いですよね。まぁ、育った環境がアレですから仕方ないかもしれませんが」
えっと、何だかそうだと決めつけられているような気がしますが、そういう訳では…
「な…そんなんじゃないわよ。それを言ったら、ラウラだってレイフ様の事…」
「私はレイフ様に決めましたよ」
「ええええっ?い、いつの間に…」
自分の事よりも、こっちの方にビックリです。最近はレイフ様の姿も見かけなかったので、二人の関係はあれから進んでいないと思っていたからです。驚いて次の言葉が出てこない私に対して、ラウラはにこにこしながらお茶を飲んでいます。
「この前、レイフ様が夜に訪ねていらっしゃって…」
「よ、夜?!」
「ええ、仕事の合間のちょっとの時間でしたけど、とっても月が綺麗だからって。その時に少しお話して、その時にプロポーズされたんです。陛下達の式が終わってからでいいから、自分との事を考えて欲しいって」
「そ、そうなの…」
「返事はまだですけど…レイフ様ならいいかな、と思って。マメだし、優しいし、見た目も好みですし。それに…」
「それに?」
「あんなに好きだ好きだって言われたら、無下に出来ませんよ。今だって忙しいのにプレゼントも必ず届けてくれますし。結婚しても凄く大事にしてくれそうかな、って」
確かに、レイフ様の一途で必死な態度は気持ちがいい程で、つい応援したくなるほどでした。最初は番だからと言われてもピンときませんでしたが、あれだけ毎日毎日必死にアピールされたら、絆されても仕方ない…でしょうね。
「ちょっと計算高いかな?って思わなくもありませんけど…でも、狼人から逃げるのは大変だって侍女さん達に言われましたし…断った場合、後味が悪すぎますし…」
「それは、確かに…」
「それに、レイフ様の家族は仲がよくて賑やかなんだそうですよ。私、結婚するならそういうのがいいなぁってずっと思ってましたから」
「そうだったわね」
ラウラは父親を知りません。乳母は母の侍女として勤めていましたが、そこで貴族の男に手籠めにされ、ラウラを身ごもったと聞いています。だから家族への憧れが人一倍強かったのです。母国にいた頃は乳母のようになるのでは…と不安を抱えていましたし、あのまま母国に居たらそうなった可能性は高かったでしょう。だから私はラウラに私の侍女を辞めて市井で暮らす様に何度か勧めましたが、ラウラは私の側に居てくれました。
レイフ様は、気さくで面倒見のいい方です。結婚したらいい旦那さんやお父さんになるでしょう。そしてそれは、ラウラの夢にとても近いように思います。
「そういう事なんで、エリサ様もそろそろ自覚しましょうよ。陛下は慎重すぎて見ていて苛々しますけど、エリサ様が特別なのは丸わかりですし」
「でも…」
「エリサ様、陛下に憧れる女性は多いんですよ。悠長な事言ってると、そのうち他の女性にとられちゃいますよ」
「まさか…」
「マルダーンは政略結婚をごり押しして成功したんですよ?番が見つかっていない今ならと、側妃にと王女を押し付けてくる国が他にも出てくる可能性だってありますよ」
「う、嘘でしょ…」
ラウラの言葉は思いがけないものでしたが、あり得ない話でもない事は私にもわかりました。確かに母国が陛下に政略結婚を認めさせたのです。竜人は番しか愛さないとは言っても、番と出会っていなければ、妻を娶って子を成す事も不可能ではないのでしょう。現にセーデンの女王陛下は、番ではない王配との間に子を成しているのですから…
(ジーク様が、他の女性と…)
ふと、先日のジーク様とマリーア様の様子が浮かび、私は何ともいいようのない苦いものが込み上げてくるのを認めずにはいられませんでした。あのモヤモヤした気分は…その夜は珍しく、中々寝付く事が出来ませんでした。
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