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異母姉と他国の王女

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 カミラとの面会を終えた私達は、そのまま陛下の執務室に戻りました。彼女が押し付けてきた要求はあまりにも非常識で、あんな提案をよく…と思わずにはいられません。
 一方で、カミラは正妃腹で、私なんかよりも立場が上なのは間違いなく…私が番であっても、その地位は魅力的なのでは?と私は不安を感じずにはいられませんでした。

「エリサ、私があなた以外を妃にするなどあり得ない」

 何となく定位置になっているソファに腰を下ろすと、陛下もその隣に座られました。最近の陛下は、こんな風に私の隣に座られる事が増えました。少しずつでも距離を縮めたいと陛下が仰るからなのですが…今はこの距離感にホッとしている自分がいました。少なくとも陛下が、まだ私を必要として下さっていると感じたからです。

「陛下…」
「どうか私の事はジークと…」
「あ、も、申しわけございません。ジーク様」
「い、いや…謝る必要はないから」

 ああ、また陛下と呼んでしまいましたわ。そう呼ぶたびに陛下は子犬が縋るような目をするので、私の罪悪感が刺激されてしまうのですが、ジーク様と呼ぶと目元が和らいで…ドキッとしてしまいます。うう、気恥ずかしいです…
 でも、急に愛称で呼べと言われても、私にはハードルが高いのです。こ、これは心の中でジーク様と呼ぶ練習をした方がいいみたいですわね…

「しかし、思った以上にマルダーンは非常識ですな。既に婚姻が成立しているのに、王妃を交換しろとは…」
「そもそも、あれは本当に国王の書簡か?」

 私が一人でジーク様の反応に振り回されていると、エリック様と陛下がそう仰って、宰相様はまたにこりと笑みを浮かべられました。ああ、宰相様、やっぱり何かがお腹の中におありなのですね…

「これは正式な書簡じゃないよ。だって、ほら…」

 そう言って宰相様はこれまでに見た事のない書簡と、今日見せられた書簡をテーブルに並べました。二つを比べてみると…

「これは…」
「そういう事。今日の書簡には、国璽、つまり国王の印がないんだ」
「では…」
「正直、誰が書いたのかまではわからないけど…今回の書簡はあの王女が書いたんだろうね。国王が出したものなら、この国に到着した時に手渡す筈だし、こんな重要な事を追って送る事はしないだろう」
「それもそうだな」
「だから多分、ここに来てから書いたんだろう」

 何となくそんな予想はしていましたが…やはりそういう事だったのですね。カミラならやりかねないな…と思ったのは私だけではなかったようで安心しました。

「あの王女の狙いはジークかな。あの女、初対面からずっとジークばかり見ているし、エリサ様の事は睨みつけているからね。わかりやすいったらないよ」

 一応カミラも表面上は繕っていたようですが、宰相様にかかれば意味がなかったのですね。でも、カミラが主導したのは間違いなさそうです。異母兄が知っていたらきっと止めたと思います。でも…

「ああ、エリサ様は何のご心配もなさらないで下さい。ジークがエリサ様を手放すなんてあり得ませんから」
「そうですな。エリサ様に比べたら同盟など些末な事です。竜人に番を諦めさせる方が何倍も厄介ですからな」
「な…」

 さすがにそれはやり過ぎではないかしら?と思った私は甘かったみたいです。三人ともさも当然と言った風に、その後同盟を破棄した場合のシミュレーションまで始めてしまわれました。カミラがあの書簡が国の威信を失墜させるほどのものだと自覚しているのかも微妙ですが…宰相様の手にかかると、些細な事が大事になってしまう気がしてなりません。異母兄はともかく、カミラはその危険性を全く理解していなさそうな気がします。
 でも、そんな会話にホッとしている自分もいました。実は、ここを追い出されるかも…もういらないと言われるかも…と不安だったのです。

「エリサ、私から貴女の手を離す事などあり得ない。どうかあのような者達の戯言など気にしないで欲しい」

 私が所在なげにしているように見えたのか、陛下が私の手を取ってそう仰いました。いえ、戯言をのたまっているのは私の身内ですので、それは私の台詞ではないでしょうか…そうは言っても、そんな風に言われてホッとしている自分がいました。陛下の手の温かさや大きさがとても頼もしく感じられ、自分でも思った以上に安堵感に包まれました。

 カミラの非常識な要求を受けて、陛下…じゃなかった、ジーク様は直ぐに異母兄に対して厳重な抗議を行いました。異母兄は知らなかったようで、慌ててジーク様の元にやってきたそうですが…ジーク様も各国との要人との会談のスケジュールがびっしり詰まっているため、素気無く断られたそうです。
 ジーク様と宰相様はこの件について、国王である父に説明を求めると仰って、その旨を記した書簡を母国に送ると話していました。宰相様が心なしか楽しそうに見えたので、どうやらカミラの悪戯で終わらせる気はなさそうです。




「はぁ、よかったですね、エリサ様。カミラの事がひとまず片付いて」
「そうね、まだこの国にいる間は心配だけど…あそこまで言われたらさすがに好き勝手は出来ないでしょう」

 ベルタさん達が用事で不在だったため、私はラウラを相手にお茶をしながらホッと息をつきました。そこには私達に願望もあったかもしれません。せめて対外的には常識を持って行動するだけの理性があると。王女教育を受けていたとジーク様達の前でも豪言したのですから、自分の言葉に責任をもって大人しくしていて欲しいところです。

「あの、エリサ様、お客様なのですが…」

 そんな中、侍女が遠慮がちにそう声をかけてきました。珍しい事もあるものです、私にお客様だなんて…私は思わずラウラと顔を見合わせてしまいました。
 聞けば相手はセーデンのエーギル殿下で、殿下が私に妹姫を紹介したいからと尋ねてこられたのだそうです。エーギル殿下はジーク様のご友人と聞いておりますし、このエリアへの出入りも許可されているほどの方です。断るのもどうかと思い、私はバルコニーにお茶の準備をお願いしました。

「やあ、エリサ、会いに来たよ」
「ラルセンの王妃殿下、初めまして。セーデンのマリーアと申します」

 エーギル殿下がお連れしたのは、清楚系のしっかりした感じの美人でした。カミラたちとは全く違ってどちらかと言うと才女と言った感じで、ユリア先生に似ているように感じます。亜麻色の髪は癖がなく真っすぐで、瞳は兄であるエーギル様と同じ紅玉のように煌めいています。まつ毛は長く、鼻筋はスッと通っていて、文句なしの美人です。軽そうな衣を重ねたセーデル風の衣装もとてもお似合いです。背が高くプロポーションもいいのに、露出控えめで好感が持てますわ。

「丁寧なごあいさつ、ありがとうございます。ラルセン王妃のエリサです」

 うう、何だかあちらの方が格が上と言いますか、気品があって負けていますわね、私。でも、ここで失態を晒すとジーク様に迷惑をかけてしまうので、しっかりしないといけませんわ。

「お可愛らしい方ですのね。マルダーンとは交流がないので、どのような方かとお会いできるのをとても楽しみにしておりましたの」
「そうでしたか」

 何と言うか、王女としての威厳もあって自信もおありで、こういう方が本当の意味で王女様なのでしょうね。名ばかりの王女の私や、王女の品格はどこに…な状態のカミラとは雲泥の差です。

「エリサ様はジーク様の番なのですって?」
「え?」
「ああ、ご心配なく、誰にも言ったりはしませんわ。兄がそう言っていましたので…」
「そうでしたか。そう、ですね、私が番だそうです」
「あら、それではまた番っていらっしゃいませんの?」
「え?番う?」
「ええ。竜人はとても独占欲が強いので、番を見つけたら直ぐに番うと聞いておりますわ。ジーク様もずっと番を探していらっしゃいましたし。だからてっきり…」

 そうだったのですね。と言う事は…私は随分とジーク様に我慢をさせているという事になりますのね。私などが番だったせいで…何だか申し訳ないです。

「あ、あの、番だと分かったのは割と最近だったもので…」
「そうだったんですの?でも、この国にいらしたのは半年ほど前でしたわよね?」
「ええ、でも、気付かずに番除けをしていたようで、ずっとわからなかったのです」
「そうだったのですか。エリサ様も色々とご事情があって大変そうですわね。もし何かお困りな事があったら、お力になりますので、遠慮なく仰って下さいね」」
「あ、ありがとうございます」

 えっと、こんな話をしてもよかったのでしょうか…今日はベルタさん達がいなかったもあり、聞かれるまま話してしまいましたが…いえ、いずれはわかってしまうのですが、今はマルダーンには内緒にしようと言っていたので、喋り過ぎたのではないかと不安になりました。
 でも、誰にも話さないと仰ったから大丈夫ですよね。しっかりした感じの方ですし…それに、マリーア様から特に悪意は感じられませんもの。
 その後はたわいのない会話を楽しみました。時々エーギル様が脱線し、それをマリーア様が諫めて…と微笑ましい場面もありました。他国の王族との交流はほぼ初めてだったので、緊張しましたがとても楽しい時間を過ごす事が出来ました。

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