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知らなかった現実
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「あんな美丈夫だったなんて聞いていないわ!」
ラルセン国王との謁見を終えた私は、与えられた自室に戻ると苛立つ気持ちを抑える事が出来なかった。
母から父の寵を奪った憎い泥棒猫の娘が、ラルセンの獣人の王に嫁ぐと聞いた時、私は歓喜に震えた。あの汚らわしい娘に相応しい婚姻だと思ったからだ。
ラルセンは獣人の国だ。獣人は人族よりも強くて長寿だが、獣としての本能が強い分、野蛮で知性も低くて粗野だと聞かされていた。実際、我が国の獣人は人族が出来ない危険な労働を担うしか役に立たない。人族よりも強かろうが長寿だろうが、所詮は人族の下の存在。そう思っていたのに…
ラルセンの王宮についた時、私はあまりの壮厳で秀麗な王宮に驚かされた。我が国よりもずっと美しく、豪奢ですらあったからだ。案内された部屋も、品がよくて私の部屋なんかよりもずっと素晴らしいものだった。
こんな話は聞いていない。獣人の国は芸術など解さないと聞かされていたのだ。きっとこの建物は獣人たちが、人族を羨んで人族に命じて作らせたものなのだろうと思った。力が全ての獣人たちなのだ、彼らにこんな建物を作る力などないと思ったからだ。
なのに…
目の前に現れた獣人の王は…今までに見た事もない麗しい男性だった。輝くような青みを帯びた銀の髪は正に王者に相応しく、金の瞳は険しいけれどその怜悧さはマルダーンの男達にはないものだった。背は高く鍛えられていると一目でわかる身体は、でもむさ苦しさを感じなかった。そして、父王など比べ物にならないほどの威厳を放っていた。一目見ればわかる、絶対的な王の器…
同席した宰相だってそうだ。白金色の髪は背を覆うほどに長く艶やかで、金の瞳は王とは違って優しい色を湛えていた。冷たささえ漂う王に比べると、柔和で穏やかそうな顔立ちは、それでも王と遜色ない程に麗しかった。こんな美形、今まで見た事がない…
獣人は汚らわしい、野蛮だと聞いていたけれど…きっとそれは底辺の獣人の事だったのだ。だって獣人の王はあんなにも麗しくて洗練されているのだから。あんな素敵な見た目なら、私にも十分に釣り合うはずだ。
それなのに…あのみすぼらしかったあの娘が、いつの間にか別人のように美しくなってあの二人に傅かれていた。国にいた時は痩せこけて薄汚れ、貧相でしかなかったというのに…
今日見たあの娘は、赤みを帯びた金の髪は艶々と輝き、コケていた頬はふっくらと赤みを帯び、それでいて白い肌はそのままだった。
身に着けていたドレスも、パッと見は地味に見えたのに、よくよく見ると生地は我が国でも滅多にお目にかかれないほどの一級品で、むしろ余計な装飾がない分だけ品の良さが際立っていた。
しかもあのネックレスは、王の瞳と同じ金色だった。あの金翠玉はとても希少なもので、我が国でも小ぶりのものしか見た事がない。それがあの大きさとは…一体いくらするのか見当もつかない…
「どうしたんだい、カミラ」
「…お兄様…」
どれくらい経ったのだろうか…気が付けば他国の代表と話をすると言っていた兄が戻ってきた。この兄は王太子で私にとっては同腹の兄だが、少々人が好過ぎるところがあって心許ないところもある。今日もあの女を褒めていたけれど…あの小娘の母親が母親を苦しめた事を今一つ理解していないのだから腹立たしい。兄に言わせれば、悪いのは父であの母子ではないと言うのだ。そんな筈はない、あの母親が、泥棒猫が父を誘惑したのだから…!
「な、何でもないわ…でも…」
ふっと、この時、私は閃いた。そうよ、この結婚は同盟のための政略結婚なのだ。だから嫁ぐなら、何もあの小娘でなくてもいいはずだ。あの小娘だって王の番ではないのに、ちゃんと王妃として遇してくれるのなら、それが私になって何の問題があるだろうか…しかも私は正妃腹で、あの小娘とは血筋の点でも上なのだから。
「お兄様、お願いがあるの」
人が好く、私にも甘いお兄様に、私は甘えた声をかけた。そう、お兄様がいいと仰ってくれれば、この結婚の主役は私になってもいいはずだ。次期国王のお兄様がそう言うのだから、それは王の言葉と同等の筈…私は笑みを深めると、私の計画を話し始めた。
「馬鹿な事を…!」
「でもお兄様、同盟のための結婚ですのよ。だったら私であっても問題ないではありませんか…」
「だが、もう式まで幾日もないのだ。今更代える事など…」
「でも、あの娘は妾腹ですのよ。今後の同盟の維持のためにも、やはり正妃腹である私の方がよろしいのではありませんか?」
「だが…」
「それに、番でないのはエリサも同じですわ。だったら私の方がより同盟も強固になると思いませんか?」
「……」
お兄様ったら、私の考えに反論出来ないのね。でも、その通りでしょう?正妃腹の私の方がずっと国の役に立つ筈ですもの。
「だが…番が現れたら?そうしたら即離婚だぞ」
「まぁ、それこそ陛下は仰ったではありませんか、番も大事だが同盟も大事だ、と。国の事を大切にお考えの陛下なら、番が見つかったとしても直ぐに離婚など致しませんわ」
「しかし…」
「それに…番が見つかっても、側妃か愛妾としてお側に置けばいいのです。私は王妃として国のためにお仕えしますわ」
勿論、そんな事はないけどね。王妃にさえなれば、そう簡単に離婚なんてしないし、番なんていざとなったらさっさと消せばいいのだもの。どうせ一時的な熱病みたいなもので、いなくなったらきっと忘れるわ。勿論、その時は私が心からお慰めして差し上げるわよ。
「ねぇ、お兄様、私に任せて?私の提案を陛下はきっとお断りなさらない筈よ」
私が甘えた声で下から見上げたが、兄はそれでも首を縦には振らなかった。どうして?いつもなら私がお願いすれば仕方ないと言いながらも許してくれたのに…
「カミラ、この件に関しては既に決まっている事だ。下手をすれば同盟が破棄されて戦争になる可能性もあるんだ」
「でも…」
「今やマルダーンよりもラルセンの方が国力は上なんだよ。だから余計な刺激を与える真似は控えてくれ」
お兄様はそう言って、結局最後まで私のお願いを聞いては下さらなかった。どうして?私の方がずっと美人で血筋もよくて相応しいのに…
でも、それならば仕方がないわ。最後の切り札を出すしかないわね。あれはお父様の部屋を訪ねた時に数枚拝借したものだけど…あの紙、実はまだ手元にあるんだけど、なんならそれを使って王妃をエリサじゃなく私にしろって書けばいいのよ。そうすれば…ちゃんと国王命令になるんだから。
この時私は、自分の描いた絵図が完璧なものだと信じて疑わなかった。そう、あの小憎たらしいあの娘が本当の番だという事も、獣人の習性も、そして国力の差も知らなかったから…
ラルセン国王との謁見を終えた私は、与えられた自室に戻ると苛立つ気持ちを抑える事が出来なかった。
母から父の寵を奪った憎い泥棒猫の娘が、ラルセンの獣人の王に嫁ぐと聞いた時、私は歓喜に震えた。あの汚らわしい娘に相応しい婚姻だと思ったからだ。
ラルセンは獣人の国だ。獣人は人族よりも強くて長寿だが、獣としての本能が強い分、野蛮で知性も低くて粗野だと聞かされていた。実際、我が国の獣人は人族が出来ない危険な労働を担うしか役に立たない。人族よりも強かろうが長寿だろうが、所詮は人族の下の存在。そう思っていたのに…
ラルセンの王宮についた時、私はあまりの壮厳で秀麗な王宮に驚かされた。我が国よりもずっと美しく、豪奢ですらあったからだ。案内された部屋も、品がよくて私の部屋なんかよりもずっと素晴らしいものだった。
こんな話は聞いていない。獣人の国は芸術など解さないと聞かされていたのだ。きっとこの建物は獣人たちが、人族を羨んで人族に命じて作らせたものなのだろうと思った。力が全ての獣人たちなのだ、彼らにこんな建物を作る力などないと思ったからだ。
なのに…
目の前に現れた獣人の王は…今までに見た事もない麗しい男性だった。輝くような青みを帯びた銀の髪は正に王者に相応しく、金の瞳は険しいけれどその怜悧さはマルダーンの男達にはないものだった。背は高く鍛えられていると一目でわかる身体は、でもむさ苦しさを感じなかった。そして、父王など比べ物にならないほどの威厳を放っていた。一目見ればわかる、絶対的な王の器…
同席した宰相だってそうだ。白金色の髪は背を覆うほどに長く艶やかで、金の瞳は王とは違って優しい色を湛えていた。冷たささえ漂う王に比べると、柔和で穏やかそうな顔立ちは、それでも王と遜色ない程に麗しかった。こんな美形、今まで見た事がない…
獣人は汚らわしい、野蛮だと聞いていたけれど…きっとそれは底辺の獣人の事だったのだ。だって獣人の王はあんなにも麗しくて洗練されているのだから。あんな素敵な見た目なら、私にも十分に釣り合うはずだ。
それなのに…あのみすぼらしかったあの娘が、いつの間にか別人のように美しくなってあの二人に傅かれていた。国にいた時は痩せこけて薄汚れ、貧相でしかなかったというのに…
今日見たあの娘は、赤みを帯びた金の髪は艶々と輝き、コケていた頬はふっくらと赤みを帯び、それでいて白い肌はそのままだった。
身に着けていたドレスも、パッと見は地味に見えたのに、よくよく見ると生地は我が国でも滅多にお目にかかれないほどの一級品で、むしろ余計な装飾がない分だけ品の良さが際立っていた。
しかもあのネックレスは、王の瞳と同じ金色だった。あの金翠玉はとても希少なもので、我が国でも小ぶりのものしか見た事がない。それがあの大きさとは…一体いくらするのか見当もつかない…
「どうしたんだい、カミラ」
「…お兄様…」
どれくらい経ったのだろうか…気が付けば他国の代表と話をすると言っていた兄が戻ってきた。この兄は王太子で私にとっては同腹の兄だが、少々人が好過ぎるところがあって心許ないところもある。今日もあの女を褒めていたけれど…あの小娘の母親が母親を苦しめた事を今一つ理解していないのだから腹立たしい。兄に言わせれば、悪いのは父であの母子ではないと言うのだ。そんな筈はない、あの母親が、泥棒猫が父を誘惑したのだから…!
「な、何でもないわ…でも…」
ふっと、この時、私は閃いた。そうよ、この結婚は同盟のための政略結婚なのだ。だから嫁ぐなら、何もあの小娘でなくてもいいはずだ。あの小娘だって王の番ではないのに、ちゃんと王妃として遇してくれるのなら、それが私になって何の問題があるだろうか…しかも私は正妃腹で、あの小娘とは血筋の点でも上なのだから。
「お兄様、お願いがあるの」
人が好く、私にも甘いお兄様に、私は甘えた声をかけた。そう、お兄様がいいと仰ってくれれば、この結婚の主役は私になってもいいはずだ。次期国王のお兄様がそう言うのだから、それは王の言葉と同等の筈…私は笑みを深めると、私の計画を話し始めた。
「馬鹿な事を…!」
「でもお兄様、同盟のための結婚ですのよ。だったら私であっても問題ないではありませんか…」
「だが、もう式まで幾日もないのだ。今更代える事など…」
「でも、あの娘は妾腹ですのよ。今後の同盟の維持のためにも、やはり正妃腹である私の方がよろしいのではありませんか?」
「だが…」
「それに、番でないのはエリサも同じですわ。だったら私の方がより同盟も強固になると思いませんか?」
「……」
お兄様ったら、私の考えに反論出来ないのね。でも、その通りでしょう?正妃腹の私の方がずっと国の役に立つ筈ですもの。
「だが…番が現れたら?そうしたら即離婚だぞ」
「まぁ、それこそ陛下は仰ったではありませんか、番も大事だが同盟も大事だ、と。国の事を大切にお考えの陛下なら、番が見つかったとしても直ぐに離婚など致しませんわ」
「しかし…」
「それに…番が見つかっても、側妃か愛妾としてお側に置けばいいのです。私は王妃として国のためにお仕えしますわ」
勿論、そんな事はないけどね。王妃にさえなれば、そう簡単に離婚なんてしないし、番なんていざとなったらさっさと消せばいいのだもの。どうせ一時的な熱病みたいなもので、いなくなったらきっと忘れるわ。勿論、その時は私が心からお慰めして差し上げるわよ。
「ねぇ、お兄様、私に任せて?私の提案を陛下はきっとお断りなさらない筈よ」
私が甘えた声で下から見上げたが、兄はそれでも首を縦には振らなかった。どうして?いつもなら私がお願いすれば仕方ないと言いながらも許してくれたのに…
「カミラ、この件に関しては既に決まっている事だ。下手をすれば同盟が破棄されて戦争になる可能性もあるんだ」
「でも…」
「今やマルダーンよりもラルセンの方が国力は上なんだよ。だから余計な刺激を与える真似は控えてくれ」
お兄様はそう言って、結局最後まで私のお願いを聞いては下さらなかった。どうして?私の方がずっと美人で血筋もよくて相応しいのに…
でも、それならば仕方がないわ。最後の切り札を出すしかないわね。あれはお父様の部屋を訪ねた時に数枚拝借したものだけど…あの紙、実はまだ手元にあるんだけど、なんならそれを使って王妃をエリサじゃなく私にしろって書けばいいのよ。そうすれば…ちゃんと国王命令になるんだから。
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