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六章
神殿の存在意義
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夜会の参加者が見守る中、ジョージアナ様は目の前に跪いた騎士の手を取った。きっと力を流しているのだろう。三十を数えるほどの時間が経った頃、生々しく残っていた傷跡は綺麗に消え去り、会場内がその奇跡に見入っていた。貴族でも実際に癒しの場面を見ることは少ないだろうから、その様子は衝撃的だったかもしれない。
「シアに比べると随分時間がかかったね」
こっそりラリー様が耳元でそう言ったけれど、確かに時間がかかったと思う。私だったら五を越えることはないだろうし、エリンさんの方が早いと思う。ジョージアナ様の力があまりないのは明らかだった。
しかし、初めて癒しの場面を見た貴族たちはそうではなかった。暫しの沈黙の後、会場内に盛大な拍手が広がっていったからだ。騎士が傷があった筈の手を見えるように上にあげると、その勢いはより増した。
「……あれではアレクシア様の方がずっと早いではありませんか」
「全くです」
横ではリネット様とジョシュア様が眉をしかめていた。彼らは私がリネット様の傷を治したことを知っているからその差をご存じなのだ。貴族の中でも私の力を知っている方はリネット様たちと同じように冷めた目を向けていた。
「これが大聖女様の御力です。更に付け加えるなら、先日国王陛下が暴漢に襲われた際、弟でいらっしゃるヘーゼルダイン辺境伯様がお庇いになられました」
セービン大司教の言葉に驚いてラリー様を見上げると、ラリー様は僅かに目を見開いてから眉をしかめた。まさか……
「ヘーゼルダイン辺境伯様は背中に刀傷を受けられました。ですが! それを癒されたのもこの大聖女様であるジョージアナ様なのです!」
その宣言に、皆の注目がラリー様に集まった。ラリー様が怪我など微塵も感じさせない様子でいることに驚きの表情を露わにした。だけど……
(あ、あれは私が癒したのに……)
そう、あの傷を治したのは私の力だ。セネットの騎士になったラリー様には、紫蛍石を通じて私の力が送られる。ラリー様だって私の力で治したと仰っていたのに……
(もしかして、彼らはその事を知らない? それとも、どちらの力かなどわからないから押し通すつもり?)
聖女の力がどちらのものかなんて確かめようがない。
「お分かり頂けたでしょうか、皆さま! この通り、大聖女様の御力は疑いようもないのです!」
セービン大司教の声に、再び会場内が湧く。中には『大聖女様万歳!』『ジョージアナ様万歳!』との声も聞こえてきた。こうなってはセービン大司教の提案を退けることは難しいかもしれない。全ては国王陛下のお心次第だけど。
「国王陛下にお願い申し上げ奉ります。どうかセネット家の聖女の名を、大聖女の実家であるリドリー侯爵家に変更下さいませ! そしてこれからは、大聖女の実家に聖女の家名を冠して下さいますようお願い申し上げます」
セービン大司教が国王陛下の方に向かって声を張り上げた。ここからは陛下の表情は見て取れないけれど、陛下は相変わらず椅子に坐したままだった。会場内の目が陛下に集まり、陛下の答えを息を殺して待っていた。私は冷たい雪のような不安が静かに降り積もっていくのを感じながら陛下のお声を待った。
「成程、セービンよ。そなたはセネットの聖女を否定するのだな?」
陛下は椅子から立ち上がることもなく、感情を全く感じさせない声でそう問いかけた。
「勿論でございます! 神殿に何の貢献もない聖女など、不要ではありませんか!」
「だが、聖女が生まれるのはセネット家との盟約があるからだ」
「それがそもそもおかしいのです! 聖女の力を持つ者が生まれるのがセネット家のお陰だと? そんなバカなことがある筈もないでしょう。聖女は血で受け継がれる存在ではございません。貴族も平民も関係なく現れるのですから」
確かにセネット家と他で生まれる聖女には何の関係もない。女性である事だけが条件で、遺伝するでもなく突然現れるのだ。
「そうか。では仮にセネット家との盟約が破棄されたとしてだ。その後我が国に聖女が生まれなくなったらどうするのだ? その責をそなたは負えるのか? そうなれば神殿など我が国には不要となる。そなたのその地位も含めてだ」
陛下の言葉は理に適っているようでいて、そうではないようにも思えた。貴族達も同じように思ったのか、側にいる者と顔を見合わせている。私のこの力が盟約によってなくなるとは思えなかったからだ。そもそも盟約とは何だろう。当主になったのに私はその内容を知らなかったことに今になって気付いた。
「ま、まさか! 聖女は神への信仰の表れ。セネット家との盟約などなくとも……」
「そうか。では試してみるか?」
「な!?」
「だが、今後聖女がいなくなった場合、その責めはそなたらに集まることになる。民の怒りはそなたらに向かうだろうな」
陛下はそう仰った後で一旦言葉を区切ると、周囲を見渡した。
「それに、神殿はその地位を失うことになる。セービンよ、再就職先の当てはあるか? ああ、そなただけではないな、神殿で働く者全てが職を失う。勿論聖女たちもだ」
「な……!」
そこまで具体的に言われて、セービン大司教は言葉を失った。盟約の内容を知らないから不安になったのだろう。先ほどまでの自信満々な態度がすっかり鳴りを潜めていた。
「国王陛下に申し上げます!」
と、そこで声を上げたのは意外にもジョージアナ様だった。
「シアに比べると随分時間がかかったね」
こっそりラリー様が耳元でそう言ったけれど、確かに時間がかかったと思う。私だったら五を越えることはないだろうし、エリンさんの方が早いと思う。ジョージアナ様の力があまりないのは明らかだった。
しかし、初めて癒しの場面を見た貴族たちはそうではなかった。暫しの沈黙の後、会場内に盛大な拍手が広がっていったからだ。騎士が傷があった筈の手を見えるように上にあげると、その勢いはより増した。
「……あれではアレクシア様の方がずっと早いではありませんか」
「全くです」
横ではリネット様とジョシュア様が眉をしかめていた。彼らは私がリネット様の傷を治したことを知っているからその差をご存じなのだ。貴族の中でも私の力を知っている方はリネット様たちと同じように冷めた目を向けていた。
「これが大聖女様の御力です。更に付け加えるなら、先日国王陛下が暴漢に襲われた際、弟でいらっしゃるヘーゼルダイン辺境伯様がお庇いになられました」
セービン大司教の言葉に驚いてラリー様を見上げると、ラリー様は僅かに目を見開いてから眉をしかめた。まさか……
「ヘーゼルダイン辺境伯様は背中に刀傷を受けられました。ですが! それを癒されたのもこの大聖女様であるジョージアナ様なのです!」
その宣言に、皆の注目がラリー様に集まった。ラリー様が怪我など微塵も感じさせない様子でいることに驚きの表情を露わにした。だけど……
(あ、あれは私が癒したのに……)
そう、あの傷を治したのは私の力だ。セネットの騎士になったラリー様には、紫蛍石を通じて私の力が送られる。ラリー様だって私の力で治したと仰っていたのに……
(もしかして、彼らはその事を知らない? それとも、どちらの力かなどわからないから押し通すつもり?)
聖女の力がどちらのものかなんて確かめようがない。
「お分かり頂けたでしょうか、皆さま! この通り、大聖女様の御力は疑いようもないのです!」
セービン大司教の声に、再び会場内が湧く。中には『大聖女様万歳!』『ジョージアナ様万歳!』との声も聞こえてきた。こうなってはセービン大司教の提案を退けることは難しいかもしれない。全ては国王陛下のお心次第だけど。
「国王陛下にお願い申し上げ奉ります。どうかセネット家の聖女の名を、大聖女の実家であるリドリー侯爵家に変更下さいませ! そしてこれからは、大聖女の実家に聖女の家名を冠して下さいますようお願い申し上げます」
セービン大司教が国王陛下の方に向かって声を張り上げた。ここからは陛下の表情は見て取れないけれど、陛下は相変わらず椅子に坐したままだった。会場内の目が陛下に集まり、陛下の答えを息を殺して待っていた。私は冷たい雪のような不安が静かに降り積もっていくのを感じながら陛下のお声を待った。
「成程、セービンよ。そなたはセネットの聖女を否定するのだな?」
陛下は椅子から立ち上がることもなく、感情を全く感じさせない声でそう問いかけた。
「勿論でございます! 神殿に何の貢献もない聖女など、不要ではありませんか!」
「だが、聖女が生まれるのはセネット家との盟約があるからだ」
「それがそもそもおかしいのです! 聖女の力を持つ者が生まれるのがセネット家のお陰だと? そんなバカなことがある筈もないでしょう。聖女は血で受け継がれる存在ではございません。貴族も平民も関係なく現れるのですから」
確かにセネット家と他で生まれる聖女には何の関係もない。女性である事だけが条件で、遺伝するでもなく突然現れるのだ。
「そうか。では仮にセネット家との盟約が破棄されたとしてだ。その後我が国に聖女が生まれなくなったらどうするのだ? その責をそなたは負えるのか? そうなれば神殿など我が国には不要となる。そなたのその地位も含めてだ」
陛下の言葉は理に適っているようでいて、そうではないようにも思えた。貴族達も同じように思ったのか、側にいる者と顔を見合わせている。私のこの力が盟約によってなくなるとは思えなかったからだ。そもそも盟約とは何だろう。当主になったのに私はその内容を知らなかったことに今になって気付いた。
「ま、まさか! 聖女は神への信仰の表れ。セネット家との盟約などなくとも……」
「そうか。では試してみるか?」
「な!?」
「だが、今後聖女がいなくなった場合、その責めはそなたらに集まることになる。民の怒りはそなたらに向かうだろうな」
陛下はそう仰った後で一旦言葉を区切ると、周囲を見渡した。
「それに、神殿はその地位を失うことになる。セービンよ、再就職先の当てはあるか? ああ、そなただけではないな、神殿で働く者全てが職を失う。勿論聖女たちもだ」
「な……!」
そこまで具体的に言われて、セービン大司教は言葉を失った。盟約の内容を知らないから不安になったのだろう。先ほどまでの自信満々な態度がすっかり鳴りを潜めていた。
「国王陛下に申し上げます!」
と、そこで声を上げたのは意外にもジョージアナ様だった。
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読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
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