【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫

文字の大きさ
上 下
196 / 213
六章

神殿の存在意義

しおりを挟む
 夜会の参加者が見守る中、ジョージアナ様は目の前に跪いた騎士の手を取った。きっと力を流しているのだろう。三十を数えるほどの時間が経った頃、生々しく残っていた傷跡は綺麗に消え去り、会場内がその奇跡に見入っていた。貴族でも実際に癒しの場面を見ることは少ないだろうから、その様子は衝撃的だったかもしれない。

「シアに比べると随分時間がかかったね」

 こっそりラリー様が耳元でそう言ったけれど、確かに時間がかかったと思う。私だったら五を越えることはないだろうし、エリンさんの方が早いと思う。ジョージアナ様の力があまりないのは明らかだった。
 しかし、初めて癒しの場面を見た貴族たちはそうではなかった。暫しの沈黙の後、会場内に盛大な拍手が広がっていったからだ。騎士が傷があった筈の手を見えるように上にあげると、その勢いはより増した。

「……あれではアレクシア様の方がずっと早いではありませんか」
「全くです」

 横ではリネット様とジョシュア様が眉をしかめていた。彼らは私がリネット様の傷を治したことを知っているからその差をご存じなのだ。貴族の中でも私の力を知っている方はリネット様たちと同じように冷めた目を向けていた。

「これが大聖女様の御力です。更に付け加えるなら、先日国王陛下が暴漢に襲われた際、弟でいらっしゃるヘーゼルダイン辺境伯様がお庇いになられました」

 セービン大司教の言葉に驚いてラリー様を見上げると、ラリー様は僅かに目を見開いてから眉をしかめた。まさか……

「ヘーゼルダイン辺境伯様は背中に刀傷を受けられました。ですが! それを癒されたのもこの大聖女様であるジョージアナ様なのです!」

 その宣言に、皆の注目がラリー様に集まった。ラリー様が怪我など微塵も感じさせない様子でいることに驚きの表情を露わにした。だけど……

(あ、あれは私が癒したのに……)

 そう、あの傷を治したのは私の力だ。セネットの騎士になったラリー様には、紫蛍石を通じて私の力が送られる。ラリー様だって私の力で治したと仰っていたのに……

(もしかして、彼らはその事を知らない? それとも、どちらの力かなどわからないから押し通すつもり?)

 聖女の力がどちらのものかなんて確かめようがない。

「お分かり頂けたでしょうか、皆さま! この通り、大聖女様の御力は疑いようもないのです!」

 セービン大司教の声に、再び会場内が湧く。中には『大聖女様万歳!』『ジョージアナ様万歳!』との声も聞こえてきた。こうなってはセービン大司教の提案を退けることは難しいかもしれない。全ては国王陛下のお心次第だけど。

「国王陛下にお願い申し上げ奉ります。どうかセネット家の聖女の名を、大聖女の実家であるリドリー侯爵家に変更下さいませ! そしてこれからは、大聖女の実家に聖女の家名を冠して下さいますようお願い申し上げます」

 セービン大司教が国王陛下の方に向かって声を張り上げた。ここからは陛下の表情は見て取れないけれど、陛下は相変わらず椅子に坐したままだった。会場内の目が陛下に集まり、陛下の答えを息を殺して待っていた。私は冷たい雪のような不安が静かに降り積もっていくのを感じながら陛下のお声を待った。

「成程、セービンよ。そなたはセネットの聖女を否定するのだな?」

 陛下は椅子から立ち上がることもなく、感情を全く感じさせない声でそう問いかけた。

「勿論でございます! 神殿に何の貢献もない聖女など、不要ではありませんか!」
「だが、聖女が生まれるのはセネット家との盟約があるからだ」
「それがそもそもおかしいのです! 聖女の力を持つ者が生まれるのがセネット家のお陰だと? そんなバカなことがある筈もないでしょう。聖女は血で受け継がれる存在ではございません。貴族も平民も関係なく現れるのですから」

 確かにセネット家と他で生まれる聖女には何の関係もない。女性である事だけが条件で、遺伝するでもなく突然現れるのだ。

「そうか。では仮にセネット家との盟約が破棄されたとしてだ。その後我が国に聖女が生まれなくなったらどうするのだ? その責をそなたは負えるのか? そうなれば神殿など我が国には不要となる。そなたのその地位も含めてだ」

 陛下の言葉は理に適っているようでいて、そうではないようにも思えた。貴族達も同じように思ったのか、側にいる者と顔を見合わせている。私のこの力が盟約によってなくなるとは思えなかったからだ。そもそも盟約とは何だろう。当主になったのに私はその内容を知らなかったことに今になって気付いた。

「ま、まさか! 聖女は神への信仰の表れ。セネット家との盟約などなくとも……」
「そうか。では試してみるか?」
「な!?」
「だが、今後聖女がいなくなった場合、その責めはそなたらに集まることになる。民の怒りはそなたらに向かうだろうな」

 陛下はそう仰った後で一旦言葉を区切ると、周囲を見渡した。

「それに、神殿はその地位を失うことになる。セービンよ、再就職先の当てはあるか? ああ、そなただけではないな、神殿で働く者全てが職を失う。勿論聖女たちもだ」
「な……!」

 そこまで具体的に言われて、セービン大司教は言葉を失った。盟約の内容を知らないから不安になったのだろう。先ほどまでの自信満々な態度がすっかり鳴りを潜めていた。

「国王陛下に申し上げます!」

 と、そこで声を上げたのは意外にもジョージアナ様だった。




しおりを挟む
読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
感想 167

あなたにおすすめの小説

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました

As-me.com
恋愛
完結しました。  とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。  例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。  なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。  ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!  あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」  ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。 「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」  一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。  だって。  ──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。

【完結】「『王太子を呼べ!』と国王陛下が言っています。国王陛下は激オコです」

まほりろ
恋愛
王命で決められた公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢との婚約を発表した王太子に、国王陛下が激オコです。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 小説家になろうで日間総合ランキング3位まで上がった作品です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...