【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫

文字の大きさ
上 下
192 / 213
六章

王宮からの使者

しおりを挟む
「アレクシア様!?」
「奥様!?」

 ユーニスたちの叫び声が聞こえるけれど、私は返事をする余裕もなかった。背中の熱は変わらず、眩暈がしそうなほどに力が奪われていく。こんな感覚は初めてだった……

「どうなさったのです?」
「だ、大丈夫、だから……」

 少しだけ待ってほしい、そう思いながら手を振ると、ユーニスたちの声が止んだ。どれくらいそうしていただろうか……

「ア、アレクシア! 紫蛍石がっ!?」

 ようやく力の流れが収まったので顔を上げたら、ユーニスが驚いた表情を隠さずに声を上げた。

「え?」

 何かと思って紫蛍石を手にすると……石が赤く光っているのが見えた。力を流してからはずっとセネット家の家紋が赤く浮かび上がっていたけれど、今は家門がわからないほどに全体が赤く光っていた。でもそれも私たちが見つめていると少しずつ収まっていって、最後には消えてしまった。

「な、何だったのかしら……?」
「アレクシア様、お身体は? ご不調だったのでは?」
「え、ええ……急に背中が熱くなって……力が奪われるような感じがしたの。こんなこと……初めてだわ」

 何だろう。あまりいいことのような気がしなかった。それに大人数を治療したような脱力感が残っている。

(どこかに力が流れていったというの……? でも、どこに?)

 嫌な胸騒ぎを押し殺していると、バタバタと誰かがこちらに駆けてくる足音が聞こえた。この屋敷にそんな不作法な人はいない筈。だとしたら……

「お、奥様!! 大変でございます!! 旦那様が! 旦那様が王宮で大怪我を負ったとの連絡が!!!」

 身体中の血が一気に流れ出して気がして、体温がなくなった気がした。



 王家からの知らせを受け、私は直ぐにユーニスとイザードを伴って王宮に向かった。
 陛下の使者の話では、ラリー様は会議の合間の休憩中、廊下で陛下と並んで休憩室に向かう途中で襲われたという。実際に襲われたのは陛下で、ラリー様は陛下を庇って怪我をされたのだ。陛下が出席なさる会議は武器などの持ち込みは禁止だったため十分応戦できず、陛下を庇って背中を負傷されたらしい。

「アレクシア様、大丈夫ですわ。陛下のお使いも命に別状はないと仰っていましたし」
「そうかもしれないけれど……」

 ユーニスが私を励まそうとそう言ってくれたけれど、私の心も体も凍り付いたような感覚が消えなかった。奪われた力の大きさから、怪我の大きさが思い知らされていたのもある。あんなに力を奪われるのは、生死を彷徨うくらいに重傷の時くらいだから。

(あの背中が痛んだのは……それに、あの時力を奪われた感じがしたのも……)

 ラリー様はセネットの騎士で、私とは紫蛍石で繋がっている。セネットの騎士は聖女と離れた場所にいても怪我を負えば石を通じて治療されると文献にあった。それが起きたのだろうか……

「ラリー様!!!」

 急く気持ちを押し殺して王宮のラリー様の部屋に入ると、医師らしき人と数人の侍女、そしてラリー様について行ったロバートがいた。

「ロバート! ラリー様は!?」
「アレクシア様!」

 私たちに気付くと直ぐにロバートがやって来て、ローレンス様の元へと促してくれた。奥の寝室に入る前に気を落ち着かせるために深呼吸を一度してから、そっとドアを開けた。

「ああ、シア。心配かけてすまなかったね」
「……ラリー様……」

 そこにはベッドの上で上体を起こしたラリー様がいた。逆光のせきか顔色が青いようにも見えるけれど、朝別れた時と変わりない笑顔と声だった。

「ラリー様……お怪我は……」

 恐る恐る近づいて尋ねると、いつもの笑顔を浮かべてくれて、その事に物凄く心が軽くなっている自分がいた。

「ああ、心配をかけてすまなかった。陛下を庇って刺されたはずなんだけど、今はこの通り、どこにも問題はないよ」
「いいえ、かなり出血されたのですから横になっていてください!」

 後ろから諫める声がして振り向くと、王宮医だった。

「出血って……」
「ああ、宮廷医のローパーと申します。ヘーゼルダイン辺境伯様は暴漢に襲われて右の背中を刺されたのです」
「右の背中……」

 私が熱いと感じた場所と同じだった。

「直ぐに部屋に運び込まれて応急処置を施したのですが……治癒魔法が効いたようで傷は綺麗に消えております。ただ……」
「出血は、治癒魔術では……」
「そういうことです。なので数日は安静にしてお過ごしいただきたいのですが……」

 そう言ってローパー医師が難しい表情でラリー様を見たところで、彼が言いたいことは分かった。大人しく寝てくれないのだろう。

「仕方がないだろう? こんなことになったのだから、早急に犯人を捕まえる必要があるんだから」
「それは今、バイアット侯爵が指揮されております。怪我人は大人しく休んでいるものですぞ」

 話の様子からして、ローパー医師とラリー様は知り合いらしい。ラリー様は王宮育ちだから当然と言えば当然だろうか。

 ロバートがベッドの側にイスを設けてくれたのでそこに腰かけると、ラリー様が直ぐに私の手を取った。その大きくて温かい手に、冷え切った体も心も解されていくのを感じた。

「ご無事で、よかったです……」
「ああ、これもシアのお陰だよ、あなたの力が私を助けてくれたんだ」

 やっぱりあの時の感覚はラリー様を癒すためだったのだ。それは起きて欲しくないと願っていたことだったけれど、それでもその力がこれほど嬉しく有難いと思ったことはなかった。






しおりを挟む
読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
感想 167

あなたにおすすめの小説

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

【完結】断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~

古堂 素央
恋愛
【完結】 「なんでわたしを突き落とさないのよ」  学園の廊下で、見知らぬ女生徒に声をかけられた公爵令嬢ハナコ。  階段から転げ落ちたことをきっかけに、ハナコは自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わったことを知る。しかもハナコは悪役令嬢のポジションで。  しかしなぜかヒロインそっちのけでぐいぐいハナコに迫ってくる攻略対象の王子。その上、王子は前世でハナコがこっぴどく振った瓶底眼鏡の山田そっくりで。  ギロチンエンドか瓶底眼鏡とゴールインするか。選択を迫られる中、他の攻略対象の好感度まで上がっていって!?  悪役令嬢? 断罪ざまぁ? いいえ、冴えない王子と結ばれるくらいなら、ノシつけてヒロインに押しつけます!  黒ヒロインの陰謀を交わしつつ、無事ハナコは王子の魔の手から逃げ切ることはできるのか!?

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

【完】聖女じゃないと言われたので、大好きな人と一緒に旅に出ます!

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 ミレニア王国にある名もなき村の貧しい少女のミリアは酒浸りの両親の代わりに家族や妹の世話を懸命にしていたが、その妹や周囲の子ども達からは蔑まれていた。  ミリアが八歳になり聖女の素質があるかどうかの儀式を受けると聖女見習いに選ばれた。娼館へ売り払おうとする母親から逃れマルクト神殿で聖女見習いとして修業することになり、更に聖女見習いから聖女候補者として王都の大神殿へと推薦された。しかし、王都の大神殿の聖女候補者は貴族令嬢ばかりで、平民のミリアは虐げられることに。  その頃、大神殿へ行商人見習いとしてやってきたテオと知り合い、見習いの新人同士励まし合い仲良くなっていく。  十五歳になるとミリアは次期聖女に選ばれヘンリー王太子と婚約することになった。しかし、ヘンリー王太子は平民のミリアを気に入らず婚約破棄をする機会を伺っていた。  そして、十八歳を迎えたミリアは王太子に婚約破棄と国外追放の命を受けて、全ての柵から解放される。 「これで私は自由だ。今度こそゆっくり眠って美味しいもの食べよう」  テオとずっと一緒にいろんな国に行ってみたいね。  21.11.7~8、ホットランキング・小説・恋愛部門で一位となりました! 皆様のおかげです。ありがとうございました。  ※「小説家になろう」さまにも掲載しております。  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央
恋愛
 聖女は十年しか生きられない。  この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。  それは期間満了後に始まる約束だったけど――  一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。  二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。  ライラはこの契約を承諾する。  十年後。  あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。  そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。  こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。  そう思い、ライラは聖女をやめることにした。  他の投稿サイトでも掲載しています。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました

As-me.com
恋愛
完結しました。  とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。  例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。  なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。  ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!  あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!

近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。 「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」 声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。 ※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です! ※「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...