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六章
未明の火事
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エリンさん達が我が家に滞在して半月が経った。ゆっくり休んで栄養のあるものを食べれば、まだ若い彼女は急速に回復していった。それは聖女の力もで、アレンが転んでひざを擦りむいた傷は、彼女があっという間に治していた。その様子からも彼女がかなりの力を持っていることがわかった。このまま家に帰れば、また神殿に利用される懸念はあったけれど、彼女は無償で我が家に滞在することをよしとしなかった。
「だったら、シアの侍女にならないか?」
エリンさんにそう提案したのはラリー様だった。ラリー様曰く、この屋敷には女性の侍女は少なく、私の身の回りのこともユーニスが一手に引き受けていた。でも、ヘーゼルダインに帰ればユーニスはロバートと結婚するし、そうなればずっと私につきっきりという訳にもいかない。もしその気があるなら、姉弟で我が家に仕えないかというものだった。エリンさんは貴族のマナーも学んでいるし、クレアやアレンも基礎の教育は受けているから、望むなら勉強出来る環境を用意しようとも。
「ですが、ご迷惑では……」
「迷惑ではないよ。むしろ聖女の力を持つ君に、シアの側に居て欲しいんだ」
「アレクシア様の?」
「ああ。彼女は他人は癒せても、自分自身は癒せない。なのに何かあると真っ先に飛び込んでいこうとするんだ。だから彼女に何かあった時、彼女を癒せる存在が側に居て欲しいんだ」
ラリー様が望んだのは、私を癒せる存在だった。そう言えばいつも私を癒せないから無理をするなと仰っていたっけ。無茶をしているつもりはなかったけど、ラリー様からはそう見えるらしい。
「王都のこの屋敷でもいいし、ヘーゼルダインに来てくれてもいい。そこは自由にしてくれればいい。我が家に仕えるとなれば神殿も手を出せないしね」
なるほど、エリンさんを利用させないためでもあったのだ。確かに我が家の侍女となれば、神殿やリドリー侯爵も手は出せないだろう。
「わ、私などでよろしいのでしょうか」
「ああ、君だからこそ、かな。シアはどう?」
「ラリー様がお許し下さるなら」
「姉さん! 私は賛成だよ。ここにいた方が安心だから」
結局、クレアの後押しもあってエリンさんは私の侍女になることを受けてくれた。クレアやアレンも侍女や従僕見習いとして、勉強しながら我が家に仕えることになった。彼女達も、また神殿に呼ばれるのではとの不安があったのだろう。それに、貴族の家に仕えるのは後ろ盾にもなる。両親が亡くなっている今、彼女たちにとっては後見となる存在を必要としていた。
いきなりユーニスを指導役にするのはレベルが高すぎるので、この屋敷に仕える中堅の侍女に指導役になって貰った。クレアは更に若い侍女に、アレンは土いじりが好きだというからまずは庭師見習いになった。彼女たちの父親は庭師だったというから、その影響かもしれない。若い三人の仲間入りに、屋敷内も一気に賑やかになった。
それから三日後の夜だった。ラリー様が身体を起こすのを感じて目を開けると、ラリー様がベッドから起き上がろうといた。
「ん……ラリー……様?」
「ああ、起こしてしまってすまなかった。何だか、外が騒がしくてね」
「外?」
ラリー様に言われて耳を澄ませると、確かに外が騒がしかった。すっかり周囲は暗闇に包まれて、まだ日が昇るには時間があるだろうことが伺えた。
「誰か、いるか?」
ラリー様が声をかけると、直ぐに侍女が返事をして部屋に入ってきた。何事かと尋ねると、今イザートが調べているという。何かわかったら知らせに来るようにと伝えると、侍女の表情が変わった。何事かと視線に気付いたラリー様もそちらに視線をやると、ラリー様まで表情を変えた。
「火事だ!」
「え?」
ラリー様の視線の先に私が見たのは、暗闇の中に赤く染まる一角だった。そこだけ浮き上がる様に赤い炎が見えた。
「シアはここにいて。私は様子を見てくる」
そう言うとラリー様は着替えをすべく隣の部屋に向かおうとしたが、そこで誰かがドアをノックした。
「旦那様! イザードです」
「イザードか。火事だ。様子を見てこよう」
「お待ちください、危険です! 今キーナンを向かわせましたから」
「……わかった」
既にキーナンが様子を探りに出ているという。彼は諜報活動もしていたから、彼に任せた方が早いと思ったのだろう。ラリー様は出かけるのを止めてベッドに戻ってきた。
「詳しいことがわかったら呼んでくれ」
「畏まりました」
そういうとイザードの足音が遠ざかっていった。今もまだ炎が赤々と王都の空を焼いていた。
「あの位置だと……エリンたちが住んでいた方角ではないか?」
「え? あ、確かに……」
そうなると平民たちが住んでいるエリアになるだろうか。そうなると家が密集していて人が多いので、その分被害が大きくなる可能性がある。不安が一層強まるけれど、今私たちが行ったところで消火や避難の邪魔になる可能性が高いだろう。
「かなりの規模だな。最近王都では火事は減ったと聞いていたが……」
「風が心配ですね。強いとより広まるでしょうし」
「ああ」
そう、王都でも時々火事は起きていた。きっとそれはどこに行っても同じなのだろう。ヘーゼルダインでも火事は日常的に起きていたし。私も火事で怪我人が出た時には治療に当たったりもしていた。風が強ければ火の回りも早いし、被害も大きくなる。貴族なら逃げ出せても、平民だと逃げ遅れる人も多くなるかもしれない。不安を感じながらも私はラリー様と火の勢いが早く収まるのを祈った。
「だったら、シアの侍女にならないか?」
エリンさんにそう提案したのはラリー様だった。ラリー様曰く、この屋敷には女性の侍女は少なく、私の身の回りのこともユーニスが一手に引き受けていた。でも、ヘーゼルダインに帰ればユーニスはロバートと結婚するし、そうなればずっと私につきっきりという訳にもいかない。もしその気があるなら、姉弟で我が家に仕えないかというものだった。エリンさんは貴族のマナーも学んでいるし、クレアやアレンも基礎の教育は受けているから、望むなら勉強出来る環境を用意しようとも。
「ですが、ご迷惑では……」
「迷惑ではないよ。むしろ聖女の力を持つ君に、シアの側に居て欲しいんだ」
「アレクシア様の?」
「ああ。彼女は他人は癒せても、自分自身は癒せない。なのに何かあると真っ先に飛び込んでいこうとするんだ。だから彼女に何かあった時、彼女を癒せる存在が側に居て欲しいんだ」
ラリー様が望んだのは、私を癒せる存在だった。そう言えばいつも私を癒せないから無理をするなと仰っていたっけ。無茶をしているつもりはなかったけど、ラリー様からはそう見えるらしい。
「王都のこの屋敷でもいいし、ヘーゼルダインに来てくれてもいい。そこは自由にしてくれればいい。我が家に仕えるとなれば神殿も手を出せないしね」
なるほど、エリンさんを利用させないためでもあったのだ。確かに我が家の侍女となれば、神殿やリドリー侯爵も手は出せないだろう。
「わ、私などでよろしいのでしょうか」
「ああ、君だからこそ、かな。シアはどう?」
「ラリー様がお許し下さるなら」
「姉さん! 私は賛成だよ。ここにいた方が安心だから」
結局、クレアの後押しもあってエリンさんは私の侍女になることを受けてくれた。クレアやアレンも侍女や従僕見習いとして、勉強しながら我が家に仕えることになった。彼女達も、また神殿に呼ばれるのではとの不安があったのだろう。それに、貴族の家に仕えるのは後ろ盾にもなる。両親が亡くなっている今、彼女たちにとっては後見となる存在を必要としていた。
いきなりユーニスを指導役にするのはレベルが高すぎるので、この屋敷に仕える中堅の侍女に指導役になって貰った。クレアは更に若い侍女に、アレンは土いじりが好きだというからまずは庭師見習いになった。彼女たちの父親は庭師だったというから、その影響かもしれない。若い三人の仲間入りに、屋敷内も一気に賑やかになった。
それから三日後の夜だった。ラリー様が身体を起こすのを感じて目を開けると、ラリー様がベッドから起き上がろうといた。
「ん……ラリー……様?」
「ああ、起こしてしまってすまなかった。何だか、外が騒がしくてね」
「外?」
ラリー様に言われて耳を澄ませると、確かに外が騒がしかった。すっかり周囲は暗闇に包まれて、まだ日が昇るには時間があるだろうことが伺えた。
「誰か、いるか?」
ラリー様が声をかけると、直ぐに侍女が返事をして部屋に入ってきた。何事かと尋ねると、今イザートが調べているという。何かわかったら知らせに来るようにと伝えると、侍女の表情が変わった。何事かと視線に気付いたラリー様もそちらに視線をやると、ラリー様まで表情を変えた。
「火事だ!」
「え?」
ラリー様の視線の先に私が見たのは、暗闇の中に赤く染まる一角だった。そこだけ浮き上がる様に赤い炎が見えた。
「シアはここにいて。私は様子を見てくる」
そう言うとラリー様は着替えをすべく隣の部屋に向かおうとしたが、そこで誰かがドアをノックした。
「旦那様! イザードです」
「イザードか。火事だ。様子を見てこよう」
「お待ちください、危険です! 今キーナンを向かわせましたから」
「……わかった」
既にキーナンが様子を探りに出ているという。彼は諜報活動もしていたから、彼に任せた方が早いと思ったのだろう。ラリー様は出かけるのを止めてベッドに戻ってきた。
「詳しいことがわかったら呼んでくれ」
「畏まりました」
そういうとイザードの足音が遠ざかっていった。今もまだ炎が赤々と王都の空を焼いていた。
「あの位置だと……エリンたちが住んでいた方角ではないか?」
「え? あ、確かに……」
そうなると平民たちが住んでいるエリアになるだろうか。そうなると家が密集していて人が多いので、その分被害が大きくなる可能性がある。不安が一層強まるけれど、今私たちが行ったところで消火や避難の邪魔になる可能性が高いだろう。
「かなりの規模だな。最近王都では火事は減ったと聞いていたが……」
「風が心配ですね。強いとより広まるでしょうし」
「ああ」
そう、王都でも時々火事は起きていた。きっとそれはどこに行っても同じなのだろう。ヘーゼルダインでも火事は日常的に起きていたし。私も火事で怪我人が出た時には治療に当たったりもしていた。風が強ければ火の回りも早いし、被害も大きくなる。貴族なら逃げ出せても、平民だと逃げ遅れる人も多くなるかもしれない。不安を感じながらも私はラリー様と火の勢いが早く収まるのを祈った。
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読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
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