183 / 213
六章
初めての王都散策
しおりを挟む
エリンさんの回復を待つ間、クレアとアレンは我が家の家事を手伝ってくれた。ただで世話になるのは気が引けるとクレアが言い出して、だったら少し早いけれど使用人見習の真似事でもしてはどうかとイザートが言ってくれたからだ。
クレアも何れは手に職をと思っていたらしく、この申し出に喜んで飛びついた。エリンさんの世話をしながら、イザートや侍女たちに掃除などのやり方を教えて貰っていた。エリンさんが倒れるまでは平民向けの職業学校のようなところにいっていたらしく、仕事を覚えるのは早いとイザートに褒められていた。
まだ幼いアレンはエリンさんの側を離れなかったけれど、クレアを少しずつ手伝うようになっていた。我が家は子どもがいなかったのもあってか、年配の侍女たちに可愛がられていた。
ラリー様は毎朝登城して打合せに忙しそうだったけれど、エリンさんが我が家に来て半月ほど経ったある朝、珍しくゆっくりされていた。聞けば今日は宰相様達もお休みを取られたので、それに合わせて休む事にしたのだという。
「今日はせっかくだから一緒に街に出てみないか?」
「街へ、ですか?」
突然のお誘いだったが、私は胸が高鳴るのを感じた。実は私は街に出た事がなかったのだ。王都にいた頃は王子妃教育に忙しくて自由な時間などなく、令嬢たちのように街にお忍びで散策するような機会がなかった。友達が街へ行って買い物をしたとか食事をしたという話を聞いて、ずっと羨ましいと思っていたのだ。
「いいのですか?」
「ああ、シアは王都の街に出た事はなかったのだろう?案内するよ」
「ぜひ!」
こうして私は、生まれて初めて王都の街に出たのだった。
「…すごい…」
王都の街は想像以上に賑やかだった。ヘーゼルダインでは領内一の街に暮らしていたし、そこもそれなりに大きな街だったけれど、王都とは大違いだった。人の数も建物の規模も、何よりも活気が違った。戦争を繰り返すヘーゼルダインは、表通りは華やかだけれど、一歩奥に入れば嘘のように静かなのに、王都は違う。ずっと王都に住んでいたけれど、私は初めての街の活気に完全に飲まれていた、と思う。
ラリー様は簡素な騎士服姿で、輝く金の髪は茶色のかつらで隠していた、それだけで印象は随分と変わるけれど、やっぱり持って生まれた風格や威厳は隠しきれるものではなく微妙に浮いている感じがした。裕福な商家の若旦那辺りの方がよかったかもしれない。
私はというと、明るいオレンジ色のワンピースに革の編み上げブーツ、若草色のカーディガン姿だった。目立つ青銀の髪はラリー様と同じ茶色のかつらで誤魔化した。下位貴族の娘くらいには見えるだろうか。
「シア、あの店に行ってみようか。女性に人気のアクセサリーなどが売っているそうだよ」
そう言って私を案内してくれるラリー様は、さすが王都育ちで騎士をしていたのもあって、街のことに詳しかった。ラリー様は騎士団にいた頃は王宮ではなく王都の警備の方を担当していたという。少しでも民のことを知りたかったのだと。そういうところはヘーゼルダインに来てからも変わっていなかった。
「うわぁ…」
案内されて入った店は…可愛らしいアクセサリーが所狭しと並んでいた。店にいるのは私と同年代か少し上の女性で、身なりからそれなりに裕福な商家の女性か、お忍びの貴族の令嬢と思われた。カップルで来ている人も多くて、これが噂に聞くデートスポットという場所だろうか。普段あまりアクセサリーを付けない私だけど、可愛いものが嫌いなわけじゃないので、つい見入ってしまった。
(わ…ラリー様の瞳みたい…)
目を引いたのは、青空を閉じ込めたような石が付いた髪飾りだった。空の青を基調として、水色や紺が織り交ぜられたような色で、ラリー様の持つ王家特有の青の瞳によく似ていた。思わず手に取ってみると光を受けて青みが微妙に変わって、一層瞳のように見える。
「何か気に入ったものはあった?」
ラリー様が声をかけてきた。私がその髪飾りを手に光の加減を楽しんでいたから、気に入ったと思ったのかもしれない。
「気に入ったと言うか…ラリー様の瞳みたいで綺麗だな、って思って…」
「瞳?私の?」
「ええ。エリオット様もそうでしたが、王家の方の瞳って青だけど濃淡があって不思議な色合いですよね。ラリー様は色の幅もあって特にお綺麗ですし」
「そうかい?自分では見えないからわからないけど…シアがそう言ってくれるのは嬉しいね」
そう言って柔らかい笑みを浮かべると、周りから息を飲む音が聞こえた。またラリー様に見惚れた女性達だろう。王都に来てからはこんな場面が続いたせいか、少し免疫が出来たように思うけれど…相変わらずラリー様にドキドキさせられっぱなしの私だった。
結局その髪飾りを気に入ったので買おうと思ったら、ラリー様にプレゼントされてしまった。
「今日の記念にね」
そう言ってまた蕩ける様な笑みを浮かべるものだから、店内に黄色い声が上がったのは言うまでもなかった。
その後は、女性に人気のカフェでお茶をしたり、庶民の台所と言われている市場を見に行ったりした。さすが王都だけあって、市場の規模も品数もヘーゼルダインとは桁違いだ。
そんな王都は守られているから憂いなく過ごせているけれど、それはヘーゼルダインをはじめとする辺境伯が国を護っているからなのだ。ヘーゼルダイン以外の辺境は隣接する国と友好関係を築いているから憂いも少ない。本当に、我が国で今最も厳しいのはヘーゼルダインだけなのだ。王都の活気の中に身を置くと、そんなことを忘れてしまいそうだった。
クレアも何れは手に職をと思っていたらしく、この申し出に喜んで飛びついた。エリンさんの世話をしながら、イザートや侍女たちに掃除などのやり方を教えて貰っていた。エリンさんが倒れるまでは平民向けの職業学校のようなところにいっていたらしく、仕事を覚えるのは早いとイザートに褒められていた。
まだ幼いアレンはエリンさんの側を離れなかったけれど、クレアを少しずつ手伝うようになっていた。我が家は子どもがいなかったのもあってか、年配の侍女たちに可愛がられていた。
ラリー様は毎朝登城して打合せに忙しそうだったけれど、エリンさんが我が家に来て半月ほど経ったある朝、珍しくゆっくりされていた。聞けば今日は宰相様達もお休みを取られたので、それに合わせて休む事にしたのだという。
「今日はせっかくだから一緒に街に出てみないか?」
「街へ、ですか?」
突然のお誘いだったが、私は胸が高鳴るのを感じた。実は私は街に出た事がなかったのだ。王都にいた頃は王子妃教育に忙しくて自由な時間などなく、令嬢たちのように街にお忍びで散策するような機会がなかった。友達が街へ行って買い物をしたとか食事をしたという話を聞いて、ずっと羨ましいと思っていたのだ。
「いいのですか?」
「ああ、シアは王都の街に出た事はなかったのだろう?案内するよ」
「ぜひ!」
こうして私は、生まれて初めて王都の街に出たのだった。
「…すごい…」
王都の街は想像以上に賑やかだった。ヘーゼルダインでは領内一の街に暮らしていたし、そこもそれなりに大きな街だったけれど、王都とは大違いだった。人の数も建物の規模も、何よりも活気が違った。戦争を繰り返すヘーゼルダインは、表通りは華やかだけれど、一歩奥に入れば嘘のように静かなのに、王都は違う。ずっと王都に住んでいたけれど、私は初めての街の活気に完全に飲まれていた、と思う。
ラリー様は簡素な騎士服姿で、輝く金の髪は茶色のかつらで隠していた、それだけで印象は随分と変わるけれど、やっぱり持って生まれた風格や威厳は隠しきれるものではなく微妙に浮いている感じがした。裕福な商家の若旦那辺りの方がよかったかもしれない。
私はというと、明るいオレンジ色のワンピースに革の編み上げブーツ、若草色のカーディガン姿だった。目立つ青銀の髪はラリー様と同じ茶色のかつらで誤魔化した。下位貴族の娘くらいには見えるだろうか。
「シア、あの店に行ってみようか。女性に人気のアクセサリーなどが売っているそうだよ」
そう言って私を案内してくれるラリー様は、さすが王都育ちで騎士をしていたのもあって、街のことに詳しかった。ラリー様は騎士団にいた頃は王宮ではなく王都の警備の方を担当していたという。少しでも民のことを知りたかったのだと。そういうところはヘーゼルダインに来てからも変わっていなかった。
「うわぁ…」
案内されて入った店は…可愛らしいアクセサリーが所狭しと並んでいた。店にいるのは私と同年代か少し上の女性で、身なりからそれなりに裕福な商家の女性か、お忍びの貴族の令嬢と思われた。カップルで来ている人も多くて、これが噂に聞くデートスポットという場所だろうか。普段あまりアクセサリーを付けない私だけど、可愛いものが嫌いなわけじゃないので、つい見入ってしまった。
(わ…ラリー様の瞳みたい…)
目を引いたのは、青空を閉じ込めたような石が付いた髪飾りだった。空の青を基調として、水色や紺が織り交ぜられたような色で、ラリー様の持つ王家特有の青の瞳によく似ていた。思わず手に取ってみると光を受けて青みが微妙に変わって、一層瞳のように見える。
「何か気に入ったものはあった?」
ラリー様が声をかけてきた。私がその髪飾りを手に光の加減を楽しんでいたから、気に入ったと思ったのかもしれない。
「気に入ったと言うか…ラリー様の瞳みたいで綺麗だな、って思って…」
「瞳?私の?」
「ええ。エリオット様もそうでしたが、王家の方の瞳って青だけど濃淡があって不思議な色合いですよね。ラリー様は色の幅もあって特にお綺麗ですし」
「そうかい?自分では見えないからわからないけど…シアがそう言ってくれるのは嬉しいね」
そう言って柔らかい笑みを浮かべると、周りから息を飲む音が聞こえた。またラリー様に見惚れた女性達だろう。王都に来てからはこんな場面が続いたせいか、少し免疫が出来たように思うけれど…相変わらずラリー様にドキドキさせられっぱなしの私だった。
結局その髪飾りを気に入ったので買おうと思ったら、ラリー様にプレゼントされてしまった。
「今日の記念にね」
そう言ってまた蕩ける様な笑みを浮かべるものだから、店内に黄色い声が上がったのは言うまでもなかった。
その後は、女性に人気のカフェでお茶をしたり、庶民の台所と言われている市場を見に行ったりした。さすが王都だけあって、市場の規模も品数もヘーゼルダインとは桁違いだ。
そんな王都は守られているから憂いなく過ごせているけれど、それはヘーゼルダインをはじめとする辺境伯が国を護っているからなのだ。ヘーゼルダイン以外の辺境は隣接する国と友好関係を築いているから憂いも少ない。本当に、我が国で今最も厳しいのはヘーゼルダインだけなのだ。王都の活気の中に身を置くと、そんなことを忘れてしまいそうだった。
136
読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
お気に入りに追加
3,615
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。
ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」
ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。
「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」
一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。
だって。
──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】婚約破棄されたユニコーンの乙女は、神殿に向かいます。
秋月一花
恋愛
「イザベラ。君との婚約破棄を、ここに宣言する!」
「かしこまりました。わたくしは神殿へ向かいます」
「……え?」
あっさりと婚約破棄を認めたわたくしに、ディラン殿下は目を瞬かせた。
「ほ、本当に良いのか? 王妃になりたくないのか?」
「……何か誤解なさっているようですが……。ディラン殿下が王太子なのは、わたくしがユニコーンの乙女だからですわ」
そう言い残して、その場から去った。呆然とした表情を浮かべていたディラン殿下を見て、本当に気付いてなかったのかと呆れたけれど――……。おめでとうございます、ディラン殿下。あなたは明日から王太子ではありません。
【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す
おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」
鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。
え?悲しくないのかですって?
そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー
◇よくある婚約破棄
◇元サヤはないです
◇タグは増えたりします
◇薬物などの危険物が少し登場します
【完結】「『王太子を呼べ!』と国王陛下が言っています。国王陛下は激オコです」
まほりろ
恋愛
王命で決められた公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢との婚約を発表した王太子に、国王陛下が激オコです。
※他サイトにも投稿しています。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
小説家になろうで日間総合ランキング3位まで上がった作品です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる