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六章
初めての王都散策
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エリンさんの回復を待つ間、クレアとアレンは我が家の家事を手伝ってくれた。ただで世話になるのは気が引けるとクレアが言い出して、だったら少し早いけれど使用人見習の真似事でもしてはどうかとイザートが言ってくれたからだ。
クレアも何れは手に職をと思っていたらしく、この申し出に喜んで飛びついた。エリンさんの世話をしながら、イザートや侍女たちに掃除などのやり方を教えて貰っていた。エリンさんが倒れるまでは平民向けの職業学校のようなところにいっていたらしく、仕事を覚えるのは早いとイザートに褒められていた。
まだ幼いアレンはエリンさんの側を離れなかったけれど、クレアを少しずつ手伝うようになっていた。我が家は子どもがいなかったのもあってか、年配の侍女たちに可愛がられていた。
ラリー様は毎朝登城して打合せに忙しそうだったけれど、エリンさんが我が家に来て半月ほど経ったある朝、珍しくゆっくりされていた。聞けば今日は宰相様達もお休みを取られたので、それに合わせて休む事にしたのだという。
「今日はせっかくだから一緒に街に出てみないか?」
「街へ、ですか?」
突然のお誘いだったが、私は胸が高鳴るのを感じた。実は私は街に出た事がなかったのだ。王都にいた頃は王子妃教育に忙しくて自由な時間などなく、令嬢たちのように街にお忍びで散策するような機会がなかった。友達が街へ行って買い物をしたとか食事をしたという話を聞いて、ずっと羨ましいと思っていたのだ。
「いいのですか?」
「ああ、シアは王都の街に出た事はなかったのだろう?案内するよ」
「ぜひ!」
こうして私は、生まれて初めて王都の街に出たのだった。
「…すごい…」
王都の街は想像以上に賑やかだった。ヘーゼルダインでは領内一の街に暮らしていたし、そこもそれなりに大きな街だったけれど、王都とは大違いだった。人の数も建物の規模も、何よりも活気が違った。戦争を繰り返すヘーゼルダインは、表通りは華やかだけれど、一歩奥に入れば嘘のように静かなのに、王都は違う。ずっと王都に住んでいたけれど、私は初めての街の活気に完全に飲まれていた、と思う。
ラリー様は簡素な騎士服姿で、輝く金の髪は茶色のかつらで隠していた、それだけで印象は随分と変わるけれど、やっぱり持って生まれた風格や威厳は隠しきれるものではなく微妙に浮いている感じがした。裕福な商家の若旦那辺りの方がよかったかもしれない。
私はというと、明るいオレンジ色のワンピースに革の編み上げブーツ、若草色のカーディガン姿だった。目立つ青銀の髪はラリー様と同じ茶色のかつらで誤魔化した。下位貴族の娘くらいには見えるだろうか。
「シア、あの店に行ってみようか。女性に人気のアクセサリーなどが売っているそうだよ」
そう言って私を案内してくれるラリー様は、さすが王都育ちで騎士をしていたのもあって、街のことに詳しかった。ラリー様は騎士団にいた頃は王宮ではなく王都の警備の方を担当していたという。少しでも民のことを知りたかったのだと。そういうところはヘーゼルダインに来てからも変わっていなかった。
「うわぁ…」
案内されて入った店は…可愛らしいアクセサリーが所狭しと並んでいた。店にいるのは私と同年代か少し上の女性で、身なりからそれなりに裕福な商家の女性か、お忍びの貴族の令嬢と思われた。カップルで来ている人も多くて、これが噂に聞くデートスポットという場所だろうか。普段あまりアクセサリーを付けない私だけど、可愛いものが嫌いなわけじゃないので、つい見入ってしまった。
(わ…ラリー様の瞳みたい…)
目を引いたのは、青空を閉じ込めたような石が付いた髪飾りだった。空の青を基調として、水色や紺が織り交ぜられたような色で、ラリー様の持つ王家特有の青の瞳によく似ていた。思わず手に取ってみると光を受けて青みが微妙に変わって、一層瞳のように見える。
「何か気に入ったものはあった?」
ラリー様が声をかけてきた。私がその髪飾りを手に光の加減を楽しんでいたから、気に入ったと思ったのかもしれない。
「気に入ったと言うか…ラリー様の瞳みたいで綺麗だな、って思って…」
「瞳?私の?」
「ええ。エリオット様もそうでしたが、王家の方の瞳って青だけど濃淡があって不思議な色合いですよね。ラリー様は色の幅もあって特にお綺麗ですし」
「そうかい?自分では見えないからわからないけど…シアがそう言ってくれるのは嬉しいね」
そう言って柔らかい笑みを浮かべると、周りから息を飲む音が聞こえた。またラリー様に見惚れた女性達だろう。王都に来てからはこんな場面が続いたせいか、少し免疫が出来たように思うけれど…相変わらずラリー様にドキドキさせられっぱなしの私だった。
結局その髪飾りを気に入ったので買おうと思ったら、ラリー様にプレゼントされてしまった。
「今日の記念にね」
そう言ってまた蕩ける様な笑みを浮かべるものだから、店内に黄色い声が上がったのは言うまでもなかった。
その後は、女性に人気のカフェでお茶をしたり、庶民の台所と言われている市場を見に行ったりした。さすが王都だけあって、市場の規模も品数もヘーゼルダインとは桁違いだ。
そんな王都は守られているから憂いなく過ごせているけれど、それはヘーゼルダインをはじめとする辺境伯が国を護っているからなのだ。ヘーゼルダイン以外の辺境は隣接する国と友好関係を築いているから憂いも少ない。本当に、我が国で今最も厳しいのはヘーゼルダインだけなのだ。王都の活気の中に身を置くと、そんなことを忘れてしまいそうだった。
クレアも何れは手に職をと思っていたらしく、この申し出に喜んで飛びついた。エリンさんの世話をしながら、イザートや侍女たちに掃除などのやり方を教えて貰っていた。エリンさんが倒れるまでは平民向けの職業学校のようなところにいっていたらしく、仕事を覚えるのは早いとイザートに褒められていた。
まだ幼いアレンはエリンさんの側を離れなかったけれど、クレアを少しずつ手伝うようになっていた。我が家は子どもがいなかったのもあってか、年配の侍女たちに可愛がられていた。
ラリー様は毎朝登城して打合せに忙しそうだったけれど、エリンさんが我が家に来て半月ほど経ったある朝、珍しくゆっくりされていた。聞けば今日は宰相様達もお休みを取られたので、それに合わせて休む事にしたのだという。
「今日はせっかくだから一緒に街に出てみないか?」
「街へ、ですか?」
突然のお誘いだったが、私は胸が高鳴るのを感じた。実は私は街に出た事がなかったのだ。王都にいた頃は王子妃教育に忙しくて自由な時間などなく、令嬢たちのように街にお忍びで散策するような機会がなかった。友達が街へ行って買い物をしたとか食事をしたという話を聞いて、ずっと羨ましいと思っていたのだ。
「いいのですか?」
「ああ、シアは王都の街に出た事はなかったのだろう?案内するよ」
「ぜひ!」
こうして私は、生まれて初めて王都の街に出たのだった。
「…すごい…」
王都の街は想像以上に賑やかだった。ヘーゼルダインでは領内一の街に暮らしていたし、そこもそれなりに大きな街だったけれど、王都とは大違いだった。人の数も建物の規模も、何よりも活気が違った。戦争を繰り返すヘーゼルダインは、表通りは華やかだけれど、一歩奥に入れば嘘のように静かなのに、王都は違う。ずっと王都に住んでいたけれど、私は初めての街の活気に完全に飲まれていた、と思う。
ラリー様は簡素な騎士服姿で、輝く金の髪は茶色のかつらで隠していた、それだけで印象は随分と変わるけれど、やっぱり持って生まれた風格や威厳は隠しきれるものではなく微妙に浮いている感じがした。裕福な商家の若旦那辺りの方がよかったかもしれない。
私はというと、明るいオレンジ色のワンピースに革の編み上げブーツ、若草色のカーディガン姿だった。目立つ青銀の髪はラリー様と同じ茶色のかつらで誤魔化した。下位貴族の娘くらいには見えるだろうか。
「シア、あの店に行ってみようか。女性に人気のアクセサリーなどが売っているそうだよ」
そう言って私を案内してくれるラリー様は、さすが王都育ちで騎士をしていたのもあって、街のことに詳しかった。ラリー様は騎士団にいた頃は王宮ではなく王都の警備の方を担当していたという。少しでも民のことを知りたかったのだと。そういうところはヘーゼルダインに来てからも変わっていなかった。
「うわぁ…」
案内されて入った店は…可愛らしいアクセサリーが所狭しと並んでいた。店にいるのは私と同年代か少し上の女性で、身なりからそれなりに裕福な商家の女性か、お忍びの貴族の令嬢と思われた。カップルで来ている人も多くて、これが噂に聞くデートスポットという場所だろうか。普段あまりアクセサリーを付けない私だけど、可愛いものが嫌いなわけじゃないので、つい見入ってしまった。
(わ…ラリー様の瞳みたい…)
目を引いたのは、青空を閉じ込めたような石が付いた髪飾りだった。空の青を基調として、水色や紺が織り交ぜられたような色で、ラリー様の持つ王家特有の青の瞳によく似ていた。思わず手に取ってみると光を受けて青みが微妙に変わって、一層瞳のように見える。
「何か気に入ったものはあった?」
ラリー様が声をかけてきた。私がその髪飾りを手に光の加減を楽しんでいたから、気に入ったと思ったのかもしれない。
「気に入ったと言うか…ラリー様の瞳みたいで綺麗だな、って思って…」
「瞳?私の?」
「ええ。エリオット様もそうでしたが、王家の方の瞳って青だけど濃淡があって不思議な色合いですよね。ラリー様は色の幅もあって特にお綺麗ですし」
「そうかい?自分では見えないからわからないけど…シアがそう言ってくれるのは嬉しいね」
そう言って柔らかい笑みを浮かべると、周りから息を飲む音が聞こえた。またラリー様に見惚れた女性達だろう。王都に来てからはこんな場面が続いたせいか、少し免疫が出来たように思うけれど…相変わらずラリー様にドキドキさせられっぱなしの私だった。
結局その髪飾りを気に入ったので買おうと思ったら、ラリー様にプレゼントされてしまった。
「今日の記念にね」
そう言ってまた蕩ける様な笑みを浮かべるものだから、店内に黄色い声が上がったのは言うまでもなかった。
その後は、女性に人気のカフェでお茶をしたり、庶民の台所と言われている市場を見に行ったりした。さすが王都だけあって、市場の規模も品数もヘーゼルダインとは桁違いだ。
そんな王都は守られているから憂いなく過ごせているけれど、それはヘーゼルダインをはじめとする辺境伯が国を護っているからなのだ。ヘーゼルダイン以外の辺境は隣接する国と友好関係を築いているから憂いも少ない。本当に、我が国で今最も厳しいのはヘーゼルダインだけなのだ。王都の活気の中に身を置くと、そんなことを忘れてしまいそうだった。
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読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
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