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六章
神殿の目的と疑惑
しおりを挟む 我が家に滞在することになったエリンさんたちだったけれど、聞けばご両親は既に亡くなっていて、ずっとエリンさんが聖女の仕事の報酬でクレアとアランを養っていたのだという。聖女としての給金は平民からすると悪くはない金額で、エリンさんが倒れるまではもう少しマシな借家で暮らしていたという。
でもエリンさんが過労で倒れ、聖女としての力がなくなった途端、神殿を追い出されてしまったのだとも。寝込んでしまったエリンさんの代わりに、クレアが食堂の皿洗いや掃除などをしていたけれど、貰える金額は十分の一にも満たない。そこでこの安いアパートに引っ越してきたのだという。
それでも生活費が足りず、貴族の馬車の前に出て治療費を頂いていたのだとも……それって当たり屋だとラリー様が言った。犯罪だとも。今回は見逃すけれど、二度としないようにとラリー様はきつくクレアに言い聞かせていた。
それから十日ほど経つと、エリンさんは目に見えて回復していた。過労が原因だったので、十分な休息と栄養があれば回復は早かった。そして体調は戻るとともに、聖女の力も少しずつ戻っているようだと言った。
「ありがとうございます。これで普通に働いてこの子たちを養うことが出来ます」
そう言ってエリンさんは何度も頭を下げてお礼を言ってくれたけれど、ラリー様はまだ暫くはここで過ごすようにと言った。何か考えがおありらしい。
「ラリー様、どうしたんですか? もう治ったのなら……」
「そうは思うんだけどね。力が戻った彼女を、神殿はどう扱うか、そこが気になってね」
「あ!」
確かにその通りだった。聖女の力は戻ったら、また以前のように働かせようとしないだろうか。
「昔の部下たちに協力して貰って、神殿を調べて貰っているんだけど、どうやらクレアが言っていたように、他の聖女も似たような目に遭っているらしくてね」
「そう、ですか」
「聖女は丁重に扱うべしというのが王家の考えだし、神殿でもそうあるべきと厳しく定められているんだ。でも……」
「今の神殿はそうではない、と」
「そういうことになるね」
ラリー様はセービン大司教とリドリー侯爵、そして大聖女のリドリー侯爵令嬢が主導しているのだろうと仰った。確かにこれまでの夜会での態度を思うと納得だ。でも……
「だからと言って、大司教も聖女も世襲制ではありませんわ。リドリー侯爵令嬢だってあと何年大聖女の地位にいられるか……」
「普通はそう思うんだろうけどね。だけど、現状はどうだい? 決して大聖女としての振る舞いとは言い難いだろう」
「それはそうですけど……って、もしか……」
現状と言われて、エレンさんのことを思い出した。彼女のやった治療は貴族の聖女がやったことになっていると。ということは……
「誰かを影武者にして、ずっと大聖女の地位に?」
「そうなるね。以前メアリーがヘーゼルダインでやっていたことと同じだ」
「あ!」
確かにその通りだ。あの時も聖女の力がある女性が何人か、メアリー様の代わりをしていたっけ。あの時はメアリー様に似た女性にフードを被せて、それでメアリー様がやったと言っていたけれど……
「最近、リドリー侯爵令嬢の治療を受けたものから聞いたんだが、令嬢は白い幕を患者との間に垂らしているらしいよ。相手の貴賤を気にせず治療をしたいとか言っていたらしいが……」
「それって……」
「いい方を変えれば、白い幕の向こうにいるのがリドリー侯爵令嬢かどうかなんて、相手にはわからないよね」
「え、ええ」
確かにその通りだ。治療をするのは別人でも、声をかけるのがリドリー侯爵令嬢であれば、誰もがリドリー侯爵令嬢が治療をしたと思うだろう。
「でも、どうしてそこまで……」
そう、聖女の力は世襲制じゃないし、いずれは衰える日が来るだろう。我が家と神殿の聖女は別物だから。ということは……
「まさか。彼らは本当にセネットの聖女の名を?」
「断定は出来ないけれど、これまでの彼らの言動からして、聖女の称号をリドリー侯爵家にと考えていてもおかしくはないだろう。シアを引きずり下ろそうとする態度も、セネット家を貶める発言も、そうだと思えば辻褄もあう」
確かにラリー様の仰る通りだけど、そう簡単に行くだろうか。セネット家は建国以来ずっと聖女の家系として続いていたけれど、リドリー侯爵家は我が家よりも歴史は短く、聖女が出たのもリドリー侯爵令嬢一人だけだ。我が家は力の強弱はあっても、完全に力が絶えたとこはないという。
「彼らはまたエレンに接触してくるだろう」
「エレンさんに?」
「ああ。調べて貰ったが、彼女の聖女としての力は相当なものだったし、リドリー侯爵令嬢よりも上だという者もいたくらいなんだ。最近では平民を蔑ろにしているとの声と同じくらい、貴族の間でも治療して貰っても効果がないと評判が悪いんだ」
「そうでしたか」
「まぁ、その前にエリン殿からも色々と話を聞きたいしね」
神殿が不正を行っているとの噂もあって、内々に騎士団が調べ始めているのだという。神殿はこの国にとって大きな柱の一つだし、神殿の評判が悪くなれば王家への不信感にも繋がる。陛下としてもそれは避けたいだろう。それでなくても王家は、エリオット様の件で評判を落としているのだ。
結局、エリンさんにはまだ暫く我が家に留まってもらうことになった。私が聖女について教えて貰いたいと思ったのもある。我が家は神殿にはノータッチだったし、聖女の力についても詳しいことは知らないのだ。メアリー様の時も私の知らないことがあった。聖女をやっていたエリンさんなら、きっと聖女の力の使い方など詳しいことを教えて貰えるだろう。
でもエリンさんが過労で倒れ、聖女としての力がなくなった途端、神殿を追い出されてしまったのだとも。寝込んでしまったエリンさんの代わりに、クレアが食堂の皿洗いや掃除などをしていたけれど、貰える金額は十分の一にも満たない。そこでこの安いアパートに引っ越してきたのだという。
それでも生活費が足りず、貴族の馬車の前に出て治療費を頂いていたのだとも……それって当たり屋だとラリー様が言った。犯罪だとも。今回は見逃すけれど、二度としないようにとラリー様はきつくクレアに言い聞かせていた。
それから十日ほど経つと、エリンさんは目に見えて回復していた。過労が原因だったので、十分な休息と栄養があれば回復は早かった。そして体調は戻るとともに、聖女の力も少しずつ戻っているようだと言った。
「ありがとうございます。これで普通に働いてこの子たちを養うことが出来ます」
そう言ってエリンさんは何度も頭を下げてお礼を言ってくれたけれど、ラリー様はまだ暫くはここで過ごすようにと言った。何か考えがおありらしい。
「ラリー様、どうしたんですか? もう治ったのなら……」
「そうは思うんだけどね。力が戻った彼女を、神殿はどう扱うか、そこが気になってね」
「あ!」
確かにその通りだった。聖女の力は戻ったら、また以前のように働かせようとしないだろうか。
「昔の部下たちに協力して貰って、神殿を調べて貰っているんだけど、どうやらクレアが言っていたように、他の聖女も似たような目に遭っているらしくてね」
「そう、ですか」
「聖女は丁重に扱うべしというのが王家の考えだし、神殿でもそうあるべきと厳しく定められているんだ。でも……」
「今の神殿はそうではない、と」
「そういうことになるね」
ラリー様はセービン大司教とリドリー侯爵、そして大聖女のリドリー侯爵令嬢が主導しているのだろうと仰った。確かにこれまでの夜会での態度を思うと納得だ。でも……
「だからと言って、大司教も聖女も世襲制ではありませんわ。リドリー侯爵令嬢だってあと何年大聖女の地位にいられるか……」
「普通はそう思うんだろうけどね。だけど、現状はどうだい? 決して大聖女としての振る舞いとは言い難いだろう」
「それはそうですけど……って、もしか……」
現状と言われて、エレンさんのことを思い出した。彼女のやった治療は貴族の聖女がやったことになっていると。ということは……
「誰かを影武者にして、ずっと大聖女の地位に?」
「そうなるね。以前メアリーがヘーゼルダインでやっていたことと同じだ」
「あ!」
確かにその通りだ。あの時も聖女の力がある女性が何人か、メアリー様の代わりをしていたっけ。あの時はメアリー様に似た女性にフードを被せて、それでメアリー様がやったと言っていたけれど……
「最近、リドリー侯爵令嬢の治療を受けたものから聞いたんだが、令嬢は白い幕を患者との間に垂らしているらしいよ。相手の貴賤を気にせず治療をしたいとか言っていたらしいが……」
「それって……」
「いい方を変えれば、白い幕の向こうにいるのがリドリー侯爵令嬢かどうかなんて、相手にはわからないよね」
「え、ええ」
確かにその通りだ。治療をするのは別人でも、声をかけるのがリドリー侯爵令嬢であれば、誰もがリドリー侯爵令嬢が治療をしたと思うだろう。
「でも、どうしてそこまで……」
そう、聖女の力は世襲制じゃないし、いずれは衰える日が来るだろう。我が家と神殿の聖女は別物だから。ということは……
「まさか。彼らは本当にセネットの聖女の名を?」
「断定は出来ないけれど、これまでの彼らの言動からして、聖女の称号をリドリー侯爵家にと考えていてもおかしくはないだろう。シアを引きずり下ろそうとする態度も、セネット家を貶める発言も、そうだと思えば辻褄もあう」
確かにラリー様の仰る通りだけど、そう簡単に行くだろうか。セネット家は建国以来ずっと聖女の家系として続いていたけれど、リドリー侯爵家は我が家よりも歴史は短く、聖女が出たのもリドリー侯爵令嬢一人だけだ。我が家は力の強弱はあっても、完全に力が絶えたとこはないという。
「彼らはまたエレンに接触してくるだろう」
「エレンさんに?」
「ああ。調べて貰ったが、彼女の聖女としての力は相当なものだったし、リドリー侯爵令嬢よりも上だという者もいたくらいなんだ。最近では平民を蔑ろにしているとの声と同じくらい、貴族の間でも治療して貰っても効果がないと評判が悪いんだ」
「そうでしたか」
「まぁ、その前にエリン殿からも色々と話を聞きたいしね」
神殿が不正を行っているとの噂もあって、内々に騎士団が調べ始めているのだという。神殿はこの国にとって大きな柱の一つだし、神殿の評判が悪くなれば王家への不信感にも繋がる。陛下としてもそれは避けたいだろう。それでなくても王家は、エリオット様の件で評判を落としているのだ。
結局、エリンさんにはまだ暫く我が家に留まってもらうことになった。私が聖女について教えて貰いたいと思ったのもある。我が家は神殿にはノータッチだったし、聖女の力についても詳しいことは知らないのだ。メアリー様の時も私の知らないことがあった。聖女をやっていたエリンさんなら、きっと聖女の力の使い方など詳しいことを教えて貰えるだろう。
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読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
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