【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫

文字の大きさ
上 下
179 / 213
六章

訪ねてきた子ども達

しおりを挟む
「足が痛てぇよ! これじゃ仕事が出来なくてパンも買えねぇ!」

 地面に座り込んでそう叫ぶその子は、元気があり過ぎてとても怪我をしているようには見えなかった。それでも、その子の声に周りにいた人がこちらを注目しているのが目に入った。さすがに騒ぎになると変な意味で目立ってしまうので困るわね。ヘーゼルダインの名前にも影響が出る様な事は避けたいところだ。それに……怪我を治すにしても、あまり目立つのはよくないだろう。

「怪我をしているのね?」
「あ、ああ、そうだよ! この落とし前、どうしてくれるんだよ!?」
「どうって言われても……」
「仕方ねぇな。金貨一枚で許してやるよ!」
「ちょっといいかしら?」
「え?」

 私はその子の手を取ると、目を閉じてそっと力を送った。

「はい、どうかしら?」
「は?」
「怪我よ。まだ痛むところはあるかしら?」
「え? あ? ええっ!!?」

 私が尋ねると、その子は自分の身体を暫し見下ろしていたけれど、直ぐに異変を感じたらしく、立ち上がって身体を動かしていた。

「え? うそっ? 怪我が…前に痛めた膝が……痛くない…?」

 どうやら痛みはないらしい。ついでに昔の傷も癒せたみたいで、その事に気付いて驚いているように見えた。

「もう大丈夫みたいね?」
「え? あ、あ……」

 まだ信じられないようで混乱が収まらないようだったけど、よほどの傷でなければ治せるから今はどこも痛くないはずだ。病気だったらわからないけれど……

「まだ何か問題があるようだったら、この先にあるヘーゼルダインのタウンハウスに訪ねていらっしゃい」
「え? あ、あんたは……」
「私はアレクシアよ。ヘーゼルダイン辺境伯の夫人なの」
「アレク、シア……」
「さぁ。これで仕事に行って、弟さん達にパンを買えるわね?}
「あ、ああ……」

 どうやら怪我も問題ないみたいだったから、ラリー様は騎士の一人にその子を家まで送り届けるように指示した。故意かどうかはともかく、怪我をさせたのはこちらだから、親御さんに一言お詫びを伝える必要があるからだ。私たちが行けば騒ぎになるから、ここは騎士の方が向いているだろうとの判断だった。




「若奥様!」

 そんなことがあってから五日ほど経ったある朝、ラリー様と朝食を頂いた後で他愛もない話をしているところに、侍女が慌てた様子でやってきた。ラリー様も眉がピクリと動いて、少し不機嫌になったのを感じた。ラリー様は細かいことは仰らないけれど、さすがにちょっと無作法だったのだろう。

「どうかしたの?」
「それが……子どもが、奥様に会いたいと押しかけていて……」
「子ども?」
「ええ。どうしてもお願いしたいことがあると。小さい子を連れているので、イザード様も無下に出来ず……」

 どうやら私を訪ねてきた子どもがいるらしい。今日は誰かと会う約束はしていなかったと思うのだけど……名前を尋ねても侍女が口籠ってしまったので、私はラリー様と一緒に玄関ホールに向かった。

「あの子が?」

 玄関ホールでこの屋敷の管理者でもあるイザードと押し問答しているのは、まだ十四、五歳くらいの子どもと、十になったかどうかと思われる子どもだった。二人とも似たような茶色の髪をしていて、兄弟のようにも見える。身なりからしても平民、それもかなり貧しいように見えた。そんな子供が貴族の屋敷に押しかけてくるなんて、我が家でなければ危険でしかないのだけど……

「アレクシア!」

 大きい方の子供が、私の姿を見つけて大きな声で呼んだけれど、私はその子を見ても心当たりが全くなかった。どこかで会っただろうか……

「シア、あの子の心当たりは?」
「えっと、全く……」

 その子には申し訳ないけれど、心当たりがなかった。それくらいの年齢の子どもの知り合いに心当たりがない。もっと小さい子か、もう少し大きい子なら何人か心当たりがなくもないけれど……でもそれはヘーゼルダインでの話だ。

「アレクシア! お願いがあるんだ。頼む、姉さんを、姉さんを助けて!」

 ホールの床に頭を付けていたから顔は見えなかったけれど、玄関ホールに響き渡るその声に、私の記憶のピースが転がり落ちてきた。あの声って……

「あの子って……この前の馬車の……」

 私が言葉にする前に、ラリー様がそう呟いた。



 その後私たちは、その子たちを使用人たちのための食堂へと連れて行った。お腹を空かせているのが丸わかりだったからだ。この時間なら使用人たちの食事がまだ残っているだろう。それに貴族の食事は子供には食べにくいだろうとイザードに言われたのもあった。

「た、食べて、いいのか?」

 遠慮しているのは年上の子だけで、小さい子は今にも手が伸びそうな勢いでパンを凝視していた。よほどお腹が空いているらしいのが伝わってきたので、まずは食事が先だろうと思ったのだ。

「どうぞ。好きなだけ食べてね」

 そう告げると、いい終わる前に小さな手が目の前のパンを手にしていた。使用人向けの食事といっても、我が家では私たちが豪華な食事を好まないし、使用人にひもじい思いをさせたくないとラリー様が仰るので、普段の食事にはあまり差がなかったりする。これはヘーゼルダインが貧しいことも関係しているけれど、ラリー様が質素な食事を望んでいるのもあるだろう。遠征に出れば保存食が中心になるから、贅沢な食事に慣れてそれが苦痛になるのが嫌なのだという。質素倹約を良しとするヘーゼルダインだけど、隣国との小競り合いが続くあの地では、そんな現実的な理由もあった。



しおりを挟む
読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
感想 167

あなたにおすすめの小説

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

【完結】初恋の人も婚約者も妹に奪われました

紫崎 藍華
恋愛
ジュリアナは婚約者のマーキースから妹のマリアンことが好きだと打ち明けられた。 幼い頃、初恋の相手を妹に奪われ、そして今、婚約者まで奪われたのだ。 ジュリアナはマーキースからの婚約破棄を受け入れた。 奪うほうも奪われるほうも幸せになれるはずがないと考えれば未練なんてあるはずもなかった。

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」  ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。 「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」  一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。  だって。  ──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。

義妹のせいで、婚約した相手に会う前にすっかり嫌われて婚約が白紙になったのになぜか私のことを探し回っていたようです

珠宮さくら
恋愛
サヴァスティンカ・メテリアは、ルーニア国の伯爵家に生まれた。母を亡くし、父は何を思ったのか再婚した。その再婚相手の連れ子は、義母と一緒で酷かった。いや、義母よりうんと酷かったかも知れない。 そんな義母と義妹によって、せっかく伯爵家に婿入りしてくれることになった子息に会う前にサヴァスティンカは嫌われることになり、婚約も白紙になってしまうのだが、義妹はその子息の兄と婚約することになったようで、義母と一緒になって大喜びしていた 。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

処理中です...