【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫

文字の大きさ
上 下
175 / 213
六章

バイアット侯爵家の夜会

しおりを挟む
 リネット様の婚約披露パーティーから五日後、今度はバイアット侯爵の夜会に来ていた。春の王都は社交シーズンの始まりなのもあって夜会が目白押しで、一月ほどは夜会三昧なのだ。バイアット侯爵はラリー様と同じ年で、騎士団で一緒だった方だ。今は近衛騎士団長を勤めているが、ご本人曰く、未だにラリー様が王都に残って下さったら…と仰っているのだとか。ラリー様も気心が知れていて今でも親しく交流があるので、この夜会を断る選択肢はなかった。

「これはヘーゼルダイン辺境伯夫人、いや、セネット侯爵とお呼びした方がよろしいかな」
「お招きありがとうございます、バイアット侯爵。どちらでもお好きなように読んでいただいて結構ですわ。ラリー様がお許し下さるのであれば名前でも…」
「まぁ、バイアット侯爵ならいいだろう。但し愛称呼びは許さないけどね」
「ははは、ローレンス様がそんな風に仰るとは。噂通りアレクシア嬢に夢中のようですな」
「当然だろう?しかもまだ新婚なんだからな」

 バイアット侯爵は笑い話として流してくれたけど、何かにつけラリー様が私に夢中だと言うので恥ずかしかった。ラリー様ほどの大人でもてる男性が私に夢中だなんて…リップサービスとしか思えないのよね。それでなくてもさっきから貴婦人たちが、ラリー様に熱い視線を送っているのだから。

 バイアット侯爵家は武門の家系で、侯爵は近衛騎士団長だけど父君は総騎士団長を務めておられた方で、引退した今でも国内でも強い影響力をお持ちだ。侯爵家の中でも特に力があり、公爵家にも負けないほどの勢いがある。
 その当主のバイアット侯爵はダークブロンドの髪と暗褐色の瞳を持ち、背も高くいかにも騎士という感じの方だ。顔立ちは整っているけれど冷たい印象が強く、社交界では氷の貴公子とも呼ばれているとか。金の髪と青い瞳でパッと見の印象は柔和なラリー様とは対照的だ。
 実はまだ独身でいらっしゃるので、今夜は侯爵様のお心を射止めようとご令嬢やその親が何とか関心を得ようと必死なのだとか。ただご本人は亡くなった婚約者を未だに想っているとかで、まだ結婚する気になれないらしく、前侯爵を大いに嘆かせているのだと言われていた。

「侯爵狙いのご令嬢が凄いな…」

 挨拶を終えたラリー様が、バイアット侯爵に群がる貴族たちを見て感心していた。ヘーゼルダイン辺境伯家も侯爵家と同等の地位だけど、さすがに辺境の領主と王都貴族のバイアット侯爵では令嬢やその親の意気込みは別物だと思う。まぁ、ラリー様の場合、顔に傷がついて醜くなったとか、そのせいで性格が冷酷無比になったなんて噂を流していたのもあるのだけど…あの噂がなかったら、きっとこんな風に令嬢達に囲まれていただろう。

「アレクシア様!」
「まぁ、リネット様」

 声をかけてくれたのは、婚約したばかりのリネット様だった。隣には婚約者のジョシュア様も一緒で、仲睦まじい様子が微笑ましく見える。

「先日はすまなかったね、変な騒ぎになってしまって」
「いえ、ヘーゼルダイン様のせいではありませんから。お気になさらず」

 ラリー様が謝罪したのは、あのガードナー公爵令嬢達の件でちょっとした騒ぎになってしまった事だった。まぁ、あれはあちらが非常識で、こちらに非はないけれど、騒ぎになったのは事実なのだ。

「そう言えばあれからガードナー公爵家とリドリー侯爵家からは?」
「それが…」

 ジョシュア様が表情を曇らせた。聞けばあんな騒ぎを起こしたにも関わらず、両家からは謝罪の言葉がまだないという。婚約披露の席で不倫を要求するなど非常識で、この件は既に社交界でも話題になっているのに、だ。この話は王太子殿下の耳にも届いていて、殿下も眉を顰められたという。王妃様の潔癖なところが、王太子殿下にも受け継がれているのもあるだろう。

「噂をすれば、ですわね」

 リネット様の視線の先には、ガードナー公爵と令嬢がいた。今日のガードナー公爵令嬢はやはり青色を基調としたドレスで、それを見たリネット様もジョシュア様も呆れた表情を浮かべていた。どうやらあれだけ言われてもまだ諦めていないらしい。ちなみに私達は今日も紫を基調とした衣装だ。

「参ったね、ああも理解力がないとは」
「でも、ヘーゼルダイン様。お気を付けください。でないとアレクシア様が…」
「ああ、マグワイヤ公爵令嬢、ご心配なく。シアを傷つけるような事は私も、そして王家も許しませんから」
「そうですね、王太子殿下も妃殿下もセネット嬢の味方ですよ。勿論側近の私達もです」
「そう言って頂けると心強いですな」

 皆さんが添い言ってくれるのは嬉しいし、ガードナー公爵令嬢とは何もなかったとラリー様は言うから、そこは心配していない。心配なのは…

「問題はリドリー侯爵と令嬢ですね」
「ああ」
「大神官との癒着の噂もあります。狙いはセネット侯爵家の聖女の称号だとも」
「だろうね。たった一人、聖女を出しただけなのに…王家が奉じるセネット家に取って代わろうなどと、大胆な事を考えられる」
「辺境伯様、何か手が?」
「それはまだ何とも。でも、シアに火の粉が降りかかるなら排除するまでだよ」

 そう言ってラリー様はにっこり笑ったけれど…ラリー様、その笑顔って、何かあって欲しいと思っています?そうは思っても、さすがに人目があるので私は言葉には出来なかった。いえ、言ったところでラリー様は曖昧に流してしまうのだろうけど…

「ローレンス様、探しましたぞ」
「ジュールか」

 ラリー様に声をかけてきたのはラリー様のご友人のマッドレル侯爵だった。副宰相の一人で、ラリー様とはバイアット侯爵と共に幼馴染でもあるという。柔らかそうな茶色の髪にブルーグリーンの瞳でパッと見は目立たないが、整った顔立ちをしていて密かに女性に人気がある。こちらは既に奥様がいらっしゃって、確か今三人目のお子がお腹にいると聞いた。

「アレクシア様、ローレンス様を少しお借りしても?」
「ええ、構いませんわ」
「なんだ、ジュール。私はシアの側を離れたくないんだが」
「直ぐに終わりますよ。ヘーゼルダインの事です、少しは我慢なさって下さい」
「ああシア、直ぐに戻るよ。ジョシュア殿、マグワイヤ嬢、すまない、シアを頼む」
「畏まりました」

 ジョシュア様がそう言うと、ラリー様は渋々ながらもマッドレル侯爵に連れられて行った。ヘーゼルダインの事なら無視するわけにいかないのはラリー様もわかっていらっしゃるだろう。溺愛されていますね、とジョシュア様に言われたけど…そんな風に言われると恥ずかしくて仕方なかった。

「おや、これはこれは、セネット侯爵ではありませんか」

 声をかけてきたのは…リドリー侯爵だった。


しおりを挟む
読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
感想 167

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」  ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。 「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」  一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。  だって。  ──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。

処理中です...