【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫

文字の大きさ
上 下
173 / 213
六章

大聖女からの糾弾

しおりを挟む
 ラリー様が離れたところにやってきたのは、ガードナー公爵令嬢だった。ラリー様の色で固めたドレスをゆったりと着こなし、余裕のある表情を浮かべていた。ラリー様が今日、紫のドレスを選んだ意味が伝わっていないのだろうか…それに…王太子殿下との会話も…

「これはガードナー公爵令嬢、お久しぶりでございます」

 そうは言っても、知らん顔をするわけにもいかず、私は立ち上がってカーテシーをした。公爵家とは言え令嬢でしかないパトリシア様と、セネット侯爵家の当主の私では、立場上は私が上なのだけど…今はヘーゼルダイン辺境伯の妻でもある。向こうもその名で呼んだので、ここは相手を立てた方がいいだろう。

「夫人にお礼を言いたくて参りましたの」
「お礼…ですか?」

 お礼を言われるような覚えはなく、私は困惑した。謝罪なら分かるけれど、お礼などと…一体何を言うつもりなのだろうか…

「ええ、ラリー様との事で」
「ラリー様の?」

 直に愛称で呼ぶのを聞いて、私はざらりとした嫌な感じを覚えた。妻の私の前で、夫の愛称を呼ぶ事がどういうことなのか、この方はわかっているのだろうか…そして、それが自分だけでなくラリー様をも貶める事を…

「ええ、ラリー様と会う事を了承して頂いたとか。そのお心の広さに感動いたしましたわ。さすがはセネットの聖女と呼ばれるお方ですわね」

 またしても嫌な予感は嫌な確信に変わった。まさか本人が直々に、こんな人目のある場所で行ってくるとは思わなかっただけに、ラリー様と離れたのは失敗だったかもしれない。もっとも、何れは機会を伺ってやってきただろうけど。

「一つ、申し上げておきたい事がございますの」
「まぁ、何ですの?お心の広い奥方様のお願いでしたら、出来る限りの事は致しますわ」
「何を勘違いされていらっしゃるのかは存じませんが、その件に関して、私、了承しておりませんわ」
「な…何ですって。でも…ジョージアナ様が…」

 やっぱり、リドリー侯爵令嬢は私の話を聞いていなかったのだ、と確信した。いや、わかった上でやっているのかもしれないけれど…彼女たちの狙いは私とラリー様の間に波風を立てる事なのだろう。

「リドリー侯爵令嬢にもはっきりと申し上げましたわ。そのようなお願いはお聞き出来ませんと」
「そんな…」
「その様な事を仰られては、ご自身の品位を貶めますわ。特に王妃様はそのような事をお嫌いになられますのに」
「でも…」

 あまり王妃様の名を出したくはなかったけれど、これくらいはお許しいただけるだろう。実際に王妃様は不実な振る舞いにはお厳しいお方だ。こんな事が耳に入ったらご不興を買うのは間違いない。

「まぁ!アレクシア様は血も涙もないのですわね!」

 これで理解して下さったかと思ったところで、別の方角から甲高い声が響いた。声の方を見ると…そこにいたのはリドリー侯爵令嬢だった。

「パトリシア様は国のために隣国に嫁がれた御方ですのよ。隣国でご苦労をなさっていらっしゃった間も、昔の恋をずっと胸に秘めて耐えていらっしゃったのです。そんなパトリシア様の献身があったからこそ、我が国はこうして安泰なのですわ。ですのに…そのような冷たい事を仰るとは…」

 リドリー侯爵令嬢のあまりの剣幕に、近くにいた貴族たちも何事かと注目し始めた。全く、こんな人前でなんて事を言い出すのかと頭を抱えたくなった。

「パトリシア様とローレンス様はお互いにずっと、もう十年以上もの間、想い合って来られたのですわ。それに、パトリシア様は妻にとは望んでいらっしゃるわけでもありません。ただ…時々昔の話をする時間を…と、それだけをお望みですのに…どうしてそんなに冷たい事を仰るのです?」
「でも…」
「何も不貞をすると言っているわけではありませんのに。やはりアレクシア様は噂通りの御方ですのね」
「噂通り?」
「ええ、エリオット様との婚約破棄も、アレクシア様が至らず、エリオット様に見限られたというではありませんか。でも、王子妃教育を受けていたから王族に嫁がせなければならないと、ローレンス様との結婚を仕方なしに命じられたとか」
「それは事実とは違いますわ」
「まぁ、ご本人は何とでも仰るでしょうね。でも、セネット家の者でありながら、その様な冷たいお心の持ち主だったとは…聖女の家系が台無しですわ」

 ああ、そう言う事か…とようやく私にもリドリー侯爵令嬢の意図がはっきりしてきた。彼女はラリー様が言っていたように、セネット家から聖女の地位を自分の家に変えようとしているのだ。

「そもそも、聖女の力もない者が、聖女の名を頂いているのがおかしいのですわ。ただ名ばかりのセネット家よりも、大聖女である私の実家でもあるリドリー家の方が相応しいのではありませんか?」
「それは国王陛下がお決めになる事ですわ。我が家が聖女の名を頂いているのは国王陛下のご意志ですから」
「まぁ、では、国王陛下から我が家へ変えて頂いても構わないと?」

 まさかそう来るとは思わなかったけれど…国王陛下がそのような事をお許しになるとは思えなかった。もしそうなら、とっくの昔にセネット家はなくなっていただろう。国王と同等の地位であるセネットの聖女は、一方で王に膝をつかない唯一の存在で、目障りだと思われた事もあったのだ。

「いい加減にしたまえ、リドリー侯爵令嬢」

 どう反論しようかと考えていた私の耳に、聞き慣れた声が響いた。

 
しおりを挟む
読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
感想 167

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

真実の愛は、誰のもの?

ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」  妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。  だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。  ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。 「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」 「……ロマンチック、ですか……?」 「そう。二人ともに、想い出に残るような」  それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

処理中です...