158 / 213
五章
教会と王家とセネット家
しおりを挟む
結婚披露パーティーは恙なく終わった、と思う。予想外に陛下がいらしていたお陰で、招待客も緊張を強いられていたのだろう。羽目を外す者もなく、予定の時間通りに終わった。
陛下の存在が知れてからの貴族たちの態度は、二分されたように見えた。今までと変わらない者と、明らかに変わった者に。
そして後者はやたらと親し気に声をかけてくるようになった。陛下とラリー様の仲の良さが改めて知れたため、ラリー様と親しくなろうとする者が現れたのだ。それでも、そんな事を意に介するラリー様でもなく、今まで通りに笑顔で素っ気なく対応していた。こういう人の顔を窺う者は信用出来ないからというのがラリー様の言で、私もそれに関しては同感だった。
そんな中、突然やって来た陛下は、視察だ何だと言って街や国境近くに出向いていた。隣国との関係は相変わらずで、良くも悪くもない。ただ、秋には国境を超える事変もあっただけに、陛下もここの警備を見直すおつもりだと仰っていた。
国としても、今大きな問題になっているのは隣国との関係だけど、陛下がわざわざいらっしゃった一番の理由はここにラリー様がいらっしゃるからだろう。陛下はラリー様をとても大切に思っていらしたから、辺境にいる事を心苦しく思っているのかもしれない。本来ならば宰相にと思われていたのだから。
ただ、ここに私が来た事で、怪我などの心配は大きく減ったのも確かで、今にして思えば陛下はエリオット様の愚行に乗じて、私をラリー様の側にと思われたのかもしれない。私の力があれば、大抵の怪我は問題ないのだから。
そんな中、私は陛下にセネット家の聖女についてもっと詳しく聞きたいとお願いした。紫蛍石の事もある。当主の証の石は赤く家紋が浮かんでいるし、それと対の小さな石はラリー様の喉元に癒着しているように見える。ラリー様は痛みも何もないから問題ないと言っているけれど…本当かどうか確信が持てないから心配なのだ。
「何とまぁ…ラリーが守り人に…」
春の柔らかい日差しが入り込むサンルームで、ラリー様の喉元の紫蛍石を目の当たりにした陛下は、感心したようにしげしげと石を眺めていた。石が人の肌にくっ付いて離れないなんて、確かに珍しいだろうなと思う。あの後私も石を外そうと試みたけれど、意外にもしっかりくっ付いて外れないのだ。
「身体に影響は…」
「それはないだろう。詳しい事はわしも知らないが、今までに守り人になった者が石のせいで何かしたという話は来た事がない」
「そうですか」
「私としては光栄な話ですよ。シアを守る役目を他の者に譲る気はありませんから」
「ラリーがそういうのなら問題ないだろう」
ラリー様も陛下も、それで納得されてしまったけれど…それでいいのだろうか…どうやら陛下もラリー様に託した文書以上の事はご存じなかったみたいだけど、陛下は私の心配をよそに、私達の仲がいいのは喜ばしいと仰るばかりだった。
「兄上、一つ気になる事があるのですが…」
「なんじゃ?言うてみよ」
「教会の動きです」
「教会?」
「ええ。先日の披露パーティーにリドリー侯爵令嬢が来ていた。大聖女になった者が王都を離れるなど異例なのに」
「ああ、わしも気になった。確かにリドリー侯爵令嬢なら参加する資格はあるが…彼の者が大聖女になった後で王都を離れるのは珍しいな」
先日メアリー様の一件があったばかりなので、こちらとしても大聖女の訪問は意外でしかなかった。しかも事前に連絡はなかったのだ。当主が来るとばかり思っていたら、来たのは跡取りや令嬢だったなんて事は珍しくはないのだけど…
「王都ではシアの話はどう広がっています?」
「シアの、か…そうだな、お主が夜会で聖女の力があると言ったせいで、興味を持った者がいるのは否めない。ここでの活躍もだ。先日の隣国の襲来もあってヘーゼルダインが話題になる事も珍しくないしな」
「…やはり、あれは失言でしたか…」
「シアの力の事か?だが、隠したところでいずれは広がるものだ。先に言っておいて正解だろう」
「だといいのですが…」
ラリー様は何か気になる事がおありのようだった。私は教会の事は殆ど知らないから、それがどんなものは想像もつかないのだけど。
「教会はセネット家の下にある存在だが、長い年月でその事を忘れている者がいるのも確かだ」
「は?」
「え?シアは知らなんだのか?」
「え?ええ…それは今初めて聞きましたが…」
まさか教会がセネット家の下?そりゃあ、聖女の始祖はセネットの聖女だったのは有名な話だけど、教会が我が家の下というのは初めて聞いた話だった。建国以来の名門とは聞いていたけれど…教会の上って…
「シアという初代に匹敵する力を持つ聖女が現れたのなら…一悶着起きる可能性はあるな。教会は自身の力を誇示しようと躍起だからな」
「そうですね。聖女の力も最近は弱まっているとも言いますし…」
「ああ、今の大聖女も先代に比べると力が弱いと聞く。もしかしたらシアの方が上かもしれぬ。そうなればあ奴らの立場が危うくなるからな」
「そんな…」
教会は民を導くという意味では、王家と対になる存在だ。清廉潔白をよしとしているとも聞くけれど…話を聞くと何だか物騒に聞こえてきた。私自身は教義は知っているけれど、教会に行く事も滅多になかった。セネット家も王家も、教会とは距離を取っていたからだ。
「大聖女が向こうから接近してきたのも気になる」
「ええ、私もです」
「シア、滅多な事はないと思うが…教会には気を付けるように」
「え?」
「自分達の権威を知らしめるためには、セネット家が邪魔だと考える可能性もあるからな」
「まさか…」
民を導く教会がそんな事をするとは思えず、私は言われた事が信じ難かったのだけど…
「シア、力を持つと言う事は、それを利用する者、逆に疎んじる者も生んだよ。シアの力は強いから、十分に気を付けて過ぎる事はないよ」
「そうじゃな」
ラリー様と陛下にそう言われて私は面食らったけれど…二人の様子からそれが大げさでも冗談でもない事が感じられて、私は益々信じられない思いが募った。
陛下の存在が知れてからの貴族たちの態度は、二分されたように見えた。今までと変わらない者と、明らかに変わった者に。
そして後者はやたらと親し気に声をかけてくるようになった。陛下とラリー様の仲の良さが改めて知れたため、ラリー様と親しくなろうとする者が現れたのだ。それでも、そんな事を意に介するラリー様でもなく、今まで通りに笑顔で素っ気なく対応していた。こういう人の顔を窺う者は信用出来ないからというのがラリー様の言で、私もそれに関しては同感だった。
そんな中、突然やって来た陛下は、視察だ何だと言って街や国境近くに出向いていた。隣国との関係は相変わらずで、良くも悪くもない。ただ、秋には国境を超える事変もあっただけに、陛下もここの警備を見直すおつもりだと仰っていた。
国としても、今大きな問題になっているのは隣国との関係だけど、陛下がわざわざいらっしゃった一番の理由はここにラリー様がいらっしゃるからだろう。陛下はラリー様をとても大切に思っていらしたから、辺境にいる事を心苦しく思っているのかもしれない。本来ならば宰相にと思われていたのだから。
ただ、ここに私が来た事で、怪我などの心配は大きく減ったのも確かで、今にして思えば陛下はエリオット様の愚行に乗じて、私をラリー様の側にと思われたのかもしれない。私の力があれば、大抵の怪我は問題ないのだから。
そんな中、私は陛下にセネット家の聖女についてもっと詳しく聞きたいとお願いした。紫蛍石の事もある。当主の証の石は赤く家紋が浮かんでいるし、それと対の小さな石はラリー様の喉元に癒着しているように見える。ラリー様は痛みも何もないから問題ないと言っているけれど…本当かどうか確信が持てないから心配なのだ。
「何とまぁ…ラリーが守り人に…」
春の柔らかい日差しが入り込むサンルームで、ラリー様の喉元の紫蛍石を目の当たりにした陛下は、感心したようにしげしげと石を眺めていた。石が人の肌にくっ付いて離れないなんて、確かに珍しいだろうなと思う。あの後私も石を外そうと試みたけれど、意外にもしっかりくっ付いて外れないのだ。
「身体に影響は…」
「それはないだろう。詳しい事はわしも知らないが、今までに守り人になった者が石のせいで何かしたという話は来た事がない」
「そうですか」
「私としては光栄な話ですよ。シアを守る役目を他の者に譲る気はありませんから」
「ラリーがそういうのなら問題ないだろう」
ラリー様も陛下も、それで納得されてしまったけれど…それでいいのだろうか…どうやら陛下もラリー様に託した文書以上の事はご存じなかったみたいだけど、陛下は私の心配をよそに、私達の仲がいいのは喜ばしいと仰るばかりだった。
「兄上、一つ気になる事があるのですが…」
「なんじゃ?言うてみよ」
「教会の動きです」
「教会?」
「ええ。先日の披露パーティーにリドリー侯爵令嬢が来ていた。大聖女になった者が王都を離れるなど異例なのに」
「ああ、わしも気になった。確かにリドリー侯爵令嬢なら参加する資格はあるが…彼の者が大聖女になった後で王都を離れるのは珍しいな」
先日メアリー様の一件があったばかりなので、こちらとしても大聖女の訪問は意外でしかなかった。しかも事前に連絡はなかったのだ。当主が来るとばかり思っていたら、来たのは跡取りや令嬢だったなんて事は珍しくはないのだけど…
「王都ではシアの話はどう広がっています?」
「シアの、か…そうだな、お主が夜会で聖女の力があると言ったせいで、興味を持った者がいるのは否めない。ここでの活躍もだ。先日の隣国の襲来もあってヘーゼルダインが話題になる事も珍しくないしな」
「…やはり、あれは失言でしたか…」
「シアの力の事か?だが、隠したところでいずれは広がるものだ。先に言っておいて正解だろう」
「だといいのですが…」
ラリー様は何か気になる事がおありのようだった。私は教会の事は殆ど知らないから、それがどんなものは想像もつかないのだけど。
「教会はセネット家の下にある存在だが、長い年月でその事を忘れている者がいるのも確かだ」
「は?」
「え?シアは知らなんだのか?」
「え?ええ…それは今初めて聞きましたが…」
まさか教会がセネット家の下?そりゃあ、聖女の始祖はセネットの聖女だったのは有名な話だけど、教会が我が家の下というのは初めて聞いた話だった。建国以来の名門とは聞いていたけれど…教会の上って…
「シアという初代に匹敵する力を持つ聖女が現れたのなら…一悶着起きる可能性はあるな。教会は自身の力を誇示しようと躍起だからな」
「そうですね。聖女の力も最近は弱まっているとも言いますし…」
「ああ、今の大聖女も先代に比べると力が弱いと聞く。もしかしたらシアの方が上かもしれぬ。そうなればあ奴らの立場が危うくなるからな」
「そんな…」
教会は民を導くという意味では、王家と対になる存在だ。清廉潔白をよしとしているとも聞くけれど…話を聞くと何だか物騒に聞こえてきた。私自身は教義は知っているけれど、教会に行く事も滅多になかった。セネット家も王家も、教会とは距離を取っていたからだ。
「大聖女が向こうから接近してきたのも気になる」
「ええ、私もです」
「シア、滅多な事はないと思うが…教会には気を付けるように」
「え?」
「自分達の権威を知らしめるためには、セネット家が邪魔だと考える可能性もあるからな」
「まさか…」
民を導く教会がそんな事をするとは思えず、私は言われた事が信じ難かったのだけど…
「シア、力を持つと言う事は、それを利用する者、逆に疎んじる者も生んだよ。シアの力は強いから、十分に気を付けて過ぎる事はないよ」
「そうじゃな」
ラリー様と陛下にそう言われて私は面食らったけれど…二人の様子からそれが大げさでも冗談でもない事が感じられて、私は益々信じられない思いが募った。
138
読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
お気に入りに追加
3,615
あなたにおすすめの小説
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました
Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。
そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。
「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」
そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。
荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。
「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」
行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に
※他サイトにも投稿しています
よろしくお願いします
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
いつだって二番目。こんな自分とさよならします!
椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。
ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。
ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。
嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。
そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!?
小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。
いつも第一王女の姉が優先される日々。
そして、待ち受ける死。
――この運命、私は変えられるの?
※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる