116 / 213
四章
冬支度
しおりを挟む
宝石商が嬉々として帰っていった翌日は、気持ちよく晴れ渡る過ごしやすい陽気だった。晴れたせいか朝は肌寒く感じていたが、朝食を終えて部屋で読書をしていた私はメイナードやモリスン夫人から部屋を追い出されてしまった。その日は朝からラリー様は外せない仕事があって一緒ではなかったのだけど…追い出されて連れていかれた先はラリー様の私室だった。
部屋に通されると、ラリー様の部屋は昨日とは全く違う様子に変わっていて私は面食らった。ラリー様の私室は壁紙が深い緑で、それを基調としているのだけど、今は家具も暖かい色合いに変えられていた。窓には厚みのあるカーテンが追加されていたし、床にもこれまでにはない敷物が敷かれている上、暖炉の前には更に厚手の毛皮のような物が敷かれていた。ソファにも似たようなものでカバーされていて、暖炉には既に火が入っていて部屋の中が暖かかった。
「あの、モリスン夫人、これは…」
「冬支度ですわ、アレクシア様」
「冬支度?」
「ええ、ここは寒い上に雪深いので、今の時期はお屋敷内も冬の準備をするのですよ。今はアレクシア様のお部屋に取り掛かっておりますから、暫くはここでお待ちください。さ、暖炉の側へどうぞ」
そう言って暖炉の前に促されると、暖炉の前には暖かそうな毛皮が敷かれ、クッションや毛布のようなものも転がっていた。
「暖かそう…」
「ええ、暖かいですわよ。毛皮の上は靴を脱いで下さいね。寒ければ毛布がありますから膝にかけて。ああ、そうそう、こちらもお召しください」
そう言ってモリスン夫人が出してきたのは、淡い夕日色をしたガウンのようなものだった。
「これは?」
「この地で使われる防寒着ですわ。ドレスの上からでも羽織れるように出来ていますのよ」
「あ、暖かい…それに…軽いわ…」
モリスン夫人に着せてもらったそれは、見た目よりもずっと軽くて暖かかった。袖も太くて下にドレスを着ていても窮屈と言う事はないし、裾もスカートをすっぽりと覆ってしまう長さだ。色合いも暖かそうで、まるで毛布を着ているような感じだった。
「ええ、暖かい素材で織ってありますの。ここでは必需品ですわ」
「そうなのね。冬は初めてだからどれくらい寒いか、見当もつかないわ…」
「王都暮らしだったアレクシア様にはお辛いかもしれませんね。でも、ちゃんと準備しておりますからご安心ください」
なるほど、この地にはこの地なりの冬の過ごし方があったのね。そんな事も珍しくて私は楽しくなってきた。暖炉の前に行くととても暖かくて、敷物の毛皮の肌触りがすべすべしていて気持ちよかった。クッションも暖かい素材のカバーだし、ここでお昼寝したら気持ちよさそう…王都では床に座る習慣すらなかったから凄く新鮮だった。
「ああ、シア。ここだったか」
私が毛皮の感触を楽しんでいるところにラリー様がお戻りになった。相変わらず私の姿を見つけると嬉しそうに笑みを浮かべられて、それだけで私の心拍数が跳ねあがった…うう、これって本当に慣れるものなのだろうか…
「ああ、モリスン夫人、ありがとう。今年はシアが一緒だからよろしく頼むよ」
「ええ、旦那様、承知しておりますわ。アレクシア様のためにもこことアレクシア様のお部屋の暖房は欠かしませんわ」
「頼んだよ。ああ、シア、どうだい?暖かいだろう?」
そう仰るとラリー様は靴を脱いで私の元までやってくると、私の後ろに腰を下ろすと、私を後ろから抱きかかえるように座られた。
「ラ、ラリー様っ…」
「何?」
「な、何って…この姿勢は…」
「ああ、ラグの方がソファよりもいいね」
そう仰るとぎゅっと後ろから抱きしめられてしまい、私はとつぜんの事に頭が真っ白になった。私が固まっているのに構わず、シアはいい匂いがするね…何て仰るものだから、私の心臓が限界まで早まった気がした…そして、視線の先には微笑むモリスン夫人とユーニスがいて、何だか余計に居たたまれなかった…ラリー様、せめて人がいる前ではやめて下さい…
それからお茶になったが、この敷物の上では低いテーブルを使うらしく、メイナードが用意した低いテーブルにお茶やお菓子が並んだけど…ラリー様に後ろから抱きかかえられた状態の私が、お茶を味わう余裕など全くなかった。もう恥ずかし過ぎて気が遠くなりそうだ…しかも、ラリー様がお菓子を口に運んできたり、私の髪や頬に触ったりするから、その度に私はワタワタしていた。
ユーニスにはいい加減に慣れましょうね…なんて呆れられたけれど…これはラリー様も悪いと思う。だって…生きてきた年数やスキルが違うし、ラリー様は王都ではモテモテだったと聞く。地味でつまらないと言われてきた私が適うはずがないのに…
「ここは雪が積もるとほぼ外に出なくなるんだ」
「そうなのですか?じゃ、その間は何を?」
「隣国とも雪が降る時期の戦闘はしないし、馬車も出せなくなるからひたすら雪が止めるのを待つだけだよ」
「でも、それじゃ…」
「もちろん、主要な道は雪かきするけどね。騎士も雪かきが鍛錬の一つになるし、領民も冬は仕事がない者が多いから、皆で協力してやるんだよ。僅かだけど領から賃金も出す。それで物流が止まる事はないんだ」
なるほど、ここにはここの過ごし方があるらしい。暖炉の暖かい炎を眺めながら、私はこれからくる冬にワクワクしていた。
部屋に通されると、ラリー様の部屋は昨日とは全く違う様子に変わっていて私は面食らった。ラリー様の私室は壁紙が深い緑で、それを基調としているのだけど、今は家具も暖かい色合いに変えられていた。窓には厚みのあるカーテンが追加されていたし、床にもこれまでにはない敷物が敷かれている上、暖炉の前には更に厚手の毛皮のような物が敷かれていた。ソファにも似たようなものでカバーされていて、暖炉には既に火が入っていて部屋の中が暖かかった。
「あの、モリスン夫人、これは…」
「冬支度ですわ、アレクシア様」
「冬支度?」
「ええ、ここは寒い上に雪深いので、今の時期はお屋敷内も冬の準備をするのですよ。今はアレクシア様のお部屋に取り掛かっておりますから、暫くはここでお待ちください。さ、暖炉の側へどうぞ」
そう言って暖炉の前に促されると、暖炉の前には暖かそうな毛皮が敷かれ、クッションや毛布のようなものも転がっていた。
「暖かそう…」
「ええ、暖かいですわよ。毛皮の上は靴を脱いで下さいね。寒ければ毛布がありますから膝にかけて。ああ、そうそう、こちらもお召しください」
そう言ってモリスン夫人が出してきたのは、淡い夕日色をしたガウンのようなものだった。
「これは?」
「この地で使われる防寒着ですわ。ドレスの上からでも羽織れるように出来ていますのよ」
「あ、暖かい…それに…軽いわ…」
モリスン夫人に着せてもらったそれは、見た目よりもずっと軽くて暖かかった。袖も太くて下にドレスを着ていても窮屈と言う事はないし、裾もスカートをすっぽりと覆ってしまう長さだ。色合いも暖かそうで、まるで毛布を着ているような感じだった。
「ええ、暖かい素材で織ってありますの。ここでは必需品ですわ」
「そうなのね。冬は初めてだからどれくらい寒いか、見当もつかないわ…」
「王都暮らしだったアレクシア様にはお辛いかもしれませんね。でも、ちゃんと準備しておりますからご安心ください」
なるほど、この地にはこの地なりの冬の過ごし方があったのね。そんな事も珍しくて私は楽しくなってきた。暖炉の前に行くととても暖かくて、敷物の毛皮の肌触りがすべすべしていて気持ちよかった。クッションも暖かい素材のカバーだし、ここでお昼寝したら気持ちよさそう…王都では床に座る習慣すらなかったから凄く新鮮だった。
「ああ、シア。ここだったか」
私が毛皮の感触を楽しんでいるところにラリー様がお戻りになった。相変わらず私の姿を見つけると嬉しそうに笑みを浮かべられて、それだけで私の心拍数が跳ねあがった…うう、これって本当に慣れるものなのだろうか…
「ああ、モリスン夫人、ありがとう。今年はシアが一緒だからよろしく頼むよ」
「ええ、旦那様、承知しておりますわ。アレクシア様のためにもこことアレクシア様のお部屋の暖房は欠かしませんわ」
「頼んだよ。ああ、シア、どうだい?暖かいだろう?」
そう仰るとラリー様は靴を脱いで私の元までやってくると、私の後ろに腰を下ろすと、私を後ろから抱きかかえるように座られた。
「ラ、ラリー様っ…」
「何?」
「な、何って…この姿勢は…」
「ああ、ラグの方がソファよりもいいね」
そう仰るとぎゅっと後ろから抱きしめられてしまい、私はとつぜんの事に頭が真っ白になった。私が固まっているのに構わず、シアはいい匂いがするね…何て仰るものだから、私の心臓が限界まで早まった気がした…そして、視線の先には微笑むモリスン夫人とユーニスがいて、何だか余計に居たたまれなかった…ラリー様、せめて人がいる前ではやめて下さい…
それからお茶になったが、この敷物の上では低いテーブルを使うらしく、メイナードが用意した低いテーブルにお茶やお菓子が並んだけど…ラリー様に後ろから抱きかかえられた状態の私が、お茶を味わう余裕など全くなかった。もう恥ずかし過ぎて気が遠くなりそうだ…しかも、ラリー様がお菓子を口に運んできたり、私の髪や頬に触ったりするから、その度に私はワタワタしていた。
ユーニスにはいい加減に慣れましょうね…なんて呆れられたけれど…これはラリー様も悪いと思う。だって…生きてきた年数やスキルが違うし、ラリー様は王都ではモテモテだったと聞く。地味でつまらないと言われてきた私が適うはずがないのに…
「ここは雪が積もるとほぼ外に出なくなるんだ」
「そうなのですか?じゃ、その間は何を?」
「隣国とも雪が降る時期の戦闘はしないし、馬車も出せなくなるからひたすら雪が止めるのを待つだけだよ」
「でも、それじゃ…」
「もちろん、主要な道は雪かきするけどね。騎士も雪かきが鍛錬の一つになるし、領民も冬は仕事がない者が多いから、皆で協力してやるんだよ。僅かだけど領から賃金も出す。それで物流が止まる事はないんだ」
なるほど、ここにはここの過ごし方があるらしい。暖炉の暖かい炎を眺めながら、私はこれからくる冬にワクワクしていた。
158
読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
お気に入りに追加
3,615
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。
ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」
ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。
「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」
一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。
だって。
──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。
【完】聖女じゃないと言われたので、大好きな人と一緒に旅に出ます!
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
ミレニア王国にある名もなき村の貧しい少女のミリアは酒浸りの両親の代わりに家族や妹の世話を懸命にしていたが、その妹や周囲の子ども達からは蔑まれていた。
ミリアが八歳になり聖女の素質があるかどうかの儀式を受けると聖女見習いに選ばれた。娼館へ売り払おうとする母親から逃れマルクト神殿で聖女見習いとして修業することになり、更に聖女見習いから聖女候補者として王都の大神殿へと推薦された。しかし、王都の大神殿の聖女候補者は貴族令嬢ばかりで、平民のミリアは虐げられることに。
その頃、大神殿へ行商人見習いとしてやってきたテオと知り合い、見習いの新人同士励まし合い仲良くなっていく。
十五歳になるとミリアは次期聖女に選ばれヘンリー王太子と婚約することになった。しかし、ヘンリー王太子は平民のミリアを気に入らず婚約破棄をする機会を伺っていた。
そして、十八歳を迎えたミリアは王太子に婚約破棄と国外追放の命を受けて、全ての柵から解放される。
「これで私は自由だ。今度こそゆっくり眠って美味しいもの食べよう」
テオとずっと一緒にいろんな国に行ってみたいね。
21.11.7~8、ホットランキング・小説・恋愛部門で一位となりました! 皆様のおかげです。ありがとうございました。
※「小説家になろう」さまにも掲載しております。
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。
和泉鷹央
恋愛
聖女は十年しか生きられない。
この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。
それは期間満了後に始まる約束だったけど――
一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。
二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。
ライラはこの契約を承諾する。
十年後。
あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。
そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。
こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。
そう思い、ライラは聖女をやめることにした。
他の投稿サイトでも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる