【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫

文字の大きさ
上 下
101 / 213
三章

ラリー様からの呼び出し

しおりを挟む
 私がラリー様に呼ばれたのは、日が傾き始めた夕刻だった。いつ呼ばれるのかとずっとそわそわしていた私は、その頃には気に病み過ぎてかなり消耗していた。ユーニスに言いたい事は言うように言われたけれど…そんな気力は残っているように思えなかった。でも、言わなければユーニスに何を言われるかわかったもんじゃないのも確かで…私からちゃんと話をしない訳にもいかなかった。私は意を決してラリー様の執務室のドアを開けた。

「待たせて悪かった、シア」

 ラリー様の執務室に入ると、意外にもラリー様以外誰もいなかった。何だかそれだけで変に緊張してしまって、残っていた精神力は早くも霧となって消えてしまいそうな気分だった。そのせいで少しやさぐれたと言うか、諦めがついたと言うか、結構自棄になっていたかもしれない。こうなってくると、どうせ隣国に行くのだから言いたい事は言ってしまおうという気になっていた。言わなければ多分、ユーニスに盛大に話を盛られて伝わってしまうのだ。だったら自分で言った方がダメージは小さい気がした。

 案内されたのは執務室の隣にある、ラリー様の私室の応接室だった。初めて入るわけじゃないのに、王都から戻ってからは私室に入るのは初めてだったので、何だか変に緊張してしまった。緊張しているとばれないだろうかと、私はそれが心配で動悸が早くなるのを必死で抑えていた。こういう時、自分に癒しの力が使えないのは損だな…と思ったのは現実逃避しかけていたせいかもしれない。
 三人は掛けられるだろうソファに並んで座らされて、それだけで緊張感が高まるのは意識し過ぎだろうか…何だか…初めてこの屋敷を訪れた時よりも緊張している気がした。距離が近くて、どんな表情をしていいのか困る…何故こんな時に限って隣になんて座るのだろう…

「今まで心配をかけて…すまなかった」

 私がどんな態度を取っていいのかと当惑していると、ラリー様の声とは思えないほどに、弱く消え入りそうな声が細く響いた。思いがけなくて私は慌てて顔を上げてラリー様を見上げると、声と同じくらいに弱々しい表情が目に入った。そんな様子に、私は悪い想像が自分の中で膨らむのを感じた。

「そ、そんな事は…」
「いや、本当にすまなかった。しなくてもいい心配をかけて…」
「あの…本当に大丈夫ですから…」
「シアの大丈夫ほどあてにならない事はないよ」
「…そ、それは…」

 そう言われると私も返答に困った。あてにならないだなんて、ユーニスと同じ事を仰るなんて…でも今はそれよりも…

「あの…本当に大丈夫ですから。それよりも…あの、隣国の話は…」
「その話だが、単刀直入に言おう。シアには、このまま私に嫁いで貰いたい」
「……え…?」

 一体今、ラリー様は何と仰ったのだろう…言われた言葉が予想の範囲を超えていて、私は直ぐにはその意味を受け入れられなかった。このまま嫁ぐって…じゃ、隣国はどうなるの…?

「…あ、あの…」
「どうした?」
「えっと…あの…隣国…は?」

 言われた事が理解出来ないと、人は自分を守る方に向かうのだろう。私の思考もこの時、自分の期待が裏切られた時のショックを恐れて、私の中では最悪のパターンに向かっていた。今回は特に、期待を裏切られたら立ち直れなくなりそうな気がしたのだ。それに…ラリー様の前では取り乱したくなかった。残っていた力を振り絞って表情だけでも整えようとした私に、ラリー様は小さく頭を振った。

「…隣国には行かせないし、王都にも帰さない」

 そう言いながらラリー様は、私の手を取られた。その動作が現実じゃないみたいで、私はその様を呆然と眺めていた。ラリー様の手がいつにも増して冷たく感じられて、それだけがやけに現実的だった。そう感じたのは、窓から差し込むオレンジ色の光が現実味を奪っていたからだろうか…

「…あの…」
「何?」
「すみません…もう一度…」
「シアは私と結婚する。隣国には行かせないし、王都にも戻さない」

 言って下さいと言おうとしたところで、ラリー様は今度は噛んで含めるようなはっきりとした言い方で、もう一度繰り返した。手にゆっくりと力が込められて、それに合わせてその言葉がじわじわと私の中に広がった。

「…それは…あの…ラリー様と?」
「そうだ」
「…白い…結婚で?」
「その選択肢はなくなった」
「…え、っと…」

 これは…本当に言葉通り受け止めていいのだろうか…私はこれまでの経緯を思い返して、俄かには信じられず、ラリー様にとられた自分の右手を眺めながら、頭の中で言われた言葉を繰り返し再生した。

「…あの…じゃ、私は…ラリー様と…白い結婚じゃない結婚を、するんですか?」

 白い結婚じゃない結婚って…随分と間抜けな質問だとは思ったけれど…私は確認のためにそう聞かずにはいられなかった。その可能性は、私の中では一番低くかったからだ。私の中では…七割は隣国で、残りは白い結婚で王都に戻る事だった。いや、婚約者なのだからこれまでの状況がおかしかったのだけど…と今になってその事に思い至ったが…今はそれどころじゃない。

「そうだ」
「…そう仰られても…信じられないのですが…」

 思わず本音が出てしまって、言い終わってからしまったと思ったが後の祭りだった。でも、信じられないのは本当だ。だって、隣国の要請は?暗殺者に狙われている話は?それに…メアリー様との事は?何もかもがわからなくて、また後で違うと言われるのも嫌で、私は直ぐには受け入れられなかった。期待して、後から否定されるのはもうこりごりだから…

「…そうだな。何から話そうか…」

 ラリー様が何をどう説明しようかお考えになっている様子を、私はまだ夢の中の出来事のような感覚の中で見ていた。
しおりを挟む
読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
感想 167

あなたにおすすめの小説

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」  ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。 「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」  一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。  だって。  ──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。

【完】聖女じゃないと言われたので、大好きな人と一緒に旅に出ます!

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 ミレニア王国にある名もなき村の貧しい少女のミリアは酒浸りの両親の代わりに家族や妹の世話を懸命にしていたが、その妹や周囲の子ども達からは蔑まれていた。  ミリアが八歳になり聖女の素質があるかどうかの儀式を受けると聖女見習いに選ばれた。娼館へ売り払おうとする母親から逃れマルクト神殿で聖女見習いとして修業することになり、更に聖女見習いから聖女候補者として王都の大神殿へと推薦された。しかし、王都の大神殿の聖女候補者は貴族令嬢ばかりで、平民のミリアは虐げられることに。  その頃、大神殿へ行商人見習いとしてやってきたテオと知り合い、見習いの新人同士励まし合い仲良くなっていく。  十五歳になるとミリアは次期聖女に選ばれヘンリー王太子と婚約することになった。しかし、ヘンリー王太子は平民のミリアを気に入らず婚約破棄をする機会を伺っていた。  そして、十八歳を迎えたミリアは王太子に婚約破棄と国外追放の命を受けて、全ての柵から解放される。 「これで私は自由だ。今度こそゆっくり眠って美味しいもの食べよう」  テオとずっと一緒にいろんな国に行ってみたいね。  21.11.7~8、ホットランキング・小説・恋愛部門で一位となりました! 皆様のおかげです。ありがとうございました。  ※「小説家になろう」さまにも掲載しております。  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央
恋愛
 聖女は十年しか生きられない。  この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。  それは期間満了後に始まる約束だったけど――  一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。  二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。  ライラはこの契約を承諾する。  十年後。  あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。  そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。  こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。  そう思い、ライラは聖女をやめることにした。  他の投稿サイトでも掲載しています。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!

近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。 「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」 声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。 ※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です! ※「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...