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三章
囚われる者
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「なっ!」
「きゃ!な、何…」
「お前ら…っ!」
「おいっ!何をする!どういう事だ!」
命令を受けた騎士たちは直ぐに動き出したが、捕らえられたのは私達ではなく、ダウンズ男爵とメアリー様たちをだった。思いがけない展開に彼らは呆気にとられていたが、私も彼らの事をどうこう言える立場になかった。殺されると思ったのに、逆にメアリー様達が捕らえられているのだ。状況が飲み込めず、呆然とその様を見ているしか出来なかった。
だがそれも、目の前にいた騎士が兜を脱いだ事で状況が見えてきた。その下から現れたのは、輝く金色の髪と、夏の空をそのまま閉じ込めた様な青い瞳、粗末な鎧でも損なわれる事のない威厳と品格…見間違えようもないそれは、ラリー様のものだった。
「ラ、ラリー…さ、ま…?」
「ああ、シア、無事でよかった」
「ラリー…様…」
屋敷に戻るのは十日も先だとか、どうしてここにいるのか、何がどうなっているのか、全くわからなかったが…目の前にいたのは間違いなくラリー様だった。ラリー様の胸元に紫蛍石の片割れの存在を感じた私は、足から力が抜けていくのを感じた。
「シア!どうした?まさか…どこか怪我でも?」
「だ、大丈夫です…ラリー様だと思ったら…あ、足が…」
「ああ、力が抜けてしまったのか。すまない、こんなに心配をかけて…」
「い、いえ…」
支えてくれた時に鎧が肘に当たって、痛みに思わず顔をしかめてしまったら、逆に酷く心配されてしまった。怪我がないか様子を窺うように顔を近づけてこられたけど…急に接近された私は、恥ずかし過ぎてそれどころじゃなかった。いや、今の状況はそれどころじゃないのだけれど…
「ラ、ラリー様、どういう事ですの?!どうしてここに…!」
「ローレンス様!何故…」
顔が赤くなっていそうでこの状況から逃げ出したかった私だったが、メアリー様達の叫ぶ声に我に返る事が出来た。そうだ、ここは大広間でたくさんの人がいたのだ。周囲に視線を向けると皆が私達を見ていたのがわかり、今度は別の意味で顔が赤くなりそうだった。それに…支えてくれるのは有難いのだけど、腰にしっかりと手を回された状態は、恥ずかしすぎる…
「…愛称で呼ぶなと言っただろう、メアリー嬢。いくら神殿育ちで世間知らずとは言え、その年で最低限のマナーも理解出来ていないとは残念だよ」
私を支えるように抱きしめたまま、ラリー様はメアリー様に冷たくそう言い放った。これまで冷たい態度を取られた事がなかったメアリー様は大きく目を見開き、驚きの表情で立ち竦んでいた。
「な…ラ、ラリー様…ど、どうして…」
「どうして?それを今更聞くのか?私には婚約者がいると最初に言っただろう。だから愛称で呼ぶなと」
「で、でも…それは最初だけで…」
「何度言っても理解しなかったから、無駄だと諦めただけだ」
「そんな…」
吐き捨てるようなラリー様の言い様に驚かれてしまったようで、メアリー様は言葉を失くして立ち竦んでしまわれた。でも、それも仕方ないだろう、今まで親密な雰囲気でいたのだ。ここまで急に態度が変わっては戸惑っても仕方ないと思う。
「…ラリー様、今頃は国境だったのでは…」
「ああ、シア、あれは陽動だったんだよ。男爵らが何やら企んでいる様だったのでね。義父上やロバート達と協力して国境に向かうふりをして、途中で部隊の一部だけ残して戻って来たんだ。偵察で国境の村に隣国の正規軍がいないのはわかっていたからね」
「な…!」
「そん、な…」
ラリー様の言葉に、ダウンズ男爵やメアリー様が白くなっていた顔色を青ざめさせていた。どうやら彼らの計画はラリー様達に知られていたらしい。
「我が諜報部隊を甘く見ないで欲しいな。お前たちの動きなど、最初から我らの監視下にあったよ」
「そんな…」
「ダウンズ男爵、お前が唆した騎士たちも、今頃は森の中で他の部隊に捕らえられているだろうよ」
「な…」
「気が付かなかったのか?昨日、お前達が街に行っている間に、あいつらには偽の伝令を伝えて森に潜ませておいた。その間に我々が入れ替わっていたから、お前たちに従う者など最初からいなかったんだがな。ここまで待ったのは、お前たちの目的をその口から聞き出すためだ」
「う、嘘だ…そんな…」
計画が最初からラリー様達に知られていたと知った男爵は、ふらつきながらラリー様を見上げていた。まさかこの屋敷を襲い、私達を拘束していたのもラリー様達の作戦だったなんて思わなかっただろう。
でも、それで私も合点がいった。こうも簡単に屋敷が襲われたり、おじ様が易々と捕まるなんて…と思っていたのだ。確かに成功したと見せかけて計画を自分で語らせれば、後で言い逃れは出来ないだろう。
「メアリーとハロルド、お前たちもだ。王都から手配書が回っていた。屋敷に招き入れたのは、逃走防止と証拠集め、そして監視のためだ」
「ば、馬鹿な…!」
「ラリー様っ…」
「下手に野放しにすれば、被害の状況を掴めなくなる。まさかこうも簡単に尻尾を出すとは思わなかったがな」
「それじゃ…はじめから…」
「言っただろう、メアリー。帰ってきたら大事な話があると」
「そ、んな…」
そう言って笑みを浮かべたラリー様だったが、その目は全く笑っていなかった。冷え冷えとした冷気すらも漂っているようで、私は思わず自分の二の腕に手を当てて摩った。
「きゃ!な、何…」
「お前ら…っ!」
「おいっ!何をする!どういう事だ!」
命令を受けた騎士たちは直ぐに動き出したが、捕らえられたのは私達ではなく、ダウンズ男爵とメアリー様たちをだった。思いがけない展開に彼らは呆気にとられていたが、私も彼らの事をどうこう言える立場になかった。殺されると思ったのに、逆にメアリー様達が捕らえられているのだ。状況が飲み込めず、呆然とその様を見ているしか出来なかった。
だがそれも、目の前にいた騎士が兜を脱いだ事で状況が見えてきた。その下から現れたのは、輝く金色の髪と、夏の空をそのまま閉じ込めた様な青い瞳、粗末な鎧でも損なわれる事のない威厳と品格…見間違えようもないそれは、ラリー様のものだった。
「ラ、ラリー…さ、ま…?」
「ああ、シア、無事でよかった」
「ラリー…様…」
屋敷に戻るのは十日も先だとか、どうしてここにいるのか、何がどうなっているのか、全くわからなかったが…目の前にいたのは間違いなくラリー様だった。ラリー様の胸元に紫蛍石の片割れの存在を感じた私は、足から力が抜けていくのを感じた。
「シア!どうした?まさか…どこか怪我でも?」
「だ、大丈夫です…ラリー様だと思ったら…あ、足が…」
「ああ、力が抜けてしまったのか。すまない、こんなに心配をかけて…」
「い、いえ…」
支えてくれた時に鎧が肘に当たって、痛みに思わず顔をしかめてしまったら、逆に酷く心配されてしまった。怪我がないか様子を窺うように顔を近づけてこられたけど…急に接近された私は、恥ずかし過ぎてそれどころじゃなかった。いや、今の状況はそれどころじゃないのだけれど…
「ラ、ラリー様、どういう事ですの?!どうしてここに…!」
「ローレンス様!何故…」
顔が赤くなっていそうでこの状況から逃げ出したかった私だったが、メアリー様達の叫ぶ声に我に返る事が出来た。そうだ、ここは大広間でたくさんの人がいたのだ。周囲に視線を向けると皆が私達を見ていたのがわかり、今度は別の意味で顔が赤くなりそうだった。それに…支えてくれるのは有難いのだけど、腰にしっかりと手を回された状態は、恥ずかしすぎる…
「…愛称で呼ぶなと言っただろう、メアリー嬢。いくら神殿育ちで世間知らずとは言え、その年で最低限のマナーも理解出来ていないとは残念だよ」
私を支えるように抱きしめたまま、ラリー様はメアリー様に冷たくそう言い放った。これまで冷たい態度を取られた事がなかったメアリー様は大きく目を見開き、驚きの表情で立ち竦んでいた。
「な…ラ、ラリー様…ど、どうして…」
「どうして?それを今更聞くのか?私には婚約者がいると最初に言っただろう。だから愛称で呼ぶなと」
「で、でも…それは最初だけで…」
「何度言っても理解しなかったから、無駄だと諦めただけだ」
「そんな…」
吐き捨てるようなラリー様の言い様に驚かれてしまったようで、メアリー様は言葉を失くして立ち竦んでしまわれた。でも、それも仕方ないだろう、今まで親密な雰囲気でいたのだ。ここまで急に態度が変わっては戸惑っても仕方ないと思う。
「…ラリー様、今頃は国境だったのでは…」
「ああ、シア、あれは陽動だったんだよ。男爵らが何やら企んでいる様だったのでね。義父上やロバート達と協力して国境に向かうふりをして、途中で部隊の一部だけ残して戻って来たんだ。偵察で国境の村に隣国の正規軍がいないのはわかっていたからね」
「な…!」
「そん、な…」
ラリー様の言葉に、ダウンズ男爵やメアリー様が白くなっていた顔色を青ざめさせていた。どうやら彼らの計画はラリー様達に知られていたらしい。
「我が諜報部隊を甘く見ないで欲しいな。お前たちの動きなど、最初から我らの監視下にあったよ」
「そんな…」
「ダウンズ男爵、お前が唆した騎士たちも、今頃は森の中で他の部隊に捕らえられているだろうよ」
「な…」
「気が付かなかったのか?昨日、お前達が街に行っている間に、あいつらには偽の伝令を伝えて森に潜ませておいた。その間に我々が入れ替わっていたから、お前たちに従う者など最初からいなかったんだがな。ここまで待ったのは、お前たちの目的をその口から聞き出すためだ」
「う、嘘だ…そんな…」
計画が最初からラリー様達に知られていたと知った男爵は、ふらつきながらラリー様を見上げていた。まさかこの屋敷を襲い、私達を拘束していたのもラリー様達の作戦だったなんて思わなかっただろう。
でも、それで私も合点がいった。こうも簡単に屋敷が襲われたり、おじ様が易々と捕まるなんて…と思っていたのだ。確かに成功したと見せかけて計画を自分で語らせれば、後で言い逃れは出来ないだろう。
「メアリーとハロルド、お前たちもだ。王都から手配書が回っていた。屋敷に招き入れたのは、逃走防止と証拠集め、そして監視のためだ」
「ば、馬鹿な…!」
「ラリー様っ…」
「下手に野放しにすれば、被害の状況を掴めなくなる。まさかこうも簡単に尻尾を出すとは思わなかったがな」
「それじゃ…はじめから…」
「言っただろう、メアリー。帰ってきたら大事な話があると」
「そ、んな…」
そう言って笑みを浮かべたラリー様だったが、その目は全く笑っていなかった。冷え冷えとした冷気すらも漂っているようで、私は思わず自分の二の腕に手を当てて摩った。
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読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
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