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三章
思いがけない客
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「お嬢様、よろしいですか?」
翌日のお昼、珍しくメイナードが慌てた様子で私の元にやってきて、大変な客が来たと告げた。私はユーニスと共に顔を見合わせながら、今日の予定は…と思い返したが、今日は来客の予定はなかった筈だ。メイナードはとにかく至急、旦那様の応接室にいらしてください、と言ったため、私は益々困惑した。何だろう、結婚式の中止を知らなかった貴族が到着したのだろうか…
とにかくお話は旦那様から…と言うメイナードに急かされ、私は急いで身支度を整えるとラリー様の執務室に向かった。
「ラリー様、アレクシアです」
「入れ」
誰だろうと思いながら入室すると、小さな子を連れた男性がラリー様の正面に座っていた。足を組んで座っている様子からして、ラリー様と同等程度の高位貴族だろうか…一礼した後、ラリー様に促されるまま隣の席に座って相手と正面から対峙した私は、驚きを隠せなかった。
「…まさか…レアード…王子殿下?」
そこにいたのは…隣国のレアード第四王子だったのだ。長年小競り合いを続けている隣国の王子が、堂々とろくに護衛も付けずに敵国の屋敷にいるなど、誰が想像出来るだろうか…私は失礼と思いながらも相手の顔をもう一度見たが、黒髪に赤紫の瞳のそのお顔は、数年前に王宮の夜会で会ったのと同じ人物だった。
「さすがはセネット侯爵令嬢、いや、今は女侯爵殿だったかな。覚えていてくれて嬉しいよ」
驚きを隠せなかった私を咎める事なく、レアード王子はさも楽し気に声を立てて笑いながら認めた。確かに二年ほど前に何度か、エリオット様の婚約者として挨拶はしたけれど…笑っていられる状況ではないだろう。ここでラリー様が一言命じれば、レアード王子を捕らえる事だって出来るのだ。
「ああ、ご心配なく、セネット侯爵、いや、アレクシア嬢と呼ばせて頂こうかな。あなたの婚約者殿は卑怯な真似はなさらないでしょう?何と言っても、最も王に相応しいと言われた方だからね」
この状況でその様な台詞を吐いた豪胆さに、私だけでなく周りの者もぎょっとした。ラリー様にちらと視線を向けると、正に苦笑と言った苦々しい表情を浮かべていらっしゃった。あながち間違いではないだろうけど、人を食ったような態度は反感を買うだろうに…私の方が冷や冷やしてしまった。
「ラリー様、これは一体…」
「…それは、シアの方が知っているんじゃないのか?」
「私が…?」
何だか疲れた表情でラリー様がそう仰ったが、私はさっぱり見当もつかなかった。レアード王子とは数年前に夜会で会っただけで、それっきりだ。それ以外で接点などある筈もない。
「いやだなぁ、アレクシア嬢。俺と君の運命の出会いをもう忘れてしまったの?」
「は?う、運命…?」
運命の出会い?いつ?どこで?突拍子もない、しかも変に意味深な言い方に私は言葉が出なかった。ラリー様の前で誤解を招くような言い方はやめて欲しい…
「ええ~ほら、昨日、街で」
「街で…って…あ!」
記憶を辿った私が心当たりに行き着いて声を上げると、あ~思い出してくれた?とレアード王子が嬉しそうに言った。昨日出会った子連れの男性とは、確か…
「君には昨日、この子の怪我を治して貰ったからね。言っただろう?必ずお礼をさせて頂くと」
「姪って…それは…でも…」
確かにそんな事を言っていたが、私はもう会う事はないと思っていた。これまでに治療した達だってそんな感じだったからだ。そもそもお礼を求めてやっているわけではないし、領民は領主にとってはある意味家族のようなものだ。一々お礼をして貰っていては意味がない。
「シア、私にもわかるように説明して貰えるかい?」
ラリー様にそう言われた私は、簡単に昨日の経緯を話した。ラリー様は私が貧民院での治療の後、子どもの治療をした話はロバートから聞いていたようで、あの時の…と仰った。私の事に感心がないのかと思っていたけれど、一応報告は受けていたらしい。
「昨日は本当にありがとう。まさかあんなに綺麗に治るとは思わなかったよ。感謝しかない」
「いえ…お役に立てたのなら幸いです。その後は…」
「ああ、もう問題ないよ、ほら、この通り」
そう言ってレアード王子は隣に座っている女の子の頭にポンと手を乗せた。女の子はレアード王子にはにかむ様な笑顔を向けて、どうやら治療後は問題はないように見えた。
「それでね、お礼をしたいんだけど…アレクシア嬢は何を望む?」
「お礼…と言われましても…」
「ああ、急に聞かれても困っちゃうかな?」
「いえ…治療に見返りを求めるつもりはありませんでしたから…」
「そう?でも、神殿の聖女様とやらは、しっかり報酬を貰ってるよ。この子は私の妹の忘れ形見でね」
「そうでしたか、妹姫の…」
「私としては何よりも大切な存在だ。それを救ってくれたんだ。多少無茶な要求でも叶えたいと思っている。そうだね…君が辺境伯との婚約を解消したい、と言うなら協力しよう」
「な…!」
「えっ?」
ラリー様との婚約を解消?思いもかけなかった提案に、私はレアード王子の真意が全く分からなかった。
翌日のお昼、珍しくメイナードが慌てた様子で私の元にやってきて、大変な客が来たと告げた。私はユーニスと共に顔を見合わせながら、今日の予定は…と思い返したが、今日は来客の予定はなかった筈だ。メイナードはとにかく至急、旦那様の応接室にいらしてください、と言ったため、私は益々困惑した。何だろう、結婚式の中止を知らなかった貴族が到着したのだろうか…
とにかくお話は旦那様から…と言うメイナードに急かされ、私は急いで身支度を整えるとラリー様の執務室に向かった。
「ラリー様、アレクシアです」
「入れ」
誰だろうと思いながら入室すると、小さな子を連れた男性がラリー様の正面に座っていた。足を組んで座っている様子からして、ラリー様と同等程度の高位貴族だろうか…一礼した後、ラリー様に促されるまま隣の席に座って相手と正面から対峙した私は、驚きを隠せなかった。
「…まさか…レアード…王子殿下?」
そこにいたのは…隣国のレアード第四王子だったのだ。長年小競り合いを続けている隣国の王子が、堂々とろくに護衛も付けずに敵国の屋敷にいるなど、誰が想像出来るだろうか…私は失礼と思いながらも相手の顔をもう一度見たが、黒髪に赤紫の瞳のそのお顔は、数年前に王宮の夜会で会ったのと同じ人物だった。
「さすがはセネット侯爵令嬢、いや、今は女侯爵殿だったかな。覚えていてくれて嬉しいよ」
驚きを隠せなかった私を咎める事なく、レアード王子はさも楽し気に声を立てて笑いながら認めた。確かに二年ほど前に何度か、エリオット様の婚約者として挨拶はしたけれど…笑っていられる状況ではないだろう。ここでラリー様が一言命じれば、レアード王子を捕らえる事だって出来るのだ。
「ああ、ご心配なく、セネット侯爵、いや、アレクシア嬢と呼ばせて頂こうかな。あなたの婚約者殿は卑怯な真似はなさらないでしょう?何と言っても、最も王に相応しいと言われた方だからね」
この状況でその様な台詞を吐いた豪胆さに、私だけでなく周りの者もぎょっとした。ラリー様にちらと視線を向けると、正に苦笑と言った苦々しい表情を浮かべていらっしゃった。あながち間違いではないだろうけど、人を食ったような態度は反感を買うだろうに…私の方が冷や冷やしてしまった。
「ラリー様、これは一体…」
「…それは、シアの方が知っているんじゃないのか?」
「私が…?」
何だか疲れた表情でラリー様がそう仰ったが、私はさっぱり見当もつかなかった。レアード王子とは数年前に夜会で会っただけで、それっきりだ。それ以外で接点などある筈もない。
「いやだなぁ、アレクシア嬢。俺と君の運命の出会いをもう忘れてしまったの?」
「は?う、運命…?」
運命の出会い?いつ?どこで?突拍子もない、しかも変に意味深な言い方に私は言葉が出なかった。ラリー様の前で誤解を招くような言い方はやめて欲しい…
「ええ~ほら、昨日、街で」
「街で…って…あ!」
記憶を辿った私が心当たりに行き着いて声を上げると、あ~思い出してくれた?とレアード王子が嬉しそうに言った。昨日出会った子連れの男性とは、確か…
「君には昨日、この子の怪我を治して貰ったからね。言っただろう?必ずお礼をさせて頂くと」
「姪って…それは…でも…」
確かにそんな事を言っていたが、私はもう会う事はないと思っていた。これまでに治療した達だってそんな感じだったからだ。そもそもお礼を求めてやっているわけではないし、領民は領主にとってはある意味家族のようなものだ。一々お礼をして貰っていては意味がない。
「シア、私にもわかるように説明して貰えるかい?」
ラリー様にそう言われた私は、簡単に昨日の経緯を話した。ラリー様は私が貧民院での治療の後、子どもの治療をした話はロバートから聞いていたようで、あの時の…と仰った。私の事に感心がないのかと思っていたけれど、一応報告は受けていたらしい。
「昨日は本当にありがとう。まさかあんなに綺麗に治るとは思わなかったよ。感謝しかない」
「いえ…お役に立てたのなら幸いです。その後は…」
「ああ、もう問題ないよ、ほら、この通り」
そう言ってレアード王子は隣に座っている女の子の頭にポンと手を乗せた。女の子はレアード王子にはにかむ様な笑顔を向けて、どうやら治療後は問題はないように見えた。
「それでね、お礼をしたいんだけど…アレクシア嬢は何を望む?」
「お礼…と言われましても…」
「ああ、急に聞かれても困っちゃうかな?」
「いえ…治療に見返りを求めるつもりはありませんでしたから…」
「そう?でも、神殿の聖女様とやらは、しっかり報酬を貰ってるよ。この子は私の妹の忘れ形見でね」
「そうでしたか、妹姫の…」
「私としては何よりも大切な存在だ。それを救ってくれたんだ。多少無茶な要求でも叶えたいと思っている。そうだね…君が辺境伯との婚約を解消したい、と言うなら協力しよう」
「な…!」
「えっ?」
ラリー様との婚約を解消?思いもかけなかった提案に、私はレアード王子の真意が全く分からなかった。
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読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
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