【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫

文字の大きさ
上 下
70 / 213
三章

メアリー様の治療

しおりを挟む
 その翌日も私は、ロバートを伴って貧民院への慰問に向かった。複数の貧民院の者から話を聞きたいとロバートが望んだからだ。ロバートはこの街で生まれ育ったために街の事情には詳しいが、自警団を作るのは初めてなので、出来れば多くの声を拾いたいと言った。この日は午後に二軒の貧民院を回り、私が治療をする傍らで、ロバートが聞き取りをしていた。治療を受けた者は非常に好意的で、ロバートの質問に上機嫌で答えてくれたようだ。ロバートも非常に満足そうだった。

「それにしても…お嬢様のお力は凄いですね…」

 移動中の馬車の中で、ロバートは熱冷めやらぬ風にそう呟いた。彼も私の力の事は知っていたが、聞いていた以上の効果だと感じたらしい。やはり実際に見ないと分からないものですね、と興奮気味だった。
 そうは言っても私は正式に聖女に認められていないし、聖女の力にも疎い。何となく使っているだけで、実際はどんな風に使うのか知らないのだ。一度王宮で治療して貰って、ああ、こんな感じなのか…とは思ったけれど。

 ガタン、と馬車が急に止まり、私はロバートやユーニスと顔を見合わせた。ロバートがどうした、と御者に問いかけると、御者は人だかりが出来ているから危険なので迂回したいという。外を見ると、少し先の建物にたくさんの人が詰めかけていた。

「あれは…何でしょう?」

 私もユーニスも街には疎いため、その建物が何かわからなかった。建物の様式からすると神殿の様にも見えるが、王都とは随分と造りが違った。

「ああ、あれは神殿ですよ。…そう言えば…今日はノーマン嬢が神殿で騎士の治療をすると聞いております。多分それでしょう」
「メアリー様の…」

 そう言えば昨日、ラリー様にその話を聞いたのを思い出した。騎士の治療に行かれたメアリー様だったが、王都でしていたように神殿でやりたいと言い出したのだ。ラリー様は治療院にいる騎士の治療を望んだが、メアリー様は神殿の方が慣れた場所で力を出しやすいとか言って押し切ったと聞く。ラリー様もさすがに善意で協力してくれるのに無理は言えないし、治療するのに変わりはないから…とお認めになったという。神殿も既に力が衰えているとはいえ、聖女が来るのは有難いと二つ返事で引き受けたという。

「少し見ていきますか?」
「え?よろしいのですか?」
「ええ、騒ぎになると困るので顔を出す事は出来ませんが、マントを羽織ればお嬢様とはわからないでしょう」

 ロバートにそう言われたため、私達はメアリー様の治療を見に行った。どうやら人伝に噂になっていたようで、見に来ただけの人も多いようだ。質素な服装だった私は、難なく人混みに紛れる事が出来た。



 神殿の大広間の祭壇の中央にメアリー様がいらして、順番に治療を施していた。私は傷口に手をかざしたり、相手によっては手を握ったりして力を使う事が多かったが、メアリー様のそれは、非常に絵になる使い方だった。
 何と言うのだろう…芝居じみている、とでも言うのだろうか…天を仰ぐように両手を挙げてから、恭しい物を受け取るような仕草をして、それから術をかけるのだ。別に聖女の力は天から降ってくるわけでもないだろうに…と思うのだが、周りはそうは思わないらしい。その一挙一動に感動して、歓声が上がるのが見て取れたが、私はその動きの意味が分からなかった。それでもさすがに神殿で長年修業をしていただけあって、非常に様になっていた。

 どれくらい効果あるのかまでは遠くて見えなかったが、聖女の力は珍しく希少なもののせいか、治療を受けた人達はとても感動し、感極まって泣き出す人もいた。メアリー様の神々しい程のお美しさも相まってか、みんなうっとりとした表情でメアリー様を見ていた。私が治療した時にはない反応に、私の心は少しだけ痛んだ。

「きゃ」
「あ、失礼」

 メアリー様の力をまじまじと見ていたせいか、私は前から来た人とぶつかってしまった。ぶつかったと言っても軽く肩が当たった程度だったが、ユーニスやロバートが直ぐに相手を咎めようとしたため、私は目でそれを制した。別に騒ぐほどの事ではないし、私は今はただの町娘だ。相手は直ぐに謝ってきたから、これ以上騒ぎにしたくなかった。
 相手もさっさと行ってしまったのだけど…私は何となく引っかかりを感じた。身なりは商人っぽい感じだけど、身のこなしがやけにきちんとしていたからだ。貴族と言っても通りそうな姿勢の良さと歩き方は、とても平民には見えなかった。
 それに…一瞬だけ顔が見えたが、黒髪と…赤紫の瞳だった。赤紫の瞳は隣国の王族の証だった筈…確か以前夜会で見かけたあの国の王子も、同じような赤紫の瞳をしていた。あの王子も黒髪で…と思った私だったが、ユーニスに呼ばれたためにその思考はそこで遮られた。
 でも…馬鹿馬鹿しい話だ。小競り合いを繰り返している相手の国の、しかも領主のお膝元に王族がいる筈がない。私は小さく頭を振ると、再びメアリー様の治療に視線を戻した。
しおりを挟む
読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
感想 167

あなたにおすすめの小説

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

【完結】断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~

古堂 素央
恋愛
【完結】 「なんでわたしを突き落とさないのよ」  学園の廊下で、見知らぬ女生徒に声をかけられた公爵令嬢ハナコ。  階段から転げ落ちたことをきっかけに、ハナコは自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わったことを知る。しかもハナコは悪役令嬢のポジションで。  しかしなぜかヒロインそっちのけでぐいぐいハナコに迫ってくる攻略対象の王子。その上、王子は前世でハナコがこっぴどく振った瓶底眼鏡の山田そっくりで。  ギロチンエンドか瓶底眼鏡とゴールインするか。選択を迫られる中、他の攻略対象の好感度まで上がっていって!?  悪役令嬢? 断罪ざまぁ? いいえ、冴えない王子と結ばれるくらいなら、ノシつけてヒロインに押しつけます!  黒ヒロインの陰謀を交わしつつ、無事ハナコは王子の魔の手から逃げ切ることはできるのか!?

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」  ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。 「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」  一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。  だって。  ──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ
恋愛
 いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。 「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」 「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」  ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。  ──対して。  傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

【完】聖女じゃないと言われたので、大好きな人と一緒に旅に出ます!

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 ミレニア王国にある名もなき村の貧しい少女のミリアは酒浸りの両親の代わりに家族や妹の世話を懸命にしていたが、その妹や周囲の子ども達からは蔑まれていた。  ミリアが八歳になり聖女の素質があるかどうかの儀式を受けると聖女見習いに選ばれた。娼館へ売り払おうとする母親から逃れマルクト神殿で聖女見習いとして修業することになり、更に聖女見習いから聖女候補者として王都の大神殿へと推薦された。しかし、王都の大神殿の聖女候補者は貴族令嬢ばかりで、平民のミリアは虐げられることに。  その頃、大神殿へ行商人見習いとしてやってきたテオと知り合い、見習いの新人同士励まし合い仲良くなっていく。  十五歳になるとミリアは次期聖女に選ばれヘンリー王太子と婚約することになった。しかし、ヘンリー王太子は平民のミリアを気に入らず婚約破棄をする機会を伺っていた。  そして、十八歳を迎えたミリアは王太子に婚約破棄と国外追放の命を受けて、全ての柵から解放される。 「これで私は自由だ。今度こそゆっくり眠って美味しいもの食べよう」  テオとずっと一緒にいろんな国に行ってみたいね。  21.11.7~8、ホットランキング・小説・恋愛部門で一位となりました! 皆様のおかげです。ありがとうございました。  ※「小説家になろう」さまにも掲載しております。  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央
恋愛
 聖女は十年しか生きられない。  この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。  それは期間満了後に始まる約束だったけど――  一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。  二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。  ライラはこの契約を承諾する。  十年後。  あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。  そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。  こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。  そう思い、ライラは聖女をやめることにした。  他の投稿サイトでも掲載しています。

処理中です...