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三章
メアリー様の治療
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その翌日も私は、ロバートを伴って貧民院への慰問に向かった。複数の貧民院の者から話を聞きたいとロバートが望んだからだ。ロバートはこの街で生まれ育ったために街の事情には詳しいが、自警団を作るのは初めてなので、出来れば多くの声を拾いたいと言った。この日は午後に二軒の貧民院を回り、私が治療をする傍らで、ロバートが聞き取りをしていた。治療を受けた者は非常に好意的で、ロバートの質問に上機嫌で答えてくれたようだ。ロバートも非常に満足そうだった。
「それにしても…お嬢様のお力は凄いですね…」
移動中の馬車の中で、ロバートは熱冷めやらぬ風にそう呟いた。彼も私の力の事は知っていたが、聞いていた以上の効果だと感じたらしい。やはり実際に見ないと分からないものですね、と興奮気味だった。
そうは言っても私は正式に聖女に認められていないし、聖女の力にも疎い。何となく使っているだけで、実際はどんな風に使うのか知らないのだ。一度王宮で治療して貰って、ああ、こんな感じなのか…とは思ったけれど。
ガタン、と馬車が急に止まり、私はロバートやユーニスと顔を見合わせた。ロバートがどうした、と御者に問いかけると、御者は人だかりが出来ているから危険なので迂回したいという。外を見ると、少し先の建物にたくさんの人が詰めかけていた。
「あれは…何でしょう?」
私もユーニスも街には疎いため、その建物が何かわからなかった。建物の様式からすると神殿の様にも見えるが、王都とは随分と造りが違った。
「ああ、あれは神殿ですよ。…そう言えば…今日はノーマン嬢が神殿で騎士の治療をすると聞いております。多分それでしょう」
「メアリー様の…」
そう言えば昨日、ラリー様にその話を聞いたのを思い出した。騎士の治療に行かれたメアリー様だったが、王都でしていたように神殿でやりたいと言い出したのだ。ラリー様は治療院にいる騎士の治療を望んだが、メアリー様は神殿の方が慣れた場所で力を出しやすいとか言って押し切ったと聞く。ラリー様もさすがに善意で協力してくれるのに無理は言えないし、治療するのに変わりはないから…とお認めになったという。神殿も既に力が衰えているとはいえ、聖女が来るのは有難いと二つ返事で引き受けたという。
「少し見ていきますか?」
「え?よろしいのですか?」
「ええ、騒ぎになると困るので顔を出す事は出来ませんが、マントを羽織ればお嬢様とはわからないでしょう」
ロバートにそう言われたため、私達はメアリー様の治療を見に行った。どうやら人伝に噂になっていたようで、見に来ただけの人も多いようだ。質素な服装だった私は、難なく人混みに紛れる事が出来た。
神殿の大広間の祭壇の中央にメアリー様がいらして、順番に治療を施していた。私は傷口に手をかざしたり、相手によっては手を握ったりして力を使う事が多かったが、メアリー様のそれは、非常に絵になる使い方だった。
何と言うのだろう…芝居じみている、とでも言うのだろうか…天を仰ぐように両手を挙げてから、恭しい物を受け取るような仕草をして、それから術をかけるのだ。別に聖女の力は天から降ってくるわけでもないだろうに…と思うのだが、周りはそうは思わないらしい。その一挙一動に感動して、歓声が上がるのが見て取れたが、私はその動きの意味が分からなかった。それでもさすがに神殿で長年修業をしていただけあって、非常に様になっていた。
どれくらい効果あるのかまでは遠くて見えなかったが、聖女の力は珍しく希少なもののせいか、治療を受けた人達はとても感動し、感極まって泣き出す人もいた。メアリー様の神々しい程のお美しさも相まってか、みんなうっとりとした表情でメアリー様を見ていた。私が治療した時にはない反応に、私の心は少しだけ痛んだ。
「きゃ」
「あ、失礼」
メアリー様の力をまじまじと見ていたせいか、私は前から来た人とぶつかってしまった。ぶつかったと言っても軽く肩が当たった程度だったが、ユーニスやロバートが直ぐに相手を咎めようとしたため、私は目でそれを制した。別に騒ぐほどの事ではないし、私は今はただの町娘だ。相手は直ぐに謝ってきたから、これ以上騒ぎにしたくなかった。
相手もさっさと行ってしまったのだけど…私は何となく引っかかりを感じた。身なりは商人っぽい感じだけど、身のこなしがやけにきちんとしていたからだ。貴族と言っても通りそうな姿勢の良さと歩き方は、とても平民には見えなかった。
それに…一瞬だけ顔が見えたが、黒髪と…赤紫の瞳だった。赤紫の瞳は隣国の王族の証だった筈…確か以前夜会で見かけたあの国の王子も、同じような赤紫の瞳をしていた。あの王子も黒髪で…と思った私だったが、ユーニスに呼ばれたためにその思考はそこで遮られた。
でも…馬鹿馬鹿しい話だ。小競り合いを繰り返している相手の国の、しかも領主のお膝元に王族がいる筈がない。私は小さく頭を振ると、再びメアリー様の治療に視線を戻した。
「それにしても…お嬢様のお力は凄いですね…」
移動中の馬車の中で、ロバートは熱冷めやらぬ風にそう呟いた。彼も私の力の事は知っていたが、聞いていた以上の効果だと感じたらしい。やはり実際に見ないと分からないものですね、と興奮気味だった。
そうは言っても私は正式に聖女に認められていないし、聖女の力にも疎い。何となく使っているだけで、実際はどんな風に使うのか知らないのだ。一度王宮で治療して貰って、ああ、こんな感じなのか…とは思ったけれど。
ガタン、と馬車が急に止まり、私はロバートやユーニスと顔を見合わせた。ロバートがどうした、と御者に問いかけると、御者は人だかりが出来ているから危険なので迂回したいという。外を見ると、少し先の建物にたくさんの人が詰めかけていた。
「あれは…何でしょう?」
私もユーニスも街には疎いため、その建物が何かわからなかった。建物の様式からすると神殿の様にも見えるが、王都とは随分と造りが違った。
「ああ、あれは神殿ですよ。…そう言えば…今日はノーマン嬢が神殿で騎士の治療をすると聞いております。多分それでしょう」
「メアリー様の…」
そう言えば昨日、ラリー様にその話を聞いたのを思い出した。騎士の治療に行かれたメアリー様だったが、王都でしていたように神殿でやりたいと言い出したのだ。ラリー様は治療院にいる騎士の治療を望んだが、メアリー様は神殿の方が慣れた場所で力を出しやすいとか言って押し切ったと聞く。ラリー様もさすがに善意で協力してくれるのに無理は言えないし、治療するのに変わりはないから…とお認めになったという。神殿も既に力が衰えているとはいえ、聖女が来るのは有難いと二つ返事で引き受けたという。
「少し見ていきますか?」
「え?よろしいのですか?」
「ええ、騒ぎになると困るので顔を出す事は出来ませんが、マントを羽織ればお嬢様とはわからないでしょう」
ロバートにそう言われたため、私達はメアリー様の治療を見に行った。どうやら人伝に噂になっていたようで、見に来ただけの人も多いようだ。質素な服装だった私は、難なく人混みに紛れる事が出来た。
神殿の大広間の祭壇の中央にメアリー様がいらして、順番に治療を施していた。私は傷口に手をかざしたり、相手によっては手を握ったりして力を使う事が多かったが、メアリー様のそれは、非常に絵になる使い方だった。
何と言うのだろう…芝居じみている、とでも言うのだろうか…天を仰ぐように両手を挙げてから、恭しい物を受け取るような仕草をして、それから術をかけるのだ。別に聖女の力は天から降ってくるわけでもないだろうに…と思うのだが、周りはそうは思わないらしい。その一挙一動に感動して、歓声が上がるのが見て取れたが、私はその動きの意味が分からなかった。それでもさすがに神殿で長年修業をしていただけあって、非常に様になっていた。
どれくらい効果あるのかまでは遠くて見えなかったが、聖女の力は珍しく希少なもののせいか、治療を受けた人達はとても感動し、感極まって泣き出す人もいた。メアリー様の神々しい程のお美しさも相まってか、みんなうっとりとした表情でメアリー様を見ていた。私が治療した時にはない反応に、私の心は少しだけ痛んだ。
「きゃ」
「あ、失礼」
メアリー様の力をまじまじと見ていたせいか、私は前から来た人とぶつかってしまった。ぶつかったと言っても軽く肩が当たった程度だったが、ユーニスやロバートが直ぐに相手を咎めようとしたため、私は目でそれを制した。別に騒ぐほどの事ではないし、私は今はただの町娘だ。相手は直ぐに謝ってきたから、これ以上騒ぎにしたくなかった。
相手もさっさと行ってしまったのだけど…私は何となく引っかかりを感じた。身なりは商人っぽい感じだけど、身のこなしがやけにきちんとしていたからだ。貴族と言っても通りそうな姿勢の良さと歩き方は、とても平民には見えなかった。
それに…一瞬だけ顔が見えたが、黒髪と…赤紫の瞳だった。赤紫の瞳は隣国の王族の証だった筈…確か以前夜会で見かけたあの国の王子も、同じような赤紫の瞳をしていた。あの王子も黒髪で…と思った私だったが、ユーニスに呼ばれたためにその思考はそこで遮られた。
でも…馬鹿馬鹿しい話だ。小競り合いを繰り返している相手の国の、しかも領主のお膝元に王族がいる筈がない。私は小さく頭を振ると、再びメアリー様の治療に視線を戻した。
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読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
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