【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫

文字の大きさ
上 下
84 / 213
三章

ラリー様の出立

しおりを挟む
 隣国の侵攻を受けて、ヘーゼルダインはこれまでにない緊張感に包まれていた。その日、私が自分の部屋に戻ったのは日付が変わってからだった。それでも緊急時の高揚感のせいか、それともまだ外では慌ただしく出立の準備が行われているせいか、ベッドに入っても中々寝付けなかった。

 ラリー様と話がしたかったが、ラリー様はあの後騎士団に行ったっきりで、夜になっても帰ってこなかった。多分今後の事を話し合っているのだろう。ラリー様とはこちらに戻ってからは交流も殆ど途絶えていたから、今回もこのまま何も話さずに終わりそうだった。私が気後れして、積極的に会いに行かなかったのもあったのだけれど…

 出立は明日の未明、まだ明るくなる前だと聞いた。私も見送るつもりだったが、今から寝ては寝過してしまうかもしれない…そう思った私は早々に寝るのを諦めた。どうせ眠れそうもないし、だったら起きていた方がいいだろう。私は簡易なドレスに着替えると、何とはなしに気になった紫蛍石の箱を手にした。

 初代の聖女は王のために力を使って勝利へと導き、建国を助けたという。さすがに私にそんな力があるとは思えないが、聖女の力が国造りに使えたのなら、こういう事態にも対処できるような気もした。思い浮かぶのはせいぜい怪我をした者を癒す事くらいだったが…王やその側近が怪我をしても癒されれば、それだけでも大違いな気がした。そうであれば…例えば、ラリー様が無事にお戻りになるように…なら叶いそうな気がした。

 今のヘーゼルダインにラリー様は必要な方だ。おじ様に子はおらず、親戚にも領主になれるほどの器の者はいないと聞く。ラリー様は王族の中でも王に近い者と言われていたのだ。国内を探しても代わりが出来る人は少ないだろう。逆を言えば、ラリー様を失えばこの地は一気に政情が不安定になる可能性が高かった。私は紫蛍石を手に、出立するみんなが無事に帰れるようにと願いを込めた。



コツコツ…

 どれくらいそうしていただろうか…私は小さく何かを叩くような音で意識が浮上するのを感じた。いつの間にか寝落ちしていたらしい。耳を澄ますと、音はラリー様の部屋側のドアから聞こえて来た。もしかしてラリー様が戻ってこられたのだろうか…

「…シア、起きているか?私だ、ローレンスだ」
「…はい。何か?」

 聞き取れるかどうかわからないくらいの小さな声だったが、間違いなくラリー様の声だった。私がそれに応えると、ラリー様は暫くためらったようだったが、少し話がしたいと言われた私は鍵を解除して部屋に招き入れた。

「すまない、こんな時間に…」
「いえ、私も眠れなかったので構いません」

 昼間会ったばかりだというのに、ラリー様は随分お疲れのように見えた。ずっと準備のために根を詰めていらしたのだろう。

「どうかされましたか?」
「いや…今後の事を話しておきたいと思って…」

 ラリー様のお話は、まずはこの戦いで自分に万が一の事があった場合の話だった。縁起でもないとは思ったが、万が一の事を話し合う必要性は確かにあるのだ。ラリー様はもしもの時は、私の好きにしていいと仰ってくれた。王都に戻るもよし、ここで暮らすもよし、これまで王家に振り回されてきたから、今後は出来る限り自由にして欲しいと。今後ここで暮らす場合は、ギルおじ様の養女となって身分を保証するとも仰った。
 また、戦争が長引く可能性があり、いつ戻れるかもわからず、結婚が何時履行されるかわからない。もし私がこの結婚を望まないと思うようになった時は陛下と相談し、婚約を解消して王都に戻ってくれて構わない、自分には結果だけ知らせて欲しいと。

「そんな事にはなりませんわ。ラリー様はお強いですもの」
「そうだといいのだが…」
「大丈夫です。必ずラリー様は勝って無事にお帰りになりますわ。私が保証いたします」
「…それは、心強いな。建国の聖女の末裔である君がそういうのだ、間違いない…ありがとう」

 何だか余所余所しいな…と、以前とは違う距離に私は寂しさを覚えたが、さすがにそれを表に出す事はなかった。ラリー様、そろそろ…とドアのところからレックスが呼びかけるのが聞こえた。

「後…シア、これを」
「これは…」
「セネット家の紫蛍石だ。一度返しておきたい」
「…いいえ、この様な時だからこそお持ちください」
「だが…」
「必勝のお守りですわ。ラリー様のご無事と勝利を祈っています」
「…それは…ああ、そうだな。シアの言う通りだ」

 ためらいながらもラリー様がそう言って下さった事に私は安堵した。何も出来ない事がもどかしく、せめてこの石だけでもお側に…と思ったからだ。この片割れは守りたい者に渡せとあったのだ。きっと何かしらの効果はあるのだと信じたかった。

「あと、お手を…」
「手?」

 私が手を差し出すと、ラリー様は少し躊躇したものの、私の手にご自身の手を重ねられた。私のしたい事を察して下さったらしく、すまないと困ったように笑った。

「あれから体調はいかがでしたか?」
「ああ、この前癒して貰ってからは問題ない。あんなにしつこかった頭痛も起きていないよ」
「そうでしたか。よかったですわ。でも、念のため」

 そう言って私は癒しの力をラリー様に送った。今回は以前ほど力を使う事がなかった。あれから紫蛍石にラリー様が癒されるようにと願いを込めていたせいだろうか…

「どうかお気をつけて。ご武運をお祈りしていますわ」
「…ああ、シアも気を付けて。こうなった以上、私が帰るまで外に出ないでくれ。君を人質に取られてはこちらも身動きが取れなくなるから」
「わかりました。気を付けますわ」

 再度レックスがラリー様を呼んだため、私達は最後に握手を交わして別れた。

 出立の見送りは、ラリー様に近づく事も、言葉を交わす事も出来なかった。
 この日は、私とラリー様が結婚式を挙げる筈の日だった。

しおりを挟む
読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
感想 167

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」  ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。 「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」  一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。  だって。  ──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。

処理中です...