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三章
新たな問題
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「…これは…」
メアリー様の噂を聞いてから三日後。領民からの陳情書の整理をしていた私は、陳情書の中にメアリー様の治療への苦情が入っているのを見つけた。陳情書は役所などに苦情を言っても受け付けて貰えなかった場合、領主に直接苦情申し立てをする制度で、ラリー様が始めた事だ。普段はラリー様が目を通されるが、今はお忙しくて時間がないため、代わりに私がやっていた。
陳情書には、要求された額の現金を払ったが、言われていた程の効果がなかったとあった。金額はこの地の平均的な庶民の二年分の収入に相当するもので、決して安くはない。この話を持ってきたダウンズ男爵に抗議したが全く話を聞いてくれず、それどころか聖女を愚弄したと逆に責められたとあった。
ダウンズ男爵と言えば、先日私に騎士の救護院への慰問をお遊びと一蹴した人物だ。私から話を聞きに行ってもいいけれど、私の事を下に見ているから話を聞いたとしてもまともに取り合ってくれるだろうか…私はこの問題にどう対処すべきか、直ぐに判断が出来なかった。
私が対応に悩んでいると、翌日もその翌日も、メアリー様への苦情の陳情書が入ってきた。それらは最初のものと同じで、指定された多額の金を払ったが、聞いていた程の効果がなかったと訴えるものだった。
思案した私は、陳情書を出した人物から話を聞くよう、ラリー様の副官のロバートに頼む事にした。彼はラリー様が私に護衛として付けてくれて、この地に詳しいから何かあったら彼に相談するようにとも言われていた。私から話を聞いたロバートは、うわぁ…と声を上げて驚いていたが、さすがにこれはマズいかもしれないと言って、早速陳情書を上げた人物に話を行くと言ってくれた。
ロバートに調査を依頼した三日後、ロバートが私の部屋にやって来た。陳情を上げた者から話が聞けたらしい。彼もこの件は問題視していて、かなり念入りな調査を始めたのだと言った。
「中々に厄介な話になっていました」
そう言ってロバートは、彼らから聞き取りをした内容を話してくれた。内容は陳情書と殆ど変わりはなかったが、別の問題が明らかになった。ダウンズ男爵が治療を受けた者に対し、交換条件としてラリー様の妻を私ではなくメアリー様にするよう宣伝しろと求めていたのだ。メアリー様が治療するのは貴族や商人などの裕福な者が多いため、その効果は大きい。治療院で世話役の女性達が話していたのも、その結果だったのだ。
「これは王命を反故にしようという、ある意味反逆罪と取られても仕方ない案件です」
もしこんな事が王都に知れた場合、ラリー様の監督責任を問われる可能性もあるとロバートは言った。現時点で私は侯爵家当主であり、準王族の扱いだから、場合によっては不敬罪にもなるらしい。まさかこんな事で反逆罪なんて…と私は驚くしかなかった。でも…
「でも…ラリー様がメアリー様を望まれるのであれば、妻の件はこのままでもいいのでは?民の口に栓は出来ないし、民の声といえば陛下も何も仰らないでしょう」
そう、そんな声が民から上がるのであれば、それはそれでいいのでは…と私は思った。もちろん金銭の要求はやめさせなければいけないが、民がメアリー様をと望むのであれば仕方ないだろう。であれば…
「お嬢様、それはあり得ませんよ。あんな女性を娶るなど…第一、この結婚を反故にした場合、我が領が王家から冷遇されるのは必須です」
「でも…ラリー様なら…」
「それはもちろん、ローレンス様が望めば陛下もお許しくださるとは思いますが…でも、王命を反故にするというのはとても大きな代償を要しますし、それはここの情勢をより一層不安定にします。王族出身だからこそローレンス様を引きずり下ろしたいと願う者もいるのです。独立派や隣国派からすれば、害になるような女性を娶らせて、それを理由に領主の座から追い出そうと考える者が出てもおかしくありませんから」
「そんな…」
「ギルバート様とローレンス様のお陰で王家との関係は落ち着いていますが…ここも一枚岩ではないのです。それでなくても今は隣国の事もあって危うくなっていますし」
「でも、ラリー様は…」
「ローレンス様はそこまで趣味が悪い方じゃないですよ。まぁ、あれじゃお嬢様が誤解しても仕方ないでしょうが…」
「え?」
誤解とは何だろう…そう言えばおじ様も説明がどうとか仰っていたけれど…
「…お嬢様、この際はっきり申し上げておきますが、ローレンス様がメアリー様を望むなどあり得ませんから」
「ロバート?それはどういう…」
「あ~申し訳ありません。余計な事は言うなときつく言われているので…でも、これだけははっきり申し上げますが、私共はお嬢様がこの地の奥方になって頂きたいと心から思っております」
「そ、それは…嬉しいわ…でも…」
「そして、メアリー様は論外だと思っております」
「そ、そう…」
「どうかもう少しお待ちください。今は詳しくはお話出来ませんが…」
「え、っと…それは…」
「ああ、そう言えば最近、ローレンス様の疲れがかなりたまっている様で、調子がよくないそうです。もしよければお嬢様が癒して頂けませんか」
「え?ラリー様が?でも…私の力は怪我は治せても…」
「でも、もしかしたら疲れくらいは取れるんじゃありませんか?ほら、治療した人が前より体が軽くなったって言ってるじゃないですか」
「そ、そうかしら…でも…」
「ローレンス様の肩にこの地の将来がかかっていますからね。出来ればお願いします」
ラリー様がお疲れでご不調とは知らなかった。でも、メアリー様がいらっしゃるなら問題ないのではないだろうか…それでも、様子をみるくらいなら…と私はメイナードにラリー様の様子を聞くことにした。
メアリー様の噂を聞いてから三日後。領民からの陳情書の整理をしていた私は、陳情書の中にメアリー様の治療への苦情が入っているのを見つけた。陳情書は役所などに苦情を言っても受け付けて貰えなかった場合、領主に直接苦情申し立てをする制度で、ラリー様が始めた事だ。普段はラリー様が目を通されるが、今はお忙しくて時間がないため、代わりに私がやっていた。
陳情書には、要求された額の現金を払ったが、言われていた程の効果がなかったとあった。金額はこの地の平均的な庶民の二年分の収入に相当するもので、決して安くはない。この話を持ってきたダウンズ男爵に抗議したが全く話を聞いてくれず、それどころか聖女を愚弄したと逆に責められたとあった。
ダウンズ男爵と言えば、先日私に騎士の救護院への慰問をお遊びと一蹴した人物だ。私から話を聞きに行ってもいいけれど、私の事を下に見ているから話を聞いたとしてもまともに取り合ってくれるだろうか…私はこの問題にどう対処すべきか、直ぐに判断が出来なかった。
私が対応に悩んでいると、翌日もその翌日も、メアリー様への苦情の陳情書が入ってきた。それらは最初のものと同じで、指定された多額の金を払ったが、聞いていた程の効果がなかったと訴えるものだった。
思案した私は、陳情書を出した人物から話を聞くよう、ラリー様の副官のロバートに頼む事にした。彼はラリー様が私に護衛として付けてくれて、この地に詳しいから何かあったら彼に相談するようにとも言われていた。私から話を聞いたロバートは、うわぁ…と声を上げて驚いていたが、さすがにこれはマズいかもしれないと言って、早速陳情書を上げた人物に話を行くと言ってくれた。
ロバートに調査を依頼した三日後、ロバートが私の部屋にやって来た。陳情を上げた者から話が聞けたらしい。彼もこの件は問題視していて、かなり念入りな調査を始めたのだと言った。
「中々に厄介な話になっていました」
そう言ってロバートは、彼らから聞き取りをした内容を話してくれた。内容は陳情書と殆ど変わりはなかったが、別の問題が明らかになった。ダウンズ男爵が治療を受けた者に対し、交換条件としてラリー様の妻を私ではなくメアリー様にするよう宣伝しろと求めていたのだ。メアリー様が治療するのは貴族や商人などの裕福な者が多いため、その効果は大きい。治療院で世話役の女性達が話していたのも、その結果だったのだ。
「これは王命を反故にしようという、ある意味反逆罪と取られても仕方ない案件です」
もしこんな事が王都に知れた場合、ラリー様の監督責任を問われる可能性もあるとロバートは言った。現時点で私は侯爵家当主であり、準王族の扱いだから、場合によっては不敬罪にもなるらしい。まさかこんな事で反逆罪なんて…と私は驚くしかなかった。でも…
「でも…ラリー様がメアリー様を望まれるのであれば、妻の件はこのままでもいいのでは?民の口に栓は出来ないし、民の声といえば陛下も何も仰らないでしょう」
そう、そんな声が民から上がるのであれば、それはそれでいいのでは…と私は思った。もちろん金銭の要求はやめさせなければいけないが、民がメアリー様をと望むのであれば仕方ないだろう。であれば…
「お嬢様、それはあり得ませんよ。あんな女性を娶るなど…第一、この結婚を反故にした場合、我が領が王家から冷遇されるのは必須です」
「でも…ラリー様なら…」
「それはもちろん、ローレンス様が望めば陛下もお許しくださるとは思いますが…でも、王命を反故にするというのはとても大きな代償を要しますし、それはここの情勢をより一層不安定にします。王族出身だからこそローレンス様を引きずり下ろしたいと願う者もいるのです。独立派や隣国派からすれば、害になるような女性を娶らせて、それを理由に領主の座から追い出そうと考える者が出てもおかしくありませんから」
「そんな…」
「ギルバート様とローレンス様のお陰で王家との関係は落ち着いていますが…ここも一枚岩ではないのです。それでなくても今は隣国の事もあって危うくなっていますし」
「でも、ラリー様は…」
「ローレンス様はそこまで趣味が悪い方じゃないですよ。まぁ、あれじゃお嬢様が誤解しても仕方ないでしょうが…」
「え?」
誤解とは何だろう…そう言えばおじ様も説明がどうとか仰っていたけれど…
「…お嬢様、この際はっきり申し上げておきますが、ローレンス様がメアリー様を望むなどあり得ませんから」
「ロバート?それはどういう…」
「あ~申し訳ありません。余計な事は言うなときつく言われているので…でも、これだけははっきり申し上げますが、私共はお嬢様がこの地の奥方になって頂きたいと心から思っております」
「そ、それは…嬉しいわ…でも…」
「そして、メアリー様は論外だと思っております」
「そ、そう…」
「どうかもう少しお待ちください。今は詳しくはお話出来ませんが…」
「え、っと…それは…」
「ああ、そう言えば最近、ローレンス様の疲れがかなりたまっている様で、調子がよくないそうです。もしよければお嬢様が癒して頂けませんか」
「え?ラリー様が?でも…私の力は怪我は治せても…」
「でも、もしかしたら疲れくらいは取れるんじゃありませんか?ほら、治療した人が前より体が軽くなったって言ってるじゃないですか」
「そ、そうかしら…でも…」
「ローレンス様の肩にこの地の将来がかかっていますからね。出来ればお願いします」
ラリー様がお疲れでご不調とは知らなかった。でも、メアリー様がいらっしゃるなら問題ないのではないだろうか…それでも、様子をみるくらいなら…と私はメイナードにラリー様の様子を聞くことにした。
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読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
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