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三章
婚約者と元恋人の過去
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ラリー様は第四王子で末弟だったが、頭脳明晰なだけでなく武にも才能があり、四人の王子の中では最も王に相応しいと言われていたという。それでも長兄も王としての資質は十分で、また年が離れていた事もあり、長兄が王太子となった。そんな中ラリー様は、文よりも武に興味を持たれ、十五歳になると騎士団に入団し、そこでめきめきと頭角を現していったという。
ラリー様がギルおじ様と親しくなったきっかけは、ラリー様が二十二歳の時、総騎士団長をしていたおじ様の副官になった事だった。いずれラリー様が総騎士団長になるのを見越しての人事で、おじ様の下で仕事を覚えるのが狙いだった。ギルおじ様が選ばれたのは、おじ様が権力争いに興味がなく、純粋に職務を全うしていたのと、前国王陛下と親しかった事も影響していたのだろう。
ラリー様がメアリー様と出会ったのはラリー様が二十三歳、メアリー様が二十一歳の時で、二人は仕事を通して知り合ったという。天真爛漫で物おじせず、職務に忠実なメアリーにラリー様が好感を持ち、メアリー様も元々ラリー様に憧れていたのもあり、二人の仲は深まっていったという。
「お二人は…結婚を望まれなかったのですか?」
「それがな…」
ラリー様は結婚を望まれたらしいが、意外にもメアリー様はいい返事をしなかったという。本当のところはわからないが、ご自身の夢を諦められなかった…と言われている。メアリー様の聖女の力はかなり大きく、いずれは大聖女になれるのではないか…と言われていたからだ。
大聖女はこの国の聖女のトップで、一人しかいない。大聖女は国王に匹敵するほどの発言力を有し、引退後も一代限りではあるが侯爵並みの扱いを受ける。大聖女になればラリー様との身分差も縮まるため、それを望んだとも言われていた。
そうしている間に、事態は大きく変化した。ラリー様が二十七歳になった年、当時の国王陛下、ラリー様にとってはお父君が亡くなられたのだ。
これによって、ラリー様の周辺は急激に変化していった。元より王子の中で一番国王に相応しいと言われていたラリー様だったから、そんなラリー様を次の王に…との声が上がるまでに時間はかからなかった。
既にラリー様以外の王子は結婚し、娘を王子に嫁がせられなかった大貴族の中には、このままでは自分たちの力が弱まると危惧して、ラリー様を王位に就け、自身の娘を嫁がせようとしたのだ。
だが貴族たちは、それを本人が望んでいないと気付かなかった。ラリー様は兄王子たちと仲がよく、王位に就くつもりは微塵もなかったのだ。頭脳明晰だったからこそ、そうした時のリスクの大きさを誰よりも理解していたのかもしれない。
ラリー様を王位につかせようとした貴族たちは王位簒奪を企んだとして捕まり、ラリー様は王になった兄に臣籍降下を望んだ。兄王はラリー様に宰相か総騎士団長をと請うたが、ラリー様は時間が経てばまた同様の事が起きるからと辞退したという。
そして国が落ち着いた翌年、ラリー様は恩師でもあるギルおじ様の元に養子に入ったのだ。これはおじ様に子がいなかったのと、おじ様を尊敬していただけではなかった。ヘーゼルダインがこの国の中で最も危険で、統治が難しい場所だったからだ。
「それでラリー様は…」
「ああ。その時、これが最後と求婚したそうじゃが…メアリー嬢もちょうど大聖女になれるチャンスが目前だったんじゃ」
「そうだったのですか…」
「じゃが、メアリー嬢は、ラリーがこちらに来た翌年には聖女の力が弱まり始めたらしい」
「翌年に…でも、それならその時に…」
「それは多分、あの噂のせいじゃろうな…」
「噂?」
「ラリーが顔に傷を負って、性格まで変わったという噂じゃ」
「あ…」
ラリー様が顔に傷を負ったのは、実際はギルおじ様の事だったが、どこでどう話が変わったのか、それがラリー様の話として広がったのだという。性格についても戦いでは確かに冷酷無比だったため、あの噂は隣国が流したのではないかとおじ様達は見ていたが、むしろその方が都合がいいと放置していたという。望まない縁談も来なくなったし、隣国にはけん制になるからだ。
聖女を辞した頃、メアリー様のお母様がご病気になったが、メアリー様は八歳で離れた母親を慕い、その看病のために共に領地に向かったのだという。
「まぁ、その母君も半年前、ちょうどラリーとシアの結婚の王命が出た頃に亡くなったそうじゃ。それから王都に戻っていたらしいが…ラリーが夜会に出た事で、あの噂がデマだったと広く知れたからな。それを聞いたのじゃろう」
「それで…こちらに…」
「それにしては行動が早いとは思うのだがな…でも、夜会から出発まで日があったし、常識にとらわれないお方の様じゃからな…」
なるほど、そのような経緯があったのか…でも、お二人が恋仲だったとおじ様にも聞かされ、私は心がズンと重くなるのを感じた。おじ様の話では、ラリー様は求婚を断られた事で気持ちの踏ん切りがつき、今は何とも思っていないという。でも…
「ラリーがメアリー嬢に未練があるとは思えんがな」
「でも…久しぶりに実際にお会いすれば、お気持ちも変わるでしょう…ラリー様は頻繁にメアリー様のお誘いを受けていると聞いておりますし…」
「…全く…あいつは何の説明もなしに…」
「え?」
「いや、何でもない。じゃが、ラリーがメアリー嬢とよりを戻したいと考える事はないよ。それはわしが保証する」
「そうですか…」
おじ様に保証されても、おじ様はラリー様ではないし…とは思ったが、これもおじ様なりの心遣いなのだろう。気が晴れたわけではないけれど、おじ様にそんな風に気にかけて貰えたことがとても嬉しかった。
ラリー様がギルおじ様と親しくなったきっかけは、ラリー様が二十二歳の時、総騎士団長をしていたおじ様の副官になった事だった。いずれラリー様が総騎士団長になるのを見越しての人事で、おじ様の下で仕事を覚えるのが狙いだった。ギルおじ様が選ばれたのは、おじ様が権力争いに興味がなく、純粋に職務を全うしていたのと、前国王陛下と親しかった事も影響していたのだろう。
ラリー様がメアリー様と出会ったのはラリー様が二十三歳、メアリー様が二十一歳の時で、二人は仕事を通して知り合ったという。天真爛漫で物おじせず、職務に忠実なメアリーにラリー様が好感を持ち、メアリー様も元々ラリー様に憧れていたのもあり、二人の仲は深まっていったという。
「お二人は…結婚を望まれなかったのですか?」
「それがな…」
ラリー様は結婚を望まれたらしいが、意外にもメアリー様はいい返事をしなかったという。本当のところはわからないが、ご自身の夢を諦められなかった…と言われている。メアリー様の聖女の力はかなり大きく、いずれは大聖女になれるのではないか…と言われていたからだ。
大聖女はこの国の聖女のトップで、一人しかいない。大聖女は国王に匹敵するほどの発言力を有し、引退後も一代限りではあるが侯爵並みの扱いを受ける。大聖女になればラリー様との身分差も縮まるため、それを望んだとも言われていた。
そうしている間に、事態は大きく変化した。ラリー様が二十七歳になった年、当時の国王陛下、ラリー様にとってはお父君が亡くなられたのだ。
これによって、ラリー様の周辺は急激に変化していった。元より王子の中で一番国王に相応しいと言われていたラリー様だったから、そんなラリー様を次の王に…との声が上がるまでに時間はかからなかった。
既にラリー様以外の王子は結婚し、娘を王子に嫁がせられなかった大貴族の中には、このままでは自分たちの力が弱まると危惧して、ラリー様を王位に就け、自身の娘を嫁がせようとしたのだ。
だが貴族たちは、それを本人が望んでいないと気付かなかった。ラリー様は兄王子たちと仲がよく、王位に就くつもりは微塵もなかったのだ。頭脳明晰だったからこそ、そうした時のリスクの大きさを誰よりも理解していたのかもしれない。
ラリー様を王位につかせようとした貴族たちは王位簒奪を企んだとして捕まり、ラリー様は王になった兄に臣籍降下を望んだ。兄王はラリー様に宰相か総騎士団長をと請うたが、ラリー様は時間が経てばまた同様の事が起きるからと辞退したという。
そして国が落ち着いた翌年、ラリー様は恩師でもあるギルおじ様の元に養子に入ったのだ。これはおじ様に子がいなかったのと、おじ様を尊敬していただけではなかった。ヘーゼルダインがこの国の中で最も危険で、統治が難しい場所だったからだ。
「それでラリー様は…」
「ああ。その時、これが最後と求婚したそうじゃが…メアリー嬢もちょうど大聖女になれるチャンスが目前だったんじゃ」
「そうだったのですか…」
「じゃが、メアリー嬢は、ラリーがこちらに来た翌年には聖女の力が弱まり始めたらしい」
「翌年に…でも、それならその時に…」
「それは多分、あの噂のせいじゃろうな…」
「噂?」
「ラリーが顔に傷を負って、性格まで変わったという噂じゃ」
「あ…」
ラリー様が顔に傷を負ったのは、実際はギルおじ様の事だったが、どこでどう話が変わったのか、それがラリー様の話として広がったのだという。性格についても戦いでは確かに冷酷無比だったため、あの噂は隣国が流したのではないかとおじ様達は見ていたが、むしろその方が都合がいいと放置していたという。望まない縁談も来なくなったし、隣国にはけん制になるからだ。
聖女を辞した頃、メアリー様のお母様がご病気になったが、メアリー様は八歳で離れた母親を慕い、その看病のために共に領地に向かったのだという。
「まぁ、その母君も半年前、ちょうどラリーとシアの結婚の王命が出た頃に亡くなったそうじゃ。それから王都に戻っていたらしいが…ラリーが夜会に出た事で、あの噂がデマだったと広く知れたからな。それを聞いたのじゃろう」
「それで…こちらに…」
「それにしては行動が早いとは思うのだがな…でも、夜会から出発まで日があったし、常識にとらわれないお方の様じゃからな…」
なるほど、そのような経緯があったのか…でも、お二人が恋仲だったとおじ様にも聞かされ、私は心がズンと重くなるのを感じた。おじ様の話では、ラリー様は求婚を断られた事で気持ちの踏ん切りがつき、今は何とも思っていないという。でも…
「ラリーがメアリー嬢に未練があるとは思えんがな」
「でも…久しぶりに実際にお会いすれば、お気持ちも変わるでしょう…ラリー様は頻繁にメアリー様のお誘いを受けていると聞いておりますし…」
「…全く…あいつは何の説明もなしに…」
「え?」
「いや、何でもない。じゃが、ラリーがメアリー嬢とよりを戻したいと考える事はないよ。それはわしが保証する」
「そうですか…」
おじ様に保証されても、おじ様はラリー様ではないし…とは思ったが、これもおじ様なりの心遣いなのだろう。気が晴れたわけではないけれど、おじ様にそんな風に気にかけて貰えたことがとても嬉しかった。
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読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
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