67 / 213
三章
ラリー様の元恋人
しおりを挟む
「ラリー様、お話しませんか?」
「お庭を案内して頂けませんか?」
「街はどんな感じなのでしょう。是非行ってみたいわ」
ヘーゼルダインに戻って来た私達だったが、以前とは一転、何かと私達の生活にメアリー様が入り込んできて、私は落ち着かない日々を送っていた。まだメアリー様に頼む仕事が決まっていない事もあって暇を持て余しているのだと思うけど…帰郷してお忙しいラリー様に何かと理由を付けて会いに来るため、仕事が進まないのだと副官のレックスがぼやくほどだった。
そうは言っても元と言えども聖女で、この地に協力してくれると言われれば無下にも出来ない。三、四回に一度はラリー様も相手をしているのだと聞いた。
一方私は、ラリー様の分も結婚式の準備をする事になり、多忙な日々を送っていた。実務的な事はメイナードやモリスン夫人が行うが、それを了承するのはラリー様か、花嫁となる私だ。
通常なら私が口を出すことではないが、結婚は王命だし、既に一緒に暮らしていて、またラリー様が早い段階で私にこの家の家令に関する権限を渡してくれたのもあって、私が確認する事になったのだ。ラリー様が多忙過ぎて、聞ける状況にないというのもあったが…帰郷翌日の衣装サイズの最終確認すらもラリー様は時間がなく、自分の分が済むと仕事に戻られたほどだった。
どうしてそんなに多忙なのだろう…と思っていたら、隣国の動きが怪しくなってきて、貯まった仕事だけでなくそちらにも手を割かれているのだとメイナードが教えてくれた。帰郷前から怪しい動きがみられて警戒していたらしく、ラリー様の長期不在で向こうが何かを計画したのかもしれない、と聞かされた私は、延期になった事を申し訳なく思った。元はと言えはエリオット様と私の実家のせいで戻るのが遅くなったのだから…
「アレクシア様、お茶など如何?」
結婚式の準備だけでなく、街の孤児院や貧民院への慰問の計画などに終われていた私は、帰郷から3日目にメアリー様にそう声をかけられた。正直言って今はそんな余裕はないのだけど…とは思うが、ラリー様のお客人なら私にとってもそうだ。無下にする事も出来ず、仕方なくお茶の相手をする事にした。
メアリー様は…天真爛漫というか、無邪気で少女のような方だった。ずっと神殿にいたから世間知らずで…と仰っていたが、確かに神殿暮らしだと王宮のような魑魅魍魎とは縁がなく過ごせたのかもしれない。ずっとそんな世界で生きてきた私は、逆にそんな世界にいたメアリー様を羨ましく感じた。私も聖女の力はあるし…もしセネット家の生まれでなければ、聖女として生きていたのだろうか…
「誘いを受けて下さって嬉しいわ。ラリー様はお忙しくてなかなかお話して下さらなくて」
「そうでしたか、それは…失礼いたしました」
せっかく来て頂いたのに十分な相手が出来ない事に申し訳なく思い、私は直ぐに謝罪を述べた。既に婚約者で一月後には妻になるし、既にこの家は私の家でもある。また家令の采配は私の仕事なので、この家での不始末は私の不始末にもなるのだ。
「まぁ、嫌ですわ、アレクシア様が謝罪される事はありませんわ。あなたも私と同じではありませんか?」
「え?」
同じと言われて私は驚きを隠せなかった。婚約者と客人のどこが同じだというのだろうか…そんな私の驚きを感じ取ったのか、メアリー様はふふっと朗らかに笑ってこう続けた。
「だって、アレクシア様もまだラリー様の家族ではないでしょう?今の言い方では、既に奥方様のようよ。それはラリー様に失礼じゃない?」
まさかそんな風に言われるとは思わず、私は返す言葉が見つからなかった。確かにそうとも言えるけれど…でも、私達の場合は…
「婚約者なのに既に婚家で一緒に暮らしているなんて普通じゃないでしょ?気を付けないと、ラリー様に恥をかかせる事になりますわよ」
優しそうな笑顔で、まるで妹を諭す姉のような物言いだが、その言い方に表現のしようのない棘のようなものを感じた。
でも、確かにメアリー様の言う通りではあるのだ。婚約中で一緒に暮らすなど、この国では非常識もいいところだ。陛下の勅命と、私の家の事情と、何よりもそれをラリー様がお許しくださっているから私はここにいられるだけ。
「…そうでしたわ。大変失礼いたしました」
他に言いようもなく、また一々説明するのも言い訳がましく感じられた私は、ここは謝る事にした。確かに貴族の結婚としては異例ずくめなのは否定の仕様がなかったしからだ。
一方で私は、ラリー様に注意されたにも拘らず、未だにラリー様を愛称で呼ぶメアリー様に言いようのない感情を覚えた。無邪気を装って強かにあざとく振舞う人間が身近にいたせいだろうか…メアリー様の姿は、末に縁が切れた妹を思い出させて、私の心をざわつかせた。
でも、それは失礼にあたるのだと感じて直ぐにその思いを振り払った。こんな辺境の地で傷ついた人達のために力になりたいと仰って下さる方が、妹のような人であるはずがないのだ。きっと思い過ごしだろう…それに…ラリー様の恋人だった事が引っかかっていて、それでより悪く感じるのかもしれない。私は自分の中の黒い思いが表に出ないように、淑女の仮面を被り直した。
「お庭を案内して頂けませんか?」
「街はどんな感じなのでしょう。是非行ってみたいわ」
ヘーゼルダインに戻って来た私達だったが、以前とは一転、何かと私達の生活にメアリー様が入り込んできて、私は落ち着かない日々を送っていた。まだメアリー様に頼む仕事が決まっていない事もあって暇を持て余しているのだと思うけど…帰郷してお忙しいラリー様に何かと理由を付けて会いに来るため、仕事が進まないのだと副官のレックスがぼやくほどだった。
そうは言っても元と言えども聖女で、この地に協力してくれると言われれば無下にも出来ない。三、四回に一度はラリー様も相手をしているのだと聞いた。
一方私は、ラリー様の分も結婚式の準備をする事になり、多忙な日々を送っていた。実務的な事はメイナードやモリスン夫人が行うが、それを了承するのはラリー様か、花嫁となる私だ。
通常なら私が口を出すことではないが、結婚は王命だし、既に一緒に暮らしていて、またラリー様が早い段階で私にこの家の家令に関する権限を渡してくれたのもあって、私が確認する事になったのだ。ラリー様が多忙過ぎて、聞ける状況にないというのもあったが…帰郷翌日の衣装サイズの最終確認すらもラリー様は時間がなく、自分の分が済むと仕事に戻られたほどだった。
どうしてそんなに多忙なのだろう…と思っていたら、隣国の動きが怪しくなってきて、貯まった仕事だけでなくそちらにも手を割かれているのだとメイナードが教えてくれた。帰郷前から怪しい動きがみられて警戒していたらしく、ラリー様の長期不在で向こうが何かを計画したのかもしれない、と聞かされた私は、延期になった事を申し訳なく思った。元はと言えはエリオット様と私の実家のせいで戻るのが遅くなったのだから…
「アレクシア様、お茶など如何?」
結婚式の準備だけでなく、街の孤児院や貧民院への慰問の計画などに終われていた私は、帰郷から3日目にメアリー様にそう声をかけられた。正直言って今はそんな余裕はないのだけど…とは思うが、ラリー様のお客人なら私にとってもそうだ。無下にする事も出来ず、仕方なくお茶の相手をする事にした。
メアリー様は…天真爛漫というか、無邪気で少女のような方だった。ずっと神殿にいたから世間知らずで…と仰っていたが、確かに神殿暮らしだと王宮のような魑魅魍魎とは縁がなく過ごせたのかもしれない。ずっとそんな世界で生きてきた私は、逆にそんな世界にいたメアリー様を羨ましく感じた。私も聖女の力はあるし…もしセネット家の生まれでなければ、聖女として生きていたのだろうか…
「誘いを受けて下さって嬉しいわ。ラリー様はお忙しくてなかなかお話して下さらなくて」
「そうでしたか、それは…失礼いたしました」
せっかく来て頂いたのに十分な相手が出来ない事に申し訳なく思い、私は直ぐに謝罪を述べた。既に婚約者で一月後には妻になるし、既にこの家は私の家でもある。また家令の采配は私の仕事なので、この家での不始末は私の不始末にもなるのだ。
「まぁ、嫌ですわ、アレクシア様が謝罪される事はありませんわ。あなたも私と同じではありませんか?」
「え?」
同じと言われて私は驚きを隠せなかった。婚約者と客人のどこが同じだというのだろうか…そんな私の驚きを感じ取ったのか、メアリー様はふふっと朗らかに笑ってこう続けた。
「だって、アレクシア様もまだラリー様の家族ではないでしょう?今の言い方では、既に奥方様のようよ。それはラリー様に失礼じゃない?」
まさかそんな風に言われるとは思わず、私は返す言葉が見つからなかった。確かにそうとも言えるけれど…でも、私達の場合は…
「婚約者なのに既に婚家で一緒に暮らしているなんて普通じゃないでしょ?気を付けないと、ラリー様に恥をかかせる事になりますわよ」
優しそうな笑顔で、まるで妹を諭す姉のような物言いだが、その言い方に表現のしようのない棘のようなものを感じた。
でも、確かにメアリー様の言う通りではあるのだ。婚約中で一緒に暮らすなど、この国では非常識もいいところだ。陛下の勅命と、私の家の事情と、何よりもそれをラリー様がお許しくださっているから私はここにいられるだけ。
「…そうでしたわ。大変失礼いたしました」
他に言いようもなく、また一々説明するのも言い訳がましく感じられた私は、ここは謝る事にした。確かに貴族の結婚としては異例ずくめなのは否定の仕様がなかったしからだ。
一方で私は、ラリー様に注意されたにも拘らず、未だにラリー様を愛称で呼ぶメアリー様に言いようのない感情を覚えた。無邪気を装って強かにあざとく振舞う人間が身近にいたせいだろうか…メアリー様の姿は、末に縁が切れた妹を思い出させて、私の心をざわつかせた。
でも、それは失礼にあたるのだと感じて直ぐにその思いを振り払った。こんな辺境の地で傷ついた人達のために力になりたいと仰って下さる方が、妹のような人であるはずがないのだ。きっと思い過ごしだろう…それに…ラリー様の恋人だった事が引っかかっていて、それでより悪く感じるのかもしれない。私は自分の中の黒い思いが表に出ないように、淑女の仮面を被り直した。
203
読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
お気に入りに追加
3,615
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。
ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」
ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。
「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」
一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。
だって。
──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。
【完】聖女じゃないと言われたので、大好きな人と一緒に旅に出ます!
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
ミレニア王国にある名もなき村の貧しい少女のミリアは酒浸りの両親の代わりに家族や妹の世話を懸命にしていたが、その妹や周囲の子ども達からは蔑まれていた。
ミリアが八歳になり聖女の素質があるかどうかの儀式を受けると聖女見習いに選ばれた。娼館へ売り払おうとする母親から逃れマルクト神殿で聖女見習いとして修業することになり、更に聖女見習いから聖女候補者として王都の大神殿へと推薦された。しかし、王都の大神殿の聖女候補者は貴族令嬢ばかりで、平民のミリアは虐げられることに。
その頃、大神殿へ行商人見習いとしてやってきたテオと知り合い、見習いの新人同士励まし合い仲良くなっていく。
十五歳になるとミリアは次期聖女に選ばれヘンリー王太子と婚約することになった。しかし、ヘンリー王太子は平民のミリアを気に入らず婚約破棄をする機会を伺っていた。
そして、十八歳を迎えたミリアは王太子に婚約破棄と国外追放の命を受けて、全ての柵から解放される。
「これで私は自由だ。今度こそゆっくり眠って美味しいもの食べよう」
テオとずっと一緒にいろんな国に行ってみたいね。
21.11.7~8、ホットランキング・小説・恋愛部門で一位となりました! 皆様のおかげです。ありがとうございました。
※「小説家になろう」さまにも掲載しております。
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
過保護の王は息子の運命を見誤る
基本二度寝
恋愛
王は自身によく似ている息子を今日も微笑ましく見ていた。
妃は子を甘やかせるなときびしく接する。
まだ六つなのに。
王は親に愛された記憶はない。
その反動なのか、我が子には愛情を注ぎたい。
息子の為になる婚約者を選ぶ。
有力なのは公爵家の同じ年の令嬢。
後ろ盾にもなれ、息子の地盤を固めるにも良い。
しかし…
王は己の妃を思う。
両親の意向のまま結ばれた妃を妻に持った己は、幸せなのだろうか。
王は未来視で有名な卜者を呼び、息子の未来を見てもらうことにした。
※一旦完結とします。蛇足はまた後日。
消えた未来の王太子と卜者と公爵あたりかな?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】婚約破棄されたユニコーンの乙女は、神殿に向かいます。
秋月一花
恋愛
「イザベラ。君との婚約破棄を、ここに宣言する!」
「かしこまりました。わたくしは神殿へ向かいます」
「……え?」
あっさりと婚約破棄を認めたわたくしに、ディラン殿下は目を瞬かせた。
「ほ、本当に良いのか? 王妃になりたくないのか?」
「……何か誤解なさっているようですが……。ディラン殿下が王太子なのは、わたくしがユニコーンの乙女だからですわ」
そう言い残して、その場から去った。呆然とした表情を浮かべていたディラン殿下を見て、本当に気付いてなかったのかと呆れたけれど――……。おめでとうございます、ディラン殿下。あなたは明日から王太子ではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる