【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫

文字の大きさ
上 下
64 / 213
三章

ラリー様からの提案

しおりを挟む
 ラリー様から、結婚後は当初の提案通り白い結婚にしようと言われた私は、直ぐに言葉を発する事が出来なかった。

「白い…結婚…」

 つい先日、陛下の前で嫁いで来て欲しいと言われて、日は浅いけれど信頼関係を築けていると思っていたのは、私だけだったらしい…心がきゅっと冷えていくのを感じた。でも、ここで動揺してはいけないと、私はこみ上げてくる物をぐっと飲み込んだ。表情を崩さないように顔に力を籠め、その意図を、話の続きを求めて見上げると、ラリー様は一瞬表情を消したようにも見えたが、直ぐに困ったような笑みを浮かべられた。

「ああ、シアがどうというんじゃないよ。あなたの事はとても好ましいと思っているし、実の妹のように大切に思っている。白い結婚でもぞんざいに扱うつもりなど微塵もない。だが…シアは…その…義父上が好きなのだろう?」
「え…?」
「最初に白い結婚を提案した時、そう言っていただろう?義父上が初恋だったと」
「それは…」

 まさかここでギルおじ様の事が出てくるとは思わなかった。でも、確かに私の初恋はギルおじ様で、あの頃はラリー様よりもギルおじ様の方が好ましいと思っていた。その事を思い返していた私は違和感を覚えたが、それを追いかける余裕は今の私になかった。

「そう…ですね。確かのあの頃は…おじ様に再会出来たのが嬉しくて…そう、思っていました」
「ああ。それに…君はまだ若くて、私の半分程の年月しか生きていない。そんな君をあの地に縛るのは酷だと思う」
「酷…?」
「ヘーゼルダインは…未だに隣国とのいざこざが絶えない難しい場所だ。こちらから攻めるつもりはないが、攻め込まれる可能性は十分にあるし、そうなれば戦場になるだろう。最近不穏な動きが増しているだけに、出来れば君には王都で過ごして貰いたいほどなんだ」
「それは…」
「そんな場所に、王都育ちの君を縛り付けるのは忍びない。私は望んであの地に行ったが、君は違う。それに…今まで苦労した分、これからはもっと楽しい経験をたくさんして、幸せになって欲しいと思っている」
「……」

 なるほど、ラリー様は私を危険から遠ざけようとお考えなのか…きっとおじ様の事は口実なのだろう…ラリー様の気遣いはとても有難いものの筈だったけれど…私は酷い喪失感に襲われていた。

(やっと…居場所が出来たと思ったのに…)

 そんな想いがどこからともなく湧き上がって、あっという間に私の思考を染めた。祖母が亡くなってからの私は厄介者扱いされ、受け入れられる事はなかった。陛下や王妃様、一部の貴族や友人は庇ってくれたけど、それでも彼らが私の居場所になる事はなかった。不本意な結婚だとしても、ヘーゼルダインでやっと居場所を見つけたと思ったのに…苦いものが口の中に広がったように感じた。

「わかりました。では、そのようにお願いします」

 それだけを言うのが精いっぱいだったが、幸い声は震えていなかったと思う。ラリー様の表情を知るのが怖くて、私はそのまま背を向けてユーニス達の元に向かった。せっかくのご厚意で私が落ち込むなど、烏滸がましいのだ。




「お嬢様、どうされました?」

 その日の宿場で後はもう寝るだけの一時、ユーニスが入れてくれたハーブティーを飲んでいたところで声をかけられた。視線を向けると、心配そうに私を見つめるユーニスと目が合った。

「お昼過ぎから…何だかぼんやりしていらっしゃいますよ?何かありましたか?」
「そ、そうかしら?」
「お嬢様とは長い付き合いですからね。直ぐにわかりますよ」

 自信満々に断言されてしまい、私は思わず目を見開いてユーニスを見上げたが、彼女は分かっていると言わんばかりの表情で私を見ていた。これはバレたというよりも、私に話をさせるためのものだと思った私は、自ずと頬が緩んだ。ユーニスは敏いから隠しようもなかったけれど、彼女は私の存在に感謝し、ラリー様に言われた事を簡単に説明した。

「よかったじゃありませんか」

 私の話を最後まで聞いた後、ユーニスは笑みを浮かべてそう答えた。今の話のどこによかったと言える要素があったのだろう…私が面食らっているとユーニスは、最初は白い結婚がいいと言っていた私が戸惑う状況に変わったのがよかったのだと答えた。気落ちしているのは私がそれだけラリー様に好意を持ったからで、以前の何の感情も持たなかった時よりも格段に進歩している、と。
 ユーニスは私がギルおじ様がいいと言っていた事を、ずっと気に病んでいたらしい。ユーニスに言わせればあれは父親への憧憬のようなもので恋ではない、気落ちしているのはラリー様を恋愛対象と見始めている証拠で、いい傾向などだという。
 そして、白い結婚についても、何の問題もないとも言った。最初は白い結婚でも三年も猶予があり、その間にラリー様との信頼関係を深めていけば本当の夫婦になる事も可能だ。ラリー様も年の差から余計に心配してくれているのだろうが、私がもう少し成長すれば女性としてみてもらえる様になるだろう、と。最初から無理があった婚約なだけに、これから関係を深めていけばいいと言ってくれた。

 その考えは私の中にはないもので最初は抵抗を感じたが、最後まで聞いてみると、なるほどと納得と思われるものだった。王命で顔合わせもなしで結婚が決まり、その後も互いを知り合うよりも領地の事を優先していたようにも思う。そうしている間に夜会への参加だ。
 ユーニスに言わせれば、隣国との事も騎士の治療などが進めば今よりもよくなる可能性もあり、悲観する事はないだろうとの事だった。確かに悪くなると決まったわけではないし、ラリー様や領地の人、国王陛下もこの地に平和をと努力されているのだ。
 私はようやく自分が悪い考えにとらわれ過ぎていた事に気が付いた。そう、全てはまだ始まったばかりなのだ。

「ありがとう、ユーニス」

 私が笑顔で礼を言うと、ユーニスも笑顔で返してくれて、私の心にようやく温かみが戻ったのを感じた。

しおりを挟む
読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
感想 167

あなたにおすすめの小説

姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」  ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。 「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」  一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。  だって。  ──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

【完】聖女じゃないと言われたので、大好きな人と一緒に旅に出ます!

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 ミレニア王国にある名もなき村の貧しい少女のミリアは酒浸りの両親の代わりに家族や妹の世話を懸命にしていたが、その妹や周囲の子ども達からは蔑まれていた。  ミリアが八歳になり聖女の素質があるかどうかの儀式を受けると聖女見習いに選ばれた。娼館へ売り払おうとする母親から逃れマルクト神殿で聖女見習いとして修業することになり、更に聖女見習いから聖女候補者として王都の大神殿へと推薦された。しかし、王都の大神殿の聖女候補者は貴族令嬢ばかりで、平民のミリアは虐げられることに。  その頃、大神殿へ行商人見習いとしてやってきたテオと知り合い、見習いの新人同士励まし合い仲良くなっていく。  十五歳になるとミリアは次期聖女に選ばれヘンリー王太子と婚約することになった。しかし、ヘンリー王太子は平民のミリアを気に入らず婚約破棄をする機会を伺っていた。  そして、十八歳を迎えたミリアは王太子に婚約破棄と国外追放の命を受けて、全ての柵から解放される。 「これで私は自由だ。今度こそゆっくり眠って美味しいもの食べよう」  テオとずっと一緒にいろんな国に行ってみたいね。  21.11.7~8、ホットランキング・小説・恋愛部門で一位となりました! 皆様のおかげです。ありがとうございました。  ※「小説家になろう」さまにも掲載しております。  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
マーベル子爵とサブル侯爵の手から逃げていたイリヤは、なぜか悪女とか毒婦とか呼ばれるようになっていた。そのため、なかなか仕事も決まらない。運よく見つけた求人は家庭教師であるが、仕事先は王城である。 嬉々として王城を訪れると、本当の仕事は聖女の母親役とのこと。一か月前に聖女召喚の儀で召喚された聖女は、生後半年の赤ん坊であり、宰相クライブの養女となっていた。 イリヤは聖女マリアンヌの母親になるためクライブと(契約)結婚をしたが、結婚したその日の夜、彼はイリヤの身体を求めてきて――。 娘の聖女マリアンヌを立派な淑女に育てあげる使命に燃えている契約母イリヤと、そんな彼女が気になっている毒舌宰相クライブのちょっとずれている(契約)結婚、そして聖女マリアンヌの成長の物語。

現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央
恋愛
 聖女は十年しか生きられない。  この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。  それは期間満了後に始まる約束だったけど――  一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。  二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。  ライラはこの契約を承諾する。  十年後。  あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。  そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。  こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。  そう思い、ライラは聖女をやめることにした。  他の投稿サイトでも掲載しています。

処理中です...