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三章
辺境伯領に向かって
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エリオット様と私の家族の罰が決まった二日後。私は予定通りラリー様と一緒に辺境伯領に向けて出発した。
ラリー様は家族が流刑先に送られる日まで滞在を延ばそうかと仰って下さったが、私はそれを断った。既に一月以上も領地を空けているのだ。ヘーゼルダイン辺境伯領は隣国とのいざこざが絶えないし、今こうしている間にも何かが起きてもおかしくない場所だ。ギルおじ様がいらっしゃるから滅多な事はないと思うが、やはり領主不在が長引くのはよくないだろう。
それに多分、彼らは私が見送りをすれば、かえって馬鹿にされたと腹を立てるだろう。出来れば一人一人と話をしてみたかったが、牢の番人から伝えられる話では、彼らは全く反省しておらず、こうなったのは私のせいだと言っているのだという。これでは話にならないだろう。元より家族とは思われていなかった私だ。このまま会わない方がお互いのためなのかもしれない。それに…生きていれば会いに行く事も可能だ。今は無理でも、いつか話が出来る日が来るかもしれない、と私は未来の可能性に賭ける事にした。
エリオット様は、一応ラリー様伝に陛下に面会を打診してみたが、予想通り叶わなかった。きっと彼とは二度と会う事はないだろう。王族の幽閉は非常に厳しい管理下に置かれるし、下手に近づけば叛意ありと見られるのだ。
彼は甘えたがりだったから、幽閉生活は侘しくて辛いものになるだろう。甘えが強く、寂しがり屋でもあったから尚更だ。元より王子としての役目を面倒だと嫌がっていたし、根は単純で王族として生きるのは難しい性格だったのだ。無理に王族に残ろうとせず、一伯爵としてメイベルと慎ましく暮らしてくれたらこんな事にはならなかったのに…と思うとやり切れない。
だが、予定通り帰郷しようと思った一番の理由は…夜会以降、やたらと訪問客が増えたためだ。それも女性ばかりが…
そう、ラリー様目当ての貴婦人方のお誘いがひっきりなしに来るようになったのだ。勿論ラリー様はお忙しくてそれどころではなかったのだが、中には前触れもなしに押しかけてくる貴婦人などもいて、私も屋敷の者達も辟易していた。皆様、女性的というか…胸が大きくて非常にいいスタイルをお持ちで、しかも露出多めの衣装だから、その目的は自ずと伝わって来たけど…
腹立たしいのは、私を見て小さく笑みを浮かべる事だった。そりゃあ、私は痩せていて平面的な体格だし、地味で華もないけれど…これでも一応陛下がお決めになった正式な婚約者なのに…
こうなる事はある程度予想していたけれど…何となく面白くない。今まで噂を鵜呑みにして近づきもしなかったのに…と思うと、あからさまな手のひら返しに何だかイラっとして、私は早く領地に戻りたかったのだ。
ヘーゼルダインへの道のりは、行きと違って穏やかなものになった。行きは夜会への招待の意図やエリオット様達の動向が気になり、緊張感に包まれていたからだ。心配事があらかたは片付いたし、帰れば結婚式の最終準備に入る。これからはそちらの準備が忙しくなるだろう。
領地に近づくにつれてラリー様の表情が硬くなっているようにも見えて気になったが、ラリー様曰く、二月近くも領地を空けていたため帰ったら仕事が山済み何だろうと思う時が重くてね…との事だった。
「領地に戻ったらいよいよ結婚式だが…シアはどう考えている?」
「え?」
ヘーゼルダインへ向かう道中、なだらかな丘の木陰で昼食をとったある日、私はふいにラリー様にそう尋ねられた。私はその意図が掴めず、すぐそばに立つ質問の主を見上げた。私とラリー様は見晴らしのいい場所で眼下に広がる景色を眺めていて、少し離れた場所では騎士たちが荷物を片付けて出立の準備をしていた。
「どう…と仰られましても…王命ですし、もう招待状も出してありますから」
正直、今更どうにも出来ない状態でどうかと聞かれても…というのが本音だった。王都にいる間なら陛下に掛け合えば何とかなったかもしれないが、既に王都は遠く辺境伯領の方が近い。式までは二ヶ月を切っているし、招待客の事を思えば今更延期や中止は難しいだろう。それでなくても曰く付きの結婚なのだ。これ以上何かあればラリー様の評判を落としかねない。
「式の延期や中止が今更難しいのは承知しているよ。そうじゃなくて…最初、私が白い結婚を提案しただろう?」
「あ…」
思い出した。すっかり忘れていたけれど、そういえば初めてお会いした時にそんな話をした。あの時は確かギルおじ様が間に入ってくださって、お互いを知った上で今後どうするかを考えようと言っていたのだった。
「このまま領地に戻れば結婚式になる。王命なので体裁は整えなければならないが…シアはどうしたい?」
その事を殆ど失念していた私は、どう答えていいのか困ってしまった。何も聞かれずに式を挙げていたら、きっと何とも思わず流されていたようにも思うが、どう…と改めて聞かれると…どう答えたらいいのだろう…
「…どうと言われましても…」
必死で頭の中をフル回転させたが、直ぐには言葉が見つからなかった。確かにあの頃は婚約破棄されたばかりでろくな護衛も付けられず辺境伯領に追い立てられるように向かって、無事着いた事に安堵するばかりだった。結婚の事など正直どうでもよかった、というのが本音だし、深く考える余裕もなかった。ラリー様も性格に難ありと言われていたから、むしろ白い結婚の方が有難いと思っていたくらいだ。
でも、今はラリー様の性格は大変好ましいし、私達の関係も随分と親しくなったように思う。恋人…という感じではないが、仲のいい兄妹くらいにはなったと思うし、このままであれば情熱的な愛には至らなくても、穏やかで信頼し合える関係にはなれそうな気がした。
「私としては…白い結婚でいいと思っている」
「え…?」
ラリー様の言葉に、私は言葉を失った。
ラリー様は家族が流刑先に送られる日まで滞在を延ばそうかと仰って下さったが、私はそれを断った。既に一月以上も領地を空けているのだ。ヘーゼルダイン辺境伯領は隣国とのいざこざが絶えないし、今こうしている間にも何かが起きてもおかしくない場所だ。ギルおじ様がいらっしゃるから滅多な事はないと思うが、やはり領主不在が長引くのはよくないだろう。
それに多分、彼らは私が見送りをすれば、かえって馬鹿にされたと腹を立てるだろう。出来れば一人一人と話をしてみたかったが、牢の番人から伝えられる話では、彼らは全く反省しておらず、こうなったのは私のせいだと言っているのだという。これでは話にならないだろう。元より家族とは思われていなかった私だ。このまま会わない方がお互いのためなのかもしれない。それに…生きていれば会いに行く事も可能だ。今は無理でも、いつか話が出来る日が来るかもしれない、と私は未来の可能性に賭ける事にした。
エリオット様は、一応ラリー様伝に陛下に面会を打診してみたが、予想通り叶わなかった。きっと彼とは二度と会う事はないだろう。王族の幽閉は非常に厳しい管理下に置かれるし、下手に近づけば叛意ありと見られるのだ。
彼は甘えたがりだったから、幽閉生活は侘しくて辛いものになるだろう。甘えが強く、寂しがり屋でもあったから尚更だ。元より王子としての役目を面倒だと嫌がっていたし、根は単純で王族として生きるのは難しい性格だったのだ。無理に王族に残ろうとせず、一伯爵としてメイベルと慎ましく暮らしてくれたらこんな事にはならなかったのに…と思うとやり切れない。
だが、予定通り帰郷しようと思った一番の理由は…夜会以降、やたらと訪問客が増えたためだ。それも女性ばかりが…
そう、ラリー様目当ての貴婦人方のお誘いがひっきりなしに来るようになったのだ。勿論ラリー様はお忙しくてそれどころではなかったのだが、中には前触れもなしに押しかけてくる貴婦人などもいて、私も屋敷の者達も辟易していた。皆様、女性的というか…胸が大きくて非常にいいスタイルをお持ちで、しかも露出多めの衣装だから、その目的は自ずと伝わって来たけど…
腹立たしいのは、私を見て小さく笑みを浮かべる事だった。そりゃあ、私は痩せていて平面的な体格だし、地味で華もないけれど…これでも一応陛下がお決めになった正式な婚約者なのに…
こうなる事はある程度予想していたけれど…何となく面白くない。今まで噂を鵜呑みにして近づきもしなかったのに…と思うと、あからさまな手のひら返しに何だかイラっとして、私は早く領地に戻りたかったのだ。
ヘーゼルダインへの道のりは、行きと違って穏やかなものになった。行きは夜会への招待の意図やエリオット様達の動向が気になり、緊張感に包まれていたからだ。心配事があらかたは片付いたし、帰れば結婚式の最終準備に入る。これからはそちらの準備が忙しくなるだろう。
領地に近づくにつれてラリー様の表情が硬くなっているようにも見えて気になったが、ラリー様曰く、二月近くも領地を空けていたため帰ったら仕事が山済み何だろうと思う時が重くてね…との事だった。
「領地に戻ったらいよいよ結婚式だが…シアはどう考えている?」
「え?」
ヘーゼルダインへ向かう道中、なだらかな丘の木陰で昼食をとったある日、私はふいにラリー様にそう尋ねられた。私はその意図が掴めず、すぐそばに立つ質問の主を見上げた。私とラリー様は見晴らしのいい場所で眼下に広がる景色を眺めていて、少し離れた場所では騎士たちが荷物を片付けて出立の準備をしていた。
「どう…と仰られましても…王命ですし、もう招待状も出してありますから」
正直、今更どうにも出来ない状態でどうかと聞かれても…というのが本音だった。王都にいる間なら陛下に掛け合えば何とかなったかもしれないが、既に王都は遠く辺境伯領の方が近い。式までは二ヶ月を切っているし、招待客の事を思えば今更延期や中止は難しいだろう。それでなくても曰く付きの結婚なのだ。これ以上何かあればラリー様の評判を落としかねない。
「式の延期や中止が今更難しいのは承知しているよ。そうじゃなくて…最初、私が白い結婚を提案しただろう?」
「あ…」
思い出した。すっかり忘れていたけれど、そういえば初めてお会いした時にそんな話をした。あの時は確かギルおじ様が間に入ってくださって、お互いを知った上で今後どうするかを考えようと言っていたのだった。
「このまま領地に戻れば結婚式になる。王命なので体裁は整えなければならないが…シアはどうしたい?」
その事を殆ど失念していた私は、どう答えていいのか困ってしまった。何も聞かれずに式を挙げていたら、きっと何とも思わず流されていたようにも思うが、どう…と改めて聞かれると…どう答えたらいいのだろう…
「…どうと言われましても…」
必死で頭の中をフル回転させたが、直ぐには言葉が見つからなかった。確かにあの頃は婚約破棄されたばかりでろくな護衛も付けられず辺境伯領に追い立てられるように向かって、無事着いた事に安堵するばかりだった。結婚の事など正直どうでもよかった、というのが本音だし、深く考える余裕もなかった。ラリー様も性格に難ありと言われていたから、むしろ白い結婚の方が有難いと思っていたくらいだ。
でも、今はラリー様の性格は大変好ましいし、私達の関係も随分と親しくなったように思う。恋人…という感じではないが、仲のいい兄妹くらいにはなったと思うし、このままであれば情熱的な愛には至らなくても、穏やかで信頼し合える関係にはなれそうな気がした。
「私としては…白い結婚でいいと思っている」
「え…?」
ラリー様の言葉に、私は言葉を失った。
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読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
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