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二章
お荷物の婚約者
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「すまなかった、シア。駆けつけるのが遅くなってしまって…」
「いいえ、ラリー様、ラリー様が来てくださったお陰で助かりました」
あれからラリー様の手配して下さった医師の診察を受け、王宮にお勤めの聖女様によって治癒魔法をかけて貰い、ようやく会話が出来るようになった。さすがは王宮の聖女様だけあって、その効果は素晴らしかった。いつもは自分がかける方だからかけて貰うのはちょっと違和感があったけど…なるほど、受ける側はこんな風だったのか、と感慨深かった。
ラリー様のお話では、王妃様の便箋が盗まれた事は、割と早い段階で発覚していたらしい。しかもエリオット様の可能性が高いという事も。
王妃様を避けているエリオット様が今朝早くに王妃様の執務室を訪れたのを、その場にいた文官が不審に思ったのだ。エリオット様が帰られた後、厳重に保管されている筈の王妃様の便箋が乱れていたため、念のためにと枚数を数えたところ、三枚がなくなっていた。ただ、持ち出している場を見たものはおらず、さすがにそれだけでエリオット様とは断定出来ず、内々の話で止まっていていたという。
だが、私が王妃様に呼び出された事をイザードから知らされたラリー様は、もしやと思われたらしい。何故ならちょうどその時、ラリー様は王妃様と一緒に会議に参加されていたからだ。
これでエリオット様が便箋を盗んだ可能性が高まったが、陛下に連絡したりしている間に私が登城してしまった。私の身を案じたラリー様が駆けつけようとしたところでメイベルに捕まったという。メイベルがどこまで加担していたのかはわからないが、彼女も今、拘束されて事情を聞かれているという。
「そうだったのですか…お手数をおかけして申し訳ございません」
「シアが謝る必要はないよ。王妃様からの呼び出しを断るなど出来ないのだから」
「でも…」
「今は身体を休めて。治癒魔法で後遺症はないだろうが無理はいけない。帰郷も少し遅らせよう」
「そんな…」
「心配しなくてもいい。慌てる理由もないし、今一番気を付けなければいけないのはシアの体調だよ」
「…ありがとうございます」
ラリー様の言葉を否定する材料を私は持たなかった。確かに少し遅らせたところで困る事はないように思ったからだ。結婚式まではまだ時間はあるし、今は急いで戻るよりも体調をみる方が先だろう。
でも…
「…ラリー様、申し訳ございません…」
「それは何に対しての謝罪?」
「…色んな事に、です」
「色んな事?」
「はい。今回の事でお手を煩わせた事も、私の両親や妹の態度も、更に言ってしまえば、私との結婚の事も…」
そうなのだ、私は王都に来てから、ずっとラリー様への罪悪感が増していくのを感じていた。噂を鵜呑みにしたわけではないが、顔の傷のせいで人柄が冷酷無比になったとも聞いていたから、最初は何とも思わなかったけれど…
実際のラリー様は、見た目だけでなくお人柄や能力も素晴らしかった。知られていない、いや、もしかしたらあえて伏せているのか、実際にはこの国の宰相並みの働きをしていらっしゃる。私が想像するに、国の実務面は宰相様が、国防に関する事はラリー様が担っているのではないだろうか。
この国にとって今脅威なのは、ヘーゼルダイン辺境伯領に接する隣国だ。言い方を変えればそれ以外の国とは友好的な関係が築けていて、争いが起きる可能性は極めて少ない。隣国とは四代前の国王陛下の時代からいざこざが絶えず、国力も互角で侮れない。だからこそ、それ以外の国とは友好関係を築き、挟み撃ちに遭うような事がないように努めてきた。今の国防の要はヘーゼルダイン辺境伯領であり、その領主のラリー様なのだ。
そんなラリー様に嫁ぐ事が、私には非常に申し訳ないのだ。私はエリオット様に婚約破棄されただけでなく、家族からも疎まれていて、結婚相手としては不良物件だ。世間体も悪いし、実家の協力一つ得られず、ラリー様からすればあまりメリットはない。元よりエリオット様の嫌がらせでまとまった結婚だ。
ラリー様ならもっと有益な令嬢が、例えば他国の王女ですらも望める立場なのだ。実際、これだけ麗しい容姿なら他国の王女に一目惚れされてもおかしくないし、身分や能力からしても問題ないだろう。王族を抜けたとは言っても、実際の扱いは準王族で他の辺境伯達とは格が違う。
「…シアが何を考えているのか…何となく見当は付く」
「…」
「だが、私が夜会で言った事は本当の事だ」
「…夜会?」
「言っただろう?エリオットに礼が言いたいほどだと。シアは我が領に大きな変化をもたらしてくれた。それもいい方にだ。お陰で私も考えていた計画が進められそうだ」
「計画、ですか?」
「ああ、前にも話しただろう?私はあの地を、王都と並ぶくらいの商業都市にしたいと思ってる。そうすれば我が国どころか隣国にもメリットがあるし、そこから得られる利益を考えれば戦をしようなどとは思わなくなるだろう。その為にもまずは赤字の解消を何とかしたかったのだが…その目途をシアが付けてくれたんだ」
ラリー様の思いもよらない言葉に、私は驚くしかなかった。そんな私にラリー様は、だからつまらない心配などしなくていい、それくらいなら領民の事を考えてくれると嬉しいと仰った。何だか生まれて初めて認めて貰えたような気がする。私は目の奥が熱くなるのを、瞬きを繰り返す事で何とかやり過ごした。
「いいえ、ラリー様、ラリー様が来てくださったお陰で助かりました」
あれからラリー様の手配して下さった医師の診察を受け、王宮にお勤めの聖女様によって治癒魔法をかけて貰い、ようやく会話が出来るようになった。さすがは王宮の聖女様だけあって、その効果は素晴らしかった。いつもは自分がかける方だからかけて貰うのはちょっと違和感があったけど…なるほど、受ける側はこんな風だったのか、と感慨深かった。
ラリー様のお話では、王妃様の便箋が盗まれた事は、割と早い段階で発覚していたらしい。しかもエリオット様の可能性が高いという事も。
王妃様を避けているエリオット様が今朝早くに王妃様の執務室を訪れたのを、その場にいた文官が不審に思ったのだ。エリオット様が帰られた後、厳重に保管されている筈の王妃様の便箋が乱れていたため、念のためにと枚数を数えたところ、三枚がなくなっていた。ただ、持ち出している場を見たものはおらず、さすがにそれだけでエリオット様とは断定出来ず、内々の話で止まっていていたという。
だが、私が王妃様に呼び出された事をイザードから知らされたラリー様は、もしやと思われたらしい。何故ならちょうどその時、ラリー様は王妃様と一緒に会議に参加されていたからだ。
これでエリオット様が便箋を盗んだ可能性が高まったが、陛下に連絡したりしている間に私が登城してしまった。私の身を案じたラリー様が駆けつけようとしたところでメイベルに捕まったという。メイベルがどこまで加担していたのかはわからないが、彼女も今、拘束されて事情を聞かれているという。
「そうだったのですか…お手数をおかけして申し訳ございません」
「シアが謝る必要はないよ。王妃様からの呼び出しを断るなど出来ないのだから」
「でも…」
「今は身体を休めて。治癒魔法で後遺症はないだろうが無理はいけない。帰郷も少し遅らせよう」
「そんな…」
「心配しなくてもいい。慌てる理由もないし、今一番気を付けなければいけないのはシアの体調だよ」
「…ありがとうございます」
ラリー様の言葉を否定する材料を私は持たなかった。確かに少し遅らせたところで困る事はないように思ったからだ。結婚式まではまだ時間はあるし、今は急いで戻るよりも体調をみる方が先だろう。
でも…
「…ラリー様、申し訳ございません…」
「それは何に対しての謝罪?」
「…色んな事に、です」
「色んな事?」
「はい。今回の事でお手を煩わせた事も、私の両親や妹の態度も、更に言ってしまえば、私との結婚の事も…」
そうなのだ、私は王都に来てから、ずっとラリー様への罪悪感が増していくのを感じていた。噂を鵜呑みにしたわけではないが、顔の傷のせいで人柄が冷酷無比になったとも聞いていたから、最初は何とも思わなかったけれど…
実際のラリー様は、見た目だけでなくお人柄や能力も素晴らしかった。知られていない、いや、もしかしたらあえて伏せているのか、実際にはこの国の宰相並みの働きをしていらっしゃる。私が想像するに、国の実務面は宰相様が、国防に関する事はラリー様が担っているのではないだろうか。
この国にとって今脅威なのは、ヘーゼルダイン辺境伯領に接する隣国だ。言い方を変えればそれ以外の国とは友好的な関係が築けていて、争いが起きる可能性は極めて少ない。隣国とは四代前の国王陛下の時代からいざこざが絶えず、国力も互角で侮れない。だからこそ、それ以外の国とは友好関係を築き、挟み撃ちに遭うような事がないように努めてきた。今の国防の要はヘーゼルダイン辺境伯領であり、その領主のラリー様なのだ。
そんなラリー様に嫁ぐ事が、私には非常に申し訳ないのだ。私はエリオット様に婚約破棄されただけでなく、家族からも疎まれていて、結婚相手としては不良物件だ。世間体も悪いし、実家の協力一つ得られず、ラリー様からすればあまりメリットはない。元よりエリオット様の嫌がらせでまとまった結婚だ。
ラリー様ならもっと有益な令嬢が、例えば他国の王女ですらも望める立場なのだ。実際、これだけ麗しい容姿なら他国の王女に一目惚れされてもおかしくないし、身分や能力からしても問題ないだろう。王族を抜けたとは言っても、実際の扱いは準王族で他の辺境伯達とは格が違う。
「…シアが何を考えているのか…何となく見当は付く」
「…」
「だが、私が夜会で言った事は本当の事だ」
「…夜会?」
「言っただろう?エリオットに礼が言いたいほどだと。シアは我が領に大きな変化をもたらしてくれた。それもいい方にだ。お陰で私も考えていた計画が進められそうだ」
「計画、ですか?」
「ああ、前にも話しただろう?私はあの地を、王都と並ぶくらいの商業都市にしたいと思ってる。そうすれば我が国どころか隣国にもメリットがあるし、そこから得られる利益を考えれば戦をしようなどとは思わなくなるだろう。その為にもまずは赤字の解消を何とかしたかったのだが…その目途をシアが付けてくれたんだ」
ラリー様の思いもよらない言葉に、私は驚くしかなかった。そんな私にラリー様は、だからつまらない心配などしなくていい、それくらいなら領民の事を考えてくれると嬉しいと仰った。何だか生まれて初めて認めて貰えたような気がする。私は目の奥が熱くなるのを、瞬きを繰り返す事で何とかやり過ごした。
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読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
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