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一章
思いがけない再会
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「義父上…」
突然入り込んできた声に、辺境伯様が戸惑う様に呟いた。義父と言うから、この方が王弟殿下を養子として受け入れた前辺境伯だろうか。確かヘーゼルダインの前辺境伯は大変な猛者で、元は王都で騎士団の総団長をされていた筈。なるほど、確かに王弟である辺境伯様にも負けないほどの貫禄がある。
でも、この声……どこかで聞いた気がする。どこでか…が思い出せないのだけれど…
「義息子が大変失礼いたしました、セネット侯爵令嬢。私は前ヘーゼルダイン辺境伯ギルバートです。生前クラリッサ様には、大変お世話になりました」
「お祖母様の…」
クラリッサとは私の亡き祖母で、父の前にセネット侯爵を賜っていた。確かに見た感じは年齢的に祖母と近いかもしれない。しかし、祖母からはヘーゼルダイン辺境伯の話を聞いた覚えがないので、どのような関係だったのだろう。祖母は大変な美女で、若い頃は結婚の申し込みが山のように届いたとは聞いていたけれど…でも、祖母が亡くなったのは八年も前だから、私が知らなくても仕方ないだろう。
「おや、こんな老いぼれの事などもうお忘れかな、シア?ギルですぞ」
「え…?」
「義父上、セネット嬢をご存じでしたか?」
辺境伯様も驚いている様だが、私の方がずっと驚いていた、と思う…ギルと聞いて私はまじまじと前辺境伯を見上げてしまった。私をシアと呼び、私がギルと呼んでいたのはたった一人だけ。その方は祖母の長年の友人で、祖母が存命中はよく遊びに来てくれて、私と遊んでくれていた方で…
「まさか…ギルおじ様…?」
信じられないような思いで、私は記憶の底に眠っていた名前を紡ぎ出すと、前辺境伯は目を弓の形にして私が大好きだった笑みを浮かべた。
「おお、忘れずにいて下さったか。そうです、ギルですよ、シア」
「ギル…おじ様…」
突然の懐かしく思いがけない再会に、私は暫く言葉を失った。ギルは祖母の友人で、両親に疎まれて育った私にとっては父親のような存在だったのだ。祖母を尋ねてきた時は私が好きなお菓子を持ってきてくれたり、一緒に遊んでくれたりと、必ず私の相手をしてくれたのだ。そして私は、そんなギルおじ様の膝の上でお菓子を食べるのが大好きだった。あの頃は幼くて祖母の友人だとしか認識していなかったけれど、まさかヘーゼルダイン辺境伯だったなんて…
「ああ、泣き虫なのは昔と変わりませんな」
「だ、だって…おじ様…もう会えないと思っていたから…」
泣き虫だったのは、まだ祖母が存命していた頃の話。祖母が亡くなってからは私は家族から疎まれていた。泣いても誰も助けてくれないと知ってからは、泣くのもやめてしまった。だけど、ギルおじ様だなんて反則だわ…だって私は…
「涙はとまったかな?」
「ええ。…ごめんなさい…お恥ずかしいわ…」
まだ祖母が生きていた頃、私がエリオット様の婚約者になる前の一番幸せだった頃を思い出した事と、父とも祖父とも慕っていたギルおじ様に思いがけず再会した私は、すっかり機能停止していた涙腺を崩壊させてしまった。こんな年になって人前で泣くなんて恥ずかしい…この場には辺境伯様や家令たちもいるというのに…
「いや…クラリッサ様が亡くなった後の、あの家でのシアの扱いを思えば仕方ないじゃろう…よく、耐えたな…」
ああ、おじ様は案じてくださっていたのね、祖母が亡くなった後の私を…
「…嫌だわ、おじ様…そんな事言ったらまた…」
「おお、すまない。そうじゃな、もうあの家から離れられたんじゃ。これからはここで安心して暮らして欲しい」
「…ありがとうございます」
おじ様の優しい言葉は今は涙腺には毒だわ…でも、おじ様がそう言って下さっただけで、エリオット様や家族の事、婚約破棄された事など、もうどうでもよくなってしまった。おじ様の存在と力強い言葉は、私にとって最高の安心感を与えてくれた。
突然入り込んできた声に、辺境伯様が戸惑う様に呟いた。義父と言うから、この方が王弟殿下を養子として受け入れた前辺境伯だろうか。確かヘーゼルダインの前辺境伯は大変な猛者で、元は王都で騎士団の総団長をされていた筈。なるほど、確かに王弟である辺境伯様にも負けないほどの貫禄がある。
でも、この声……どこかで聞いた気がする。どこでか…が思い出せないのだけれど…
「義息子が大変失礼いたしました、セネット侯爵令嬢。私は前ヘーゼルダイン辺境伯ギルバートです。生前クラリッサ様には、大変お世話になりました」
「お祖母様の…」
クラリッサとは私の亡き祖母で、父の前にセネット侯爵を賜っていた。確かに見た感じは年齢的に祖母と近いかもしれない。しかし、祖母からはヘーゼルダイン辺境伯の話を聞いた覚えがないので、どのような関係だったのだろう。祖母は大変な美女で、若い頃は結婚の申し込みが山のように届いたとは聞いていたけれど…でも、祖母が亡くなったのは八年も前だから、私が知らなくても仕方ないだろう。
「おや、こんな老いぼれの事などもうお忘れかな、シア?ギルですぞ」
「え…?」
「義父上、セネット嬢をご存じでしたか?」
辺境伯様も驚いている様だが、私の方がずっと驚いていた、と思う…ギルと聞いて私はまじまじと前辺境伯を見上げてしまった。私をシアと呼び、私がギルと呼んでいたのはたった一人だけ。その方は祖母の長年の友人で、祖母が存命中はよく遊びに来てくれて、私と遊んでくれていた方で…
「まさか…ギルおじ様…?」
信じられないような思いで、私は記憶の底に眠っていた名前を紡ぎ出すと、前辺境伯は目を弓の形にして私が大好きだった笑みを浮かべた。
「おお、忘れずにいて下さったか。そうです、ギルですよ、シア」
「ギル…おじ様…」
突然の懐かしく思いがけない再会に、私は暫く言葉を失った。ギルは祖母の友人で、両親に疎まれて育った私にとっては父親のような存在だったのだ。祖母を尋ねてきた時は私が好きなお菓子を持ってきてくれたり、一緒に遊んでくれたりと、必ず私の相手をしてくれたのだ。そして私は、そんなギルおじ様の膝の上でお菓子を食べるのが大好きだった。あの頃は幼くて祖母の友人だとしか認識していなかったけれど、まさかヘーゼルダイン辺境伯だったなんて…
「ああ、泣き虫なのは昔と変わりませんな」
「だ、だって…おじ様…もう会えないと思っていたから…」
泣き虫だったのは、まだ祖母が存命していた頃の話。祖母が亡くなってからは私は家族から疎まれていた。泣いても誰も助けてくれないと知ってからは、泣くのもやめてしまった。だけど、ギルおじ様だなんて反則だわ…だって私は…
「涙はとまったかな?」
「ええ。…ごめんなさい…お恥ずかしいわ…」
まだ祖母が生きていた頃、私がエリオット様の婚約者になる前の一番幸せだった頃を思い出した事と、父とも祖父とも慕っていたギルおじ様に思いがけず再会した私は、すっかり機能停止していた涙腺を崩壊させてしまった。こんな年になって人前で泣くなんて恥ずかしい…この場には辺境伯様や家令たちもいるというのに…
「いや…クラリッサ様が亡くなった後の、あの家でのシアの扱いを思えば仕方ないじゃろう…よく、耐えたな…」
ああ、おじ様は案じてくださっていたのね、祖母が亡くなった後の私を…
「…嫌だわ、おじ様…そんな事言ったらまた…」
「おお、すまない。そうじゃな、もうあの家から離れられたんじゃ。これからはここで安心して暮らして欲しい」
「…ありがとうございます」
おじ様の優しい言葉は今は涙腺には毒だわ…でも、おじ様がそう言って下さっただけで、エリオット様や家族の事、婚約破棄された事など、もうどうでもよくなってしまった。おじ様の存在と力強い言葉は、私にとって最高の安心感を与えてくれた。
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読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
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