10 / 213
一章
襲撃
しおりを挟む
屋敷を出発してから十一日が経って、私達はヘーゼルダイン辺境伯の領地に入った。今のところ特に問題もなく、このまま足止めを食らわなければ四日でヘーゼルダイン辺境伯の屋敷に着く予定だ。護衛の四人の様子をずっと見てきたが、四人ともこれと言った不審な点はなく、気さくに話しかけてくれたりして、私は楽しく過ごす事が出来ていた。
「意外と無事に着けそうね」
これまでも人気のない山道や川沿いの道を通ったが特に問題なく、私は少しだけ拍子抜けしていた。だって事件や事故が起きるなら、王都や辺境伯領から離れた方が好都合だと思ったからだ。王都に近ければ王家が、辺境伯領に近ければ辺境伯が手を下したと思われるからだ。貴族も平民も、事実よりも面白おかしい噂を好むから、王家や辺境伯が何かを企んでいるなら、四日目から辺境伯領に入る昨日までに仕掛けてくると思っていたのだ。
「お嬢様、まだ油断は禁物ですわ」
「そうかしら」
「そうですよ。この先は道も険しくなりますから」
ユーニスはそう言うけど、何もなくて一番安堵しているのは彼女かもしれない。ああ見えてユーニスは生真面目で情に厚いのだ。私に何かあればきっと心を痛めるだろう。彼女のためにも、私は無事に辺境伯の元に辿り着きたかった。
「お嬢様!襲撃です!」
異変があったのは、あと一刻程で宿に着くという時だった。ちょうど山道を終えて森を抜けている最中に襲われたようだ。馬車が大きく揺れたと同時に、御者席にいたビリーが大声で叫び、私はユーニスと顔を見合わせた。強い緊張感に包まれる中、私はやはり…と覚悟を決めた。スカートをぎゅっと握ると、私を落ち着かせようとしてか、その手をユーニスが握ってくれた。
「お嬢様、窓から外を覗きませんように!」
「ユーニス!鍵は閉めているな?お嬢様の側を離れるなよ!」
マーローとビリーの声がして、私は馬車の中で身を固くした。私を守るためにユーニスが覆いかぶさるように抱きしめた。外ではビリーや護衛と、彼らに襲い掛かっているらしい男たちの罵声と怒号、剣と剣がぶつかり合う金属音が響いていた。
生まれて初めてうけた襲撃に、王子妃教育で常に表情を保つようにと教えられていた私も、さすがにそういう訳にはいかなかった。心臓がドキドキと早鐘を打ち、じんわりと死の息吹に覆われるのを感じて、気が遠くなりそうだった。
襲撃の可能性は考えてはいたけれど…私はそれが甘かった事を悟った。貴族であっても旅の途中で盗賊に襲われたり事故に遭ったりする可能性は高い。だからこそ貴族が移動する時はそれなりの騎士団を編成するのだが、今回は本当に最低限以下の人数なのだ。エリオット様達の事がなくても襲われる可能性がいくらでもあったのに、その備えが全く足りていなかった。これから先は山道に入り、人の往来が極端に減るのを思うと、これから先の旅程は絶望的に思えた。
程なくして、外の喧騒が収まると、馬車のドアをノックする音がした。それはビリーとユーニスが何かあった時用に決めていたリズムで、それを合図にユーニスが馬車の窓のカーテンを僅かに開けるとビリーの姿が写り、彼は私を安心させるように笑みを浮かべた。窓から外の様子を窺ったユーニスは、周囲を忙しなく確認してからようやくホッと息を吐いた。どうやら襲撃犯は倒したらしい。そんなユーニスの姿を目にした私も、ようやく身体の力を抜いた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとう。こっちは大丈夫よ」
馬車の鍵をユーニスが解くと、ビリーがドアを開けて中の様子を伺ってきた。いつもは人懐っこそうな顔に飄々とした笑みを浮かべているが、珍しく今は緊張していた。こんな顔も出来るのね…と思っていると、私が無事だと実感したのか、ビリーがようやく表情を緩めていつもの表情に戻った。それを見た私は、助かったのだと実感する事が出来たのだ。
「意外と無事に着けそうね」
これまでも人気のない山道や川沿いの道を通ったが特に問題なく、私は少しだけ拍子抜けしていた。だって事件や事故が起きるなら、王都や辺境伯領から離れた方が好都合だと思ったからだ。王都に近ければ王家が、辺境伯領に近ければ辺境伯が手を下したと思われるからだ。貴族も平民も、事実よりも面白おかしい噂を好むから、王家や辺境伯が何かを企んでいるなら、四日目から辺境伯領に入る昨日までに仕掛けてくると思っていたのだ。
「お嬢様、まだ油断は禁物ですわ」
「そうかしら」
「そうですよ。この先は道も険しくなりますから」
ユーニスはそう言うけど、何もなくて一番安堵しているのは彼女かもしれない。ああ見えてユーニスは生真面目で情に厚いのだ。私に何かあればきっと心を痛めるだろう。彼女のためにも、私は無事に辺境伯の元に辿り着きたかった。
「お嬢様!襲撃です!」
異変があったのは、あと一刻程で宿に着くという時だった。ちょうど山道を終えて森を抜けている最中に襲われたようだ。馬車が大きく揺れたと同時に、御者席にいたビリーが大声で叫び、私はユーニスと顔を見合わせた。強い緊張感に包まれる中、私はやはり…と覚悟を決めた。スカートをぎゅっと握ると、私を落ち着かせようとしてか、その手をユーニスが握ってくれた。
「お嬢様、窓から外を覗きませんように!」
「ユーニス!鍵は閉めているな?お嬢様の側を離れるなよ!」
マーローとビリーの声がして、私は馬車の中で身を固くした。私を守るためにユーニスが覆いかぶさるように抱きしめた。外ではビリーや護衛と、彼らに襲い掛かっているらしい男たちの罵声と怒号、剣と剣がぶつかり合う金属音が響いていた。
生まれて初めてうけた襲撃に、王子妃教育で常に表情を保つようにと教えられていた私も、さすがにそういう訳にはいかなかった。心臓がドキドキと早鐘を打ち、じんわりと死の息吹に覆われるのを感じて、気が遠くなりそうだった。
襲撃の可能性は考えてはいたけれど…私はそれが甘かった事を悟った。貴族であっても旅の途中で盗賊に襲われたり事故に遭ったりする可能性は高い。だからこそ貴族が移動する時はそれなりの騎士団を編成するのだが、今回は本当に最低限以下の人数なのだ。エリオット様達の事がなくても襲われる可能性がいくらでもあったのに、その備えが全く足りていなかった。これから先は山道に入り、人の往来が極端に減るのを思うと、これから先の旅程は絶望的に思えた。
程なくして、外の喧騒が収まると、馬車のドアをノックする音がした。それはビリーとユーニスが何かあった時用に決めていたリズムで、それを合図にユーニスが馬車の窓のカーテンを僅かに開けるとビリーの姿が写り、彼は私を安心させるように笑みを浮かべた。窓から外の様子を窺ったユーニスは、周囲を忙しなく確認してからようやくホッと息を吐いた。どうやら襲撃犯は倒したらしい。そんなユーニスの姿を目にした私も、ようやく身体の力を抜いた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとう。こっちは大丈夫よ」
馬車の鍵をユーニスが解くと、ビリーがドアを開けて中の様子を伺ってきた。いつもは人懐っこそうな顔に飄々とした笑みを浮かべているが、珍しく今は緊張していた。こんな顔も出来るのね…と思っていると、私が無事だと実感したのか、ビリーがようやく表情を緩めていつもの表情に戻った。それを見た私は、助かったのだと実感する事が出来たのだ。
291
読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
お気に入りに追加
3,615
あなたにおすすめの小説
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました
Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。
そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。
「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」
そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。
荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。
「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」
行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に
※他サイトにも投稿しています
よろしくお願いします
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】広間でドレスを脱ぎ捨てた公爵令嬢は優しい香りに包まれる【短編】
青波鳩子
恋愛
シャーリー・フォークナー公爵令嬢は、この国の第一王子であり婚約者であるゼブロン・メルレアンに呼び出されていた。
婚約破棄は皆の総意だと言われたシャーリーは、ゼブロンの友人たちの総意では受け入れられないと、王宮で働く者たちの意見を集めて欲しいと言う。
そんなことを言いだすシャーリーを小馬鹿にするゼブロンと取り巻きの生徒会役員たち。
それで納得してくれるのならと卒業パーティ会場から王宮へ向かう。
ゼブロンは自分が住まう王宮で集めた意見が自分と食い違っていることに茫然とする。
*別サイトにアップ済みで、加筆改稿しています。
*約2万字の短編です。
*完結しています。
*11月8日22時に1、2、3話、11月9日10時に4、5、最終話を投稿します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる