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一章
襲撃
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屋敷を出発してから十一日が経って、私達はヘーゼルダイン辺境伯の領地に入った。今のところ特に問題もなく、このまま足止めを食らわなければ四日でヘーゼルダイン辺境伯の屋敷に着く予定だ。護衛の四人の様子をずっと見てきたが、四人ともこれと言った不審な点はなく、気さくに話しかけてくれたりして、私は楽しく過ごす事が出来ていた。
「意外と無事に着けそうね」
これまでも人気のない山道や川沿いの道を通ったが特に問題なく、私は少しだけ拍子抜けしていた。だって事件や事故が起きるなら、王都や辺境伯領から離れた方が好都合だと思ったからだ。王都に近ければ王家が、辺境伯領に近ければ辺境伯が手を下したと思われるからだ。貴族も平民も、事実よりも面白おかしい噂を好むから、王家や辺境伯が何かを企んでいるなら、四日目から辺境伯領に入る昨日までに仕掛けてくると思っていたのだ。
「お嬢様、まだ油断は禁物ですわ」
「そうかしら」
「そうですよ。この先は道も険しくなりますから」
ユーニスはそう言うけど、何もなくて一番安堵しているのは彼女かもしれない。ああ見えてユーニスは生真面目で情に厚いのだ。私に何かあればきっと心を痛めるだろう。彼女のためにも、私は無事に辺境伯の元に辿り着きたかった。
「お嬢様!襲撃です!」
異変があったのは、あと一刻程で宿に着くという時だった。ちょうど山道を終えて森を抜けている最中に襲われたようだ。馬車が大きく揺れたと同時に、御者席にいたビリーが大声で叫び、私はユーニスと顔を見合わせた。強い緊張感に包まれる中、私はやはり…と覚悟を決めた。スカートをぎゅっと握ると、私を落ち着かせようとしてか、その手をユーニスが握ってくれた。
「お嬢様、窓から外を覗きませんように!」
「ユーニス!鍵は閉めているな?お嬢様の側を離れるなよ!」
マーローとビリーの声がして、私は馬車の中で身を固くした。私を守るためにユーニスが覆いかぶさるように抱きしめた。外ではビリーや護衛と、彼らに襲い掛かっているらしい男たちの罵声と怒号、剣と剣がぶつかり合う金属音が響いていた。
生まれて初めてうけた襲撃に、王子妃教育で常に表情を保つようにと教えられていた私も、さすがにそういう訳にはいかなかった。心臓がドキドキと早鐘を打ち、じんわりと死の息吹に覆われるのを感じて、気が遠くなりそうだった。
襲撃の可能性は考えてはいたけれど…私はそれが甘かった事を悟った。貴族であっても旅の途中で盗賊に襲われたり事故に遭ったりする可能性は高い。だからこそ貴族が移動する時はそれなりの騎士団を編成するのだが、今回は本当に最低限以下の人数なのだ。エリオット様達の事がなくても襲われる可能性がいくらでもあったのに、その備えが全く足りていなかった。これから先は山道に入り、人の往来が極端に減るのを思うと、これから先の旅程は絶望的に思えた。
程なくして、外の喧騒が収まると、馬車のドアをノックする音がした。それはビリーとユーニスが何かあった時用に決めていたリズムで、それを合図にユーニスが馬車の窓のカーテンを僅かに開けるとビリーの姿が写り、彼は私を安心させるように笑みを浮かべた。窓から外の様子を窺ったユーニスは、周囲を忙しなく確認してからようやくホッと息を吐いた。どうやら襲撃犯は倒したらしい。そんなユーニスの姿を目にした私も、ようやく身体の力を抜いた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとう。こっちは大丈夫よ」
馬車の鍵をユーニスが解くと、ビリーがドアを開けて中の様子を伺ってきた。いつもは人懐っこそうな顔に飄々とした笑みを浮かべているが、珍しく今は緊張していた。こんな顔も出来るのね…と思っていると、私が無事だと実感したのか、ビリーがようやく表情を緩めていつもの表情に戻った。それを見た私は、助かったのだと実感する事が出来たのだ。
「意外と無事に着けそうね」
これまでも人気のない山道や川沿いの道を通ったが特に問題なく、私は少しだけ拍子抜けしていた。だって事件や事故が起きるなら、王都や辺境伯領から離れた方が好都合だと思ったからだ。王都に近ければ王家が、辺境伯領に近ければ辺境伯が手を下したと思われるからだ。貴族も平民も、事実よりも面白おかしい噂を好むから、王家や辺境伯が何かを企んでいるなら、四日目から辺境伯領に入る昨日までに仕掛けてくると思っていたのだ。
「お嬢様、まだ油断は禁物ですわ」
「そうかしら」
「そうですよ。この先は道も険しくなりますから」
ユーニスはそう言うけど、何もなくて一番安堵しているのは彼女かもしれない。ああ見えてユーニスは生真面目で情に厚いのだ。私に何かあればきっと心を痛めるだろう。彼女のためにも、私は無事に辺境伯の元に辿り着きたかった。
「お嬢様!襲撃です!」
異変があったのは、あと一刻程で宿に着くという時だった。ちょうど山道を終えて森を抜けている最中に襲われたようだ。馬車が大きく揺れたと同時に、御者席にいたビリーが大声で叫び、私はユーニスと顔を見合わせた。強い緊張感に包まれる中、私はやはり…と覚悟を決めた。スカートをぎゅっと握ると、私を落ち着かせようとしてか、その手をユーニスが握ってくれた。
「お嬢様、窓から外を覗きませんように!」
「ユーニス!鍵は閉めているな?お嬢様の側を離れるなよ!」
マーローとビリーの声がして、私は馬車の中で身を固くした。私を守るためにユーニスが覆いかぶさるように抱きしめた。外ではビリーや護衛と、彼らに襲い掛かっているらしい男たちの罵声と怒号、剣と剣がぶつかり合う金属音が響いていた。
生まれて初めてうけた襲撃に、王子妃教育で常に表情を保つようにと教えられていた私も、さすがにそういう訳にはいかなかった。心臓がドキドキと早鐘を打ち、じんわりと死の息吹に覆われるのを感じて、気が遠くなりそうだった。
襲撃の可能性は考えてはいたけれど…私はそれが甘かった事を悟った。貴族であっても旅の途中で盗賊に襲われたり事故に遭ったりする可能性は高い。だからこそ貴族が移動する時はそれなりの騎士団を編成するのだが、今回は本当に最低限以下の人数なのだ。エリオット様達の事がなくても襲われる可能性がいくらでもあったのに、その備えが全く足りていなかった。これから先は山道に入り、人の往来が極端に減るのを思うと、これから先の旅程は絶望的に思えた。
程なくして、外の喧騒が収まると、馬車のドアをノックする音がした。それはビリーとユーニスが何かあった時用に決めていたリズムで、それを合図にユーニスが馬車の窓のカーテンを僅かに開けるとビリーの姿が写り、彼は私を安心させるように笑みを浮かべた。窓から外の様子を窺ったユーニスは、周囲を忙しなく確認してからようやくホッと息を吐いた。どうやら襲撃犯は倒したらしい。そんなユーニスの姿を目にした私も、ようやく身体の力を抜いた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとう。こっちは大丈夫よ」
馬車の鍵をユーニスが解くと、ビリーがドアを開けて中の様子を伺ってきた。いつもは人懐っこそうな顔に飄々とした笑みを浮かべているが、珍しく今は緊張していた。こんな顔も出来るのね…と思っていると、私が無事だと実感したのか、ビリーがようやく表情を緩めていつもの表情に戻った。それを見た私は、助かったのだと実感する事が出来たのだ。
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読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
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