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一章
王からの命令~辺境伯領にて
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「何だと…陛下から?」
「うむ。勅命だそうだ」
重厚な色彩の執務室で、一人の青年が壮年の男性からの言葉に目を見開いていた。晴れ渡る夏の空の色の瞳に疑念と困惑が入り交じっているのを、彼の師であり養い親でもある壮年の男性が咎める事はなかった。たとえ国王の命令とは言え、あまりにも突拍子もないものだったからだ。
ここは王国の北東にあるヘーゼルダイン辺境伯領。
若い方の男はこの地を治める辺境伯であるローレンスだった。背が高く筋肉質で均整の取れた身体と、その身から放たれる風格は、一国の王と言われてもそん色がなかった。
実際、彼は現国王の弟であり、若い頃は王国騎士団の団長も務める逸材だった。兄である現国王が即位する際に彼を推す声が一定数いた事から、彼は国の乱れになる事を恐れて王籍を離れ、当時国内で一番きな臭いと言われていたこのヘーゼルダイン辺境伯の養子となってこの地に下ったのだ。以来、隣国との小競り合いを悉く抑えていたが、一方で敵に対しての苛烈さから、鬼神とも辺境の悪魔とも呼ばれていた。
ちなみに、王からの命令を執務室に届けたのは、先代の辺境伯でローレンスを養子として受け入れたギルバートだった。既に髪も髭も白くなり、顔には皺が深々と刻まれていたが、重厚で鍛え抜かれた体躯と、現役の頃には眼光だけで人を殺せると恐れられた威圧感は健在だった。それでも、養い子へ向ける視線は優しい光を湛えていた。
彼は先代、先々代の二王に仕えた重臣の一人であり、元々このヘーゼルダイン辺境伯の出だったが、三男という事で騎士となるべく単身王都の騎士団に入団し、その類まれな能力で王の信頼を得て騎士団の総団長を務めあげた。だが怪我が元で引退し、隣国との諍いが絶えない故郷に戻ってきたのだ。
「それにしても…王子の婚約者をこんな田舎に嫁がせるとは…」
「うむ。どうやら婚約者が妹を虐めたとか。そんな婚約者に第二王子が愛想を尽かし、顔も見たくないと決めた話らしいな」
「ほう…」
「だが、王都にやった者達からの報告では、第二王子が浮気して婚約者の妹と通じたらしい。元より軽薄と噂の王子、見目のいい妹に誑し込まれたのが本当じゃろう」
話に出たのは、国王の次男の第二王子であるエリオットだった。輝くような金髪と新緑の若葉の様な瞳を持つ美麗な王子は、だがその見目に反して中身は怠け者で女好きだという。婚約者には一向に見向きもせず、言い寄る若い令嬢と浮名を流していると言われていた。
その王子の婚約者はセネット侯爵家の長女だったが、噂では真面目で大人しく、地味だと言われていた。万事控えめで自己主張もせず、従順なだけが取り柄だ…と。
そして、その姉から婚約者の王子を奪ったのが、その実妹だという。こちらも噂によれば大層な美少女で、可憐で朗らかで男性からも人気者らしい。姉に虐められているのを王子に相談している間に両想いになった…と言われていて、世間では彼女に同情する声が大きいという。
「婚約破棄された令嬢を娶れとの命令だ。ローレンス」
王都からの命令は、半分ほどが無茶ぶりに近いものだったため、これまでも驚かされる事は多々あったが、今回はそれらの比ではなかった。既に三十三になる自分に、十七歳の子どもを娶れというのだ。それも事前の打診も顔合わせも何もなしで。この年まで結婚していなかった事を後悔した事はなかったが、こんな命令が下されるのなら、さっさと形ばかりでも妻を娶っておけばよかった、と思うローレンスだった。
「うむ。勅命だそうだ」
重厚な色彩の執務室で、一人の青年が壮年の男性からの言葉に目を見開いていた。晴れ渡る夏の空の色の瞳に疑念と困惑が入り交じっているのを、彼の師であり養い親でもある壮年の男性が咎める事はなかった。たとえ国王の命令とは言え、あまりにも突拍子もないものだったからだ。
ここは王国の北東にあるヘーゼルダイン辺境伯領。
若い方の男はこの地を治める辺境伯であるローレンスだった。背が高く筋肉質で均整の取れた身体と、その身から放たれる風格は、一国の王と言われてもそん色がなかった。
実際、彼は現国王の弟であり、若い頃は王国騎士団の団長も務める逸材だった。兄である現国王が即位する際に彼を推す声が一定数いた事から、彼は国の乱れになる事を恐れて王籍を離れ、当時国内で一番きな臭いと言われていたこのヘーゼルダイン辺境伯の養子となってこの地に下ったのだ。以来、隣国との小競り合いを悉く抑えていたが、一方で敵に対しての苛烈さから、鬼神とも辺境の悪魔とも呼ばれていた。
ちなみに、王からの命令を執務室に届けたのは、先代の辺境伯でローレンスを養子として受け入れたギルバートだった。既に髪も髭も白くなり、顔には皺が深々と刻まれていたが、重厚で鍛え抜かれた体躯と、現役の頃には眼光だけで人を殺せると恐れられた威圧感は健在だった。それでも、養い子へ向ける視線は優しい光を湛えていた。
彼は先代、先々代の二王に仕えた重臣の一人であり、元々このヘーゼルダイン辺境伯の出だったが、三男という事で騎士となるべく単身王都の騎士団に入団し、その類まれな能力で王の信頼を得て騎士団の総団長を務めあげた。だが怪我が元で引退し、隣国との諍いが絶えない故郷に戻ってきたのだ。
「それにしても…王子の婚約者をこんな田舎に嫁がせるとは…」
「うむ。どうやら婚約者が妹を虐めたとか。そんな婚約者に第二王子が愛想を尽かし、顔も見たくないと決めた話らしいな」
「ほう…」
「だが、王都にやった者達からの報告では、第二王子が浮気して婚約者の妹と通じたらしい。元より軽薄と噂の王子、見目のいい妹に誑し込まれたのが本当じゃろう」
話に出たのは、国王の次男の第二王子であるエリオットだった。輝くような金髪と新緑の若葉の様な瞳を持つ美麗な王子は、だがその見目に反して中身は怠け者で女好きだという。婚約者には一向に見向きもせず、言い寄る若い令嬢と浮名を流していると言われていた。
その王子の婚約者はセネット侯爵家の長女だったが、噂では真面目で大人しく、地味だと言われていた。万事控えめで自己主張もせず、従順なだけが取り柄だ…と。
そして、その姉から婚約者の王子を奪ったのが、その実妹だという。こちらも噂によれば大層な美少女で、可憐で朗らかで男性からも人気者らしい。姉に虐められているのを王子に相談している間に両想いになった…と言われていて、世間では彼女に同情する声が大きいという。
「婚約破棄された令嬢を娶れとの命令だ。ローレンス」
王都からの命令は、半分ほどが無茶ぶりに近いものだったため、これまでも驚かされる事は多々あったが、今回はそれらの比ではなかった。既に三十三になる自分に、十七歳の子どもを娶れというのだ。それも事前の打診も顔合わせも何もなしで。この年まで結婚していなかった事を後悔した事はなかったが、こんな命令が下されるのなら、さっさと形ばかりでも妻を娶っておけばよかった、と思うローレンスだった。
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読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
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