1 / 213
一章
王からの命令~辺境伯領にて
しおりを挟む
「何だと…陛下から?」
「うむ。勅命だそうだ」
重厚な色彩の執務室で、一人の青年が壮年の男性からの言葉に目を見開いていた。晴れ渡る夏の空の色の瞳に疑念と困惑が入り交じっているのを、彼の師であり養い親でもある壮年の男性が咎める事はなかった。たとえ国王の命令とは言え、あまりにも突拍子もないものだったからだ。
ここは王国の北東にあるヘーゼルダイン辺境伯領。
若い方の男はこの地を治める辺境伯であるローレンスだった。背が高く筋肉質で均整の取れた身体と、その身から放たれる風格は、一国の王と言われてもそん色がなかった。
実際、彼は現国王の弟であり、若い頃は王国騎士団の団長も務める逸材だった。兄である現国王が即位する際に彼を推す声が一定数いた事から、彼は国の乱れになる事を恐れて王籍を離れ、当時国内で一番きな臭いと言われていたこのヘーゼルダイン辺境伯の養子となってこの地に下ったのだ。以来、隣国との小競り合いを悉く抑えていたが、一方で敵に対しての苛烈さから、鬼神とも辺境の悪魔とも呼ばれていた。
ちなみに、王からの命令を執務室に届けたのは、先代の辺境伯でローレンスを養子として受け入れたギルバートだった。既に髪も髭も白くなり、顔には皺が深々と刻まれていたが、重厚で鍛え抜かれた体躯と、現役の頃には眼光だけで人を殺せると恐れられた威圧感は健在だった。それでも、養い子へ向ける視線は優しい光を湛えていた。
彼は先代、先々代の二王に仕えた重臣の一人であり、元々このヘーゼルダイン辺境伯の出だったが、三男という事で騎士となるべく単身王都の騎士団に入団し、その類まれな能力で王の信頼を得て騎士団の総団長を務めあげた。だが怪我が元で引退し、隣国との諍いが絶えない故郷に戻ってきたのだ。
「それにしても…王子の婚約者をこんな田舎に嫁がせるとは…」
「うむ。どうやら婚約者が妹を虐めたとか。そんな婚約者に第二王子が愛想を尽かし、顔も見たくないと決めた話らしいな」
「ほう…」
「だが、王都にやった者達からの報告では、第二王子が浮気して婚約者の妹と通じたらしい。元より軽薄と噂の王子、見目のいい妹に誑し込まれたのが本当じゃろう」
話に出たのは、国王の次男の第二王子であるエリオットだった。輝くような金髪と新緑の若葉の様な瞳を持つ美麗な王子は、だがその見目に反して中身は怠け者で女好きだという。婚約者には一向に見向きもせず、言い寄る若い令嬢と浮名を流していると言われていた。
その王子の婚約者はセネット侯爵家の長女だったが、噂では真面目で大人しく、地味だと言われていた。万事控えめで自己主張もせず、従順なだけが取り柄だ…と。
そして、その姉から婚約者の王子を奪ったのが、その実妹だという。こちらも噂によれば大層な美少女で、可憐で朗らかで男性からも人気者らしい。姉に虐められているのを王子に相談している間に両想いになった…と言われていて、世間では彼女に同情する声が大きいという。
「婚約破棄された令嬢を娶れとの命令だ。ローレンス」
王都からの命令は、半分ほどが無茶ぶりに近いものだったため、これまでも驚かされる事は多々あったが、今回はそれらの比ではなかった。既に三十三になる自分に、十七歳の子どもを娶れというのだ。それも事前の打診も顔合わせも何もなしで。この年まで結婚していなかった事を後悔した事はなかったが、こんな命令が下されるのなら、さっさと形ばかりでも妻を娶っておけばよかった、と思うローレンスだった。
「うむ。勅命だそうだ」
重厚な色彩の執務室で、一人の青年が壮年の男性からの言葉に目を見開いていた。晴れ渡る夏の空の色の瞳に疑念と困惑が入り交じっているのを、彼の師であり養い親でもある壮年の男性が咎める事はなかった。たとえ国王の命令とは言え、あまりにも突拍子もないものだったからだ。
ここは王国の北東にあるヘーゼルダイン辺境伯領。
若い方の男はこの地を治める辺境伯であるローレンスだった。背が高く筋肉質で均整の取れた身体と、その身から放たれる風格は、一国の王と言われてもそん色がなかった。
実際、彼は現国王の弟であり、若い頃は王国騎士団の団長も務める逸材だった。兄である現国王が即位する際に彼を推す声が一定数いた事から、彼は国の乱れになる事を恐れて王籍を離れ、当時国内で一番きな臭いと言われていたこのヘーゼルダイン辺境伯の養子となってこの地に下ったのだ。以来、隣国との小競り合いを悉く抑えていたが、一方で敵に対しての苛烈さから、鬼神とも辺境の悪魔とも呼ばれていた。
ちなみに、王からの命令を執務室に届けたのは、先代の辺境伯でローレンスを養子として受け入れたギルバートだった。既に髪も髭も白くなり、顔には皺が深々と刻まれていたが、重厚で鍛え抜かれた体躯と、現役の頃には眼光だけで人を殺せると恐れられた威圧感は健在だった。それでも、養い子へ向ける視線は優しい光を湛えていた。
彼は先代、先々代の二王に仕えた重臣の一人であり、元々このヘーゼルダイン辺境伯の出だったが、三男という事で騎士となるべく単身王都の騎士団に入団し、その類まれな能力で王の信頼を得て騎士団の総団長を務めあげた。だが怪我が元で引退し、隣国との諍いが絶えない故郷に戻ってきたのだ。
「それにしても…王子の婚約者をこんな田舎に嫁がせるとは…」
「うむ。どうやら婚約者が妹を虐めたとか。そんな婚約者に第二王子が愛想を尽かし、顔も見たくないと決めた話らしいな」
「ほう…」
「だが、王都にやった者達からの報告では、第二王子が浮気して婚約者の妹と通じたらしい。元より軽薄と噂の王子、見目のいい妹に誑し込まれたのが本当じゃろう」
話に出たのは、国王の次男の第二王子であるエリオットだった。輝くような金髪と新緑の若葉の様な瞳を持つ美麗な王子は、だがその見目に反して中身は怠け者で女好きだという。婚約者には一向に見向きもせず、言い寄る若い令嬢と浮名を流していると言われていた。
その王子の婚約者はセネット侯爵家の長女だったが、噂では真面目で大人しく、地味だと言われていた。万事控えめで自己主張もせず、従順なだけが取り柄だ…と。
そして、その姉から婚約者の王子を奪ったのが、その実妹だという。こちらも噂によれば大層な美少女で、可憐で朗らかで男性からも人気者らしい。姉に虐められているのを王子に相談している間に両想いになった…と言われていて、世間では彼女に同情する声が大きいという。
「婚約破棄された令嬢を娶れとの命令だ。ローレンス」
王都からの命令は、半分ほどが無茶ぶりに近いものだったため、これまでも驚かされる事は多々あったが、今回はそれらの比ではなかった。既に三十三になる自分に、十七歳の子どもを娶れというのだ。それも事前の打診も顔合わせも何もなしで。この年まで結婚していなかった事を後悔した事はなかったが、こんな命令が下されるのなら、さっさと形ばかりでも妻を娶っておけばよかった、と思うローレンスだった。
279
読んで下さいってありがとうございます。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
ゆっくりになりますが、更新再会しました。
お気に入りに追加
3,615
あなたにおすすめの小説
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました
Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。
そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。
「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」
そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。
荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。
「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」
行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に
※他サイトにも投稿しています
よろしくお願いします
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
いつだって二番目。こんな自分とさよならします!
椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。
ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。
ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。
嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。
そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!?
小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。
いつも第一王女の姉が優先される日々。
そして、待ち受ける死。
――この運命、私は変えられるの?
※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる