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三年ぶりの王都~廃嫡王子の回想

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 その後屋敷に戻った私は、アンジェが起き上がれるようになるまでの十日間、殆どの時間をアンジェの側で過ごした。

「本当に、三年経っていたのだね……」

 屋敷に帰るとその事実が一層の重みをもたらした。辺境伯ご夫妻、特に辺境伯は二年前の怪我が原因で暫く療養生活をしていたとかで一回り小さくなっていた。ジゼル様も心なしか覇気が弱くなった気がした。

「でも、三年でよかったです。十年とか二十年後だったら……」
「それは、さすがに勘弁してほしいね」

 アンジェの言葉に改めて自分の置かれた情況に戦慄した。確かにそういう可能性もあったのだ。十年二十年ならまだいい、これが五十年後百年後だったら……心の底から言い知れぬ恐怖が湧き上がった。
 いつの間にかマティアスがここで働いていたり、ジョアンヌが押しかけてきたりと、想定していなかったことも起きていたが、その最たるものがアンジェの次の婚約話だった。あのポンコツ爺は勝手に私とアンジェの婚約白紙と、アンジェとジョフロワ公爵家の三男との婚約を計画していたのだから許し難い。

(ふざけるな!)

 怒りで我を忘れそうになったが、今直ぐ動いたところでどうにもならない。辺境伯が王都に私の無事を知らせる早馬を出すというので、私も父への手紙を託けた。

(いずれ詳しくお話を伺いたく存じます)

 無事を知らせる父上への手紙の最後にそう一言添えた。それだけで私の言いたいことは伝わるだろう。きっちり説明して頂くつもりだ。

「ではアンジェは……私との婚約を、続けてくれる?」

 その言葉に視線を彷徨わせ、顔を赤く染める様は言葉に尽くし難いほど愛らしく愛おしかった。消え入るような声で「はい……」と答えてシーツを被った彼女に襲い掛からなかった自分の我慢強さを誉めてやりたい。こんなに理性をフル動員したのは……生まれて初めてだったと思う。

 暫くの間は三年のブランクに戸惑うことも多かったが、それもエドのお陰で随分と緩和された。彼は私がいなくなった後、その日にあったことを細かく記録してくれていたのだ。それはこの屋敷内のこともあるし、王都の状況や世情も含まれていた。お陰でこの三年間に何があったかも大体理解できた。

 驚いたことはいくつかあったが、その最たるものの一つはジョアンヌがこのリファールに押しかけて来たことだった。セザールとの離婚は想定内だったが、彼女がそんな行動力を持っていたことが意外だったのだ。万事人にお膳立てして貰うのが当然で、案は出しても自ら動くことはなかったからだ。彼女のその後を聞いたが、自分でも驚くほどに心が波打つことはなかった。



 アンジェがようやく起き上がれるようになった私たちは、直ぐに王都に向かった。アンジェの次の婚約話が二か月後の夜会で発表されるという。それを阻止するためにも早々に王都に行く必要があったからのだ。

 王都に着くと、直ぐに父上から登城要請があったので、アンジェと連れ立って王宮に向かった。

「兄上! よくご無事で……!」
「ああ、オードリック……顔をよく見せて……」
「……よく、戻った」

 ルシアンや母上が今にも泣きそうな中、父上だけが表情をこわばらせていた。私のあの手紙の一文を思い出したのだろう。実際、納得いくまで話を聞かせて頂くつもりだった。下らない理由だったら相応の意趣返しはさせて頂くつもりだ。

「ご心配を、おかけしました」

 心配してくれた家族に心が痛み、心からそう思えて深く頭を下げた。ただ一人を除いては。

「もう、二度とお会い出来ないかと……本当に、よかった……」

 そう言って泣きそうになりながら抱きしめてきたルシアンに、三年という時間を一層感じた。思った以上に、背が伸びていた。童顔だったのに随分と大人びて、今では年齢差を殆ど感じない。それもそうか、二年下のルシアンは、既に私の年を飛び越えていたのだから。

「父上、婚約はこのまま継続でよろしいですよね」

 にっこりと笑顔を浮かべてそう言うと、父上はあからさまに怯んだ。どうやら私との婚約を解消するつもりでいたらしい。聞けばジョフロワ公爵にはこの三年随分世話になったという。その為婚約の白紙は難しいというが、そんなものは事実を告げればあっさりと翻った。

(どうしてこうも詰めが甘いんだ……?)

 王家の影の使い方をこの人は理解していなかったのか? 呆れる私に幸いにも母上やお祖母様が味方してくれた。しかもアンジェに父上の本性までバラしてしまった。まぁ、アンジェが他言するとは思えないので構わないのだが。
 ついでにすっかり勢いが削がれた父上に、アンジェとの婚姻を認めさせた。これ以上横槍を入れられてはたまったもんじゃないからだ。アンジェから前向きな返事は貰ったし、辺境伯夫妻には許可を頂いている。あとは父上の許可があれば問題ない。この期に及んで出来ないなどという世迷言を聞く耳は持っていない。

 その後で、王宮の庭園でアンジェにプロポーズをした。あの時間帯はそこそこ人の姿もあるのでちょうどいい。

 一世一代の求婚は、さすがの私も緊張した。ジョアンヌの時は子どもの頃に婚約していたのもあって、プロポーズをしていなかった。これは私の意志で行った初めての求婚だ。アンジェがまだ私の気持ちがジョアンヌにあると思っていたのが驚きだったが、そんなことはないと、アンジェしか愛していないと囲う様に説いた。

「そ、そんなことは……あ、あの、私も嫉妬深い、と思うので……大丈夫、です」

 頬を真っ赤に染め、半ば涙目になってオロオロする彼女に、我慢の限界を超えた。気が付けば彼女を腕の中に閉じ込めていた。

(ああ、酔いそうだ……)

 彼女の甘やかな香りにはきっと媚薬効果があるのだろう。周囲に人の気配を感じたが無視して、そっとその甘そうな唇に自分のそれを重ねた。



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