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陛下の正体
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オーリー様の爆弾発言に、ルシアン様は言葉を失い、陛下は呆然とオーリー様を眺めていた。王妃様とアデル様は黙って陛下を見つめているけれど、その表情は冷え冷えとしていてその心情は伺えない。
ちなみに私はというと……事前にこうなる可能性をオーリー様から聞いていたので動揺せずに済んだ。オーリー様からは例えどんな形になろうとも側にいる、最悪平民になったら護衛か結界師として雇ってほしい、ついでにクレマン様と交渉して互いに愛する者と過ごせるようにするとも仰ってくれた。それがいいとは思わないけれど、クレマン様の女性への嫌悪は相当なものだから結婚しても子が出来る可能性は皆無に近いと言われれば仕方がない。王命では拒否など出来ないのだから。
「さて、陛下。どちらでもお好きな方をお選びください」
「オードリック!」
平然とそう告げるオーリー様に陛下が声を荒げたけれど、ジョフロワ公爵家の調査が甘かったのは否めないし、先に子が成せないであろう相手を宛がったのは陛下だ。父の件で我が家にお咎め無しにして下さったとはいえ、二人続けて子が出来なさそうな婿を勧めるのはちょっとどうかと思う。
「……陛下、もうよろしいでしょう」
陛下が次の言葉を告げる事も出来ず、また誰もが口を挟めない中、声を上げたのはアデル様だった。
「は、母上……」
「婚約者変更はオードリックが三年経っても戻らなかった場合でしょう? 実際、三年経たずに戻ってきたのです。このままアンジェと婚約継続でよろしいではありませんか」
「しかし、それではジョフロワ公爵家が……」
「そうは言っても、先の約束を反故にして王家の威信が保てるとお思いですか?」
「そ、それは……」
「そんなことがまかり通れば、今後貴族は何を縁に忠誠を示せばいいのでしょう」
「……」
アデル様の問いに陛下は何も答えられなかった。ただ、陛下の事情も分からなくもない。ベルクール公爵の不正に関わった多くの貴族が処分を受けた影響でこの三年間、立て直しに必死だったのだ。その中心的な役割を担った一人がジョフロワ公爵で、陛下が恩を感じるのもわからなくもない。
「それに三年もの間、ずっとオードリックを探し続けてくれたアンジェの気持ちはどうなるのです? 距離があって王家が捜索隊を出すのもままならない中、アンジェとリファール辺境伯家はずっと捜索隊を出して探してくれたのですよ。見つからなかったならともかく、ようやく見つかったのにその苦労を無下にするような行為は如何かと」
「……」
アデル様の言葉は正論で、反論の余地がないのだろう。陛下は押し黙ってしまわれた。
「あなた、もういいではありませんか。オードリックが戻ったのです。素直に喜びましょう」
「……フェリシテ……」
アデル様を援護するように、今度はフェリシテ様が宥めるように陛下に話しかけると、陛下の声が震えた。
「オードリック、アンジェリク様も、ごめんなさいね」
「い、いえ……」
フェリシテ様に急に謝られてしまって、何と答えていいのかわからなかったけれど、アデル様とフェリシテ様が味方して下さったことで重かった心が少しだけ軽くなった。
「この人ったら、オードリックが戻って来てくれて本当は嬉しくて仕方がないのよ。リファールからの知らせを聞いた時なんか、寝室に入ってきた途端泣き崩れちゃって」
「フェ、フェリシテ!」
「もう、本当のことでしょう? オードリックが居なくなったと聞いてから、毎晩どこにいるんだろう? 怪我していないだろうか、お腹を空かせていないだろうかとグチグチ言っていたのはどなた?」
「そ、それは……」
「え?」
「この人、こう見えてすっごく心配症で泣き虫なのよ。だから普段は必死に感情を押し殺しているのよ」
フェリシテ様がため息をつきながら頬に手を当ててそう仰った。いつも険しい表情を崩さない陛下が心配性? 泣き崩れた? そう言われても全く想像が出来ない……
「アンジェリク様の婚約のことも、いつまでも諦めきれないのは王らしくない、アンジェリク様も年を取れば子供が出来にくくなるなんて言われて焦っちゃって。三年と決めたのならどっしり構えていればよかったのに……」
「だ、だが……」
さっきまでの厳しい態度はどこへやら、陛下はしどろもどろになっていた。どうやらフェリシテ様の仰る通り、らしい……
「婚約発表はオードリックが行方不明になってから三年後。その二か月前に見つかったのですから問題ありません。私も公爵夫妻に会う度に念を押しておきましたし、夫人はちゃんとわかって下さっていましたわ。何も問題ありませんよ」
「フェリー……」
縋るような目でフェリシテ様を見る陛下は、ちょっと情けなくて、でもどこか可愛らしく見えた。なんだろう、その表情は時折見せるオーリー様のそれに似ていた。こんなところで親子だと感じるとは思わなかった。
「……すまなかった、アンジェリク嬢」
「い、いえ」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、急に謝られてしまって面食らった。王家に謝罪させてはいけないだけに恐縮が過ぎる……
「オードリックとアンジェリク嬢の婚約の継続を認めよう。オードリックも……すまなかった」
「そう思われるのでしたら、一つお願いが」
「お願い?」
ここぞとばかりの要求に、陛下が警戒を露わにした。何だろう、フェリシテ様の暴露のせいか陛下が感情を隠し切れなくなっている気がする。
「そう警戒なさらないで下さい。簡単なことですよ」
笑顔でそう言ったオーリー様だけど、陛下、益々警戒しちゃっていますが……
「私とアンジェの婚姻を、今ここでお認め下さい」
「な?」
「ええっ!?」
「今、ここで?」
さすがにこれには私も驚かずにはいられなかった。
ちなみに私はというと……事前にこうなる可能性をオーリー様から聞いていたので動揺せずに済んだ。オーリー様からは例えどんな形になろうとも側にいる、最悪平民になったら護衛か結界師として雇ってほしい、ついでにクレマン様と交渉して互いに愛する者と過ごせるようにするとも仰ってくれた。それがいいとは思わないけれど、クレマン様の女性への嫌悪は相当なものだから結婚しても子が出来る可能性は皆無に近いと言われれば仕方がない。王命では拒否など出来ないのだから。
「さて、陛下。どちらでもお好きな方をお選びください」
「オードリック!」
平然とそう告げるオーリー様に陛下が声を荒げたけれど、ジョフロワ公爵家の調査が甘かったのは否めないし、先に子が成せないであろう相手を宛がったのは陛下だ。父の件で我が家にお咎め無しにして下さったとはいえ、二人続けて子が出来なさそうな婿を勧めるのはちょっとどうかと思う。
「……陛下、もうよろしいでしょう」
陛下が次の言葉を告げる事も出来ず、また誰もが口を挟めない中、声を上げたのはアデル様だった。
「は、母上……」
「婚約者変更はオードリックが三年経っても戻らなかった場合でしょう? 実際、三年経たずに戻ってきたのです。このままアンジェと婚約継続でよろしいではありませんか」
「しかし、それではジョフロワ公爵家が……」
「そうは言っても、先の約束を反故にして王家の威信が保てるとお思いですか?」
「そ、それは……」
「そんなことがまかり通れば、今後貴族は何を縁に忠誠を示せばいいのでしょう」
「……」
アデル様の問いに陛下は何も答えられなかった。ただ、陛下の事情も分からなくもない。ベルクール公爵の不正に関わった多くの貴族が処分を受けた影響でこの三年間、立て直しに必死だったのだ。その中心的な役割を担った一人がジョフロワ公爵で、陛下が恩を感じるのもわからなくもない。
「それに三年もの間、ずっとオードリックを探し続けてくれたアンジェの気持ちはどうなるのです? 距離があって王家が捜索隊を出すのもままならない中、アンジェとリファール辺境伯家はずっと捜索隊を出して探してくれたのですよ。見つからなかったならともかく、ようやく見つかったのにその苦労を無下にするような行為は如何かと」
「……」
アデル様の言葉は正論で、反論の余地がないのだろう。陛下は押し黙ってしまわれた。
「あなた、もういいではありませんか。オードリックが戻ったのです。素直に喜びましょう」
「……フェリシテ……」
アデル様を援護するように、今度はフェリシテ様が宥めるように陛下に話しかけると、陛下の声が震えた。
「オードリック、アンジェリク様も、ごめんなさいね」
「い、いえ……」
フェリシテ様に急に謝られてしまって、何と答えていいのかわからなかったけれど、アデル様とフェリシテ様が味方して下さったことで重かった心が少しだけ軽くなった。
「この人ったら、オードリックが戻って来てくれて本当は嬉しくて仕方がないのよ。リファールからの知らせを聞いた時なんか、寝室に入ってきた途端泣き崩れちゃって」
「フェ、フェリシテ!」
「もう、本当のことでしょう? オードリックが居なくなったと聞いてから、毎晩どこにいるんだろう? 怪我していないだろうか、お腹を空かせていないだろうかとグチグチ言っていたのはどなた?」
「そ、それは……」
「え?」
「この人、こう見えてすっごく心配症で泣き虫なのよ。だから普段は必死に感情を押し殺しているのよ」
フェリシテ様がため息をつきながら頬に手を当ててそう仰った。いつも険しい表情を崩さない陛下が心配性? 泣き崩れた? そう言われても全く想像が出来ない……
「アンジェリク様の婚約のことも、いつまでも諦めきれないのは王らしくない、アンジェリク様も年を取れば子供が出来にくくなるなんて言われて焦っちゃって。三年と決めたのならどっしり構えていればよかったのに……」
「だ、だが……」
さっきまでの厳しい態度はどこへやら、陛下はしどろもどろになっていた。どうやらフェリシテ様の仰る通り、らしい……
「婚約発表はオードリックが行方不明になってから三年後。その二か月前に見つかったのですから問題ありません。私も公爵夫妻に会う度に念を押しておきましたし、夫人はちゃんとわかって下さっていましたわ。何も問題ありませんよ」
「フェリー……」
縋るような目でフェリシテ様を見る陛下は、ちょっと情けなくて、でもどこか可愛らしく見えた。なんだろう、その表情は時折見せるオーリー様のそれに似ていた。こんなところで親子だと感じるとは思わなかった。
「……すまなかった、アンジェリク嬢」
「い、いえ」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、急に謝られてしまって面食らった。王家に謝罪させてはいけないだけに恐縮が過ぎる……
「オードリックとアンジェリク嬢の婚約の継続を認めよう。オードリックも……すまなかった」
「そう思われるのでしたら、一つお願いが」
「お願い?」
ここぞとばかりの要求に、陛下が警戒を露わにした。何だろう、フェリシテ様の暴露のせいか陛下が感情を隠し切れなくなっている気がする。
「そう警戒なさらないで下さい。簡単なことですよ」
笑顔でそう言ったオーリー様だけど、陛下、益々警戒しちゃっていますが……
「私とアンジェの婚姻を、今ここでお認め下さい」
「な?」
「ええっ!?」
「今、ここで?」
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