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結界の要
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それから出立までの準備はあっという間だった。簡単な準備が終わると直ぐに出発することになった。今は一日でも無駄にしたくない。水や食料は最低限で基本的には現地調達、野営の道具と僅かな着替え、薬や魔石を馬に積んで私たちは朝もやの中を出発した。私もエリーも騎士服で馬での移動だ。
十四か所ある結界の要のうち、欠けているのは二番目と六番目から九番目の五ケ所で、距離がある二番目と三番目の間に補強として一か所追加することになった。二番目は隣国の砦から近いので最後にして、九番目から六番目へと移動しながら置き換えを進めた。
屋敷を発ってから十六日が経った。幸いにも六番目から九番目までは順調に進んだ。野営場所にテントを立てている間にアルノーが周囲の偵察に向かった。ここは二番目の要に向かう途中だ。
「敵兵が砦に集まっているようです」
戻ってきたアルノーの報告を、焚火を囲いながら私たちは聞いた。今夜の夕食は干し肉と干し芋、私とエリーがとってきたフレレの実だ。肉を焼けば臭いや煙で敵に知れるので、ここ数日はこれだけだった。そろそろパンやスープが欲しい……いや、その前に肉が食べたい。
「ここからが問題ね」
「はい。あの辺りも結界が緩んでいるので侵入が可能ですから」
「この先は敵がうろついている可能性が高いのだな」
「仰る通りです」
あちらにも魔術師はいるだろうから、もしかすると結界の要を探して破壊しようと考えているかもしれない。狙うなら今が好機だろう。
「アンジェ、提案なのだが……」
考え込んでいた私にオーリー様が声をかけてきた。
「はい?」
「二番目と新しく作る要をまとめて片付けてしまいたいんだ」
「まとめてですか?」
「ああ。これだけ近付けば追加しても交換しても直ぐに知れてしまうだろう。どちらを先にしても、気付かれれば追われるのは必須だ」
「確かに、そうですが……」
相手に魔術師がいれば気付かれる可能性は高い。六番目以降はかなりの距離があるからわかり難いけれど、これだけ近いと力のある魔術師は気付くだろう。ううん、もしかしたら既に気付いているかもしれない。
「先に新しい結界の要を作る。魔石に魔力を込める直前で止めて、私は二番目の魔石の交換に行く。結界の魔力を感じたらアンジェは魔石に魔力を流して欲しいんだ。それで新しい要が稼働して結界の修復は完成だ」
確かにその方が敵に気付かれにくく、楽に終わらせることが出来るだろう。でも、離れるなんて考えていなかったから不安が残る。離れている間にオーリー様が体調を崩したら? もしくは怪我をしたら? 私以外に治癒魔術を使える者がいないのに。
(大丈夫かしら……)
今のところ何も問題がなさそうに見えるオーリー様だけど、敵に見つかったら? 王子としての立場は健在で、もし敵に見つかればただでは済まないだろう。そのことも不安をより育てる要因になった。
「敵兵の姿が見えます」
翌朝、新しく魔石を設置する場所を求めて進むと、アルノーが斜面の下を指さした。その先にいたのは獣道を歩く二人で進む隣国の兵士で、偵察中だろうか。
「この先は見通しがよくなります。迂回しましょう」
「そうね」
アルノーの提案に私たちは藪の中へと紛れた。馬が疲れるけれど今日が正念場だから仕方がない。疲労が溜まってきているけれど高揚感もあってか身体が重く感じることはなかった。
「この辺か……」
一刻ほど進んだ先で、オーリー様が周囲を見渡しながらそう言った。結界の魔力の流れを辿っているのだろう。私にもこの辺りの魔力の薄さを微かに感じた。
「ああ、この岩がよさそうだな」
そう言うとオーリー様は地面からむき出している大きめの岩の前に立った。オーリー様の背の半分もない何の変哲もない岩だけど、結界の要にするには十分だろう。
オーリー様が岩の中央部分に触れて魔力を流すと、岩の真ん中に穴が開いた。初期の攻撃魔術を二つ組み合わせて穴をあけたのが分かった。同時に二属性を発生させるのは初級魔術とはいえ簡単ではない。
これを新しい結界の要にするのだけど、そのためには魔石に結界の術式を入れる必要がある。目を閉じたオーリー様が魔力を練り始めた高度な結界術のそれは、さすが上級魔術と言える緻密さだった。
(凄い、綺麗……)
練り上げられた魔力は空中できらきらと光を帯びて魔法陣として浮かび上がった。オーリー様が練った金色と青の魔力の繊細なそれは芸術品のようだ。これは魔術師として訓練した者しか見えないから、エリーたちには何をしているかわからないだろう。
「アンジェ、この魔法陣を結界で包んで」
「包む?」
「ああ、包むだけならアンジェでも出来るだろう?」
「えっと、はい」
確かにオーリー様が作った魔法陣を包むだけなら初級魔術なので私でも可能だ。言われた通りに結界で包むと、それは魔石のすぐ近くに留まった。
「後は結界に私の魔力が流れるのを感じたら結界を解くんだ。そうすれば魔石にこの魔法陣が固定され、この岩が結界の要になるから」
「わかりました」
後はオーリー様が新しい結界の要を作るだけだ。ここで私たちは少し早いけれど昼食を取ることにした。今回も干し肉と干し芋と水だけど、こんな食事もこれが最後だ。結界さえ修復出来れば肉を焼くことも出来る。食後、私は全員に治癒魔術をかけた。ここからは二手に分かれるから、万が一に備えて万全の態勢で挑みたかった。
「アンジェ。必ず戻るから、待っていて欲しい」
私の手を取ってオーリー様が真剣な表情でそう言うと、エドガール様とアルノーを従えて二番目の魔石に向かった。
(どうかご無事で)
木々の間に消えていく後ろ姿を見送りながら、私は無事の再会を心から祈った。
十四か所ある結界の要のうち、欠けているのは二番目と六番目から九番目の五ケ所で、距離がある二番目と三番目の間に補強として一か所追加することになった。二番目は隣国の砦から近いので最後にして、九番目から六番目へと移動しながら置き換えを進めた。
屋敷を発ってから十六日が経った。幸いにも六番目から九番目までは順調に進んだ。野営場所にテントを立てている間にアルノーが周囲の偵察に向かった。ここは二番目の要に向かう途中だ。
「敵兵が砦に集まっているようです」
戻ってきたアルノーの報告を、焚火を囲いながら私たちは聞いた。今夜の夕食は干し肉と干し芋、私とエリーがとってきたフレレの実だ。肉を焼けば臭いや煙で敵に知れるので、ここ数日はこれだけだった。そろそろパンやスープが欲しい……いや、その前に肉が食べたい。
「ここからが問題ね」
「はい。あの辺りも結界が緩んでいるので侵入が可能ですから」
「この先は敵がうろついている可能性が高いのだな」
「仰る通りです」
あちらにも魔術師はいるだろうから、もしかすると結界の要を探して破壊しようと考えているかもしれない。狙うなら今が好機だろう。
「アンジェ、提案なのだが……」
考え込んでいた私にオーリー様が声をかけてきた。
「はい?」
「二番目と新しく作る要をまとめて片付けてしまいたいんだ」
「まとめてですか?」
「ああ。これだけ近付けば追加しても交換しても直ぐに知れてしまうだろう。どちらを先にしても、気付かれれば追われるのは必須だ」
「確かに、そうですが……」
相手に魔術師がいれば気付かれる可能性は高い。六番目以降はかなりの距離があるからわかり難いけれど、これだけ近いと力のある魔術師は気付くだろう。ううん、もしかしたら既に気付いているかもしれない。
「先に新しい結界の要を作る。魔石に魔力を込める直前で止めて、私は二番目の魔石の交換に行く。結界の魔力を感じたらアンジェは魔石に魔力を流して欲しいんだ。それで新しい要が稼働して結界の修復は完成だ」
確かにその方が敵に気付かれにくく、楽に終わらせることが出来るだろう。でも、離れるなんて考えていなかったから不安が残る。離れている間にオーリー様が体調を崩したら? もしくは怪我をしたら? 私以外に治癒魔術を使える者がいないのに。
(大丈夫かしら……)
今のところ何も問題がなさそうに見えるオーリー様だけど、敵に見つかったら? 王子としての立場は健在で、もし敵に見つかればただでは済まないだろう。そのことも不安をより育てる要因になった。
「敵兵の姿が見えます」
翌朝、新しく魔石を設置する場所を求めて進むと、アルノーが斜面の下を指さした。その先にいたのは獣道を歩く二人で進む隣国の兵士で、偵察中だろうか。
「この先は見通しがよくなります。迂回しましょう」
「そうね」
アルノーの提案に私たちは藪の中へと紛れた。馬が疲れるけれど今日が正念場だから仕方がない。疲労が溜まってきているけれど高揚感もあってか身体が重く感じることはなかった。
「この辺か……」
一刻ほど進んだ先で、オーリー様が周囲を見渡しながらそう言った。結界の魔力の流れを辿っているのだろう。私にもこの辺りの魔力の薄さを微かに感じた。
「ああ、この岩がよさそうだな」
そう言うとオーリー様は地面からむき出している大きめの岩の前に立った。オーリー様の背の半分もない何の変哲もない岩だけど、結界の要にするには十分だろう。
オーリー様が岩の中央部分に触れて魔力を流すと、岩の真ん中に穴が開いた。初期の攻撃魔術を二つ組み合わせて穴をあけたのが分かった。同時に二属性を発生させるのは初級魔術とはいえ簡単ではない。
これを新しい結界の要にするのだけど、そのためには魔石に結界の術式を入れる必要がある。目を閉じたオーリー様が魔力を練り始めた高度な結界術のそれは、さすが上級魔術と言える緻密さだった。
(凄い、綺麗……)
練り上げられた魔力は空中できらきらと光を帯びて魔法陣として浮かび上がった。オーリー様が練った金色と青の魔力の繊細なそれは芸術品のようだ。これは魔術師として訓練した者しか見えないから、エリーたちには何をしているかわからないだろう。
「アンジェ、この魔法陣を結界で包んで」
「包む?」
「ああ、包むだけならアンジェでも出来るだろう?」
「えっと、はい」
確かにオーリー様が作った魔法陣を包むだけなら初級魔術なので私でも可能だ。言われた通りに結界で包むと、それは魔石のすぐ近くに留まった。
「後は結界に私の魔力が流れるのを感じたら結界を解くんだ。そうすれば魔石にこの魔法陣が固定され、この岩が結界の要になるから」
「わかりました」
後はオーリー様が新しい結界の要を作るだけだ。ここで私たちは少し早いけれど昼食を取ることにした。今回も干し肉と干し芋と水だけど、こんな食事もこれが最後だ。結界さえ修復出来れば肉を焼くことも出来る。食後、私は全員に治癒魔術をかけた。ここからは二手に分かれるから、万が一に備えて万全の態勢で挑みたかった。
「アンジェ。必ず戻るから、待っていて欲しい」
私の手を取ってオーリー様が真剣な表情でそう言うと、エドガール様とアルノーを従えて二番目の魔石に向かった。
(どうかご無事で)
木々の間に消えていく後ろ姿を見送りながら、私は無事の再会を心から祈った。
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