上 下
63 / 107

夜会の準備

しおりを挟む
 オーリー様との婚約を披露するから夜会に来るように言われたけれど、本当に大丈夫なのかと不安になった。ベルクール公爵の動きがわからない。エマ様を領地に置いてきたままだし、そもそも私たちが王都にいることも知らない筈……

「オーリー様、こんな時期に夜会になど出て大丈夫なのですか?」

 私はまだしも、狙われているオーリー様が表に出て大丈夫なのだろうか。そりゃあアデル様の元にいれば公爵も手を出しにくいだろうけど、またよからぬことを企んだりはしないだろうか。

「大丈夫だよ、アンジェ。私が夜会に出るのは父上のご意向だ。警備はしっかり見てくれると約束して下さったから、アンジェが危険な目に遭うことはないよ」

 そう言ってオーリー様が重ねて大丈夫だと言ったけれど、私が心配しているのはオーリー様であって我が身ではない。今だって毒を処方されている状態なのに、元気な姿で表に出てしまっていいのだろうか。そうは思うのだけど、陛下のご意向だと言われれば異を唱えるわけにもいかない。
 
 私が不安を抱えている間に、屋敷にドレスが届いた。

「ええっ? これを、私に?」

 デザイナーが取り出したのは、青みがかった銀色の生地に金とローズ色の刺繍やレースがあしらわれたドレスだった。銀はオーリー様の、ローズ色は私の色で、金は私たちの瞳の色だ。最近は背中が広く開いたデザインが流行りらしいけど、幸いにもこれは露出控えめで無駄にスカートも広がっていない。オーソドックスな形だったのは幸いだった。
 オーリー様の衣装も同じ配色で、少々合わせ過ぎではないだろうか。生地もレースも刺繍も見ただけで一級品だとわかる出来で、こんなに高級なドレスを着るのは初めてだ。いや、真っ当にドレスを着たことがないのだけど……汚したり粗相をしたりしないか不安になってきた。

「まぁ、いい感じに仕上がったわね」
「アデル様からご依頼があった時は地味ではないかしらと心配しましたが……なるほど、このデザインならご令嬢の髪色がとても映えるでしょう」
「ふふ、思った通りね。アンジェの髪は綺麗なピンク色だから、ドレスも同じ色だと軽くなりすぎると思ったのよ。少し重厚な感じの方が品よく見えるわ」
「ええ、ええ。さすがはアデル様ですわ」

 アデル様とデザイナー、侍女たちがはしゃいでいる横で、私は顔が引き攣るのを抑えられなかった。こんな高価そうなドレスを着こなせる自身がない。絶対にドレスに着られる風に見えるだろう。嬉しいけど、もう少し普通のものでいいのだけど……

「これは……アンジェが着るのが楽しみだな」
「……」

 オーリー様まで嬉しそうに衣裳を眺めていたけれど、私は夜会に早くも怖気づいていた。夜会はデビュタントの時に出たことがあるけれど、それ一度きりだ。あの時も最低限の挨拶を済ませるとすぐに帰ってしまったから、よくわからないうちに終わってしまったという感じだった。そんな私が夜会に、それもオーリー様の婚約者として出て大丈夫なのだろうか……

「アンジェ? どうかした?」
「……え? あ、いえ、何でも……」
「何でもないって表情じゃないよ? 何か不安でも?」

 オーリー様が覗き込むようにそう尋ねてきた。その近さにまた心臓が跳ねた。最近こんなことが増えている気がする。何だと言うのだ……

「い、いえ……その、夜会に出るのは初めてのようなものなので、大丈夫なのかな、と……」
「え?」

 驚かれてしまったけれど、それも無理もない。辺境伯家の子女だったら、私の年には結婚している者も多いし、夜会だって何度も出ているものだ。

「……そう言えば、アンジェは公式の場は避けていたものね」
「はい」

 アデル様はお祖母様と親しくてその辺の事情をご存じだった。父との確執も、母の学園時代の浮名もあって、私は夜会や舞踏会への出席をいつも断っていた。

「そう、か……」
「申し訳ありません、オーリー様。もしかしたら夜会で恥をかかせてしまうかもしれません……」
「そんなことは気にしないけれど……そう、だな。時間があまりないけれど、不安なところがあるなら今のうちに何とかしよう」
「え?
 な、何とかって……」
「そうね。まだ日はあるわ。マナーでもダンスでも、一通りおさらいするところから始めましょうか」
「そうですね。私も社交に出るのは五年ぶりですし。アンジェ、一緒にやろう」
「ええっ?」

 何故かやる気になったオーリー様に、アデル様も賛同してしまった。

「そうと決まったら、明日にでもマナーやダンスの講師を呼びましょう」
「お願いします」
「え? ええっ?」

 何だか知らない間に話が進んでしまい、私は目を白黒させるしか出来なかった。

 結局、その翌日から夜会の前日まで、マナーやダンス、会話術などをオーリー様と習うことになったけれど、日がなかったせいで厳しいものになったのは言うまでもなかった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

完結・私と王太子の婚約を知った元婚約者が王太子との婚約発表前日にやって来て『俺の気を引きたいのは分かるがやりすぎだ!』と復縁を迫ってきた

まほりろ
恋愛
元婚約者は男爵令嬢のフリーダ・ザックスと浮気をしていた。 その上、 「お前がフリーダをいじめているのは分かっている! お前が俺に惚れているのは分かるが、いくら俺に相手にされないからといって、か弱いフリーダをいじめるなんて最低だ! お前のような非道な女との婚約は破棄する!」 私に冤罪をかけ、私との婚約を破棄すると言ってきた。 両家での話し合いの結果、「婚約破棄」ではなく双方合意のもとでの「婚約解消」という形になった。 それから半年後、私は幼馴染の王太子と再会し恋に落ちた。 私と王太子の婚約を世間に公表する前日、元婚約者が我が家に押しかけて来て、 「俺の気を引きたいのは分かるがこれはやりすぎだ!」 「俺は充分嫉妬したぞ。もういいだろう? 愛人ではなく正妻にしてやるから俺のところに戻ってこい!」 と言って復縁を迫ってきた。 この身の程をわきまえない勘違いナルシストを、どうやって黙らせようかしら? ※ざまぁ有り ※ハッピーエンド ※他サイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 小説家になろうで、日間総合3位になった作品です。 小説家になろう版のタイトルとは、少し違います。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

処理中です...