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陛下の書簡と王都の事情

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 陛下からの書簡は、エドガール様の話を裏付ける内容だった。ベルクール公爵が派閥の貴族たちを集め、ルシアン殿下の暗殺を計画しているというのだ。彼らはルシアン殿下の死後、生まれたばかりの王子殿下を廃し、オードリック様を擁立しようと計画しているらしい。これは国家反逆罪か内乱罪にもなる重罪だろう。

「陛下は既に動かれているのだな?」
「はい」
「では、ベルクール公爵たちを?」
「陛下が何をお考えなのかはわかり兼ねます。しかし陛下は、今殿下の身柄が彼らの手に渡れば何を要求してくるかわからないと。陛下は強い危惧を持たれていらっしゃいます」
「なるほど。それでオードリックの保護を我が家に、と」
「はい。どうか殿下にお力添えをお願い致します」

 エドガール様が深々と頭を下げ、オードリック様を心から案じているのが伝わってきた。

「……暫くは賑やかになりそうね」

 お祖母様がそう言うとエドガール様が苦しそうな表情をしたけど、お祖母様がそう言うのなら了承したのも同じだ。お祖父様も隣で頷いているし。
 でも、確かにオードリック様が公爵に囲われてしまえば、陛下も手を出しにくいだろうなと思った。以前のバイタリティ溢れる殿下ならいざ知らず、今は直ぐに熱を出してしまう有様だ。これでは公爵の言いなりになってしまう可能性が高い。

「うむ。お預かりしている間に後遺症の治療も、との御心積もりだろう。うちにはアンがいる」
「私、ですか?」

 まさかこんな政争の話に、自分の名が出てくるとは思わなかった。

「何を言っている。アンは魔術科を首席で卒業したじゃろうが。しかも治癒魔術が専門だ」
「陛下はそんなことまでご存じでしたの?」
「希少な魔術師のことは王家も常に気にしているものよ」
「そ、そうですか」

 学園では地味に目立たないように過ごしていただけに、陛下の目に留まっているとは思わなかった。

「近々陛下は、アンとオードリック殿下の婚姻を公表するそうだ」
「ええっ?」

 このタイミングで公表されれば、我が家への風当たりが強くなり過ぎないだろうか。

「陛下は……五年経っても回復しない殿下を王籍には置いておけないと。療養を兼ねて我が家に婿入りという形で身柄を預けると、そういう筋書きにするそうだ」
「……そうですか」

 確かに五年経っても回復しないオードリック様を王籍に留めておくのはリスクがある。傀儡にしようとする者が現れる可能性もあるし、今まさにその状況になりつつある。早々に王籍から抜いて王都からも離したかったのだろう。ここにはお祖母様がいるので、ベルクール公爵でも簡単に手は出せないし、誘拐しようにも鬼の峠があるから連れ出すのも簡単ではない。



 部屋に戻ると、エリーにお茶を淹れて貰った。オードリック様の事情は分かったけれど、じゃぁ納得したかと言えばそれは別の話だ。

「本当に結婚するのかよ?」

 お茶の香りを吸い込んで気持ちを落ち着かせようとしたら、ジョエルが声をかけてきた。

「するしかないんじゃない? 王命だし」
「そりゃあ、まぁ……」

 さすがにジョエルも王命と言われると異を唱えることはしなかった。

「しっかし、面倒なことになったなぁ。陛下もベルクール公爵なんてさっさと捕らえちまえばいいのに」
「それが簡単に出来ないからこうなっているんじゃない。公爵が国と王家のためで私心はないといって、それを支持する貴族がいたら陛下も無下には出来ないのよ」

 私だってさっさと捕まえてしまえばいいのにと思うけど、それが簡単ではないから厄介なのだ。それに公爵だって用意周到に準備している筈。そう簡単に証拠なんか残さないだろう。

(それにしても、まさか政争に巻き込まれるなんて……)

 正直言って、自分がそんな立場になるなんて思った事もなかった。そりゃあ、オードリック様が婿入りして下されば、私は後継者としてここにいられるという意味では有難い。いつかはここを出ていかなければならないと思いながら暮らすのは、先の見通しも立てられず苦しいから。
 だけど婚姻が公表されれば、父は自分を差し置いて私が後継者になることに異議を申し立ててくるだろう。父が狙っているのはお祖父様が亡くなった後、私を追い出して自分以外に後継者がいない事を盾に当主になる展開だ。王命での結婚を無視した父は王家に後継と認められていないが、母や後妻との結婚の時のように既成事実で押し通すつもりなのだ。

(これからはベルクール公爵と父、両方を気にかけなければならないなんて……)

 そう思うとため息しか出てこない。オードリック様が戦力になるくらいに回復しているなら協力し合う事も出来るけど、今の状況ではそれも難しいだろう。

(とにかく、熱が下がったら一度お話しないと)

 当のオードリック様がどうお考えなのか、どうしたいのか。それも聞いてみないことには私の方針も決められない。こうなっては一日も早い回復を祈るばかりだった。



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