6 / 107
王都を出発?
しおりを挟む
それからは変わりない日々が続いた。隣国や魔獣も大人しいし、天気も問題ない。このまま穏やかに日が過ぎて欲しいと思っていたが、五日後に再びお祖父様に呼ばれた。
「は? オードリック様が、既にこっちに向かっている?」
お祖父様から聞いた話は、またしても予想の斜め上をぶっちぎる話だった。隣国の奇襲攻撃よりもインパクトがあるんだけど……もう乾いた笑いしか出てこなかった。お祖母様も同じらしく、目が合うと肩をすくめていた。
「あの書簡を出した日、王都を出発されていたらしい」
「何ですか、その今更な話は……」
「うちの諜報部の情報だ。家紋のない馬車がこちらに向かっているらしい。乗っている人物の様子からして、殿下とその従者の可能性が高いとのことだ」
「はぁ……」
どうやら王家は我が家を軽く見ているらしい。いきなり王子が現れたら我が家がどれほど混乱するかわかっていないだろう。それとも、お祖母様がいるから何とかなると思っているのだろうか。そりゃあ、お祖母様ならオードリック様が何をやっても何とかしそうだけど。
「王家への問い合わせは?」
「ようやく王都に着くかどうか、だろうな」
ここから王都までは馬車で十日、早馬でも七、八日かかる。となれば返事が来るのはまだまだ先の話だろう。
「それで、どうなさるのですか?」
「急に来られても困るから、受け入れる準備だけはしておくしかあるまい」
「そうね。あとで客間を準備させるわ。それとも離れの方がいいかしら?」
「こちらに来る体力があるのなら客間でもいいのではないか?」
「でも、着いた途端に寝込むかもしれませんわ」
確かに健康な者でもここへ来るのはきついだろう。特に隣の領地との境の峠は道が悪いし、簡素な宿しかないから余計に疲労が溜まる。今のところ長雨はないので崩れたりはしていないだろう。そこは幸いかもしれない。道を整備したいけど、それをする費用がないので手が付けられないのだ。
「面倒ね、それなら離れにでも放り込んでおきましょうか」
「う、うむ……」
「客間は改装中とでも言っておけばいいわ。急に来る方が問題なんだから」
お祖母様はそう言って方針を決めてしまった。お祖父さまは何か言いたげだったけれど、結局何も言わなかった。屋敷のことも王家のことも、お祖母様の管轄だと思ったのだろう。
「それにしても、婚約もまだなのにいきなり押しかけてくるなんて、どういう了見なのかしら」
お祖母様が眉を顰めながらそう言った。確かに婚姻は命じられたけれど、具体的な話はまだない。婚約式はどうするのか、王都に行かなければならないのかもわからないのに、いきなり当人がやって来るなんて。来るのはいいけど、帰るのも大変だってわかっているのだろうか。
「早ければ三日ほどで着くだろう。一応その心積もりでいてくれ」
「わかりました」
そう言われても私にやることは殆どない。屋敷のことはお祖母様の管轄だし、何だか楽しそうにしているのでそっとしておくことにした。
「とまぁ、そういう訳で近々来るそうよ」
「はぁあ?!」
「……そうですか」
部屋に戻ってエリーとジョエルに伝えると、二人はそれぞれの反応を示した。エリーの場合は呆れ九割と言った感じだろうか。
「何しに来るんだ?」
「さぁ?」
「さぁって……お前のことだろうが?」
「そう言われても、何しに来るかわからないんだから仕方ないじゃない」
「婚約前の顔合わせ、とか?」
「それこそ尚のこと、事前に連絡するものでしょう?」
「そ、そうだよな……」
さすがにジョエルもマナー違反なのは理解していたけど、本当に何しに来るのか不思議でしかなかった。もしかして療養をここで継続、って事だろうか。
でも、悪いけどここは裕福じゃないし、王都より寒いし医者も少ない。そりゃあ、私は治癒魔術を使えるけど……
「もしかして……私の治癒魔術狙い?」
「ああ?」
「確かに、アンの治癒力は高いものね」
「きっとそうなのよ。さすがにそれは思いもしなかったわ」
婚姻するならもう回復したのだろうと考えていたけれど、なるほど、私の治癒力を当てにして療養させるつもりなのかもしれないし、それなら合点がいく。さすがに理由もなく我が家に滞在させるのも外聞が悪いから、婚姻させるとの名目にしたのかもしれない。
王家としてはオードリック様を王都から追い出したいし療養も必要、そして後継者問題が燻ぶる我が家にオードリック様を使って私を後継と示せば、我が家に恩が売れる。こういうところだろうか。そんなことで我が家は恩を感じたりはしないけど、そう考えているのなら納得だ。
でも、お祖母様にその事を話すと、それはないだろうと否定的だった。王都にはいくらでも治癒師はいるし、治癒師が必要な時期はもう過ぎているだろうというのがお祖母様の考えだった。確かに治癒魔術は身体が対象で、精神的なものは治せない。
「それじゃ、一体何のために……」
結局王家が何をしたいのかは、彼が到着するまでわかりそうになかった。
「は? オードリック様が、既にこっちに向かっている?」
お祖父様から聞いた話は、またしても予想の斜め上をぶっちぎる話だった。隣国の奇襲攻撃よりもインパクトがあるんだけど……もう乾いた笑いしか出てこなかった。お祖母様も同じらしく、目が合うと肩をすくめていた。
「あの書簡を出した日、王都を出発されていたらしい」
「何ですか、その今更な話は……」
「うちの諜報部の情報だ。家紋のない馬車がこちらに向かっているらしい。乗っている人物の様子からして、殿下とその従者の可能性が高いとのことだ」
「はぁ……」
どうやら王家は我が家を軽く見ているらしい。いきなり王子が現れたら我が家がどれほど混乱するかわかっていないだろう。それとも、お祖母様がいるから何とかなると思っているのだろうか。そりゃあ、お祖母様ならオードリック様が何をやっても何とかしそうだけど。
「王家への問い合わせは?」
「ようやく王都に着くかどうか、だろうな」
ここから王都までは馬車で十日、早馬でも七、八日かかる。となれば返事が来るのはまだまだ先の話だろう。
「それで、どうなさるのですか?」
「急に来られても困るから、受け入れる準備だけはしておくしかあるまい」
「そうね。あとで客間を準備させるわ。それとも離れの方がいいかしら?」
「こちらに来る体力があるのなら客間でもいいのではないか?」
「でも、着いた途端に寝込むかもしれませんわ」
確かに健康な者でもここへ来るのはきついだろう。特に隣の領地との境の峠は道が悪いし、簡素な宿しかないから余計に疲労が溜まる。今のところ長雨はないので崩れたりはしていないだろう。そこは幸いかもしれない。道を整備したいけど、それをする費用がないので手が付けられないのだ。
「面倒ね、それなら離れにでも放り込んでおきましょうか」
「う、うむ……」
「客間は改装中とでも言っておけばいいわ。急に来る方が問題なんだから」
お祖母様はそう言って方針を決めてしまった。お祖父さまは何か言いたげだったけれど、結局何も言わなかった。屋敷のことも王家のことも、お祖母様の管轄だと思ったのだろう。
「それにしても、婚約もまだなのにいきなり押しかけてくるなんて、どういう了見なのかしら」
お祖母様が眉を顰めながらそう言った。確かに婚姻は命じられたけれど、具体的な話はまだない。婚約式はどうするのか、王都に行かなければならないのかもわからないのに、いきなり当人がやって来るなんて。来るのはいいけど、帰るのも大変だってわかっているのだろうか。
「早ければ三日ほどで着くだろう。一応その心積もりでいてくれ」
「わかりました」
そう言われても私にやることは殆どない。屋敷のことはお祖母様の管轄だし、何だか楽しそうにしているのでそっとしておくことにした。
「とまぁ、そういう訳で近々来るそうよ」
「はぁあ?!」
「……そうですか」
部屋に戻ってエリーとジョエルに伝えると、二人はそれぞれの反応を示した。エリーの場合は呆れ九割と言った感じだろうか。
「何しに来るんだ?」
「さぁ?」
「さぁって……お前のことだろうが?」
「そう言われても、何しに来るかわからないんだから仕方ないじゃない」
「婚約前の顔合わせ、とか?」
「それこそ尚のこと、事前に連絡するものでしょう?」
「そ、そうだよな……」
さすがにジョエルもマナー違反なのは理解していたけど、本当に何しに来るのか不思議でしかなかった。もしかして療養をここで継続、って事だろうか。
でも、悪いけどここは裕福じゃないし、王都より寒いし医者も少ない。そりゃあ、私は治癒魔術を使えるけど……
「もしかして……私の治癒魔術狙い?」
「ああ?」
「確かに、アンの治癒力は高いものね」
「きっとそうなのよ。さすがにそれは思いもしなかったわ」
婚姻するならもう回復したのだろうと考えていたけれど、なるほど、私の治癒力を当てにして療養させるつもりなのかもしれないし、それなら合点がいく。さすがに理由もなく我が家に滞在させるのも外聞が悪いから、婚姻させるとの名目にしたのかもしれない。
王家としてはオードリック様を王都から追い出したいし療養も必要、そして後継者問題が燻ぶる我が家にオードリック様を使って私を後継と示せば、我が家に恩が売れる。こういうところだろうか。そんなことで我が家は恩を感じたりはしないけど、そう考えているのなら納得だ。
でも、お祖母様にその事を話すと、それはないだろうと否定的だった。王都にはいくらでも治癒師はいるし、治癒師が必要な時期はもう過ぎているだろうというのがお祖母様の考えだった。確かに治癒魔術は身体が対象で、精神的なものは治せない。
「それじゃ、一体何のために……」
結局王家が何をしたいのかは、彼が到着するまでわかりそうになかった。
89
お気に入りに追加
2,676
あなたにおすすめの小説
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
嘘を囁いた唇にキスをした。それが最後の会話だった。
わたあめ
恋愛
ジェレマイア公爵家のヒルトンとアールマイト伯爵家のキャメルはお互い17の頃に婚約を誓た。しかし、それは3年後にヒルトンの威勢の良い声と共に破棄されることとなる。
「お前が私のお父様を殺したんだろう!」
身に覚えがない罪に問われ、キャメルは何が何だか分からぬまま、隣国のエセルター領へと亡命することとなった。しかし、そこは異様な国で...?
※拙文です。ご容赦ください。
※この物語はフィクションです。
※作者のご都合主義アリ
※三章からは恋愛色強めで書いていきます。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?
【完結】お前なんていらない。と言われましたので
高瀬船
恋愛
子爵令嬢であるアイーシャは、義母と義父、そして義妹によって子爵家で肩身の狭い毎日を送っていた。
辛い日々も、学園に入学するまで、婚約者のベルトルトと結婚するまで、と自分に言い聞かせていたある日。
義妹であるエリシャの部屋から楽しげに笑う自分の婚約者、ベルトルトの声が聞こえてきた。
【誤字報告を頂きありがとうございます!💦この場を借りてお礼申し上げます】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる