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王配の決定

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 それからの私たちの動きは早かった。直ぐに父に奏上すると、父はレッツェルからの要請が来る前にハンクを正式に王配にすると決めた。早いもので奏上した三日後、父が重鎮と五大公爵家の当主を呼んで正式に宣言し、各国に通達を出してしまった。ブランゲ公爵だけが異議を唱えたが、他の四公爵家が支持している以上、どうにもならなかった。

 そのブランゲ公爵と妹のイルゼ夫人はレッツェルと裏取引していた容疑で拘束され、取り調べが行なわれた。実際、王に事前相談もなく他国の王と交渉したことは越権行為に当たり、カールが掴んだ情報がその証拠になった。カールは父親を嫌っていたし、長男のライナルト殿も父とイルゼ夫人の暴走に手を焼いていただけに、捜査には非常に協力的だった。そのお陰でかなり有力な証拠が手に入った。




 ハンクが王配に決まってから一月が過ぎた。
 あの後、レッツェル国には父が使節団を送り、王配がハンクに決まったこと、ブランゲ公爵が背信行為で捕まったことを伝えた。ブランゲ公爵に関して何か知らないかと問いただしたところ、レッツェルは何も知らないと答えたという。

「あちらはブランゲ公爵が陛下に許可を得ず王子の婿入りを打診していたことを知らなかったようですよ。この話をしたところ、随分と慌てておられましたからね」

 そう言って小首をかしげて笑みを浮かべたのはカールだった。ここは温室で、今日もまたハンクと三人でお茶をしているところだ。
 彼は使節団の一因としてレッツェルを訪問していて、今日はその報告のための茶会だった。彼は移り気で軽薄そうに見えるが、それは好奇心の強さの表れでもあるのだろう。レッツェル訪問は相当楽しかったようで、たくさんの土産の品と共に話も尽きなかった。

「レッツェルはブランゲ公爵たちの行動を、他愛もない世間話と流しました」
「事実上、切り捨てられたわけですね」
「そうなりますねぇ。ハンクが圧倒的な支持を得ているだけに、王子を送り込んでも成功する確率は低かったでしょう。あくまでも予想ですが、向こうはハンクに媚薬でも盛って令嬢を襲わせ、それで王配候補から引きずり下ろすつもりだったんでしょう」
「残念ながら、母上と伯父上ならやりかねないな」

 カールの予想にハンクが苦々しい表情で同意した。全くブランゲ兄妹はどういう倫理観の持ち主なのだ。
 いや、既にその手法は実践済みだった。イルゼ夫人が結婚間近の公爵に媚薬を使って既成事実を作り、それを盾に妻の座に収まったのは有名な話だ。証拠がなかったから罪に問う事も出来ず、ダールマイヤー公爵は渋々イルゼ夫人を娶ったが、その時には既に婚約者だった女性のお腹にはレナート殿がいた。さすがにイルゼ夫人のやり方を当時の国王だった祖父は不快に思い、婚約者を第二夫人として認めてしまったのだ。

「媚薬の所持はそれだけで犯罪です。父の部屋からは媚薬が出て来たので、厳罰は避けられないでしょうね」

 そう言うカールは上機嫌だった。昔から嫌っていた父とイルゼ夫人をようやく追い落とせたことが嬉しいのだろう。彼はその見目からイルゼ夫人に気に入られて、随分苦労したのだという。彼の享楽的で刹那的な態度は、その影響だとも。

「これでアリーセ様の治世の憂いが一つなくなりましたね」
「そうだな。ライナルト殿は話の通じる常識のある御仁だからその方がありがたい。それに、ダールマイヤー公爵家の後継問題も片付くのだろう?」
「ええ、父はようやく兄とルチア殿を屋敷に呼び寄せられると喜んでいるでしょう」
「イルゼ夫人がいなければ、幸せにお暮しだったでしょうからね」

 これまで二十年余り、ルチア殿とレナート殿は耐え忍ぶ日々を送っていた。陛下に第二夫人と認められても、苛烈で自己中心的なイルゼ夫人は何度も彼らを害しようとしていたのだ。その恐怖はどれほどのものだったかと思うと、夫人とそれを後押ししたブランゲ公爵の罪は計り知れない。

「まぁ、政局的な話はここまでにして。アリーセ様、どうかハンクをよろしくお願いします。ちょっと重たい、いえ、かなり鬱陶しくて厄介な奴ですが、アリーセ様を思う気持ちはだれにも負けませんから」

 そう言ってカールに頭を下げられてしまったが、何だか言葉が不穏でどういうことかと問い詰めたくなった。

「さて、私の報告は以上です。では、後はお二人でどうぞ。じゃ、ハンク、後は頼んだよ」

 そう言って優美に一礼すると、カールは温室を出て行ってしまった。ハンクと二人きりで残されたことに気恥ずかしさが押し寄せてきた。何というか、最近は二人でいると居心地が悪い。彼が王配になるのはほぼ確定だと言われているが、彼が嫌なわけではない。ないのだけど、以前のように気楽に話せない自分がいた。

「アリーセ様」
「な、何だ?」

 視線を向けられ名を呼ばれただけなのに、声が上ずってしまっただろうか。どうにも落ち着かないこの感情に明確な名を付ける勇気はまだなかった。何かが変わるような気がして、自分が保てなくなりそうな気がしてならなかった。



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