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破綻する二人

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 父の元を辞した後、私たちは元いた応接室に向かった。結局何も変わらずにいる父に虚しさが込み上げてきて軽い吐き気すら感じていた。昨日までいた森の清々しい空気が恋しい。

「どうして!? 何でそんなこと言うの!!」

 応接室にあと少しというところで、ミレーヌの叫び声が聞こえた。また癇癪を起しているらしい。ジョセフ様が時々様子を手紙で知らせてくれるけれど、ロイとの関係が怪しくなっているというのは本当らしい。

「しっかりしてよロイ! 幸せにしてくれるって言ったのに!!」

 どうやらロイに対しての不満を垂れ流しているらしい。そんなことを言っても、ロイを選んで出て行ったのはミレーヌなのに。

「何を騒いでいるんだよ、ミレーヌ。大きな声を出すなよ。みっともない」

 前を歩いていたエドモンがドアを開けるなり苦言を呈した。ここの使用人は事情を知らない者もいるのだから勘弁してほしい。領地でつまらない噂が流れるのは領民との関係にも影響してくるのだから。

「エ、エドモン……」

 私たちの姿にミレーヌが目と口を開けてこちらを見ていた。その向こうではロイがうつむいたまま両手を握りしめている。詳しいことはわからないけれど、ミレーヌが一方的にロイを責めたのだろう。平民の彼は何も言い返せないのだろう。元より穏やかで優しい性格らしいから、こんな言い合いにも慣れていないのかもしれない。

「だ、だって……」
「だってもじゃない。いい加減にわきまえろよ」
「な、何よ、わきまえろって……」

 エドモンの声には家族の情が感じられなかった。双子は結びつきが強いと言われるけれど、この二人の間にそれはない。きっかけは父だけど、それを確実にしたのはミレーヌだ。エドモンが私よりも辛辣なのは、その結びつきを一方的に断ち切られたからだろうか。だったらエドモンの傷は私よりも深いのかもしれない。

「な……何で私ばっかり!! エドモンもお姉様も格上の家に入って幸せになっているのに!! 何で私だけ貧乏くじなのよ!!」

 しんと静まり返った中で、何かが壊れた音がした気がした。それは二度と元に戻らない大切な物のような気がした。

「ミレーヌ様……」
「ミレーヌ、お前……」

 ロイとエドモンがミレーヌの名を口にしたのはほぼ同時だったけれど、その表情は違っていた。今にも泣きそうなロイと侮蔑を隠しもしないエドモンに、ミレーヌはハッと気づいたように口元に手を当てた。

「ミレーヌ様、申し訳ございません……」

 深々とロイは頭を下げ、そのまま止まった。

「え? ロ、ロイ……あの、今のは……」

 かしこまった態度を取られたミレーヌはさすがに何かを感じ取ったらしい。それは歓迎すべきものではないように思えた。

「私の力不足です。ミレーヌ様をお支えし切れなかった……」
「ま、待ってロイ! そう言うんじゃなくて……」
「いえ、やはり伯爵家のご令嬢であるミレーヌ様に自分は相応しくなかったのです。わかっていたのです……ずっと……財産もない自分では、ミレーヌ様のささやかな願いも叶えて差し上げられないと……」
「ちょっ……!! ロイ、何を言って……」

 立ち尽くすミレーヌはロイの雰囲気に押されているように見えた。ミレーヌは……多分、一線を越えてしまった。

「旦那様、申し訳ございません。私を解雇して頂けませんか? 私には……ミレーヌ様をお支えする力がございませんから」
「え!? ロ ロイ、急に何を言うのよ!?」

 狼狽えるミレーヌだったけれど、ロイの中ではきっと急な話ではなかったのだろう。

「急ではありません。ずっと考えていたのです……やはり私では……ミレーヌ様を幸せに出来なかった……」
「ロ、ロイ……ま、待って……」

 ミレーヌがロイの腕を取ろうとしたけれど、ロイは寸でのところで避けてジョセフ様の前に歩み出た。その後ろでミレーヌがショックを受けている。

「旦那様、どんな罰も甘んじて受けます」

 平伏するロイの表情は見えないけれど、彼の全身から後悔や罪悪感が見えそうだった。ジョセフ様は無表情で彼を見下ろしていた。エドモンは背中を向けているので表情は見えなかった。レニエ様がそっと後ろから私の両肩に手を置いた。大丈夫だと言われている様に感じて、その存在をありがたく思った。

「どんな罰も?」
「はい」
「ちょっと!! ロイ待って!! ジョセフ様も!!」

 ミレーヌが我に返って声を荒げたけれど、ジョセフ様の視線を受けて黙り込んだ。私からジョセフ様の表情は見えないけれど、ミレーヌが怯える類いのものだったのだろう。

「だったら今まで通りミレーヌに仕えろ」
「だ、旦那様……」

 ジョセフ様の宣言に、ロイは頭を上げて声の主を見上げた。ミレーヌも驚きの表情を浮かべている。

「最初に言ったはずだ、離れで暮らすことも罰だと」
「は、はい……」
「こうなることも想定していた。いや、いずれこうなるだろうとわかっていたと言った方がいいかな」
「な! そ、そんなことって……!」
「当り前だろう、ミレーヌ嬢。君の性格や考え方が直ぐに変わるなんて誰も思っていなかった。散々ジゼル嬢やエドモン君を苦しめて、自分だけ安寧の中で生きられると思ったか?」

 その指摘に、ミレーヌは信じられないものを見る目でジョセフ様を見つめた。まさかそんな裏があるなんて思ってもいなかったのだろう。でも、少し考えればわかることだ。私だっていずれ破綻するだろうと思っていたのだから。

「どんなに嫌だろうとも、後継たる男児が二人生まれるまでは共にいて貰う」
「……どうして!? どうして私ばっかり!!」
「何を言っているんだ? こうなったのは君がこれまでやって来たことの結果だろう?」
「そうだな。いい加減に気付けよ」
「え、エドモン……」

 冷え冷えとした声にミレーヌが気押されたように一歩下がった。

「お前にだって格上に嫁ぐチャンスはあったんだ。それを淑女教育は嫌だと逃げたのはお前だ」
「そうね。あのまま淑女教育を終わらせていれば、いずれ侯爵夫人だったわね」

 貴族令嬢が誰でも受ける淑女教育さえ終わらせていれば、婚約破棄にはならなかったのだ。

「やらない選択をしたのはミレーヌ、あなたよ。その結果が今なの」
「で、でも、こんな事になるなんて……」
「それでも、あなたが望んだ結果が今なの。私やエドモンがそうしろと言ったわけじゃないわ」

 ぐっと言葉を詰まらせてミレーヌは唇を噛み、ロイは静かに項垂れた。きっとミレーヌは何が悪かったのか理解していないだろう。いや、したくないというべきだろうか。こんなところは父とそっくりで、変なところで親子だなと何だかおかしく思えた。




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