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ミレーヌたちの処遇
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一月後、私はレニエ様とシャリエ伯爵家を訪れていた。
あれからミレーヌがロイという男性と王都の下町で暮らしていること、ロイは仕事を辞めて今は別の店で働いていること、ミレーヌは家から出ずにずっと隠れ住んでいたことがわかった。家を出たきっかけは月の物が遅れて妊娠したと思ったからだという。妊娠したことが父に知れたらロイと引き離されてしまうと思ったミレーヌは夜中に黙って姿を隠したらしい。
後で妊娠はしていなかったとわかったけれどミレーヌは家に戻らなかった。金目の物を持って家を出たから生活に困ることはなく、ロイは念のために王都でも外れの方に引っ越し、職場もより近くて給金のいい店に変わり、静かに暮らしていたらしい。
今日はそのミレーヌとロイのことで話し合いだ。応接室に案内されると既にミレーヌとロイは来ていた。二人は二人掛けのソファに、その正面の一人掛けのソファには父が座っていた。父はすっかり老け込み、今までの覇気の欠片も見えなかった。私は奥の上座に当たる二人掛けのソファにレニエ様と座った。程なくしてエドモンがやって来たが、一人ではなかった。
「ジョセフ様? どうしてここに……」
思いがけない同行者に驚いたけれど、彼を呼んだのはレニエ様で契約の立ち合いとして呼ばれたのだと言った。確かに彼は戸籍などを扱う部署にいるからその方面に精通しているだろう。一時は婚約関係にあった彼に会うのは気まずく感じた。
「今日はミレーヌのことで集まって貰った。時間がないから単刀直入に言おう。ミレーヌ、お前はシャリエ家に戻れ」
「い、嫌よ!」
エドモンがそう言うとミレーヌは顔を歪めて拒否した。
「拒否出来ると思うな。このままだとその男は誘拐犯として投獄だ。それでもいいのか?」
「いいわけないでしょう! そんなことならどこか遠くに行くわ」
「行っても無駄だ。身分証もない者がどうやって働く? 身分証がないのは犯罪者や訳ありの奴ばかりだ。真っ当な生活は出来なくなるぞ」
「……っ」
エドモンの言う通りで、貴族の令嬢が駆け落ちしても行く末は悲惨でしかない。見つかれば男は投獄か令嬢の実家の手で秘密裏に消される可能性もある。
「その男と心中するなら止めない。だけど男はやっぱり犯罪者扱いになる。その男を想うのなら別れるのが一番なんだ」
「そんな……」
そんなにもその男性が好きなのだろうか。ミレーヌはロイの腕にしがみ付いて離れる気がないことを示した。一方で彼の身を案じる思いも同じくらいあるらしく、思いつめた表情をしていた。あんなに令息からチヤホヤされていたのに、選んだのが平民の、それも目立って美形でもない男性だったとは意外だ。
「そ、それしか方法はないの? ロイと別れるなんて……そんなの……」
「ミレーヌ様……」
うろたえ震えるミレーヌにロイは落ち着かせるようにそっと手を握った。それだけの仕草からも彼の想いが伝わってきた。ミレーヌのことをとても大切にしているのだろう。
「ミレーヌ、今は辛いかもしれないがこれはお互いのためだ。今はいくら想い合っていても、ずっと隠れて暮らせば苦しくなる。子どもが生まれたらどうする? 日陰者として育てるのか? 今のままでは身分証が作れないから仕事にも就けないぞ」
「子ども、も……」
エドモンの言葉は冷たいようだけど現実だった。今はロイが働いてミレーヌを養えば何とかなるだろうけれど、子供が出来れば話は変わる。
「そんな……そんなのって……どうして? やっと私をわかってくれる人が出来たのに。やっと幸せになれると思ったのに……」
とうとうミレーヌが泣き出してしまった。こんなところは以前と変わっていない。泣いても何も変わらないのに。そう思うけれど、母の呪縛で人生を歪められたのだと思うと切り捨てられなかった。
「……一つ、私から提案してもいいかな?」
「レニエ様?」
沈黙の中、口を開いたのはレニエ様だった。この話に入って来るとは思わなかった。一同の視線が集まる中、レニエ様がソファに預けていた背を起こした。
「ミレーヌ嬢、あなたには伯爵家に戻ってもらい、ジョセフ君と結婚して貰う」
「え?」
「ミ、ミオット侯爵?」
突然の提案に名を呼ばれたジョセフ様も目を見開いていた。それは他の人も同じで、その真意を測りかねているように見えた。私にもレニエ様の真意がわからない。
「お、お待ちください。私はロイと……」
「そうです、ミオット侯爵。それはいくら何でも……」
ミレーヌは狼狽え、エドモンもさすがに止めた。
「まぁ、話を聞きたまえ。ミレーヌ嬢はこの家の後継者で、エドモン君が家を出た今、それを変えるのは簡単ではあない。こうも短期間で二度目ともなれば国が認める可能性は殆どない。その一度目もドルレアク公爵家の力添えがあったからだからね」
確かに後継者の変更は厳しく、代わるにしても書類の申請などで時間がかかると聞く。
「結婚して貰うが、白い結婚になる」
「え?」
「レニエ様、幾らなんでもそれは……」
「そうです。ジョセフ殿に失礼すぎる話です」
婿入り、しかもこんな不良物件なのに白い結婚を条件にするなんてジョセフ様に失礼極まりない。
「話は最後まで聞いてくれ。これは政略結婚なんだよ」
「それにしてもそれではジョセフ殿があまりにも……」
エドモンも難色を示した。自分の代わりにシャリエ家を継いでもらうのに、最初から白い結婚だなんて……そりゃあ、相手はあのミレーヌだけど……
「ミオット侯爵、ここからは私がお話しても?」
「ああ、そうだね。ジョセフ君が話した方が早いだろう」
ジョセフ様の申し出にレニエ様が頷いた。一体どういうことなのか。ミレーヌだけでなく父も不安そうな表情を浮かべた。
「ここだけの話にして頂きたいのですが、よろしいですか?」
ジョセフ様が最初にそう尋ねた。随分言い難いことになるのだろう。勿論ジョセフ様の胃に反することをするつもりはないので頷いた。ミレーヌや父、そしてロイも神妙な面持ちで頷くのが見えた。
「実は入り婿先を探しておりましてね。私としては名前だけでいいのですが、中々そうはいかなくてこまっていたのですよ」
「それはどうしてと尋ねても?」
「う~ん、絶対に口外しないで下さいよ」
「勿論です」
「実は面倒な女性に婿入りを迫られていましてね。それを避けるために早急に婿入りをしてしまいたいのですよ」
あれからミレーヌがロイという男性と王都の下町で暮らしていること、ロイは仕事を辞めて今は別の店で働いていること、ミレーヌは家から出ずにずっと隠れ住んでいたことがわかった。家を出たきっかけは月の物が遅れて妊娠したと思ったからだという。妊娠したことが父に知れたらロイと引き離されてしまうと思ったミレーヌは夜中に黙って姿を隠したらしい。
後で妊娠はしていなかったとわかったけれどミレーヌは家に戻らなかった。金目の物を持って家を出たから生活に困ることはなく、ロイは念のために王都でも外れの方に引っ越し、職場もより近くて給金のいい店に変わり、静かに暮らしていたらしい。
今日はそのミレーヌとロイのことで話し合いだ。応接室に案内されると既にミレーヌとロイは来ていた。二人は二人掛けのソファに、その正面の一人掛けのソファには父が座っていた。父はすっかり老け込み、今までの覇気の欠片も見えなかった。私は奥の上座に当たる二人掛けのソファにレニエ様と座った。程なくしてエドモンがやって来たが、一人ではなかった。
「ジョセフ様? どうしてここに……」
思いがけない同行者に驚いたけれど、彼を呼んだのはレニエ様で契約の立ち合いとして呼ばれたのだと言った。確かに彼は戸籍などを扱う部署にいるからその方面に精通しているだろう。一時は婚約関係にあった彼に会うのは気まずく感じた。
「今日はミレーヌのことで集まって貰った。時間がないから単刀直入に言おう。ミレーヌ、お前はシャリエ家に戻れ」
「い、嫌よ!」
エドモンがそう言うとミレーヌは顔を歪めて拒否した。
「拒否出来ると思うな。このままだとその男は誘拐犯として投獄だ。それでもいいのか?」
「いいわけないでしょう! そんなことならどこか遠くに行くわ」
「行っても無駄だ。身分証もない者がどうやって働く? 身分証がないのは犯罪者や訳ありの奴ばかりだ。真っ当な生活は出来なくなるぞ」
「……っ」
エドモンの言う通りで、貴族の令嬢が駆け落ちしても行く末は悲惨でしかない。見つかれば男は投獄か令嬢の実家の手で秘密裏に消される可能性もある。
「その男と心中するなら止めない。だけど男はやっぱり犯罪者扱いになる。その男を想うのなら別れるのが一番なんだ」
「そんな……」
そんなにもその男性が好きなのだろうか。ミレーヌはロイの腕にしがみ付いて離れる気がないことを示した。一方で彼の身を案じる思いも同じくらいあるらしく、思いつめた表情をしていた。あんなに令息からチヤホヤされていたのに、選んだのが平民の、それも目立って美形でもない男性だったとは意外だ。
「そ、それしか方法はないの? ロイと別れるなんて……そんなの……」
「ミレーヌ様……」
うろたえ震えるミレーヌにロイは落ち着かせるようにそっと手を握った。それだけの仕草からも彼の想いが伝わってきた。ミレーヌのことをとても大切にしているのだろう。
「ミレーヌ、今は辛いかもしれないがこれはお互いのためだ。今はいくら想い合っていても、ずっと隠れて暮らせば苦しくなる。子どもが生まれたらどうする? 日陰者として育てるのか? 今のままでは身分証が作れないから仕事にも就けないぞ」
「子ども、も……」
エドモンの言葉は冷たいようだけど現実だった。今はロイが働いてミレーヌを養えば何とかなるだろうけれど、子供が出来れば話は変わる。
「そんな……そんなのって……どうして? やっと私をわかってくれる人が出来たのに。やっと幸せになれると思ったのに……」
とうとうミレーヌが泣き出してしまった。こんなところは以前と変わっていない。泣いても何も変わらないのに。そう思うけれど、母の呪縛で人生を歪められたのだと思うと切り捨てられなかった。
「……一つ、私から提案してもいいかな?」
「レニエ様?」
沈黙の中、口を開いたのはレニエ様だった。この話に入って来るとは思わなかった。一同の視線が集まる中、レニエ様がソファに預けていた背を起こした。
「ミレーヌ嬢、あなたには伯爵家に戻ってもらい、ジョセフ君と結婚して貰う」
「え?」
「ミ、ミオット侯爵?」
突然の提案に名を呼ばれたジョセフ様も目を見開いていた。それは他の人も同じで、その真意を測りかねているように見えた。私にもレニエ様の真意がわからない。
「お、お待ちください。私はロイと……」
「そうです、ミオット侯爵。それはいくら何でも……」
ミレーヌは狼狽え、エドモンもさすがに止めた。
「まぁ、話を聞きたまえ。ミレーヌ嬢はこの家の後継者で、エドモン君が家を出た今、それを変えるのは簡単ではあない。こうも短期間で二度目ともなれば国が認める可能性は殆どない。その一度目もドルレアク公爵家の力添えがあったからだからね」
確かに後継者の変更は厳しく、代わるにしても書類の申請などで時間がかかると聞く。
「結婚して貰うが、白い結婚になる」
「え?」
「レニエ様、幾らなんでもそれは……」
「そうです。ジョセフ殿に失礼すぎる話です」
婿入り、しかもこんな不良物件なのに白い結婚を条件にするなんてジョセフ様に失礼極まりない。
「話は最後まで聞いてくれ。これは政略結婚なんだよ」
「それにしてもそれではジョセフ殿があまりにも……」
エドモンも難色を示した。自分の代わりにシャリエ家を継いでもらうのに、最初から白い結婚だなんて……そりゃあ、相手はあのミレーヌだけど……
「ミオット侯爵、ここからは私がお話しても?」
「ああ、そうだね。ジョセフ君が話した方が早いだろう」
ジョセフ様の申し出にレニエ様が頷いた。一体どういうことなのか。ミレーヌだけでなく父も不安そうな表情を浮かべた。
「ここだけの話にして頂きたいのですが、よろしいですか?」
ジョセフ様が最初にそう尋ねた。随分言い難いことになるのだろう。勿論ジョセフ様の胃に反することをするつもりはないので頷いた。ミレーヌや父、そしてロイも神妙な面持ちで頷くのが見えた。
「実は入り婿先を探しておりましてね。私としては名前だけでいいのですが、中々そうはいかなくてこまっていたのですよ」
「それはどうしてと尋ねても?」
「う~ん、絶対に口外しないで下さいよ」
「勿論です」
「実は面倒な女性に婿入りを迫られていましてね。それを避けるために早急に婿入りをしてしまいたいのですよ」
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