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親友との茶会
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夜会は特に波乱もなく終わった。久しぶりの夜会だったけれど侯爵家の使用人はさすがに優秀で、参加者からは好評だったと聞いてホッと胸を撫で下ろした。結婚した後は私が中心になって準備をするだろうからと、家令や侍女長と共に今後のために今回の夜会についての記録を共に作った。これで次回はもう少し楽になるだろう。
オリアーヌの屋敷を訪れたのは夜会から一週間後だった。仕事も休んでしまったから暫く休めなかったし、近々ルイーズ様に地方視察の予定が入っているので忙しかったのだ。久しぶりの彼女とのお茶会では、報告することがたくさんあった。
「それにしても、まさかミオット侯爵様と婚約するなんてねぇ」
最近互いに忙しくて会えていなかったから、レニエ様と両思いになったことも報告出来ていなかった。いきなり婚約するから夜会に出て欲しいなんて手紙が来て驚いただろう
「それで、ミオット侯爵ってどんな方? 社交界ではあまり話題に上がらなかったのよね。前の奥様のことは大丈夫なの? まだ想いが残っているとかは?」
話題に上がらなかったのは王家や公爵家の影響だろうか。そこは私にもわからない。
「そうね。前の奥様はご病気だったんですって」
「病気?」
「ええ。いずれ治るからと予定通り結婚なさったそうよ。でも思うように回復なされなかったそうで、実質的な結婚生活はなかったそうなの」
「そう……だったら大丈夫かしら」
「ええ。とてもよくして下さるわ。申し訳ないくらいよ」
「それならよかったわ。あまり噂を聞かないからどういう方かわからなくて心配だったのよ」
ようやくオリアーヌから笑顔が見られた。彼女は気が強いけれど情にも厚いから心配してくれていたのだろう。私にとっていい方向に話が進んだことを喜んでくれた。エドモンのこともだ。
「ラシェル様の婿は誰が選ばれるだろうってずっと騒がれていたから驚いたわ。まさかエドモン君とはねぇ……」
ジゼルの婚約よりも驚いたとオリアーヌは言ったけれど、それが世間共通の声だろう。何といってもドルレアク公爵家の影響力は絶大だ。しかもあちらも嫡男がいたのに婿取りに変わったのだから。
「まぁ、エドモン君って何かやりそうな感じはあったから、彼なら納得って思っちゃったけどね」
どうもエドモンには不思議と人にそう思わせる力があるらしい。そんな風に言うのはオリアーヌが初めてではなかった。我が弟ながらわからないこともあるのだなと感慨深く思った。そういう意味ではミレーヌがその最たるものかもしれないけれど。
「で、ミレーヌ様の行方は?」
「未だにわからないままよ。本人は二度と戻らないと書置きを残しているから、誘拐や事件に巻き込まれたわけじゃないんでしょうけど」
「でも、彼女が計画的に失踪だなんて、ちょっと信じられないわ」
「ええ。私たちもそう思うから警備隊に捜索願を出しているわ。でも、書置きがあるからあまり力が入っていないみたいで……」
それにミレーヌと実家の評判もあるだろう。我儘娘がまたやらかしたくらいに思われているように思う。
「心当たりは?」
「正直言って全くないわ。寮に入ってからは滅多に帰らなかったし、話す機会もなかったから。あの子の交友関係も知らないし」
「まぁ、これまでを思えばそうなるわよね。一方的に迷惑をかけられたわけだし」
「ええ。嫌な思いをしたくないから避けていたのは確かね」
思えば子どもの頃から仲はよくなかった。ミレーヌの我儘に私とエドモンが我慢して終わるだけだったから、自ずとエドモンと一緒にいることが増えて、家の中でもミレーヌを避けていた。それがいけなかったのだろうか……
「気に病んでも仕方ないわ。こうなったのはジゼルやエドモン君のせいじゃないし。もう成人しているんだし、飽きたら帰って来るんじゃない? 仮に何かあっても自己責任よ」
「そうね」
実際、ミレーヌは飽きっぽいし、贅沢好きなミレーヌが隠れて生活するなんて無理だろう。カフェだ買い物だと街に出てくるのは間違いなく、そうなればどこかで人の目に晒される筈。仮に地方に行っても王都でする恰好で街を歩けば相当目立つし。もう一人前で自己責任という言葉は今の彼女のためにあるように感じた。
「そういえばフィルマン様、婚約したそうよ」
「まぁ、そうだったの? お相手は?」
「バジェス伯爵家のデジレ様だそうよ」
「デジレ様?」
それはドルレアク公爵家の夜会で絡んできた令嬢の名前だった。
「急に決まったらしいわね。まぁ、フィルマン様は後継から外されたし、デジレ様は次女だから中々嫁ぎ先が見つからなかったみたいよ。お互いによかったんじゃないの」
「そうだったの。じゃ、ジュペル伯爵令嬢との話は進まなかったのね」
以前私に突撃してきた令嬢はどうなったのかと思っていたけれど、彼女の願い通りにはならなかったらしい。ある意味それが一番の罰だったのかもしれない。
「ああ、そんなこともあったわね。ジュベル様は先月だったか子爵家に嫁いだと聞いたわ。二十も年の離れた相手よ。まぁ、相手は裕福だし、ジュベル家は落ち目だからちょうどよかったんじゃないかしら」
「そう。これで絡まれることはなさそうでよかったわ」
フィルマン様とはあれから会うことはなかった。王宮の中でも私の職場から遠い部署に異動になったらしく、すれ違うこともなかった。婚約していたのが嘘のように遠く感じられた。
そう言えばデジレ様と一緒にいたラギエ伯爵令嬢はどうなったのだろう。謝罪は届いたけれど、彼女もそのうちデジレ様のように嫁ぐのだろうか。出来れば二度と会いたくなかった。
それから十日ほど経った。レニエ様の異動が近づいてきて、とうとう引継ぎが始まった。後任の室長はカバネル様に決まって、その分の欠員は一月後にやって来るらしい。カバネル様なら仕事内容にも事情にも通じているから安心だ。ご本人は残業が増えるから嫌だと抵抗していたけれど、レニエ様の推薦とルイーズ様からの内々の希望もあって辞退できなくなっていた。カバネル様なら気心も知れているので一安心だとホッとしていた時だった。
「姉上! ミレーヌが見つかった!」
そろそろ終業時刻という夕暮れ、エドモンが執務室に駆け込んできた。
オリアーヌの屋敷を訪れたのは夜会から一週間後だった。仕事も休んでしまったから暫く休めなかったし、近々ルイーズ様に地方視察の予定が入っているので忙しかったのだ。久しぶりの彼女とのお茶会では、報告することがたくさんあった。
「それにしても、まさかミオット侯爵様と婚約するなんてねぇ」
最近互いに忙しくて会えていなかったから、レニエ様と両思いになったことも報告出来ていなかった。いきなり婚約するから夜会に出て欲しいなんて手紙が来て驚いただろう
「それで、ミオット侯爵ってどんな方? 社交界ではあまり話題に上がらなかったのよね。前の奥様のことは大丈夫なの? まだ想いが残っているとかは?」
話題に上がらなかったのは王家や公爵家の影響だろうか。そこは私にもわからない。
「そうね。前の奥様はご病気だったんですって」
「病気?」
「ええ。いずれ治るからと予定通り結婚なさったそうよ。でも思うように回復なされなかったそうで、実質的な結婚生活はなかったそうなの」
「そう……だったら大丈夫かしら」
「ええ。とてもよくして下さるわ。申し訳ないくらいよ」
「それならよかったわ。あまり噂を聞かないからどういう方かわからなくて心配だったのよ」
ようやくオリアーヌから笑顔が見られた。彼女は気が強いけれど情にも厚いから心配してくれていたのだろう。私にとっていい方向に話が進んだことを喜んでくれた。エドモンのこともだ。
「ラシェル様の婿は誰が選ばれるだろうってずっと騒がれていたから驚いたわ。まさかエドモン君とはねぇ……」
ジゼルの婚約よりも驚いたとオリアーヌは言ったけれど、それが世間共通の声だろう。何といってもドルレアク公爵家の影響力は絶大だ。しかもあちらも嫡男がいたのに婿取りに変わったのだから。
「まぁ、エドモン君って何かやりそうな感じはあったから、彼なら納得って思っちゃったけどね」
どうもエドモンには不思議と人にそう思わせる力があるらしい。そんな風に言うのはオリアーヌが初めてではなかった。我が弟ながらわからないこともあるのだなと感慨深く思った。そういう意味ではミレーヌがその最たるものかもしれないけれど。
「で、ミレーヌ様の行方は?」
「未だにわからないままよ。本人は二度と戻らないと書置きを残しているから、誘拐や事件に巻き込まれたわけじゃないんでしょうけど」
「でも、彼女が計画的に失踪だなんて、ちょっと信じられないわ」
「ええ。私たちもそう思うから警備隊に捜索願を出しているわ。でも、書置きがあるからあまり力が入っていないみたいで……」
それにミレーヌと実家の評判もあるだろう。我儘娘がまたやらかしたくらいに思われているように思う。
「心当たりは?」
「正直言って全くないわ。寮に入ってからは滅多に帰らなかったし、話す機会もなかったから。あの子の交友関係も知らないし」
「まぁ、これまでを思えばそうなるわよね。一方的に迷惑をかけられたわけだし」
「ええ。嫌な思いをしたくないから避けていたのは確かね」
思えば子どもの頃から仲はよくなかった。ミレーヌの我儘に私とエドモンが我慢して終わるだけだったから、自ずとエドモンと一緒にいることが増えて、家の中でもミレーヌを避けていた。それがいけなかったのだろうか……
「気に病んでも仕方ないわ。こうなったのはジゼルやエドモン君のせいじゃないし。もう成人しているんだし、飽きたら帰って来るんじゃない? 仮に何かあっても自己責任よ」
「そうね」
実際、ミレーヌは飽きっぽいし、贅沢好きなミレーヌが隠れて生活するなんて無理だろう。カフェだ買い物だと街に出てくるのは間違いなく、そうなればどこかで人の目に晒される筈。仮に地方に行っても王都でする恰好で街を歩けば相当目立つし。もう一人前で自己責任という言葉は今の彼女のためにあるように感じた。
「そういえばフィルマン様、婚約したそうよ」
「まぁ、そうだったの? お相手は?」
「バジェス伯爵家のデジレ様だそうよ」
「デジレ様?」
それはドルレアク公爵家の夜会で絡んできた令嬢の名前だった。
「急に決まったらしいわね。まぁ、フィルマン様は後継から外されたし、デジレ様は次女だから中々嫁ぎ先が見つからなかったみたいよ。お互いによかったんじゃないの」
「そうだったの。じゃ、ジュペル伯爵令嬢との話は進まなかったのね」
以前私に突撃してきた令嬢はどうなったのかと思っていたけれど、彼女の願い通りにはならなかったらしい。ある意味それが一番の罰だったのかもしれない。
「ああ、そんなこともあったわね。ジュベル様は先月だったか子爵家に嫁いだと聞いたわ。二十も年の離れた相手よ。まぁ、相手は裕福だし、ジュベル家は落ち目だからちょうどよかったんじゃないかしら」
「そう。これで絡まれることはなさそうでよかったわ」
フィルマン様とはあれから会うことはなかった。王宮の中でも私の職場から遠い部署に異動になったらしく、すれ違うこともなかった。婚約していたのが嘘のように遠く感じられた。
そう言えばデジレ様と一緒にいたラギエ伯爵令嬢はどうなったのだろう。謝罪は届いたけれど、彼女もそのうちデジレ様のように嫁ぐのだろうか。出来れば二度と会いたくなかった。
それから十日ほど経った。レニエ様の異動が近づいてきて、とうとう引継ぎが始まった。後任の室長はカバネル様に決まって、その分の欠員は一月後にやって来るらしい。カバネル様なら仕事内容にも事情にも通じているから安心だ。ご本人は残業が増えるから嫌だと抵抗していたけれど、レニエ様の推薦とルイーズ様からの内々の希望もあって辞退できなくなっていた。カバネル様なら気心も知れているので一安心だとホッとしていた時だった。
「姉上! ミレーヌが見つかった!」
そろそろ終業時刻という夕暮れ、エドモンが執務室に駆け込んできた。
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