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婚約披露の夜会

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 それから三週間が経ち、ミオット侯爵家の夜会の日を迎えた。レニエ様やドルレアク公爵家もミレーヌを探してくれているけれど、あの子の消息は未だに掴めないままだった。
これまでの素行に問題があったせいか、世間では駆け落ちしたというものから悪い輩に掴まって売られただのどこかに監禁されているのではないかという噂まで上がった。それでも髪の毛一筋の行方も分からない。あのミレーヌが自分の力だけで姿をくらますなど考えられず、どうしても悪い方向に想像が向いて不安が募っていった。

 それでも夜会は予定通りに行われる。表向き私はシャリエ家とは無関係だからどうしようもない。ここで私が実家を理由に夜会を延期すれば、レニエ様だけでなくセシャン家にも迷惑をかけてしまう。今日は養い親としてセシャン伯爵ご夫妻も出席して頂くからだ。

 前日から休みを貰い、マッサージなどのフルコースを受けた私は今、レニエ様の色のドレスを纏って鏡の前に立っていた。ミオット家の色でもある深みのある茶色に黒の差し色のドレスは、私を大人びてみせていた。これだとレニエ様との年の差があまり気にならないかもしれない。ミオット侯爵家の特産物でもある光沢のある絹は滑らかで、私にでも最高級レベルだとわかる。それを贅沢に使ったドレスはため息が出るほど素晴らしかった。
 宝飾品は瞳の色と同じブラックダイヤモンドがあしらわれたミオット侯爵家所縁のものだった。ミオット侯爵家はブラックダイヤモンドが出る鉱山を所有し、豊潤な資産を持っていりる。一体いくらになるのか怖くて聞けそうにないほどの宝石を纏い、別の緊張感に包まれた。

「ああ、綺麗だよ、ジゼル」

 同じような色合いのレニエ様がやってくると破顔し笑みを浮かべた。こちらもシックな色合いがとてもお似合いで見惚れてしまう。こんなに素敵な方の婚約者になれたことが嬉しくて、これまでの憂いも全て吹き飛んでしまいそうな勢いだ。

「レニエ様も、とても凛々しくて……素敵です」

 思わずため息まで漏れてしまった。このままの姿をずっと留めておきたい。きっとどんな高名な画家に頼んでも今のレニエ様の凛々しさは残せないだろう。

「さぁ、先にセシャン伯爵ご夫妻にご挨拶に行こう」
「はい」

 レニエ様のエスコートで応接室の一つに向かった。セシャン伯爵ご夫妻は今日の婚約を祝って下さり、同時にルイーズ様の文官として務める私たちを労って下さった。

「ミオット侯爵が異動されるのが残念です」

 伯爵はそう言ってレニエ様の移動を惜しんで下さった。この夜会の一月後にはレニエ様は異動されてしまう。そのことを思い出して寂しさが胸を通り過ぎた。
 本来婚約は親が公表するけれど、レニエ様のご両親は既に他界されているため、代わりをドルレアク公爵が務めて下さった。表向きは無関係だけど、エドモンと私を通じてミオット侯爵家とドルレアク公爵家は繋がりを得る。
 ミオット侯爵家は王太子妃殿下の実家とは曰く付きの関係なので、この縁組はミオット侯爵家にとっては大きな後ろ盾になった。正直、王太子妃殿下が王妃になった後、ミオット侯爵家を不当に扱うのではないかとの懸念がある。両家で結んだ誓約書も代が変わればその効果は薄れるだろうから、この結びつきは大きな意味を持っていた。

 ミオット侯爵家が久しぶりに開く夜会は、先日のドルレアク公爵家のそれに負けないほどの盛況ぶりだった。ルイーズ様の信用厚く、ドルレアク公爵家やセシャン伯爵とも懇意で、三十代前半に宰相補佐に異動が決まっている。その上裕福となれば繋がりを求める貴族が増えるのは必然だろう。

「ジゼル! なんて綺麗なの!」
「オリアーヌ、来てくれたのね。嬉しいわ。ルイゾンもお元気そうね」
「ミオット侯爵閣下、初めまして。久しぶりだね、セシャン嬢」
「ああ、バルテレミー小伯爵、ようこそ。何時もジゼルがお世話になっています」

 今日はオリアーヌにも招待状を送っていた。ルイゾンとは上手くいっているらしいし、バルテレミー領の穀物の収穫量は増加傾向だ。まだ父のバルテレミー伯爵が実権を握っているけれど、少しずつ若夫婦に仕事を任せていると聞く。

「驚いたわ。暫く会わないうちにセシャン伯爵家の養女になって、しかも侯爵様と婚約なんて。エドモン君にはもっと驚いたけれどね」
「ふふ、あの子に関しては私も同じよ。まさかラシェル様とだなんて、想像もしていなかったもの」

 そんなエドモンはラシェル様と一緒に参加していた。今日は揃ってラシェル様の色で纏めていた。遠目からも仲睦まじい様子が見えた。

「ゆっくり話せなくてごめんなさい。また近々遊びに行ってもいい?」
「ええ、大歓迎よ」

 さすがにここで積もる話をするわけにもいかない。それは後日のお楽しみとして残しておこう。ミレーヌのことでも聞きたい事があるし。さすがに居候の身でオリアーヌを呼ぶのも憚れたので遊びに行く約束を交わして別れた。

「姉上!」
「ジゼル様、とってもお綺麗ですわ」

 いつの間にかエドモンたちが側に来ていた。今日は緑がかった銀の生地に青と金の差し色のドレスを纏うラシェル様はこの会場でも一際輝いていた。仲良く腕を組み、笑みを交わし合いながら歩く姿が微笑ましい。

「ラシェル様もとってもお似合いですわ。ふふ、エドモン、ラシェル様を大切にしなきゃダメよ。あなたはマイペースなところがあるから心配だわ」
「まぁ、大丈夫ですわ、ジゼル様。エドモンはそんなところが魅力的なんです。私、エドモンにならいくらでも振り回されますわ」
「そ、そう」

 ラシェル様は目を輝かせてそう言ったけれど大丈夫だろうか。ドルレアク公爵家は一途と言えば聞こえはいいけれど執着心が強く嫉妬深いのだ。エドモンの性格ではラシェル様が不安になって悪循環に陥らないか心配だ。

「大丈夫だよ、姉上。ラシェルは俺を信じてくれるし、俺もラシェルを信じているからね」
「まぁ、エドモン様……」

 ラシェル様はうっとりとエドモンを見上げてしまった。何だかここだけ空気が違う気がする。まぁ、仲がいいのはいいことだし、二人には二人にしかわからないこともあるだろう。そう思うことにした。

 その後もホスト役としてレニエ様と一緒に挨拶をして回り、料理やお酒の手配なども気に掛けながら夜会が滞りなく終わるように神経を張り詰めた。私にとって夜会を主宰するのは初めてだったし、ミオット侯爵家としても随分久しぶりの夜会だったらしく、心配は尽きなかった。時折家令や侍女頭が確認を取りに来るため、その都度会場内の様子を探りながら指示を出した。
 一方でミレーヌの噂を聞けないかと思ったけれど、招待客を厳しく選んだせいか、この場で聞こえるように下世話な会話をする人はいなかった。結局ミレーヌの手掛かりは何一つ見つからなかった。




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