上 下
43 / 86

セシャン伯爵令嬢として

しおりを挟む
 あれからレニエ様と一緒に王宮に向かい、寮から化粧品や数日分の着替えなど必要な荷物だけ持ってきた。でも、服や靴など必要な物は全て揃っていて何も持ってくる必要がなかった。化粧品も今使っているものよりもずっと高級だった。さすがは侯爵家。豪奢な部屋に寛げと言われても全く寛げそうになかった。

(何度見ても……豪華な部屋……)

 案内されたのは女主人の部屋だった。壁紙も何もかもが誂えたばかりで気が遠くなりそうだった。そういえば、レニエ様には奥様がいらっしゃった。病弱で既に亡くなったと聞いているけれど、どういう方だったのだろう。オリアーヌもレニエ様の奥様の噂は殆どなく、詳しいことはわからないと言っていた。社交界に出たことがなかったせいだろうか。それにしても実家の家名くらいは知られていそうなものなのに。
 こうなるとレニエ様に聞くしかないのだけど、そのレニエ様はまだ帰ってこなかった。遅くなるかもしれないと夕食は侍女が部屋に運んでくれたし、湯あみも手伝ってくれた。ちなみに湯殿も立派で湯には花まで浮いていた。我が家じゃミレーヌが時々やっていたけれど、お金がかかるので私はやったことがなかった。

 結局その日レニエ様は戻らず、私は主のいない屋敷で一夜を過ごすことになった。ここの使用人も私や実家の話は聞いているだろうけど、嫌な感じを受けたことがないのは幸いだ。使用人にもしっかり躾が行き届いている証拠だ。ミレーヌに媚を売るばかりの我が家とは大違いだった。



 翌朝になってもレニエ様は戻らず、一人での出勤になった。使用人は私のスケジュールを把握していて、いつもの時間に出勤できるように馬車も出してくれた。ありがたいことに侯爵家の家紋が入っていない馬車を用意してくれた。さすがに堂々と侯爵家の馬車で出かけるのはハードルが高い。
 それでも私がセシャン伯爵家の養女とレニエ様の婚約者になったのは隠せないだろう。エドモンの様子からしても、あの後直ぐに裁可する気でいたし。リサジュー侯爵も乗り気だったから、もしかしたら今日明日にも陛下の裁可も下りるかもしれない。

「やぁ、シャリエ、いや、セシャン嬢、おはよう」
「お、おはようございます……」

 執務室に入ると、カバネル様が声をかけて来て、私は飛び上がりそうなほど驚いた。どうしてその事をカバネル様が? レニエ様が話したのだろうか。さすがに気が早いと思うのだけど……

「ああ、昨日室長が言っていたんだ。凄く嬉しそうな目をしていたよ。顔は苦虫を噛み潰したような表情だったけどね。照れ隠しが下手だよなぁ」

 その様子が何だか見えるような気がした。きっとカバネル様に揶揄われるからだろう。それでも話をしたのは牽制だろうか、それとも……

「ああ、出勤したらルイーズ様のところに顔を出すようにだって」
「ルイーズ様が? では直ぐに伺います」
「ああ。セシャン嬢」

 ルイーズ様がお呼びならお待たせするわけにはいかない。部屋を出ようと背を向けるとカバネル様が声をかけた。

「はい? 何か?」
「おめでとう。よかったな」
「あ、ありがとうございます」

 まさかお祝いの言葉を貰えるとは思わなかった。その横ではムーシェ様も頷いている。思いがけない不意打ちに嬉しいと同時に恥ずかしくて頬が熱を持つ。

「ほら、早くいかないとルイーズ様を待たせるぞ」
「あ、はい」

 慌てて部屋を出たけれど、頬は直ぐには冷えそうもなかった。

 隣のルイーズ様の執務室に入ると、カバネル様の仰っていた通りルイーズ様は執務用の机で書類に向き合っているところだった。

「ああ、ジゼル。おめでとう」
「ありがとうございます。ルイーズ様には養子の件までご協力を頂き、何とお礼を申し上げていいか……」
「ああ、それはミオット侯爵に返して頂くからジゼルは何も心配しないで」
「ですが……」

 レニエ様に返してもらうとはどういうことだろう。レニエ様、この件で無理をなさっていなければいいのだけど……

「私もジゼルに辞められては困るわ。だからいいのよ。あの家にいてもいつ結婚するから辞めると言われるか、ずっと心配だったのだから」
「ありがとうございます」

 そんな風に言って頂けるなんて恐縮だけど嬉しかった。実家から解放されたのだと改めて感じて肩の荷が下りた気分だ。別のプレッシャーもあるけれど、それでも実家のそれに比べたら何倍もましだった。

「それに、今回は名前を貸すだけのようなものだから気にしないで。でも一度はお母様の実家に挨拶には行ってほしいけれど」
「それは勿論でございます」

 今度レニエ様と休みがあった日にお伺いしよう。ただ、レニエ様は休みの日でも仕事をしているからそんな時間が取れるのか心配だけど。フィルマン様の代わりが来ないから私たちの業務量は増えたままだし、レニエ様はそれをカバーするために私たち以上に忙しくされていた。

「そうそう、これはまだ内定の段階だけど、次の人事でミオット侯爵は宰相府に異動になるそうよ。宰相補佐としてね」
「レ……室長が、ですか?」

 それは出世と言えるだろう。宰相補佐は文字通り宰相の仕事を補佐する役職だけど、宰相や大臣になる者が一度は籍を置くポジションだ。宰相補佐に選ばれれば出世は固いと言われている。そんな栄誉ある部署に異動だなんて……

「ええ」
「でも、それは……」
「ジゼルとの結婚も多少は関係してくるでしょうね。さすがにこの小さい部署で夫婦が勤めると周りも気を使うでしょうから。でも、それとは関係なく一年以上前からその話はあったのよ。侯爵が辞退していたけど」
「辞退?」

 しかも一年以上前から? そんなことをしたら今後の出世に響くだろうに。

「ミオット侯爵は有能だし部下を使うのが上手いわ。彼を慕う文官も多いのよ。だから宰相だけでなく陛下の覚えもめでたいの。いい相手を見つけたわね、ジゼル」

 ルイーズ様もどこか誇らしげでそれが嬉しかった。ただ、もう同じ部署にいられないのかと思うと、寂しさが胸をよぎった。


しおりを挟む
感想 191

あなたにおすすめの小説

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

婚約者は妹の御下がりでした?~妹に婚約破棄された田舎貴族の奇跡~

tartan321
恋愛
私よりも美しく、そして、貴族社会の華ともいえる妹のローズが、私に紹介してくれた婚約者は、田舎貴族の伯爵、ロンメルだった。 正直言って、公爵家の令嬢である私マリアが田舎貴族と婚約するのは、問題があると思ったが、ロンメルは素朴でいい人間だった。  ところが、このロンメル、単なる田舎貴族ではなくて……。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈 
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...