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セシャン伯爵令嬢として

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 あれからレニエ様と一緒に王宮に向かい、寮から化粧品や数日分の着替えなど必要な荷物だけ持ってきた。でも、服や靴など必要な物は全て揃っていて何も持ってくる必要がなかった。化粧品も今使っているものよりもずっと高級だった。さすがは侯爵家。豪奢な部屋に寛げと言われても全く寛げそうになかった。

(何度見ても……豪華な部屋……)

 案内されたのは女主人の部屋だった。壁紙も何もかもが誂えたばかりで気が遠くなりそうだった。そういえば、レニエ様には奥様がいらっしゃった。病弱で既に亡くなったと聞いているけれど、どういう方だったのだろう。オリアーヌもレニエ様の奥様の噂は殆どなく、詳しいことはわからないと言っていた。社交界に出たことがなかったせいだろうか。それにしても実家の家名くらいは知られていそうなものなのに。
 こうなるとレニエ様に聞くしかないのだけど、そのレニエ様はまだ帰ってこなかった。遅くなるかもしれないと夕食は侍女が部屋に運んでくれたし、湯あみも手伝ってくれた。ちなみに湯殿も立派で湯には花まで浮いていた。我が家じゃミレーヌが時々やっていたけれど、お金がかかるので私はやったことがなかった。

 結局その日レニエ様は戻らず、私は主のいない屋敷で一夜を過ごすことになった。ここの使用人も私や実家の話は聞いているだろうけど、嫌な感じを受けたことがないのは幸いだ。使用人にもしっかり躾が行き届いている証拠だ。ミレーヌに媚を売るばかりの我が家とは大違いだった。



 翌朝になってもレニエ様は戻らず、一人での出勤になった。使用人は私のスケジュールを把握していて、いつもの時間に出勤できるように馬車も出してくれた。ありがたいことに侯爵家の家紋が入っていない馬車を用意してくれた。さすがに堂々と侯爵家の馬車で出かけるのはハードルが高い。
 それでも私がセシャン伯爵家の養女とレニエ様の婚約者になったのは隠せないだろう。エドモンの様子からしても、あの後直ぐに裁可する気でいたし。リサジュー侯爵も乗り気だったから、もしかしたら今日明日にも陛下の裁可も下りるかもしれない。

「やぁ、シャリエ、いや、セシャン嬢、おはよう」
「お、おはようございます……」

 執務室に入ると、カバネル様が声をかけて来て、私は飛び上がりそうなほど驚いた。どうしてその事をカバネル様が? レニエ様が話したのだろうか。さすがに気が早いと思うのだけど……

「ああ、昨日室長が言っていたんだ。凄く嬉しそうな目をしていたよ。顔は苦虫を噛み潰したような表情だったけどね。照れ隠しが下手だよなぁ」

 その様子が何だか見えるような気がした。きっとカバネル様に揶揄われるからだろう。それでも話をしたのは牽制だろうか、それとも……

「ああ、出勤したらルイーズ様のところに顔を出すようにだって」
「ルイーズ様が? では直ぐに伺います」
「ああ。セシャン嬢」

 ルイーズ様がお呼びならお待たせするわけにはいかない。部屋を出ようと背を向けるとカバネル様が声をかけた。

「はい? 何か?」
「おめでとう。よかったな」
「あ、ありがとうございます」

 まさかお祝いの言葉を貰えるとは思わなかった。その横ではムーシェ様も頷いている。思いがけない不意打ちに嬉しいと同時に恥ずかしくて頬が熱を持つ。

「ほら、早くいかないとルイーズ様を待たせるぞ」
「あ、はい」

 慌てて部屋を出たけれど、頬は直ぐには冷えそうもなかった。

 隣のルイーズ様の執務室に入ると、カバネル様の仰っていた通りルイーズ様は執務用の机で書類に向き合っているところだった。

「ああ、ジゼル。おめでとう」
「ありがとうございます。ルイーズ様には養子の件までご協力を頂き、何とお礼を申し上げていいか……」
「ああ、それはミオット侯爵に返して頂くからジゼルは何も心配しないで」
「ですが……」

 レニエ様に返してもらうとはどういうことだろう。レニエ様、この件で無理をなさっていなければいいのだけど……

「私もジゼルに辞められては困るわ。だからいいのよ。あの家にいてもいつ結婚するから辞めると言われるか、ずっと心配だったのだから」
「ありがとうございます」

 そんな風に言って頂けるなんて恐縮だけど嬉しかった。実家から解放されたのだと改めて感じて肩の荷が下りた気分だ。別のプレッシャーもあるけれど、それでも実家のそれに比べたら何倍もましだった。

「それに、今回は名前を貸すだけのようなものだから気にしないで。でも一度はお母様の実家に挨拶には行ってほしいけれど」
「それは勿論でございます」

 今度レニエ様と休みがあった日にお伺いしよう。ただ、レニエ様は休みの日でも仕事をしているからそんな時間が取れるのか心配だけど。フィルマン様の代わりが来ないから私たちの業務量は増えたままだし、レニエ様はそれをカバーするために私たち以上に忙しくされていた。

「そうそう、これはまだ内定の段階だけど、次の人事でミオット侯爵は宰相府に異動になるそうよ。宰相補佐としてね」
「レ……室長が、ですか?」

 それは出世と言えるだろう。宰相補佐は文字通り宰相の仕事を補佐する役職だけど、宰相や大臣になる者が一度は籍を置くポジションだ。宰相補佐に選ばれれば出世は固いと言われている。そんな栄誉ある部署に異動だなんて……

「ええ」
「でも、それは……」
「ジゼルとの結婚も多少は関係してくるでしょうね。さすがにこの小さい部署で夫婦が勤めると周りも気を使うでしょうから。でも、それとは関係なく一年以上前からその話はあったのよ。侯爵が辞退していたけど」
「辞退?」

 しかも一年以上前から? そんなことをしたら今後の出世に響くだろうに。

「ミオット侯爵は有能だし部下を使うのが上手いわ。彼を慕う文官も多いのよ。だから宰相だけでなく陛下の覚えもめでたいの。いい相手を見つけたわね、ジゼル」

 ルイーズ様もどこか誇らしげでそれが嬉しかった。ただ、もう同じ部署にいられないのかと思うと、寂しさが胸をよぎった。


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