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婚約破棄の話し合い

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 父に呼び出されたその日、私はレニエ様と一緒に実家に向かった。侯爵家当主であるレニエ様が相手では父もデュノア伯爵も文句は言えないだろう。この国は家格に煩いから伯爵家が侯爵家に異を唱えるのは難しいし、レニエ様はルイーズ様付きの室長だ。穏やかな雰囲気と腰の低さからそんな風に見えないけれど、文官位としては宰相補佐と同じくらいでかなり高位だから。

「緊張している?」
「ええ、少し」

 父と会うのは気が重いし、デュノア伯爵に会うのはそれ以上だ。私に魅力がなかったからだとか、しっかりしていないから妹がああなったのだと責められるのが目に見えている。これまでも何度か遠回しに言われてきたからだ。

「そんなに気を張らなくても大丈夫だよ。私も弟君もいる。彼もジゼルのように誰かを連れてきているんじゃないかな?」
「そうでしょうか……」

 エドモンも婿入りの話があり、手を打っておいた方がいいと言っていた。何かしらの準備はしているだろう。あの子はそういうところも抜かりがない。




 実家に着くと家令が出迎えてくれた。レニエ様を父に紹介するため早めに来たのだけど、他の人は既に到着しているという。事前に同行人がいると手紙で伝えておいたからそのまま応接室へと通された。

「ジゼル、遅いぞ!! しかもこんな時に客人だと!? 何を考えておる!!」

 部屋に入った途端父の怒号が飛んできて身が竦んだ。約束の時間に遅れていないのにと思うけれど、父に怒鳴られるとどうしても恐れが先に立つ。父は忌々しそうな視線を私に向けたけれど、その後ろにいるレニエ様の姿を目にして顔を引き攣らせた。

「ジゼル、その方は……」
「おお、ミオット侯爵ではありませんか」

 聞き覚えのないゆったりとした口調で誰からレニエ様に呼び掛けた。

「ミ、ミオット侯爵ですと!?」

 父が悲鳴のような声を上げた。室内を見渡すと父とデュノア伯爵ご夫妻にジョセフ様、エドモンとその隣には中年の男性がいて、声をかけてきたのはその男性だった。ジョセフ様が笑顔で小さく手を振ってきた。お元気そうだし気を悪くされていなかったことに安堵する。ミレーヌの姿はない。話がまとまらなくなると外されたのかもしれない。

「おや、リサジュー侯爵、お久しぶりですね」
「ああ、先日はどうも。お陰で助かったよ」
「いえいえ、お役に立ててよかったですよ。今日はよろしくお願いします」
「ああ」

 どうやらレニエ様と親しいらしい。リサジュー侯爵はエドモンの上司で時々その名前を聞いていた。じゃ、婿入りはリサジュー侯爵家なのだろうか。でも、あの家には令息が二人いるし、どちらも学生だったはず……

「ど、どうしてミオット侯爵まで……」

 父の声が震えていた。侯爵が二人も同席されては気の小さい父には生きた心地がしないだろう。しかも婚約破棄の話し合いの場なのだ。出来れば関係者以外は同席して欲しくなかっただろう。

「シャリエ伯爵、どういうことですかな? この場に侯爵閣下をお二人も呼ばれるとは。今日は婚約破棄の話し合いではなかったか?」

 デュノア伯爵が不快感を露わにした。確かにあちら側にとっては余計な助っ人を連れてきたと思っているだろう。

「ああ、デュノア伯爵、案じられるな。我々は婚約の話し合いには無関係だ。いや、全く無関係ではないかな。なぁ、ミオット侯爵?」
「そうですね。ですが婚約を破棄して下さるのであればデュノア伯爵にも悪いようにはしません。ご安心ください」
「ですが……」

 リサジュー侯爵とレニエ様がにこやかにそう言ったが、デュノア伯爵はまだ納得しがたいらしい。

「そうですね。この場に我々は不要ですね。シャリエ伯爵、話し合いが終わるまで別室で待たせて貰っても?」
「そ、それはもちろんです……」

 レニエ様がこの場にそぐわない優しい笑顔でそう言うと、父は顔を青くしながらも首を縦に振った。お二人が隣の応接間に向かうと、室内は何とも言えない妙な空気が広がった。別室とはいえ二侯爵が近くにいると落ち着かないのだろう。父もデュノア伯爵も出仕したことがないから上位文官が近くにいるだけでも緊張するのかもしれない。文官が屋敷に来るのは監査や王家や王宮からの文書が届く時だから、いい印象がないのだろう。

「そ、それでは婚約破棄の件、話をさせて貰おう」

 デュノア伯爵がそう切り出し、婚約破棄の手続きが勧められた。婚約した時点で契約が交わされているし、既に父同士の話し合いは終わっているらしく、条件を互いに付き合わせて確認していくだけだった。こちら有責で慰謝料の支払いもあったが、金額も妥当なものだった。そのまま問題なしとして父らが署名し、その後私とジョセフ様が署名した。後はこれを王宮に出して受理されれば婚約は破棄される。

「それでは、後はこの書類を提出するだけですな」
「ああ、だったらそれはリサジュー侯爵にお渡ししましょう。閣下はこの手の手続きの担当者ですから直ぐに手続きして下さいますよ」

 そう言ったのはエドモンで、デュノア伯爵が表情を険しくした。弟の連れてきた上司だから警戒しているのかもしれない。

「父上、心配無用ですよ。心配ならこのまま私が王宮に届けますよ」

 そう言ったのはジョセフ様で、彼は侯爵が来た理由を知っているらしい。

「い、いや。そういう訳では……」
「リサジュー侯爵はシャリエ伯爵の味方ではありませんからね」
「な! ジョセフ殿、それはどういう……」

 ジョセフ様がさらっと放った言葉に父は一層顔を青くした。

「言葉の意味そのままですよ。エドモン君はリサジュー侯爵に気に入られていますからね」

 そう言われた父は何も言い返さなかった。表情を取り繕うとしているけれど、残念ながらそれは失敗していた。

「わかった。リサジュー侯爵にお願いしよう。一刻も早く手続きをお願いしたい」
「はい。そうお伝えしておきますね」

 エドモンが笑顔で答えていた。もしかしたら職場に戻ったらそのまま裁可されるかもしれない。ジョセフ様は自分よりもリサジュー侯爵を選んだ父親を皮肉な笑みを浮かべて眺めていた。

「では、我々はこれで失礼する」

 長居は無用とばかりにデュノア伯爵が立ち上がり、夫人とジョセフ様がそれに続いた。その時だった。バタバタと貴族の屋敷にはそぐわない足跡が近づいてきた。

「ジョセフ様がいらっしゃっているのですって! どうして教えて下さらなかったの、お父様!?」


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