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呼び出しに備えて

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 翌々日、エドモンと会った。実家の様子を見に行きたかったけれど、仕事が立て込んでいてそんな暇がなく、下手に行けば余計なトラブルが増えるようで気が引けたのもある。エドモンにも行かなくて正解だったと言われた。

「父上から連絡がきたよ。五日後に家に来いと」
「私にもよ。急に言われても困るわ。休みの調整があるのに……」
「姉さんのところは人数が少ないから大変だよね。それに、フィルマン様のこともあるし」
「そうね……」

 エドモンはフィルマン様に悪い感情はなかったから、大袈裟だと思っただろうか。

「未練がましくてちょっと引いたよ。そんな風には見えなかったんだけどなぁ」
「エドモンがそんな風に言うなんて意外だわ。フィルマン様に同情的だったでしょう?」
「そりゃあね。色々世話になったから」

 確かにエドモンはフィルマン様を兄のように慕っていた。

「でも、姉さんよりも大事なんてことはないよ」
「ありがとう」

 当然のようにくれるその言葉が嬉しい。

「お父様の呼び出しの理由、聞いている?」
「いや、父上の手紙には家に来い、大事な話だとしか書いてなかったよ」

 エドモンも何の話か知らなかったらしい。私はレニエ様から聞いた話をエドモンに話した。

「ミレーヌがねぇ……あいつ、見目がいい男なら誰でもいいのか?」

 さすがにエドモンも呆れていたけれど同感だった。ミレーヌの基準はわかりやすく、まず見栄え、その次に爵位の高さと経済力だ。でも、いくら爵位が上で裕福でも見目が悪ければ見向きもしない。お陰であちこちに敵を作っているとも言える。

「こうなると、本気で家を出ることも考えた方がいいかも……」
「当てはあるの? 婿入りの話もあるんでしょう?」
「まぁね。上司からそういう話はいくつか貰っているよ」

 嫡男だけど優秀で人懐っこいエドモンにはそういう話は子供の頃からあった。昔は社交辞令だったろうけど今はどうだろう。

「でも、それとは別にとある家から婿に来ないかって誘われている」
「そうなの? どこの家から……」
「う~ん、色々あってまだ話せないんだけど、うちよりも家格は上だよ」
「上から? でも、ミレーヌのことが問題になるんじゃ……」
「そんなの気にしない家だからそこは大丈夫だよ」

 自信満々に言われたけれど、大丈夫なのだろうか。確かにエドモンは当主業も出来るし、社交的で要領もいいから婿に入っても上手くやっていけるだろうけど。

「それよりも姉さんは? 誰かいい人いないの?」
「それは……」

 話してもいいのだろうか、レニエ様のことを。でも、まだ話していいとは言われていない。

「いない訳じゃないんだけど……その、まだ話していいのかわからなくて……」
「そっか」

 躊躇ってしまったけれど、エドモンもそれ以上追及してこなかった。有り難い。今度レニエ様に確認してみよう。

「まぁ、父上が何を言い出すのか心配だから、手を打っておいた方がいいかもね。姉さんも相手がいるならそれまでに話を付けておいたほうがいいかも。また勝手に婚約者を決めてくる可能性もあるからね」

 冗談ではないから頭が痛かった。ジョセフ様の時も一方的に決められて反論すら聞いて貰えなかったのだ。
 そのジョセフ様とも音信不通だ。実家に手紙を送ったけれどそのまま返されてしまった。その頃には既にデュノア伯爵家の怒りを買っていたのだろう。婚約破棄になるのが決まっているから職場に連絡するのも憚られる。職場も棟が違うから偶然会う可能性も低い。連絡を取るのは無理そうだった。




 実家に帰る前々日、残業になってしまった。しかもレニエ様も一緒だ。話しかけるタイミングを計っていたところだったので有り難かった。翌々日実家に帰ること、父から話があると連絡があったことを話した。

「そう。シャリエ伯爵が……」
「ミレーヌの件だとは思いますが、何の話かは弟も聞いていませんでした」
「そう。デュノア伯爵家からは婚約破棄したい旨の申し出があったそうだ」
「そうですか……ジョセフ様に手紙を出したけれど、そのまま返されました」
「ああ、伯爵は相当お怒りだったからね。ジョセフ君の廃嫡願いも出ていたよ」
「廃嫡願い!? ジョセフ様に?」

 それは思いもしなかった。今回の件はミレーヌが問題で、ジョセフ様は巻き込まれた側だろうに。

「伯爵はジョセフ君が妹君と噂になったのを問題視してね。そうなったこと自体、次期当主としての自覚がないと」
「そんな……」

 確かに一度はミレーヌを拒絶しながら、その後好きにさせていたのはどうかと思う。でもそれも婚約を解消するためだっただろう。それに彼の華やかな噂は今に始まったことじゃないのに……

「ジョセフ様のせいではないのに……」
「でも、彼は廃嫡を望んでいたからね。こうなってホッとしているだろう」
「ですが……」
「彼には彼の事情があるんだよ。私からは話せないけれど、彼がそう考える気持ちはわかる」
「そう、ですか」

 レニエ様はその理由をご存じなのか。そう仰るのならその通りかもしれないけれど……

「ああ、廃嫡はされても勘当はされないそうだ。彼の能力なら自力で文官爵を得ることは出来るだろう」

 文官爵は騎士爵の文官版で、次男三男などの爵位を継げない者を対象にした一代限りの爵位だ。一定の実績があり、試験に受かれば得られる。ジョセフ様ならその資格は十分におありだろう。

「ジゼル嬢が家に行くのは午後から?」
「はい。そう言われています」
「そう。だったら私も一緒に行こう」
「え?」
「どうせ話し合いは婚約破棄の件だろう。だったらその場で申し込んでしまった方が早い。どこから横やりが入るかわからないからね」

 まさか一緒に行くことになるなんて。でも、仕事は大丈夫なのだろうか? ただでさえ休みなく働かれているのに、今はフィルマン様の分も負っていらっしゃるのに。

「大丈夫だよ。ジゼルにも弟君にも、悪いようにはしない。二人には今までの分も幸せになって欲しいからね」

 大きな手がそっと髪を撫でる仕草が優しい。エドモンのことまで考えて下さっていたのも嬉しい。あの子も婿養子の話を決めてくるのかもしれない。だったらもう心配することはないだろう。私たちに害がなければ父とミレーヌは好きにすればいいのだ。




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