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婚約者と妹

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 エドモンの話を聞いた後、家に戻ったのはそれから四日後だった。今日はジョセフ様とのお茶の約束だ。あまり気が乗らないけれどミレーヌの様子も気になる。頭の痛さに気が滅入りながらジョセフ様を迎える部屋に向かった。侍女が扉を開けてくれたので中に入ると、一層頭が痛くなった。

「まぁ、お姉様、遅いですわよ!」

 あなたと違ってこっちは仕事があるから暇じゃない。そう言いたい言葉を呑み込んだ。

「ジョセフ様、わざわざお越しくださり、ありがとうございます」

 ミレーヌを無視して、その隣に座るジョセフ様に挨拶をした。何度注意されてもミレーヌには理解出来ないらしい。やっぱりジョセフ様に押し付けた方が得策かもしれない。そんな気がしてきたけれど、その先にあるのがアルマン様との結婚だと思うとそういうわけにもいかない。能天気なミレーヌをひっぱたいてやりたい衝動を辛うじて抑えた。

「久しぶりだね、ジゼル嬢」
「ええ、ジョセフ様もお元気そうで」

 仕事用の笑顔を張り付けながら、彼らの向かい側に腰を下ろした。私が来ても席を立とうとしないミレーヌと、それを諫めようともしないジョセフ様。やはりこの二人をくっ付けた方が早そうだと確信した。アルマン様の方はエドモンに相談した方がいいかもしれない。いや、ルイーズ様か室長がいいだろうか。政敵との婚約となれば、お二人も動いて下さるかもしれない。いや、そうなるだろう、きっとそうなる筈だ。私の心は決まった。

「ジョセフ様、先日は妹がお世話になりましたわ」
「何のことかな?」

 柔らかい笑みは確かに女性を虜にするものだろう。でも、この人も一筋縄ではいかない人物だと忘れてはいけない。あれだけ女性関係が派手でも訴えられたという話は聞かないから、立ち回りが上手いのだろう。

「バリエ伯爵家の夜会ですわ。妹のエスコートをして下さったとか」
「ああ、あのことか」
「お姉様! そうなんですの! ジョセフ様はとってもダンスがお上手なのですよ!」

 誰もあなたの意見なんか求めてはいない。そう言いたいけれど言えば騒ぐので、そうなのねと言うに留めた。無視したいけれど、それも面倒だ。

「社交界でもお二人のことが噂になっていますわ」
「そうかい? いずれ妹になる方だからね。困っている時に助けるのは当然だよ」
「ジョ、ジョセフ様、そんな!」

 しれっとジョセフ様はあれを社交辞令だと言い放った。確かにそう言われればそれ以上追及するのは難しいだろう。個室に籠ったわけでもなく、ただ一緒にいただけだから。

「あら、ミレーヌはそう思っていないようですよ?」
「そうかい? それならミレーヌ嬢は随分と初心だったんだね。すまなかった、ミレーヌ嬢。どうも私は女性との距離が近くなってしまうらしい。私が望んだわけじゃないんだけどね」

 悪びれることなくそう言ってしまえるのは大したものだなと思った。これも性格と経験値の差だろうか。

「そんな……ジョセフ様、酷いです!」
「あら、ミレーヌ、どこが酷いの?」

 ジョセフ様に縋りつこうとするミレーヌに、思わず尋ねてしまった。

「どこって……だって……」

 自分で言ったのに理由は言えないらしい。男性は皆自分の味方に難ると信じて疑わないのは変わらない。

「ジョセフ様は私の婚約者で、あなたは未来の義妹よね」
「そ、そうですけど……」
「そうだね。私は君が困っているみたいだったから側にいるのを許したけど。もしジゼル嬢がいたら君の相手は出来なかっただろうな」
「そ、そんな!」

 婚約者がいればそうなるだろうに何を驚くのだろう。この様子だとミレーヌが一方的に付き纏っているだけで、ジョセフ様の方は全く何とも思っていないのだろう。それはそれで困った……

「ひ、酷いわ、ジョセフ様! あんなに優しかったのに……」
「それは当然だよ。未来の妻の大事な妹だからね」
「……ッ! し、失礼しますっ」

 言葉に詰まったミレーヌは立ち上がると部屋から出て行った。一瞬こちらを気にしたのは追いかけて来てくれると思ったからだろうか。

「申し訳ございませんでした、ジョセフ様」
「いや、構わないよ。相変わらず子供だね、彼女は」
「教育が行き届かず、申し訳ございません」

 私のせいではないと思うけれど、姉として、シャリエ家としての謝罪は必要だろう。

「ああ、謝らなくてもいいよ。あれは君のせいじゃないだろう?」
「それでもです」
「責任感が強いんだね。でも、あの子のことは父君のシャリエ伯爵の責任だよ。姉だからって君が背負うことはないよ」

 驚いた。そんな風に言われたのも初めてかもしれない。

「私も悪かったと反省しているよ。妹になると思って気安くしすぎた。そうだね、あの子はそういう子だったよね」
「そういう子って……」
「自分大好きで可愛ければ何でも許されると思っている子。それがこの先も有効だと思っているってこと」

 全くその通りで、よくお分かりですねと褒めたくなってしまった。そう言いたい衝動を抑えた。

「あれでは伯爵家の夫人業など務まらないだろうね。愛人になって可愛がられている方が本人も幸せかもしれない」
「……仰る通りです」

 悲しいがその通りだ。あの子には伯爵夫人どころか子爵夫人も無理だろう。家政のかの字も理解していないのだから。あれでよく侯爵夫人になろうと思ったなと思う。何も考えていないだけだろうけど。

「それで、彼女の婚約者候補、バリエ伯爵家の令息なの?」
「父からは何も。ですが、デュノア伯爵様のお話では、私たちの縁談がまとまったら妹にグノー公爵様の縁者をご紹介頂けると申しておりました」
「グノー公爵の、ね。姉の君がルイーズ様の文官だって言うのに?」
「はい」
「そうか。なるほどね」

 ジョセフ様が顎に手を当てて考え込んでしまった。

「あの……ご存じなかったのですか?」

 デュノア伯爵から何も聞いていなかったのだろうか。彼の家はグノー公爵寄りなのに。

「ああ、私は父に嫌われていてね。本当は弟を後継にしたがっているんだ。だったら私のことなどさっさと廃嫡してくれればいいのに、頭が固いから嫡男が継がないのは外聞が悪いと頑なでね」

 困っているんだよと眉を下げる表情は年よりも幼く見えた。いい人なのか何なのか、わかり難い。でも……

(どうしよう、ミレーヌとくっ付ける計画が……)

 バリエ伯爵家との縁談にはならないだろうけれど、これでは益々ジョセフ様との結婚話が避けられなくなってしまった。



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