『完結』孤児で平民の私を嫌う王子が異世界から聖女を召還しましたが…何故か私が溺愛されています?

灰銀猫

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出迎えの準備

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 ルネとマリアンヌ様を退出させたジルベール殿は、茶を入れ直した侍女がドアの向こうに消えたのを確認すると、私に視線を向けた。それは遮音の魔術を乞う合図だ。これから話す事は他に漏らしたくないのだろう。

「さて、セレン殿。どんな手でセザール達をもてなすつもりだ?」

 にっこりと人畜無害な笑顔を浮かべたが、その奥に強い憤りを糧にした感情が見えた。王都にいた時は生真面目な印象が強かったジルベール殿も、ここバズレールに来てからは随分と表情豊かになったものだ。これはルネの姉代わりだというレリアといい勝負だろう。彼女も王都にいた時は能面のように表情が変わらなかったが、今では年相応の女性らしい愛らしい笑顔をするようになった。あの無能な国王や見た目だけの弟妹に見下されながら、王太子たれとの名目で理不尽な扱いを受けていた彼も、面倒な枷が外れて本来の姿が表に出てきたのは疑いようもなかった。

「そうですね、民に罪はありませんし、ターゲットは彼らだけでいいかと」
「そうだな。最近は天災が続いて民も疲労している。巻き込むのは忍びないからな」

 そう、頼りの結界が綻び始めているというのに彼の国は、他の対策をろくに講じず、今や国力が落ちる一方だ。ジルベール殿はそれを何とか阻止したいと考えていたが、父王や弟妹の身勝手さに呆れ、また日頃から彼らのマリアンヌ様への態度を忌々しく思っていた彼は、彼らを捨てる未来を選んだ。その選択に私達の存在が大きく影響していたのは明らかだったが、一方で彼らの手を取るのは居場所のない私には必然だったかもしれない。
 いや、私一人なら居場所など不要だっただろう。魔術があればどこででも生きていける。
 だが私は、ルネという得難い存在を知ってしまった。彼女なしの人生など考えられないほどに。そしてそんな彼女は、先の見えない放浪生活には向かない性格だった。頑固なほどに真面目な彼女に不安定な生活は、心労が絶えないだろう事は明らかだった。
 だからこそ、バズレールの大公になるというジルベール殿の案に乗ったのだ。バズレールの魔獣を何とか出来れば、あの国はフェローなどよりも豊かな国になるという。実際、百年ほど前まではこの周辺一の交易国で、国土は小さくとも他国よりもずっと力を持っていたというのだ。これは新たな国造りのようなものだ。それも面白そうだと感じた私は、彼の手を取ったのだ。

 お茶を淹れ直した後に始まった雑談の延長で、今後の方針は決まった。フェローからバズレールには街道が伸びているが、バズレール側には崩れやすい崖があり、よく通行止めになっている場所があった。大雨が降るたびに崩れるため、彼らの足止めにちょうどいいだろう。

「ああ、そこか…あの崖は確か、何とかして欲しいと地元から陳情が上がっていたな」
「ええ、危険だからと言えば、彼らも遠回りせざるを得ないでしょう」
「そう、だな…」

 彼もこの案に反対はないようだが、なんとも歯切れが悪かった。確かにあの崖は重要な街道の難所の一つで、こちら側としても対策が必要だとの共通認識だ。ならば…

「でしたら、崖を後顧の憂いなく崩してしまいますか?
「何を…?」
「崩れやすくて困っているなら、崩れないよう先に崩してしまえばいいのですよ」

 崩れるのは、土壌が緩く不安定だからだ。こんな場所は崩れやすい部分を崩してしまうのが手っ取り早い。土砂の撤去に日を有するが、一度やってしまえばその後は楽になる。そう告げると、その場にいた者が信じられないものを見る様な目で私を見た。

「そんな事が可能なのか?」
「ええ、元の世界ではよく使われていた手です」

 そう、元の世界では土木工事も魔術に寄ることが大きかった。一時的な応急処置から、先を見越しての大掛かりな工事もだ。橋を架けるのは無理でも、その為に一時的に川の流れを変える、などはよく行われていた。もっとも、自然相手は大量の魔力を消費するから、元の世界でも頻繁に出来る事ではなかったが。

「民への被害は…」
「先に近寄らないようにと通知しておけば問題ないでしょう」
「先に…なるほど、確かにそれなら…」
「ええ。実際に崩れてしまえば、フェローからのご一行も、迂回せざるを得ないでしょう」

 街道が崖崩れとなれば、彼らは大きく迂回しなければならない。公式訪問なので、日程よりも大きく遅れて到着されてもこちらも困るが、迂回するだけなら三、四日余分に時間がかかる。彼らは大人数の上に大型の馬車で来ているから、元より動きは遅い。だったらちょうどいい時間稼ぎになるだろう。

「どれくらいで出来る?」
「先日、国境の視察をした際、国境沿いの主要な街道などに目印をつけてきました。それがあれば魔術で移動が簡単にできます。今日にでも可能ですよ」
「今日だと…そう、か…では、頼む」
「畏まりました。あと、後始末の手配もお願いします」
「ああ、それは近くに住む職を失った者達に頼もう。あの辺りは仕事がないから日当を出せば喜んで協力してくれるはずだ。あの場所が崩れる心配がなくなれば、我が国にもメリットは大きいからね。詳しい事はエドガール、任せた」
「仰せのままに。これで我が領の懸念が一つ減りますな」
「うむ、喜ばしい事じゃ。この地は地の利が財産でもある。街道の安全が保証されれば交易も盛んになるからな」

 コーベール侯爵やエドガール殿もこの案に異論はなかった。そしてこんな時、ジルベール殿は人も金も出し惜しまない。それは君主として非常に得難い資質の一つだろう。それでいて自身は質素を好むのだ。彼が散財するのはいつもマリアンヌ様に関してだけだが、それも大公という地位の割にはささやかなものだ。

「ふふっ、全くセレン殿の魔術は役に立つな」
「そう言って頂けるのは光栄ですね」
「だが、崖を崩すなど大がかりな魔術を使って大丈夫なのか?それでなくてもこの国に結界を張っているのに」
「元より身を滅ぼすほどの魔力がありましたし、こちらの世界は元の世界と比べても利きがいいのですよ。だから問題ないかと」
「そうか。ならいいのだが…」
「ただ…」
「ただ?」
「魔術が使えるのは私一人です。どうか魔術がない前提での国造りをお願いします」
「ああ、わかっている。結界も五年だけの約束だ。我らのものではない力を当てにする危険性は十分理解しているつもりだよ」

 力強く、迷いなくジルベール殿はそう答えた。そう、私の力は恒久的なものではない。私が死ねばそれまで、私が死ねばリアは彼らに手を貸さないだろう。だからこそ、イレギュラーな力を当てにされては困るのだが…どうやらそれは杞憂に終わりそうだ。



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誤字報告、ありがとうございます。
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