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新天地にて
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「ルネ様、大公妃様がお呼びです」
「マリアンヌ様が?」
「ええ、大公様の執務室でお待ちしていると」
「わかったわ、直ぐに参ります」
ジルベール王太子殿下が王太子を辞し、ここバズレール大公になられてから一年。私はジルベール様に従ってこの地に移り住み、マリアンヌ様にお仕えしています。侍女からの伝言を聞いた私は、直ぐに大公妃であるマリアンヌ様がいらっしゃる執務室へと向かいました。
ジルベール王太子殿下が廃嫡を望み、バズレール公国を望まれた事は、国に大きな衝撃をもたらしました。というのも、バズレール公国領は我がファロー王国にとってお荷物とも言える土地だったからです。
バズレール公国は、今から八十年ほど前までは独立国としてあった国でしたが、百年前に魔獣の大量発生に遭い、そこから国が衰退して、八十年前には完全に公国としての体を失いました。結局、魔獣を抑えるのが難しい事から、その後は隣接する四か国が共同で見守る事になったのですが、余りにも危険で何の益にもならない土地です。互いに押し付け合いが続き、最終的には地形的に最も移動が容易いファロー王国が受け容れる事になったのですが…厳しい環境と財政事情に領主を置いても続かず、三十年前からは王領の直轄地としてただあるだけの存在でした。
そんな場所を王太子殿下が望んだのだから、陛下も貴族も平民ですらも、「王太子殿下はとうとう気が触れた」と大騒ぎになったのです。
でも、陛下の行いに失望したジルベール様の意志は固く、認めないなら平民となって大公領に引き籠ると言い出したため、陛下が渋々お認めになったそうです。ただ、あまりにも厳しい環境なので、直ぐに音を上げて謝ってくるだろう、との思惑が陛下にはあったのだとか。実際、これまでもこの地を治めて名を上げようとした貴族もいるのですが、皆悉く失敗しているため、陛下達はジルベール様にお灸をすえるつもりで大公領を下賜されたのでした。
それから一年。今のところ国王陛下の望むような展開には至っていません。それどころかジルベール様は、お連れになった側近やお妃であるマリアンヌ様とその一族、またこれまでバズレールを統治していた領主たちの協力を仰ぎ、ゆっくりではありますが改革を進めていらっしゃいます。
ジルベール様は以前から陛下のやり方には反対だったらしく、また、このバズレールの惨状に心を痛めておられたそうです。そんな中セレン様に出会い、セレン様の力があれば魔獣を抑える事が可能だとわかると、益々この地を何とかしたいとの思いが強まったのだとか。あの騒動で陛下達がセレン様を亡き者にしようとした事で、ジルベール様は心をお決めになったそうです。
ジルベール様はセレン様に協力を求め、このバズレールの魔獣を抑える結界を張り、その上でこの地に悪意がある者は侵入出来ないような結界も張ったそうです。それらが功を奏して以前よりも魔獣の被害が減り、改革は少しずつ進んでいます。
そして私は…セレン様やジルベール様から誘われて、この地に一緒にやってきました。王都にいてはセザール殿下達にまた聖女に戻される可能性もあり、それはどうしても避けたかったからです。また、セレン様の魔力過多も私の聖力不足も解決したわけではありません。お互いの身体のためにも離れるという選択肢がなかった、とも言えます。
そして私は今、結界の維持とマリアンヌ様の話相手としてお仕えしています。王族にお仕えするなんて恐れ多いと躊躇した私でしたが、私も一時期はセザール殿下の婚約者で王子妃教育を受けていた事と、マリアンヌ様と年が近い者が少なかったのもあります。さすがにこんな危険な地について来ようと言うご令嬢はいなかったし、いても家族が許さなかったでしょう。
「マリアンヌ様、いかがなさいましたか?」
「ああ、ルネ。待っていたわ」
部屋に通されると、そこには大公ご夫妻と大公領の宰相となられた大公妃マリアンヌ様の父君のコーベール公爵、大公様の側近のエドガー=アロシュ様、そして…セレン様がいらっしゃいました。
「セレン様?」
「ルネ、久しぶりだね。元気そうでよかったよ」
「ご帰還なさったのですか。予定では明後日だと…」
「ああ、思った以上に順調に進んでね。予定よりも早く戻れたんだ」
「そうだったのですね」
そう、セレン様は一月前から、マリアンヌ様の兄上のマリユス様率いる騎士団と共に、このバズレール公国の国境地帯の視察と調査で留守にされていたのです。この公国の現状とセレン様が張った結界の状況を確認するためのもので、それには結界を張った当事者でもあるセレン様の同行が必須だったからです。
「それで…国境はどうだった?」
「そうですね。結界は問題ないでしょう。範囲もファロー王国の三分の一くらいですし、殆どが森林と山ですから。山脈に沿う国境は隣国が攻めて来るには険し過ぎるので、それほど強固な結界も不要です。ただ…」
「何か?」
「魔獣の数は想定以上のようですね。マリユス殿が報告書をまとめられるでしょうが、予想よりも多いと皆が口々に言っていました」
「そうか…」
今回は結界の様子以上に、魔獣たちの調査がずっと重要視されていました。ファロー王国でも定期的な調査はしていましたが、ここ十年ほどは形だけのものになっていて、詳しい事がわかっていなかったのです。今回、手始めに調査が入りましたが、どうやらジルベール様達の想像以上に魔獣が増えていたようで、皆さん、難しい表情です。
「まぁ、それもこれからだな。セレン殿も今日はもう帰って休んでくれ。また後日報告を聞こう」
「そうですね。さすがに一月も野宿続きだったので、風呂に入ってゆっくりベッドの上で休みたいですね」
「ああ、明日は休んでくれていい。ルネ嬢も、明日はセレンとゆっくり過ごすといい」
「ありがとうございます」
ジルベール様にそう言われて、セレン様と一緒に私も退出しました。
「マリアンヌ様が?」
「ええ、大公様の執務室でお待ちしていると」
「わかったわ、直ぐに参ります」
ジルベール王太子殿下が王太子を辞し、ここバズレール大公になられてから一年。私はジルベール様に従ってこの地に移り住み、マリアンヌ様にお仕えしています。侍女からの伝言を聞いた私は、直ぐに大公妃であるマリアンヌ様がいらっしゃる執務室へと向かいました。
ジルベール王太子殿下が廃嫡を望み、バズレール公国を望まれた事は、国に大きな衝撃をもたらしました。というのも、バズレール公国領は我がファロー王国にとってお荷物とも言える土地だったからです。
バズレール公国は、今から八十年ほど前までは独立国としてあった国でしたが、百年前に魔獣の大量発生に遭い、そこから国が衰退して、八十年前には完全に公国としての体を失いました。結局、魔獣を抑えるのが難しい事から、その後は隣接する四か国が共同で見守る事になったのですが、余りにも危険で何の益にもならない土地です。互いに押し付け合いが続き、最終的には地形的に最も移動が容易いファロー王国が受け容れる事になったのですが…厳しい環境と財政事情に領主を置いても続かず、三十年前からは王領の直轄地としてただあるだけの存在でした。
そんな場所を王太子殿下が望んだのだから、陛下も貴族も平民ですらも、「王太子殿下はとうとう気が触れた」と大騒ぎになったのです。
でも、陛下の行いに失望したジルベール様の意志は固く、認めないなら平民となって大公領に引き籠ると言い出したため、陛下が渋々お認めになったそうです。ただ、あまりにも厳しい環境なので、直ぐに音を上げて謝ってくるだろう、との思惑が陛下にはあったのだとか。実際、これまでもこの地を治めて名を上げようとした貴族もいるのですが、皆悉く失敗しているため、陛下達はジルベール様にお灸をすえるつもりで大公領を下賜されたのでした。
それから一年。今のところ国王陛下の望むような展開には至っていません。それどころかジルベール様は、お連れになった側近やお妃であるマリアンヌ様とその一族、またこれまでバズレールを統治していた領主たちの協力を仰ぎ、ゆっくりではありますが改革を進めていらっしゃいます。
ジルベール様は以前から陛下のやり方には反対だったらしく、また、このバズレールの惨状に心を痛めておられたそうです。そんな中セレン様に出会い、セレン様の力があれば魔獣を抑える事が可能だとわかると、益々この地を何とかしたいとの思いが強まったのだとか。あの騒動で陛下達がセレン様を亡き者にしようとした事で、ジルベール様は心をお決めになったそうです。
ジルベール様はセレン様に協力を求め、このバズレールの魔獣を抑える結界を張り、その上でこの地に悪意がある者は侵入出来ないような結界も張ったそうです。それらが功を奏して以前よりも魔獣の被害が減り、改革は少しずつ進んでいます。
そして私は…セレン様やジルベール様から誘われて、この地に一緒にやってきました。王都にいてはセザール殿下達にまた聖女に戻される可能性もあり、それはどうしても避けたかったからです。また、セレン様の魔力過多も私の聖力不足も解決したわけではありません。お互いの身体のためにも離れるという選択肢がなかった、とも言えます。
そして私は今、結界の維持とマリアンヌ様の話相手としてお仕えしています。王族にお仕えするなんて恐れ多いと躊躇した私でしたが、私も一時期はセザール殿下の婚約者で王子妃教育を受けていた事と、マリアンヌ様と年が近い者が少なかったのもあります。さすがにこんな危険な地について来ようと言うご令嬢はいなかったし、いても家族が許さなかったでしょう。
「マリアンヌ様、いかがなさいましたか?」
「ああ、ルネ。待っていたわ」
部屋に通されると、そこには大公ご夫妻と大公領の宰相となられた大公妃マリアンヌ様の父君のコーベール公爵、大公様の側近のエドガー=アロシュ様、そして…セレン様がいらっしゃいました。
「セレン様?」
「ルネ、久しぶりだね。元気そうでよかったよ」
「ご帰還なさったのですか。予定では明後日だと…」
「ああ、思った以上に順調に進んでね。予定よりも早く戻れたんだ」
「そうだったのですね」
そう、セレン様は一月前から、マリアンヌ様の兄上のマリユス様率いる騎士団と共に、このバズレール公国の国境地帯の視察と調査で留守にされていたのです。この公国の現状とセレン様が張った結界の状況を確認するためのもので、それには結界を張った当事者でもあるセレン様の同行が必須だったからです。
「それで…国境はどうだった?」
「そうですね。結界は問題ないでしょう。範囲もファロー王国の三分の一くらいですし、殆どが森林と山ですから。山脈に沿う国境は隣国が攻めて来るには険し過ぎるので、それほど強固な結界も不要です。ただ…」
「何か?」
「魔獣の数は想定以上のようですね。マリユス殿が報告書をまとめられるでしょうが、予想よりも多いと皆が口々に言っていました」
「そうか…」
今回は結界の様子以上に、魔獣たちの調査がずっと重要視されていました。ファロー王国でも定期的な調査はしていましたが、ここ十年ほどは形だけのものになっていて、詳しい事がわかっていなかったのです。今回、手始めに調査が入りましたが、どうやらジルベール様達の想像以上に魔獣が増えていたようで、皆さん、難しい表情です。
「まぁ、それもこれからだな。セレン殿も今日はもう帰って休んでくれ。また後日報告を聞こう」
「そうですね。さすがに一月も野宿続きだったので、風呂に入ってゆっくりベッドの上で休みたいですね」
「ああ、明日は休んでくれていい。ルネ嬢も、明日はセレンとゆっくり過ごすといい」
「ありがとうございます」
ジルベール様にそう言われて、セレン様と一緒に私も退出しました。
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