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結界の術式
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セレン様が王太子殿下に結界を見せて欲しいと頼んでから三日後。再び王太子殿下が離宮にいらっしゃいました。きっと先日の結界の件についてなのでしょう。
「アシャルティ殿、結界をご覧頂く許可を得ました」
「そうですか。それで、いつ頃に?」
「こちらはいつでも結構です。アシャルティ殿と結界の事は、陛下から一任頂きましたので、私がご案内しましょう」
どうやら陛下はこの件を王太子殿下にお任せする事にされたようです。実際にセレン様の元にいらっしゃるのは王太子殿下ですし、お歳も近いのでその方が話しやすいと陛下は思われたのでしょう。
早速私達は天明宮へと向かいました。久しぶりに訪れた天明宮は、今日も静寂に包まれていました。ここは許可された者しか出入りできませんし、普段は神官と私しか入れません。護衛騎士でも、入り口までしか入る事は出来ないのです。
「ここが…聖力を送る部屋か…」
やってきたのは、いつも私は祈りを捧げていた部屋でした。この部屋には聖貴晶と呼ばれる結界を維持するために使われる大きな水晶玉があり、その周りには四つの小さい聖貴晶があって、小さい四つの石に聖力を流し込む事で結界を維持しています。
「…なるほどね…」
私と王太子殿下は聖貴晶から少し離れたところに佇んでいましたが、セレン様は室内を歩き回りながら興味深げにあちこちをご覧になっていました。そして最後には、床に描かれた文様を真剣な表情でご覧になっていました。
「アシャルティ殿、その床に何か?」
「ああ、ここに結界の術式が書かれているのですよ」
「え?」
「見えませんか?」
「ええ。私には…ただの白いタイル状の床しか…」
「ええっ?」
思わず声が出てしまいました。だって床にはくっきりと、金色の複雑な文様が描かれているのです。
「ああ、ルネにはこの術式が見えるんだね?」
「え、ええ…ここに金色の文様が…これが術式なのですか?」
「凄いね、ルネは。これが見えるなんて相当な力がないと無理だよ」
「ええっ?そうなのですか?」
ずっと床の装飾だと思っていたものが術式だったなんて…意外でした。私はてっきり、聖貴晶の辺りに術式というものがあるのだと思っていました。
「どうやら殿下には見えないようですね」
「ええ、私には真っ白な床にしか…」
「そうですか。でも、確かにここに結界の術式がありますよ。しかもかなり精巧で高度な術式だ。ですが…これではあまり意味がないでしょうな」
セレン様の言葉に、私と王太子殿下はほぼ同時にセレン様に視線を向けました。
「どういうことですか?」
「無駄が多すぎるのですよ。力が豊富にあった時代ならまだしも、今では半分も効果がない。これでは近い将来結界の意味がなくなるでしょうね」
「そんな…」
セレン様の指摘に、王太子殿下は驚きと戸惑いの表情を浮かべられています。それもそうでしょう、結界がなくなれば魔獣や他国から攻め入られてしまうのです。それは国の存続の危機でもあるので、殿下の反応は当然でしょう。
「では、どうすれば…」
「結界の術式を今に合せて変えるしかないでしょう」
「書き換えを…」
「ええ。どうせこのままでは使い物にならなくなる。書き換えるか、結界に頼らない道をとるかでしょうね」
複雑でまるで芸術的にすら見える結界の文様は、私には何を意味しているのか全く分かりません。でも、セレン様はそんな文様に意味を見出し、その効果を理解されたようです。一体、セレン様のいた世界の魔術とは、どれほど素晴らしいものなのでしょうか。最近親しくさせて頂いていたセレン様でしたが、私は改めて彼が私達とは別の理の世界の方なのだと強く感じ、急に遠い人のように感じました。
後日、王太子殿下は、他にこの術式が見える者がいないかをお調べになり、その結果を伝えにこられました。でも今日は何だか表情が冴えませんし、かなりお疲れのようです。
「何か、あったようですね」
セレン様が何かを察したようにそう尋ねると、王太子殿下は表情を歪められました。
「実は…あの術式を見る者が他にいないか調べたのですが…」
「誰もいなかった、と?」
「そうなのです。しかも、その事に神官たちが反発して…」
「反発?」
「ええ。聖なる結界が足元になどある筈がないと、セレン殿の言う事は信用ならないと…」
「まぁ、言いたい事はわかりますよ。誰も目視出来ないのなら証明のしようもないし」
「…すまない」
「別に謝る必要はありませんよ。それで、殿下はどうお考えで?殿下も彼らの言うように、私が嘘をついていると?」
「いや、それはないと私は思っている。ルネ殿も見えていると言うし、そもそもセレン殿が嘘をつくメリットが私には見当たらない」
「この国を滅ぼそうとしているかもしれませんよ?」
「だったらとっくにそうしているでしょう?侍女や護衛への態度も丁寧なあなたが、そんな事をする筈がない。だが…神官たちは…その、言い難いのだが…セザールがしたのは聖女召還ではなく、悪魔召喚だと…」
「悪魔召喚?」
思いがけない言葉に、私は思わず声が出てしまいました。
「ルネ殿はご存じか…」
「え、ええ。聖女教育で…」
そうです。悪魔と悪魔召喚については、聖女教育で習いました。まだ聖力が豊かだった時代、一部の堕落した者達が悪魔を召喚し、甚大な被害を王国に与えたとの言い伝えがあります。でもその事を知る者は僅かですし、その方法は危険だからと徹底的に抹消されたと聞きます。でも…
「まさか…セレン様が悪魔だと?」
セザール殿下がやったのは悪魔召喚だとなれば、必然的にセレン様が悪魔と言う事になってしまいます。いえ、そもそも聖女召還は正しく聖女を呼び出すものだったのでしょうか…もしかしたら術式が適当で、呼ばれる方は条件が合ったけれど聖女になるような方ではなく、それを失敗したと判断した国がその方を悪魔だと糾弾したとしたら…
「もしかして、昔国に被害を与えた方は、セレン様のように…」
「そうだね。間違った術式で呼ばれた私のような者が、聖女ではない、悪魔だと言われて消されようとしたら…そりゃあ反発して逆に攻撃されるだろうね」
まるで他人事のように冷静にそう仰るセレン様でしたが…今、セレン様が置かれている達がまさにそれです。
「どうやら聖女召還の裏には…国に不都合だと判断され、悪魔だと言って消された者がいたようだね」
「アシャルティ殿、結界をご覧頂く許可を得ました」
「そうですか。それで、いつ頃に?」
「こちらはいつでも結構です。アシャルティ殿と結界の事は、陛下から一任頂きましたので、私がご案内しましょう」
どうやら陛下はこの件を王太子殿下にお任せする事にされたようです。実際にセレン様の元にいらっしゃるのは王太子殿下ですし、お歳も近いのでその方が話しやすいと陛下は思われたのでしょう。
早速私達は天明宮へと向かいました。久しぶりに訪れた天明宮は、今日も静寂に包まれていました。ここは許可された者しか出入りできませんし、普段は神官と私しか入れません。護衛騎士でも、入り口までしか入る事は出来ないのです。
「ここが…聖力を送る部屋か…」
やってきたのは、いつも私は祈りを捧げていた部屋でした。この部屋には聖貴晶と呼ばれる結界を維持するために使われる大きな水晶玉があり、その周りには四つの小さい聖貴晶があって、小さい四つの石に聖力を流し込む事で結界を維持しています。
「…なるほどね…」
私と王太子殿下は聖貴晶から少し離れたところに佇んでいましたが、セレン様は室内を歩き回りながら興味深げにあちこちをご覧になっていました。そして最後には、床に描かれた文様を真剣な表情でご覧になっていました。
「アシャルティ殿、その床に何か?」
「ああ、ここに結界の術式が書かれているのですよ」
「え?」
「見えませんか?」
「ええ。私には…ただの白いタイル状の床しか…」
「ええっ?」
思わず声が出てしまいました。だって床にはくっきりと、金色の複雑な文様が描かれているのです。
「ああ、ルネにはこの術式が見えるんだね?」
「え、ええ…ここに金色の文様が…これが術式なのですか?」
「凄いね、ルネは。これが見えるなんて相当な力がないと無理だよ」
「ええっ?そうなのですか?」
ずっと床の装飾だと思っていたものが術式だったなんて…意外でした。私はてっきり、聖貴晶の辺りに術式というものがあるのだと思っていました。
「どうやら殿下には見えないようですね」
「ええ、私には真っ白な床にしか…」
「そうですか。でも、確かにここに結界の術式がありますよ。しかもかなり精巧で高度な術式だ。ですが…これではあまり意味がないでしょうな」
セレン様の言葉に、私と王太子殿下はほぼ同時にセレン様に視線を向けました。
「どういうことですか?」
「無駄が多すぎるのですよ。力が豊富にあった時代ならまだしも、今では半分も効果がない。これでは近い将来結界の意味がなくなるでしょうね」
「そんな…」
セレン様の指摘に、王太子殿下は驚きと戸惑いの表情を浮かべられています。それもそうでしょう、結界がなくなれば魔獣や他国から攻め入られてしまうのです。それは国の存続の危機でもあるので、殿下の反応は当然でしょう。
「では、どうすれば…」
「結界の術式を今に合せて変えるしかないでしょう」
「書き換えを…」
「ええ。どうせこのままでは使い物にならなくなる。書き換えるか、結界に頼らない道をとるかでしょうね」
複雑でまるで芸術的にすら見える結界の文様は、私には何を意味しているのか全く分かりません。でも、セレン様はそんな文様に意味を見出し、その効果を理解されたようです。一体、セレン様のいた世界の魔術とは、どれほど素晴らしいものなのでしょうか。最近親しくさせて頂いていたセレン様でしたが、私は改めて彼が私達とは別の理の世界の方なのだと強く感じ、急に遠い人のように感じました。
後日、王太子殿下は、他にこの術式が見える者がいないかをお調べになり、その結果を伝えにこられました。でも今日は何だか表情が冴えませんし、かなりお疲れのようです。
「何か、あったようですね」
セレン様が何かを察したようにそう尋ねると、王太子殿下は表情を歪められました。
「実は…あの術式を見る者が他にいないか調べたのですが…」
「誰もいなかった、と?」
「そうなのです。しかも、その事に神官たちが反発して…」
「反発?」
「ええ。聖なる結界が足元になどある筈がないと、セレン殿の言う事は信用ならないと…」
「まぁ、言いたい事はわかりますよ。誰も目視出来ないのなら証明のしようもないし」
「…すまない」
「別に謝る必要はありませんよ。それで、殿下はどうお考えで?殿下も彼らの言うように、私が嘘をついていると?」
「いや、それはないと私は思っている。ルネ殿も見えていると言うし、そもそもセレン殿が嘘をつくメリットが私には見当たらない」
「この国を滅ぼそうとしているかもしれませんよ?」
「だったらとっくにそうしているでしょう?侍女や護衛への態度も丁寧なあなたが、そんな事をする筈がない。だが…神官たちは…その、言い難いのだが…セザールがしたのは聖女召還ではなく、悪魔召喚だと…」
「悪魔召喚?」
思いがけない言葉に、私は思わず声が出てしまいました。
「ルネ殿はご存じか…」
「え、ええ。聖女教育で…」
そうです。悪魔と悪魔召喚については、聖女教育で習いました。まだ聖力が豊かだった時代、一部の堕落した者達が悪魔を召喚し、甚大な被害を王国に与えたとの言い伝えがあります。でもその事を知る者は僅かですし、その方法は危険だからと徹底的に抹消されたと聞きます。でも…
「まさか…セレン様が悪魔だと?」
セザール殿下がやったのは悪魔召喚だとなれば、必然的にセレン様が悪魔と言う事になってしまいます。いえ、そもそも聖女召還は正しく聖女を呼び出すものだったのでしょうか…もしかしたら術式が適当で、呼ばれる方は条件が合ったけれど聖女になるような方ではなく、それを失敗したと判断した国がその方を悪魔だと糾弾したとしたら…
「もしかして、昔国に被害を与えた方は、セレン様のように…」
「そうだね。間違った術式で呼ばれた私のような者が、聖女ではない、悪魔だと言われて消されようとしたら…そりゃあ反発して逆に攻撃されるだろうね」
まるで他人事のように冷静にそう仰るセレン様でしたが…今、セレン様が置かれている達がまさにそれです。
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