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異世界の男と従うもの
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「久しぶり、主殿」
「リアか」
夜の闇が濃くなり、離宮内の者も寝静まった深夜。何となく眠れなくて酒を嗜んでいた私に声をかけたのは…元の世界から一緒にやってきた私の相棒でもあるアルシャーリアだ。背まで届く輝く銀の髪と蠱惑的な紫の瞳、無駄に整った顔立ちには侵し難い気品があり、すらりとした肢体は若い女性にも少年にも見える。窓枠にもたれかかっているその姿は、それだけで絵になった。
「ルネに相当入れ込んでるみたいだね」
そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべながら、アルシャーリア―リア―は足音も立てずに私の側に歩み寄ってきた。
「…それを君に言われたくないね。こっちに来てからは、主そっちのけでルネの側から離れなかった癖に」
「ええ~だって、あの子を守れって言ったのはセレンでしょ?それにあの子の魔力、心地いいんだもの。それはセレンも同じでしょう?」
唇を尖らせてそう告げる様は幼い子供のようだが、外見に騙されてはいけない。
「確かにな。あの子の魔力は…格別だ。あんなに純粋に聖魔力しか持たない者がいるなんて、未だに信じられないからな」
「でしょう?あの子は昔住んでいた聖なる森の気配に近いよ。ふふ、こっちの世界に来てどうしようかと思ったけど、とんでもない拾い物だったじゃない」
「確かに」
そう、リアが言う通り、無理やりこっちの世界に連れて来られたのは想定外だった。それでも、ルネという存在に出会えたのは僥倖と言えよう。あちらの世界では、どんなに探しても見つからなかったのだから。
「これでセレンの寿命も延びるし、万々歳だね。体調は?」
「そうだな。耐えがたかった頭痛が和らいだよ。それだけでもすごぶる快適に感じる」
それは紛れもない事実だった。生まれた時から身に余る魔力を持つ私は、そのせいで一歳まで生きられないと言われたと言う。その後も三歳まで、五歳まで、十歳までと、余命宣告を受け続ける人生だった。そして今は、持って一年と言われて久しい。それでも魔道具を駆使して延命していたが、そろそろ限界かと諦めかけていたところだった。
「そっか。でも、接触だけじゃ足りないんでしょ」
「まぁね。それじゃ症状を抑えるにも足りないかな」
「さっさと自分のものにしたら?」
「いきなりはマズいだろう。どうせなら彼女の全てを手に入れたいからね」
そう、出来る事ならルネの身も心も手に入れたい。始めて魔力を交わした時、あの心地よい魔力にすっかり酔いしれて、得難い存在だと強く思ったのだ。あれほどに甘やかな存在がいると知った以上、手放せるはずもない。今は軽い接触だけだが、あの身を抱いて魔力を流し合ったらどれほど心地いいだろうか。そう思うだけで身体に熱が籠る。
「ルネも可哀想に。こんな独占欲が強いヤバイ奴に気に入られちゃって」
「あの婚約者だった男よりはマシだろう?」
「そりゃあ、そうだろうけど。でも、セレンって束縛きつそうだからねぇ。程々にね」
「嫌われるような事はしないよ」
そう、嫌われるような事をする気は一切ない。あの元婚約者のように罵倒するなんて問題外だ。今まで苦労したらしいあの子を、たっぷり甘やかして愛情で満たしてやりたいと思う。
「ふふ、ルネも苦労してきたみたいだし、セレンくらい重い愛情の方が安心かもね」
「重くなんかないよ」
「はいはい。全く自覚がないんだから…でもまぁ、君にもそんな人間らしい感情があったんだね。今までは何にも執着しなかったのに」
悪くない変化だね、とリアはまた笑ったが、そこまで重くはない。今まで誰にも執着を感じなかったのは、それに値すると思える相手がいなかっただけだ。
「益々楽しくなりそうだね。後はこの国が分を弁えてつまらない野心を持たなきゃいいけど」
「それはこの国次第だろう。でも、あの国王も私を懐柔しようと必死だからね」
「ああ、あの王様ね」
そう言ってリアはくすくす笑った。実際、国王は必死に私を繋ぎとめようとしていた。この離宮を用意したのもその一つだろう。身の安全と王族と同等の地位を用意すると言ってきたのだ。まぁ、その代わりこの国の結界の維持を頼んできたが。
「ほんと、必死だよね。でもまぁ、当然じゃない?セレンがその気になればこんな国、一人で灰に出来るんだから」
「それを言うならリアもだろう」
「まぁね。でも、私はそんな面倒な事はお断りだね。それならルネと遊んでいる方がいいよ」
幼子のように無邪気にそう言って笑うリアだが、その力は私に匹敵するかそれ以上だ。そう、リアは人ではない、魔獣だ。それも聖なる森で生まれ育った規格外の魔獣、いや、聖獣と伝えられるものだ。その魔力は一国を一夜で灰燼に化すとも言われている。
「ほんと、セレンと一緒だと面白くていいや。ふふ、ルネって本当に可愛いよね。セレンが相手でなかったら私が貰ったのになぁ」
「あの子は私のものだよ、手出しは許さない」
「ふふっ、わかっているって。その代わり…一緒にいるのは構わないでしょう?」
「あの子を守ってくれるのならな」
「もちろんだよ。あ~あ、セレンより先に出会ってたら、ルネと契約したのになぁ…」
チェッと言いながらもリアは嬉しそうだった。まぁ、リアは人型をとれても人ではないし、既に三百年は生きているせいか性別の概念もない。私と従魔の契約を結んでいるから、ルネを傷つける事も私から奪う事もない。だからこそ、護衛としてうってつけなのだ。
「それで、セレンはどうする気?この国に従うの?」
暗に従う意味がないだろうと言ってきたリアは、あまりこの国を気に入っていないようだった。それはルネへの扱いの悪さによるものだろう。長い時を生きているから博識だが、一方で理性よりも感情優先なのだ。
「そうだね。もう少し様子を見るよ。まぁ、この国で安全に暮らせるならそれもいいかもね」
「そうだね。この国相手ならセレンが負ける事はないだろうし、元の世界よりも気楽でいいかもね」
「そう言う事」
「でも、この国の王族は馬鹿だよね。よりにもよってこんな危険人物を召喚しちゃうだなんて。本気を出せば王様の首なんてあっという間に飛ぶのにね。しかもその事にまだ気が付いていないんだから」
本当におかしくて仕方ないという感じのリアは、魔獣らしい残酷さで現状を理解していた。全く、本当に呼ばれたのが、実は私ではなくリアだったと知ったら、あの王族はどんな顔をするだろうか。この美しくも残酷で、類まれな力を持つ魔獣は、誇り高く人間などつまらない生き物だとしか見ていない。私に従ったのは…魔力の大きさと単なる気まぐれだろう。従魔の契約もリアが本気を出せば解除出来るだろうに。
「さてと、そろそろ戻るよ。ルネが心配だからね」
そう言うとリアは僅かな光を残しながら、静かに姿を消した。
「リアか」
夜の闇が濃くなり、離宮内の者も寝静まった深夜。何となく眠れなくて酒を嗜んでいた私に声をかけたのは…元の世界から一緒にやってきた私の相棒でもあるアルシャーリアだ。背まで届く輝く銀の髪と蠱惑的な紫の瞳、無駄に整った顔立ちには侵し難い気品があり、すらりとした肢体は若い女性にも少年にも見える。窓枠にもたれかかっているその姿は、それだけで絵になった。
「ルネに相当入れ込んでるみたいだね」
そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべながら、アルシャーリア―リア―は足音も立てずに私の側に歩み寄ってきた。
「…それを君に言われたくないね。こっちに来てからは、主そっちのけでルネの側から離れなかった癖に」
「ええ~だって、あの子を守れって言ったのはセレンでしょ?それにあの子の魔力、心地いいんだもの。それはセレンも同じでしょう?」
唇を尖らせてそう告げる様は幼い子供のようだが、外見に騙されてはいけない。
「確かにな。あの子の魔力は…格別だ。あんなに純粋に聖魔力しか持たない者がいるなんて、未だに信じられないからな」
「でしょう?あの子は昔住んでいた聖なる森の気配に近いよ。ふふ、こっちの世界に来てどうしようかと思ったけど、とんでもない拾い物だったじゃない」
「確かに」
そう、リアが言う通り、無理やりこっちの世界に連れて来られたのは想定外だった。それでも、ルネという存在に出会えたのは僥倖と言えよう。あちらの世界では、どんなに探しても見つからなかったのだから。
「これでセレンの寿命も延びるし、万々歳だね。体調は?」
「そうだな。耐えがたかった頭痛が和らいだよ。それだけでもすごぶる快適に感じる」
それは紛れもない事実だった。生まれた時から身に余る魔力を持つ私は、そのせいで一歳まで生きられないと言われたと言う。その後も三歳まで、五歳まで、十歳までと、余命宣告を受け続ける人生だった。そして今は、持って一年と言われて久しい。それでも魔道具を駆使して延命していたが、そろそろ限界かと諦めかけていたところだった。
「そっか。でも、接触だけじゃ足りないんでしょ」
「まぁね。それじゃ症状を抑えるにも足りないかな」
「さっさと自分のものにしたら?」
「いきなりはマズいだろう。どうせなら彼女の全てを手に入れたいからね」
そう、出来る事ならルネの身も心も手に入れたい。始めて魔力を交わした時、あの心地よい魔力にすっかり酔いしれて、得難い存在だと強く思ったのだ。あれほどに甘やかな存在がいると知った以上、手放せるはずもない。今は軽い接触だけだが、あの身を抱いて魔力を流し合ったらどれほど心地いいだろうか。そう思うだけで身体に熱が籠る。
「ルネも可哀想に。こんな独占欲が強いヤバイ奴に気に入られちゃって」
「あの婚約者だった男よりはマシだろう?」
「そりゃあ、そうだろうけど。でも、セレンって束縛きつそうだからねぇ。程々にね」
「嫌われるような事はしないよ」
そう、嫌われるような事をする気は一切ない。あの元婚約者のように罵倒するなんて問題外だ。今まで苦労したらしいあの子を、たっぷり甘やかして愛情で満たしてやりたいと思う。
「ふふ、ルネも苦労してきたみたいだし、セレンくらい重い愛情の方が安心かもね」
「重くなんかないよ」
「はいはい。全く自覚がないんだから…でもまぁ、君にもそんな人間らしい感情があったんだね。今までは何にも執着しなかったのに」
悪くない変化だね、とリアはまた笑ったが、そこまで重くはない。今まで誰にも執着を感じなかったのは、それに値すると思える相手がいなかっただけだ。
「益々楽しくなりそうだね。後はこの国が分を弁えてつまらない野心を持たなきゃいいけど」
「それはこの国次第だろう。でも、あの国王も私を懐柔しようと必死だからね」
「ああ、あの王様ね」
そう言ってリアはくすくす笑った。実際、国王は必死に私を繋ぎとめようとしていた。この離宮を用意したのもその一つだろう。身の安全と王族と同等の地位を用意すると言ってきたのだ。まぁ、その代わりこの国の結界の維持を頼んできたが。
「ほんと、必死だよね。でもまぁ、当然じゃない?セレンがその気になればこんな国、一人で灰に出来るんだから」
「それを言うならリアもだろう」
「まぁね。でも、私はそんな面倒な事はお断りだね。それならルネと遊んでいる方がいいよ」
幼子のように無邪気にそう言って笑うリアだが、その力は私に匹敵するかそれ以上だ。そう、リアは人ではない、魔獣だ。それも聖なる森で生まれ育った規格外の魔獣、いや、聖獣と伝えられるものだ。その魔力は一国を一夜で灰燼に化すとも言われている。
「ほんと、セレンと一緒だと面白くていいや。ふふ、ルネって本当に可愛いよね。セレンが相手でなかったら私が貰ったのになぁ」
「あの子は私のものだよ、手出しは許さない」
「ふふっ、わかっているって。その代わり…一緒にいるのは構わないでしょう?」
「あの子を守ってくれるのならな」
「もちろんだよ。あ~あ、セレンより先に出会ってたら、ルネと契約したのになぁ…」
チェッと言いながらもリアは嬉しそうだった。まぁ、リアは人型をとれても人ではないし、既に三百年は生きているせいか性別の概念もない。私と従魔の契約を結んでいるから、ルネを傷つける事も私から奪う事もない。だからこそ、護衛としてうってつけなのだ。
「それで、セレンはどうする気?この国に従うの?」
暗に従う意味がないだろうと言ってきたリアは、あまりこの国を気に入っていないようだった。それはルネへの扱いの悪さによるものだろう。長い時を生きているから博識だが、一方で理性よりも感情優先なのだ。
「そうだね。もう少し様子を見るよ。まぁ、この国で安全に暮らせるならそれもいいかもね」
「そうだね。この国相手ならセレンが負ける事はないだろうし、元の世界よりも気楽でいいかもね」
「そう言う事」
「でも、この国の王族は馬鹿だよね。よりにもよってこんな危険人物を召喚しちゃうだなんて。本気を出せば王様の首なんてあっという間に飛ぶのにね。しかもその事にまだ気が付いていないんだから」
本当におかしくて仕方ないという感じのリアは、魔獣らしい残酷さで現状を理解していた。全く、本当に呼ばれたのが、実は私ではなくリアだったと知ったら、あの王族はどんな顔をするだろうか。この美しくも残酷で、類まれな力を持つ魔獣は、誇り高く人間などつまらない生き物だとしか見ていない。私に従ったのは…魔力の大きさと単なる気まぐれだろう。従魔の契約もリアが本気を出せば解除出来るだろうに。
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