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番外編

エセルバート⑩

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 ヴィオラ嬢に求婚を受け入れて貰ってからは状況が大きく変わった。今まではハガード邸で隠れるように会うしか出来なかったし、家を訪ねる時もハガード家の馬車を借りるしかなかった。もどかしい思いが募ったがようやく堂々と会いに行けるようになったのだ。
 全く大国の王子などと言っても他国では何の力もない。むしろ身分が足枷になった。グローリアの罪を暴くのにこんなにも時間がかかるとは思わなかった。結果だけ見れば早々にヴィオラ嬢に求婚すればよかったのかとも思うが、それは受け入れて貰えたから言えることだろう。そうだったらどうなっていたかなど今更考えても意味はない。それでも、多分彼女の心は手に入らなかっただろう。

 しかし、ことはこれで一件落着とはいかなかった。コンラッドとアデルの婚約披露の夜会ではヴィオが王妃の実家でもあるマセソン公爵家の令息に襲われ、学園に休学届を出しに行った帰りには賊に襲われた。マセソン公爵令息の際は俺が一緒にいたからまだよかったが、学園の帰りに襲われた時には心臓が潰れるかと思うほどに動揺した。全身の血が凍り付くかと思うほどで、彼女の無事を確認するまで血の巡りが止まったかと思うほどだった。

 それだけでも十二分に衝撃的だったのに、更なる衝撃が訪れることになろうとは。この国は一体どうなっているのだ? いっそヴィオをラファティに連れて帰ろうかと思った事件が起きた。グローリアが、王妃の名を語ってヴィオを呼び出したのだ。

 あの日私は兄上と共に王宮にいた。連日、下がりに下がったランバードとハイアットの関係回復に向けた話し合いが行われていたからだ。このままでは婿入りしたコンラッドの立場が危ういため、俺としてもこの話し合いを疎かには出来なかった。コンラッドなら大抵のことはかわすだろうが、問題は強硬な反ハイアット派の存在だ。主だった貴族が不正発覚により失墜したが、それがかえって過激派となりつつあったからだ。このままではコンラッドの暗殺も起きかねない。いくらコンラッドでも婿入り後は王子の身分を失うだけに想定しうる対策は全て売っておきたかったが、肝心のランバードに危機感が薄いのが問題だった。

 だが、それもその日起きた事件で状況は一転する。

 王宮での会議中のことだった。

「失礼! エセルバート様に火急にお知らせしたい件がございます!」

 珍しく慌てた様子を隠しもせずにレスターが会議室の扉から現れた。大国ラファティの侯爵で俺の側近の彼を誰も止めることはなく、レスターは直ぐに俺の側にやって来た。

「どうした?」
「まずはこちらを。そして先ほどリーゼが緊急信号を出しました」
「リーゼが?」

 訝しく思いながらもレスターが取り出した手紙に目を通した。それはリード侯爵夫人からのもので、そこには慌てた様子の筆跡でヴィオが王妃に呼ぶ出されたとあった。しかもヴィオに付けておいたリーゼが緊急信号? 悪い予感しかなかった。

「レスター、信号が出たのはどこだ?」
「ここより北にある棟です」
「北?」

 俺の急な申し出に王は目を丸くしたが、俺の尋常ではない様子に何かを感じ取ったらしい。

「北には……貴族牢が……まさか……?」
「どうした?」
「あそこには……グローリアが……」

 その言葉に俺の血が逆流したように感じた。王妃に呼び出されたとあったが名を語ったか? だったら狙いはヴィオの暗殺か?

「兄上、席を外します! ランバード王よ、ここの北にある棟に入る許可を求む!」
「エセル?」
「今は説明している時間がありません! レスター案内しろ!」
「はっ!」

 後ろで兄上が呼び止める声がしたが俺は構わずにレスターの後に続いた。ことは一刻一秒を争う。些細なことに構っている暇はなかった。

 初めて入る王宮の北棟だったが、幸いにも王宮に忍び込ませたラファティの内偵はヴィオが連れて行かれた部屋を特定していた。鍵がかかっているので入れないと言う。侍女には無理だろうが今は俺も騎士もいる。俺は迷わずその部屋へと突入した。

「ヴィオ!!」

 駆け込んだ部屋で見たのは、床に転がったヴィオに迫る令息の姿だった。その手にあった剣に俺の理性は吹っ飛んだ。怒りに任せてその令息を渾身の力を込めて蹴り飛ばしていた。直ぐにヴィオを抱き上げて怪我がないかを確かめる。怪我は……ないのか? 顔が赤い。もしかして何か飲まされたのか? 

「あ! あの……エセル様、リーゼは?」

 慌てた様子のヴィオの言葉に少しモヤっとした。こんなにも心配しているのに他人の名を出すなんて……そう思ったがどんな時も他人を気にかけるのがヴィオの長所だと思い直して気持ちを静めた。
 だが、せっかく沈めた心を怒りに染めた痴れ者がいた。グローリアだった。

「ヴィオラ様がいなくなればエセルバート様だって……」
「何だと!? お前、まさかヴィオラ嬢を……」
「あ、あの人さえいなければ、私はエセルバート様と結婚出来るのです」

 気が付いた時にはあの女の首に剣を突きつけていた。

「ヴィオラ嬢は私の正式な婚約者。我が国では既に準王族の扱いだ。その彼女を殺害しようとしたのだ。ここで切って捨てたところで問題はない。そうだな? セドリック殿?」

 凶暴な熱が全身を焼くようだった。だがこの時の俺はこの女を殺すことに少しも躊躇していなかった。何なら滅多裂きにしてもいいとすら思っていた。それくらいこの女は俺の我慢の限界を軽く飛び越えていた。

「は、はい。ご随意に……」

 目を見開き青褪めながらも俺の言葉に是としか言えない王太子が哀れだった。だが何事にも限界がある。こうなってもまだ俺を諦めないこの女をここまで増長させたのはこの国の王族だ。俺は手に握った剣に力を込めた。



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