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番外編
エセルバート④
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俺とグローリア王女の出会いは八歳の時だった。あの当時まだ四歳だったグローリアは小さくて母親にぴったりくっついて離れない内気な子供という印象だった。その後も打ち解けることはなく、正直言ってあまり印象に残っていない。
それよりもコンラッドやアデルと仲良くなった。コンラッドは第二王子という立場から他国の王女を娶るか婿に入るのが生まれた時から決まっていて、物心つく前からの知り合いだ。当時はランバードのハガード公爵家かハイアットの北にあるノーランドの王女との結婚が有力視されていた。その関係でハガード公爵家で顔を合わせることが多かったのだ。
人懐っこく飾らない性格のコンラッドは、ラファティで過剰にかしずかれて息苦しく感じていた俺に対等に接してくれた数少ない存在だった。そのためお互いに予定が合えば顔を合わせていたし、手紙のやり取りもしていた。
一方のグローリアとの関係は顔見知りの範囲から出ることはなかった。それが変わったのは俺が十五歳の時ランバード国王がグローリアと共に我が国を訪問し、俺の婚約者にグローリアをと勧めてきた時だった。ラファティの王族が政略結婚をしないことは有名だったが、全ての王子が恋愛結婚をしているわけではない。思う相手に出会うことなく政略結婚する者もいた。この時もそんな相手が見つかるまではという逃げ道を残しての提案だった。
だが、そんな逃げ道も婚約という契約をしてしまえば反故にするのは難しい。恋愛結婚をした父は渋ったがランバード国王は仮でいい、公文書を交わしてもいいからと引き下がらなかった。それはハイアットとの関係改善の交渉で優位に立ちたいとの思惑もあっただろう。ランバード国王の熱意と当時の俺の状況が父上を頷かせそうになっていたが、それは意外にも王女の一言で白紙になった。
「嫌よお父様。私、あの人よりもユージーン様がいい!」
両者の顔合わせの席で王女が俺を指さしてランバード国王に拒絶を示したのだ。
「な、何を言うんだ、グローリア?」
焦ったのはランバード国王だろう。自身が必死に懇願した願いを当の娘が拒否したのだから。
「だってユージーン様の方が背が高くてかっこいいもの」
「何を言っているのだ? 身長など関係ないだろう? それにエセルバート殿下だってこれから伸びるだろう」
「嫌よ! ユージーン様の方がいい!」
もう十二歳になっている王女の発言にその場にいた者は凍り付いた。大国の王子の外見を言外に貶め、兄王子がいいと言い切ったのだから笑い話にもならない。でもそのお陰でこの話はなかったことになった。子煩悩な父上は激怒して我が国の王子とグローリアの結婚は何があっても認めないと宣言し、我が国の心証を害したランバード国王は項垂れながら帰国の途に就いた。
それから俺たちが顔を合わせることはなかった。王女が我が国を訪れることはなかったし、俺がランバードに行っても王女と会うことはなかった。ランバード王が気を使って俺の視界に入らないようにしていたのだろう。
そんな俺があの王女と再会したのはそれから三年後。俺が学園を卒業し、最初の大掛かりな公務としてランバードとハイアットの婚姻を進めるという命を受けてこの地を踏んだ時だった。
この年、俺の二番目のジーン兄とハイアットの王女が婚姻した。そのハイアットの王女は元々ランバードのハロルド王子と婚約していたが、ジーン兄が見初めて両国に頼み込んで結婚したのだ。その影響でランバードとハイアットの政略結婚は仕切り直しとなり、新たにコンラッドとグローリアの婚約が進められることになった。ラファティがそれを後押ししていたのだが、その見届け役として俺が派遣されたのだ。
だがこの人事が更に問題を起こすことになるとは、父上も想像していなかった。あれだけ俺を拒否した王女が、俺との婚姻を望んだからだ。
理由ははっきりしていた。俺の外見だ。子どもの頃の俺は背も低く、母親似だったせいで顔も平凡な部類に入っていた。そのせいで自国でも俺だけ父親が違うのではないかと噂が出回ったほどには俺は両親にも兄たちにも似ていなかった。そんな俺も十五を過ぎた頃から急に成長した。背は三兄弟の中で一番高くなり、顔も美王と謳われる父上に一番似て、子どものころの面影がほとんど残らないほどに変わってしまった。そのせいで令嬢たちが急に寄って来て女性不信になりかけていたくらいだった。
「エセルバート様……お慕いしております」
数年ぶりの再会ということで改めてされた紹介の場で、王女は頬を紅色に染め恥ずかしそうにそう言った。過去の経緯を知るランバード王族や重鎮たちはグローリアの落とした爆弾発言に顔色を失った。
それよりもコンラッドやアデルと仲良くなった。コンラッドは第二王子という立場から他国の王女を娶るか婿に入るのが生まれた時から決まっていて、物心つく前からの知り合いだ。当時はランバードのハガード公爵家かハイアットの北にあるノーランドの王女との結婚が有力視されていた。その関係でハガード公爵家で顔を合わせることが多かったのだ。
人懐っこく飾らない性格のコンラッドは、ラファティで過剰にかしずかれて息苦しく感じていた俺に対等に接してくれた数少ない存在だった。そのためお互いに予定が合えば顔を合わせていたし、手紙のやり取りもしていた。
一方のグローリアとの関係は顔見知りの範囲から出ることはなかった。それが変わったのは俺が十五歳の時ランバード国王がグローリアと共に我が国を訪問し、俺の婚約者にグローリアをと勧めてきた時だった。ラファティの王族が政略結婚をしないことは有名だったが、全ての王子が恋愛結婚をしているわけではない。思う相手に出会うことなく政略結婚する者もいた。この時もそんな相手が見つかるまではという逃げ道を残しての提案だった。
だが、そんな逃げ道も婚約という契約をしてしまえば反故にするのは難しい。恋愛結婚をした父は渋ったがランバード国王は仮でいい、公文書を交わしてもいいからと引き下がらなかった。それはハイアットとの関係改善の交渉で優位に立ちたいとの思惑もあっただろう。ランバード国王の熱意と当時の俺の状況が父上を頷かせそうになっていたが、それは意外にも王女の一言で白紙になった。
「嫌よお父様。私、あの人よりもユージーン様がいい!」
両者の顔合わせの席で王女が俺を指さしてランバード国王に拒絶を示したのだ。
「な、何を言うんだ、グローリア?」
焦ったのはランバード国王だろう。自身が必死に懇願した願いを当の娘が拒否したのだから。
「だってユージーン様の方が背が高くてかっこいいもの」
「何を言っているのだ? 身長など関係ないだろう? それにエセルバート殿下だってこれから伸びるだろう」
「嫌よ! ユージーン様の方がいい!」
もう十二歳になっている王女の発言にその場にいた者は凍り付いた。大国の王子の外見を言外に貶め、兄王子がいいと言い切ったのだから笑い話にもならない。でもそのお陰でこの話はなかったことになった。子煩悩な父上は激怒して我が国の王子とグローリアの結婚は何があっても認めないと宣言し、我が国の心証を害したランバード国王は項垂れながら帰国の途に就いた。
それから俺たちが顔を合わせることはなかった。王女が我が国を訪れることはなかったし、俺がランバードに行っても王女と会うことはなかった。ランバード王が気を使って俺の視界に入らないようにしていたのだろう。
そんな俺があの王女と再会したのはそれから三年後。俺が学園を卒業し、最初の大掛かりな公務としてランバードとハイアットの婚姻を進めるという命を受けてこの地を踏んだ時だった。
この年、俺の二番目のジーン兄とハイアットの王女が婚姻した。そのハイアットの王女は元々ランバードのハロルド王子と婚約していたが、ジーン兄が見初めて両国に頼み込んで結婚したのだ。その影響でランバードとハイアットの政略結婚は仕切り直しとなり、新たにコンラッドとグローリアの婚約が進められることになった。ラファティがそれを後押ししていたのだが、その見届け役として俺が派遣されたのだ。
だがこの人事が更に問題を起こすことになるとは、父上も想像していなかった。あれだけ俺を拒否した王女が、俺との婚姻を望んだからだ。
理由ははっきりしていた。俺の外見だ。子どもの頃の俺は背も低く、母親似だったせいで顔も平凡な部類に入っていた。そのせいで自国でも俺だけ父親が違うのではないかと噂が出回ったほどには俺は両親にも兄たちにも似ていなかった。そんな俺も十五を過ぎた頃から急に成長した。背は三兄弟の中で一番高くなり、顔も美王と謳われる父上に一番似て、子どものころの面影がほとんど残らないほどに変わってしまった。そのせいで令嬢たちが急に寄って来て女性不信になりかけていたくらいだった。
「エセルバート様……お慕いしております」
数年ぶりの再会ということで改めてされた紹介の場で、王女は頬を紅色に染め恥ずかしそうにそう言った。過去の経緯を知るランバード王族や重鎮たちはグローリアの落とした爆弾発言に顔色を失った。
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