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番外編

エセルバート③

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 あの小瓶の薬はよく効いてくれた。調べるとあの薬は王家が令嬢を持つ貴族家に配ったものだと知った。王家がそんなものを配らねばならないとは呆れたが犯人探しに必死らしい。それを自国の王女が使ったのなら笑えない話だ。

 あの女のことは許し難く、この件を王に告発しようと我が国の影も使ったが残念ながら十分な証拠が見つけられなかった。疑わしい人物はいるが、あの女の取り巻きというだけであの女が命じた証拠が出てこない。王族相手では確たる証拠がなければ訴えることは難しく、悔しいことにあの女を追い詰められなかった。勿論諦めてはいない。アデルやハガード公爵にも協力を求め、仕える伝は全て使って今も調査を進めている。

 一方であの時助けてくれた令嬢も探した。年はアデルと同じか少し下だろうか。あの会場にいたのならデビュタントを迎えているはず。あの時は意識がかなり朦朧としていたが、幸いにもレスターが彼女の顔を覚えていてくれて程なくして見つかった。私の救世主はリード侯爵家のヴィオラ嬢と言った。

「ヴィオラって……」
「知っているのか。アデル?」
「ええ、だって学園で同じクラスですもの……」

 戸惑うアデルの言葉に私は歓喜した。アデルと仲がいい令嬢だったとは!

「アデル、だったら彼女を紹介してくれ!」
「え? いや、でも……」
「ただお礼が言いたいだけだ。頼む!」

 そうは言ったがアデルに反対されてしまった。何故なら彼女には婚約者がいると言うのだ。しかもその婚約者はあの女の護衛を務め、お気に入りとの噂もあるという。

「こんな状況でエセルバート様とのことが知られたらヴィオラが何をされるかわからないわ。あの女はともかく、取り巻きの令息はアルヴァンのことも嫉妬しているのよ」

 アルヴァンはブルック侯爵家の次男で幼い頃にヴィオラ嬢と婚約したと言う。二人の仲も家族との関係も良好だったが、あの女の護衛になってからは会う時間が減り、ヴィオラ嬢も心を痛めているという。あの女が俺に執着している今、私と会ったと知れたら確かに面倒なことになるかもしれない。そうなるとお礼を言うのも憚られた。彼女が俺に解毒剤を渡したことが知られれば、それを利用して難癖をつけてくる可能性もある。彼女を巻き込むようなことはしたくなかった。



 今日もあの女は王族の席で笑顔を振りまいている。その後ろにはヴィオラ嬢の婚約者の男も控えていた。時折あの女が彼の方に振り向いて声をかけ、あの男は小さく笑みを浮かべるとあの女も笑みで答える。その様子は他の護衛騎士にはないもので必要以上に親しく見えた。周りからは二人が恋仲ではないかと囁く声も聞こえた。

(ヴィオラ嬢がいるのに、何をやっているのだあの男は?)

 媚薬を盛られてから夜会に出たのはこれで四度目だが、その間あの男は一度もあの女から離れず、ヴィオラ嬢は参加しても常に一人か兄がエスコートしていて、二人が言葉を交わす様子もなかった。この国はそういうものなのかと思ったが、調べたところそういう訳でもないらしく、近衛騎士でも時々は夜会に婚約者を伴って参加しているという。あの女がそう命じているのか、あの護衛が自ら護衛を買って出ているのかは知らないが、あの男がヴィオラ嬢をエスコートしている姿を見たことは今のところ一度もなかった。



「あの男は何を考えているんだ?」

 ハガード公爵の屋敷を訪れた日、アデルに尋ねると彼女も肩をすくめて首を振った。

「私だって知らないし腹立たしく思っているわよ。最近じゃヴィオラが二人の仲を裂く悪女だなんて噂も流れ始めているのよ」
「何だって?」

 思わず耳を疑った。どうしたらそういう話になるのだ。この場合悪いのは婚約者がいるのに配慮せず側に置き続けるあの女か、婚約者を放って王女を優先する婚約者だろうに。

「どうしてそうなるんだ? おかしいだろう?」
「私だってそう思うわよ。でも世間ではそう言っているのよ。全く馬鹿馬鹿しいったらありゃしないわ」

 アデルは昔からあの女のせいで嫌な思いをしてきたから余計に許し難く思っていた。彼女が他人にここまで熱くなるのを見るのも珍しいが。それほどあのヴィオラ嬢とは仲がいいのだろう。羨ましい……

「早くあの女がどこかに嫁いでくればいいのだが……相手が悪い。どうしてコンラッドなんだ……」

 コンラッドは幼馴染で他国の王子の中では一番仲がいい。年が近いのもあるが彼の人懐っこく飾らない人柄もあるだろう。ラファティの王族だからと必要以上に気を使う者が多い中で彼は俺個人を見てくれた貴重な友人だ。だからこそ彼があの女の婚約者になると聞いた時には耳を疑った。彼なら上手く転がすだろうが問題はそこじゃない。彼には秘かに思う相手がいるのだ。
 もっとも、そうなった一因が俺の次兄のジーン兄にあるのだが。ジーン兄がハイアットの王女を見初めなければ、コンラッドがあの女と婚姻を結ぶことにはならなかった。ジーン兄が幸せそうなだけに何も言えないが、コンラッドの気持ちを想うと素直に喜べなかった。

「俺に媚薬を使ったのが、あの女だと証明出来れば……」

 そうなればあの女は生涯幽閉、コンラッドがあの女に縛られることもない。コンラッドのためにもヴィオラ嬢のためにも、あの女の罪を暴きたかった。






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